8話 羽ばたいた記憶
「玄雄くん? 空貴さんの住所分かったよ。連絡先と一緒にスマホに送っておいたから」
「……ありがとう。なあ、本当に良いのか?」
「気にしないでくれ」
羽地は電話を切りながら玄雄の単純さにほくそ笑んだ。
「素直ないい子だ。あなたもそう思いませんか? 浜辺カリンさん」
拘束されたカリンの目の前で彼女の羽根をちらつかせながら語り掛ける。
「この記憶は、誰のものです?」
「言いません……」
羽根を一枚取り出して尋ねる。しかしカリンは答えない。羽地は彼女の強情さに辟易していた。
「……もう適当でいいかな」
「っ……! やめて下さい……!」
「それはもっと上に言ってください。私は中間管理職なので」
羽根を一枚、適当にカリンの体内に戻す。
「おお、羽根を戻した場所に記憶の持ち主の名前が浮かび上がるのか。これなら大丈夫そうだ。ああ、林? まず一人目ね。リストの20番の……」
「やめて下さい……こんな記憶あの子たちには……」
「浜辺さん。人の記憶を奪う権利など誰にもありませんよ」
羽地が微笑みながら、たしなめるように言う。カリンは絶望に下唇を噛みしめた。
「えっ、オオトリの? どういったご用件でしょう? ……! うっ……ぐぅ……! 何だこれ!?」
「どうかしたかい?」
「この記憶は……そうだ、俺は……改造されて…」
「思い出したんだね。……その記憶の通り、君は普通の人間ではない。」
「そんな……」
「社長の独断とはいえ、これは私たちの責任だ。今君たちをもとに戻す方法を模索している。……しかしそれを良く思わないものもいるようでね」
「え……?」
「八田玄雄たちだよ」
空貴さんの居場所は分かった。後は乗り込むだけだ。羽地さんが気を利かせて空貴さんの連絡先まで教えてくれたので、空貴さん本人にも一応連絡は取ってあるしかし空貴さんの許可とオオトリの許可はイコールとは限らない。気を引き締めていかないと。
「ねえ、本当にここに入るの?」
ヒバリが不安そうに口を開く。竹が鬱蒼と生い茂った山、この山を越えた場所に構えた別荘に隠居しているらしい。しかし登山道も全く整備されていない。遭難したら確実に帰ってこられないな。
「みんな、とにかくはぐれないようにしてくれよ。特に涼音」
「は、はいっ!」
山の中に足を踏み入れる。歩くたびに足元で小枝が折れる音がする。真昼間だというのに歩く道は薄暗い。
「本当にこの道しかなかったんですか?」
涼音がヒバリの服の裾を掴みながら震え声で尋ねる。
「うん、色々調べたけどこのルートが一番現実的だった」
先頭を歩く夕陽が髪を耳にかけながら答える。
「飛んでいかないの?」
「銀子さんがそれを言いますか……目立つでしょ。あなたは特に」
「むぅ……」
むぅ、じゃないでしょ。もっと危機意識を持ってくださいよ……ん? 何だ? 足元に羽根……
「踏んだね。じゃあ二人一組に分かれて~。」
木の上から声が聞こえる。次の瞬間、浮遊感とともに体を急激に引きずられる。
「痛て……何が起こったんだ……皆は!?」
「玄雄……?」
「夕陽! 無事だったか。他のみんなは……」
「分からない……」
どうやら敵はすでに罠を張って待ち構えていたようだ。みんなと離れ離れにされてしまった。というかここはどこだ? 小鳥が一羽飛んでくる。
「この小鳥……」
「ヒバリの“クモスズメ”……とりあえずヒバリは無事みたい」
「あんたら無事? 私は涼音と一緒にいるわ」
クモスズメが喋り始める。こいつ喋れたのか……
「分かった。俺と夕陽もとりあえず無事だ、って伝えてくれ」
伝言を頼んでクモスズメを飛び立たせる。
「ねえ、ヒバリと涼音が一緒にいるってことは銀子さんは……」
「うん、でも銀子さんなら多分大丈夫だと思う」
夕陽が不思議そうな顔をする。あの人は、多分大丈夫だ。
「あっ、小鳥さん……うんうん、ヒバリたちは無事なのね。玄雄と夕陽は? ……返事して?」
クモスズメが飛び去ってしまう。銀子は一人取り残されて不安を感じていた。茂みで何かが動く音がする。
「──!? ……誰?」
「筆坂さん! 奇遇ね。こんなところで」
「翠ちゃん……?」
出てきたのは何と波里翠だった。彼女がここにいることに銀子は疑問を感じたが、知り合いに会えたことにひとまず胸をなでおろした。
「ひとまずみんな無事みたいね。……ご苦労様」
「はぁ……良かったです。でもこれからどうしますか?」
ヒバリは不安そうに言う涼音に寄り添いながら地図を開いた。
「一応地図は持ってるけど……あまり下手に動かない方がいいかもね」
「でも早く皆さんと合流しないと……ふぐっ!?」
「静かに」
ヒバリが涼音の口をふさぐ。竹藪をかき分けて一羽のワシが姿を現した。
「もう気付いたのか。……だが、少し遅かったな」