7話 私の娘も6歳だ
「玄雄! 玄雄!」
「……ん……二人とも!無事だったか」
外で夕陽とカリンさんと合流でき、とりあえず一安心だ。
「うん、玄雄、ひどいケガ……」
「ごめんね、二人とも。私のせいでこんな……」
「いえ、気にしないでください。それより、知ってること教えてもらえませんか? 記憶を開放したってどういうことですか?」
「それは……分かった、話すわ。私はペリカンのバードロイド。私のハバタキであなた達の人体実験に関する記憶を奪って貯蔵していたの」
「でも何で俺達は記憶があるんです? 俺達の記憶だけを開放したんですか?」
「理由は分からないけど、空飼くんは、ある日を境に突然人が変わってしまったわ。何かにとりつかれたように毎日実験実験……私は彼を救いたかったの。人体実験の記憶を取り戻しても大丈夫で、かつ彼を救えそうなのはあなたたちしかいなかった」
「救う、か。空飼もそんなこと言ってたな。自分を救えるのは一人だけだ、って」
それを聞いた夕陽がハッとして口を開く。
「私、一人で探索してる時地下に隠し通路を見つけて……そこの部屋に、女の人がいて……」
「女? それってどんな?」
「……死んでたの。女の人の死体が冷凍されてて……」
死体? なんか物騒な話になってきたな…そういえば、空飼の部屋の資料にあった“不死鳥の遺伝子”って……
「久しぶり、最近来れなくてごめんね。実験が忙しくてさ」
空飼がその部屋の女性に声を掛ける。当然返事はない。
「君の名前、まだ思い出せないんだ。すごく大切だった気がするのに、変だよね。何で君のこと生き返らせたいんだっけ? ……聞いても答えてくれるわけないか。また来るよ」
空飼は再び実験に戻る、鳳雛の家の子供と自社の社員を使って。
「生き返らせる!? そんな勝手な理由で!?」
ヒバリが怒りの混じった声を上げる。
「想像だけどな。あそこで見たことと“不死鳥”って言葉から連想できることって言ったらそれぐらいだろ?」
「そんなこと本当にできるんですか……?」
「分からない。この時点で言えるのは、あいつが身勝手な理由でたくさんの人を苦しめてる、ってことだけだ」
「ねえ、私たちなんで呼ばれたの?」
「銀子さん、その話はこれからするから。カリンさんは、ある日を境に突然人が変わった、って言ってた。それで、夕陽とも相談したんだけど、空貴さんに、空飼の父親に話を聞いてみようと思う。今は隠居してるらしいけど、オオトリの連中がタダで合わせてくれるとは思わない。……皆にも力を貸してほしい」
「分かりました! 乗り込んでやりましょう!」
涼音…お前昔とキャラ変わりすぎだ。
「仕方ないわね。私も手伝ってあげる」
ヒバリは相変わらず素直じゃないな。
「みんなが行くなら私も」
銀子さんはある意味ぶれないな……
「みんな、ありがとう」
「それで、空貴さんの居場所はどこなの?」
ヒバリが尋ねる。大きく息を吸い込んでこう答えた。
「それは…これから探す」
「みんな協力してくれて良かったな」
「うん、そうだね。」
「それにしても……どうやって探すかだよなぁ。うーん…夕陽、なんかアイデアある?」
「……玄雄。なんか変わったね。」
「ん? そうか? ……そうだな、前までの俺はいつも一人で何とかしようとしてたからな」
“俺”はそんなことはしていないが、バレると面倒なので話を合わせておく。それにあながち嘘ってわけでもないし。
「玄雄は、玄雄だよね?」
「……当たり前だろ? 何言ってんだよ、もー」
「そうだよね。ならいいの」
何だ今の質問。ひょっとして勘付かれてるのか? バレたからって具体的にどうこうって話じゃないけど、こっちの俺が仲間に頼りもせずに別世界の自分連れてきてるって知ったらみんながどう思うか……
「てことがあったんだけど、どう思う?」
