第四話
「ハハッ! おどかしちまったか? 俺はワーフ。ドワーフ族のワーフだ!」
差し出された腕はまるで脚みたいな太さで、指なんて僕の手首くらいある。
「どうも、ジュークです。よろしく」
「……ロットリンデよ」
「ロットリンデ? はて、何か聞いたことあるな、ハハン?」
「いーえ、気のせいよ。私はただの駆け出し冒険者だもの」
「ハハッ! ただの駆け出しが、あんな強力な攻撃魔法を使えるはずがねえけど……まあイイか。こんな稼業だ、いろいろあらぁな」
「それで、ワーフさん。私たちに何かご用かしら?」
「ハハッ! ソレなんだがな。さっき言ってた、『緊急用の食料備蓄収納魔法』ってヤツぁ、売りモンなのか聞きたくてよ」
「いーえ。アレは私たちにしか扱えないから、お売りすることは出来かねますわ」
「ハハッ! そいつぁ残念だな。あの旨いスープを故郷の連中にも飲ましてやりたかったんだが……」
「えーっと、収納魔法は門外不出ですので、お売り出来ませんが……コッヘル商会として〝ソッ草〟を卸売りすることなら出来ますわよ?」
「なに? それは本当か!?」
「でもソッ草なら村の近くにバカみたいに生えてるから、むしって持って帰れば――――むぎゅふっ」
「もーーーーーーーーっ! ジュークはどうしてそう、ヲヴァカなの! 私たちはまがりなりにもコッヘル商会の従業員ですわよ。売り上げのチャンスをみすみす逃す人が居ますか!」
細い指先をつかんで、必死に引っぺがす。
「むがっ――でもさ、買うと結構するよ?」
「もーだから――はぁ。もう、いいわ。……と言うわけで村に帰ったら、この子にソッ草の群生地を案内させますわよ?」
「ガハハハハッハハハハハッ! オマエさんも、商売が上手そうには見えねえぜ」
体を揺らすと背中に背負った巨大な鉄杭が、ガキュガキュって鳴った。
一挙手一投足が騒々しいけど、良い人柄は伝わってくる。
「よし、気に入った。オマエさん達のとこから正式に、あの〝旨いスープの素〟を大量に買い付けたい」
「ソレでしたら、宿屋ヴィフテーキ……いえ、コッヘル商会までお越し下さい。女主人……いえ、商会長が懇切丁寧かつ誠実に対応させていただきますので」
「えー、商会長ってティーナさんの事だろ? 言うほど誠実じゃないよ。コレだって使用期限ギリギリのを売りつけられたしさ」
僕は弾帯をつかんで見せた。
「ガハハハハッハハハハハッ! ボゥズ、お前さんは本当に商売に向いてねえな」
盛大に笑われた。けど、バカにされてるわけじゃないから、我慢する。
「あのよぅ、横から悪ぃーんだけどライフル銃はドコの使ってんの? もし弾が安く買えるなら、少し欲しいんだよね」
僕達の話を聞いていた、別の冒険者が話に混ざってきた。
「うふふ、コレは違うんですのよ。中に詰まってるのは銃弾じゃなくて――――」
§
「ガハハハハッハハハハハッ! ボゥズ、お前さんは回復薬で何と戦うつもりなんだぁ? ガハハハハッハハハハハハッ!」
盛大に笑われた。これはバカにされてるから、我慢できない。
「ひ、酷いよロットリンデさん!」
「あら、勇ましくてイイじゃない。〝回復薬だけじゃないおー! 蘇生薬だって有るんだおー!〟」
また変な声色で小芝居をする淑女。変顔で小躍りするお嬢様なんて見たことないよ。
ば、バカにされてる。ロットリンデさんは、もはや敵だった。
「ちょっと待て、ボゥズ。いま蘇生薬も売りつけられたって言ったか? 嘘はいけねえな」
ピタリ。
ソレまで爆笑の渦に包まれていたキャンプ小屋が、静まりかえった。
「へ? 嘘じゃないよう。ほらコレ、紫色のは6本くらいしかないけど」
それに、言ったのは僕じゃなくて、変顔のロットリンデさんだよう。
「6本だと!? ソレ、一体いくらで――売りつけられたってんだ?」
「ちょっと高かったんだけど、回復薬とあわせて全部で5レルもしたよ」
僕からしたら結構な大金だ。散財しました的なニュアンスで、やれやれまいったなんて顔をしてたら――。
ワーフだけじゃなくて、周りに居た冒険者全員の顔が苦渋に満ちていく。
あれ? なんか変なこと言ったかな?
ジリジリと引き潮のように下がる人の波。
乾いた、かすかな笑いが場を満たしていく中、学者コートの小柄な女性が歩み出た。
「その紫色の小瓶、拝見させていただいてもよろしいかしら?」
手のひらを差し出されたから、小瓶を一つ手渡した。
小さくて分厚い金属板を取り出し、その上に小瓶を乗せる女性。
「――――驚愕ですが、純度は100%。正真正銘、本物の蘇生薬にまちがい有りません」
それはそうだ。ティーナさんはがめつい所が有るけど、嘘つきではない。
「つかぬ事をお訊きいたしますけど、現在の蘇生薬の市場価格はおいくらほどかしら?」
なんかロットリンデさんまで渋い顔で、小柄な女性に尋ねてる。
「(……金貨一枚は下りません)……ひそひそ」
顔をつきあわせて内緒話をしてるから、よく聞こえなかった。
でもロットリンデさんの口元が引きつっていくのが見える。
ティーナさんは、思っていた以上にがめつかったの……かも。
聞いたらガッカリしそうだから、聞かないでおく。
「じゃー、村に戻ったら店に顔を出すぜ」
そういって、逃げるみたいにいなくなるワーフさん。
コッヘル商会の商売っ気に、驚いたのかな。
「これ以上、悪目立ちしないよう気を付けなさい」
青ざめた顔の小柄な女性が、そういって小瓶を返してくれた。
「だいじょうぶですよう。みんな僕をからかうのにも飽きたみたいだし、これ以上目立つ事なんて――」
「いーからっ! お返事は!?」
なんでか、ロットリンデさんに念を押された。
「わ、分かったよ。気をつける」
僕は返してもらった小瓶を弾帯に戻した。
それにしても――。
「周りに誰も居なくなっちゃったね……少し寂しい」
まあ、いいか。今は宝箱を守るのが先だ。
ロットリンデさんが宝箱が入ったズッタ袋に、革紐を巻き付けてる。
うん、ソレなら落とす心配が無い。
その後、ソッ草倉庫の害獣よけのための仕掛けを念入りに作っていたら、日が落ちてしまった。
結局、この日は第二キャンプ設営予定地に出発することは出来なかった。
§
殺気で目が覚めた。
こんな辺境で暮らしていれば、日常茶飯事だ。
研ぎ澄まされたナイフの、切っ先みたいな気配。
たいていは、遠くの茂みで獲物を狙う動物たちや魔物たちの、血の方陣結界が干渉してるだけだ。
放っておいても問題ない。まだ眠い――スャァ。
「ジューク、起きて――」
「むにゃり? えー、まだ真っ暗だよう?」
いや、何か明るい。
ついたて代わりに横にしたテーブルの向こう。
暗闇に何個もの光の文様が、浮かび上がっている。
起き上がると、ソレは得物を構えた冒険者達で、魔物でも出たのかなと思ったけど……方陣結界の射出方向はコッチを向いている。
「ひゃぁぁぁぁっ!」
「ジューク、アナタこれ持って逃げなさい」
革紐で縛った宝箱を手渡される。
「コレってどういうこと? ひょっとして凄いお宝だってバレちゃった?」
僕は宝箱を腰に巻き付け、木刀をつかんだ。
「違うわ。狙われてるのは、蘇生薬よ」
「え? こんなの倉庫にゴロゴロしてるよ?」
「ソレがおかしいの! あの牝ギツネ……じゃなかった女主人はやっぱりとんだ食わせ者だったわっ!」
ロットリンデさんが、暗闇に爆煙を放つ!