『どう、と言われても……今までそんなことなかったからな……』
「つまり気付かれそうになるのは俺が初めて、ってことか。……無能で悪かったな」
『いや、そういう問題じゃない! ……と思う。君は今までの“俺”と比べて性格の違いが大きいからな……夕陽なら気付くかも……』
「うーん、そうか。俺は別にいいけどさ。あいつらが傷つくだろ?」
『……ああ、これからも隠し通してもらえると助かる。……あ、悪い、兄さんが呼んでる』
「行かなくていいよ。どうせ暇潰しに付き合わされるだけだから。兄貴、いっつも話し相手求めてるからな」
『やっぱり兄弟なんだな』
「……俺は別に寂しくてお前に電話してるんじゃねえよ! ていうか、お前もバレるなよ!」
『ああ』
はあ…調子狂うぜ。同性のほうが気楽に話せるけど、こっちの俺男友達ほとんどいないからな。同性の話し相手が自分だけってどういうことだよ。でも勝手に知らない奴と仲良くなってたらあいつが帰ってきたとき困るだろうしな。いや、それより今はオオトリだ。どうやって空貴さんの住所を調べるか……
「玄雄、ズボンのポケットに名刺入ってたわよ。ちゃんとしまっときなさい」
「母さん……名刺?」
名刺なんかもらった覚えがないが……オオトリ航空開発営業部部長・羽地牙人……羽地……あ! あの時のフライングトルーパー!
「君の方から連絡してくるとはね」
「どういうつもりだ? 何で名刺なんか……」
「別に、ただの癖だよ。用件は何かな? 貴重な休日にわざわざ時間を割いてるんだから」
「……鳳空貴さんの居場所知らないか?」
「へえ、私が教えると思ってるのかい?」
「もちろんただでとは……」
「ああ、いい! いい! 今日は休日だって言っただろ? 君を拘束するなら勤務時間内だ。でも残念ながら私も知らないんだよ。常務なら知ってるかな……分かったら教えるよ」
「あんた、何企んでる?」
「君、改造されたのは何歳の時?」
「え? 6歳の時だ……」
「そうか……私の娘も今6歳だ。私の娘があんな目に合っていたらと思うとゾッとするよ。」
「あんたまさか……」
「私も人間として通すべき筋ぐらいは持っているさ」
「鷹岡常務、いらっしゃいますか?」
「羽地君、何の用だね?」
鷹岡が怪訝そうに尋ねる。
「お尋ね者のバードロイド、空貴前社長に会いたがっているようですよ」
「何?」
「空貴さんの邸宅周辺に罠を張って待ち伏せましょう」
「しかし、どうやっておびき出すつもりだ?」
「娘の話をしたらコロッと信じてくれましたよ」
鷹岡はにやりと笑ってこう尋ねた。
「君と言うやつは……罪悪感はないのかね?」
「私の娘が彼らのような目に合っていたら、と思うとゾッとします。私の娘ではなく彼らで本当に良かった」
羽地が真剣な顔をして答える。
「分かった。フライングトルーパーを出動させる準備を……」
「お待ちください、常務」
鷹岡を制止して話し始める。
「我々ではバードロイドには勝てません。生物としての能力が根本的に違うんです」
「弱気だな。ではどうするつもりかね?」
「浜辺カリンを押さえましょう」
羽地の提案に鷹岡は目を丸くした。
「さっきと言っていることが違うぞ。彼女もバードロイドだろ」
「バードロイドの強さは、“ハバタキ”と呼ばれる固有の能力にあります。しかし彼女のハバタキは“他者の記憶の保存”に過ぎません。いくら肉体的能力に差があっても多人数でかかれば勝てない相手ではありません」
「それは分かったが……浜辺カリンを押さえてどうするつもりかね?」
「常務。私は、思い出はとても大切なものだと考えています。たとえつらい記憶でも、思い出に穴が開いているのはとても悲しいことです。子供達の記憶を、彼女の手から解き放ってあげましょう」
羽地が微笑みながら言った。少年たちの鳥かごに魔の手が迫り始めていた。