壊れた方陣結界の欠片が飛び散るから、真っ黒い煙の輪郭がみえる。
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!」
「っきゃーっ!」
爆煙は冒険者達の革鎧を、次々と焦がしていく。
手加減はしてるけど、穏やかじゃないし、穏便じゃない。
もう既に戦いの火ぶたは切られている。
冒険者達を引きつけるつもりか、果敢に飛び込むお嬢様。
ボボボボボグワァァァァァアァアッ!
爆煙が起こす衝撃が、遠くなっていく。
「――――ハハッ! ボゥズ、悪いな」
後ろから、厳つい声――
いつの間に回り込まれたのか――
振りかぶる鉄杭のシルエット――
ソレは僕の木刀なんかじゃとても防げない!
「しまったっ! ジューク、逃げてっ!」
ムリ。僕は木刀を抱えてうずくまる。
ゴッ――――鉄杭が振り下ろされ、
ゴガンッ――――――さらに、無骨なガントレットで地面に打ち込まれた!
ゴッゴゴゴゴゴゴ、グゥゥゥゥゥヮァァァァァァアッァ!
その衝撃は地面を水面のように波打たせた。
広がっていく巨大な方陣結界。
「あわわわわっ!」
凄まじい振幅が僕を――通り抜けていく。
木刀を杖代わりにして、へたり込むことしか出来ない。
「ギャッ!」「グワァッ!」「ギャーー!」「ウッホッ!」
バタバタバタッ!
次々に倒れる冒険者達。キャンプに暗闇と静寂がもどった。
チリチリとした鋭利な気配が消えている。
なんか、ロットリンデさんの大猿みたいな叫び声も聞こえたけど、大丈夫かな。
§
「ハハッ! 悪いなボゥズ。助けに入るのが遅くなっちまってよ!」
謀反者全員を一人で制圧したワーフさんの手には特別報償金一枚。
『灯り』の魔法で、丸太小屋の中は昼間よりも明るくなっている。
起きるにはだいぶ早い時間だけど、みんな起きてしまった。
床に寝てるのは、ワーフさんの鉄杭攻撃を受けた冒険者達だけだ。
「まあ、全員悪気はないと言うか、それなりの理由と覚悟の上、行動したのだろうから恨まないでやってくれ」
出番がなかった大剣を壁に立てかける青年。
「当然、償いはさせますので――ギュギュッ」
小柄な女性が、倒れた冒険者達を縛り上げていく。
あのぅ……ロットリンデさんは放してあげて下さい。
§
「えっ!? 蘇生薬って金貨一枚もするの? ひと瓶、1レルもしなかったけど?」
「ええ、それを聞いた全員が思いましたよ。なんで幻と言われる秘薬がそんな、ゴミみたいな値段で売られてるんだって――ギュギュギュッ?」
ロットリンデさんの縛り具合を念入りに確かめながら、小柄な女性が教えてくれた。
「ゴミみたいな値段……なけなしの全財産だったんだけど」
しかも今回、彼らから支度金としてもらった前払いのお金なわけで。
いろいろと、いたたまれない気持ちになった。
「とても貴重なモノで、ウチのギルドでも扱ってるけど、年に一本入荷するかどうかだ」
「おかしいな……こんなのウチの倉庫にゴロゴロしてそうだし、そもそもティーナさんや寺院の職員さんに頼めば、ツケで蘇生も出来るのに?」
なんて言って首を傾げていたから、この時のみんながどんな顔をしていたかはわからない。
カンカンカンカンカンカンカンカンッ――――♪
突然、外から警鐘が聞こえてきた。
「んにゃっ!? ――――ちょっと、どーなってんの、何コレ!? 今すぐ、ほどきなさいよ! ジューク! たぁすぅけぇてぇ~!」
あ、お嬢様が起きた。




