5話 首筋が弱点
鳥の怪物に襲われた一件からしばらくして、涼音を俺の通う高校に案内することになった。受験を検討しているらしい。また迷子になられても困るので駅まで迎えに行くことにした。
「何で夕陽まで来てるんだ?」
「……? 人探しするなら人手は多いほうがいいでしょ?」
「涼音が迷子になる前提はやめてやれ」
「でもあれ……」
小柄な少女がスマホで何か調べながら周りを見渡している。危ないなあ。
「……涼音。駅で待ってろ、って……」
「西口に出ちゃったので東口に移動しようと思って……」
それでなんでこんな離れた場所に来られるんだよ。やっぱり夕陽も来てくれて良かったかもしれない。
「あれ? なんで夕陽さんが?」
お前のこと心配してきたんだよ。
「ちょっとな。行こうぜ」
いつもの通学路だが休日だからか人通りはほとんどない。こういう静かなのもいいもんだな。フライングスーツの風切り音がはっきり聞こえるくらい……土曜にしては数が多くないか?
「玄雄! あれ!」
……オオトリの連中か! 涼音も一緒だってのに……
「夕陽、頼む」
「涼音!」
「あの……」
しかし俺のことはスルーして夕陽たちが逃げた方向に飛んでいく。狙いはそっちか!
「おい、おっさん。女子学生追い回してんじゃねえよ」
「人聞きが悪いな。我々では君には勝てん。そこをどいてくれ」
「自信満々で言うことかよ……」
「上司の命令には逆らえないんだ。手土産なしってわけにはいかないからね」
「社会人も大変だな。……でもどかねえ!」
「それなら仕方ない」
囲まれたか。でもそのぐらい想定済みだ、羽根で撃ち落としてやる。
「せっかく飛べるんだ。立体的にやろう」
くちばしに銃弾が直撃する。……上か! なら下から回り込んで……
「単純だな。撃て」
背中に銃弾の雨が降り注ぐ。俺の動きが読まれてるのか。こうなったら人間相手でも手加減抜きだ、死なないでくれよ。
「ぐお!」
「熱い……! 何だこれは!」
焔の範囲を広げると威力の調整が難しい。フライングスーツの機能を停止させる程度にとどめないと……
「なるほど……それが“ハバタキ”か。想像以上だ」
「……あんたは逃れたか。もうあんた一人だけど、どうする?」
「いや? 実は何人かあっちの女の子の方に向かわせてるんでね。全力で足止めするよ」
「そうかよ!」
「ほら、こっちだ!」
「待ちやがれ!」
ちょこまかと……リーダー格だけあって飛行技術も頭一つ抜けてるな。
「追うので精一杯かい?」
余裕そうな声とともに破裂音が響く。中翼は死守したが、右翼を撃ち抜かれてしまう。
「危ねえな……」
「中翼を狙ったんだが。でもそれじゃまともに飛べないだろ。じゃあ、私は部下の応援に行くよ」
「くっ……この……」
その時目の前に一陣の疾風が吹き抜ける。こいつは……
「フライングトルーパー隊長・羽地、止まれ。鳳社長の命令だ」
「隼人……お前……!」
「無様だな、玄雄。ただの人間が相手と思って油断したか?」
なぜこいつが? こいつはどうして……
「早間君、悪いが直属の上司からの命令でね。そちらの顔色も窺わなくてはいけないんだよ」
「なら力ずくで連れて帰る」
「ああ、待った、君とは戦いたくない。分かった。部下を呼びに行っていいかな?」
「……いいだろう」
おっさんの名前は、羽地と言うらしい。羽地が一目散に飛び去っていく。
「そんなことだろうと思ったぜ。俺から逃げられるとでも?」
「思ってないよ」
羽地が隼人の翼を掴んで引き金を引く。翼を思いきり捻って間一髪で回避する。隼人の羽根がエンジンに
変化し、噴射の勢いでそのまま距離をとる。
「ハバタキにもいろんな種類があるんだな……」
「お前、会社の方針は絶対だと言っていたよな?」
「その会社が傾いたら意味ないだろ? 鳳社長は呑気すぎる。私は愛する妻と可愛い娘を養っていかなければならない」
「家族……か」
隼人が加速しながら突っ込んでいく。あいつ前より速くねえか?
「避けられないな。それじゃ……」
羽地が突っ込んでくる隼人の正面から銃を撃つ。眉間に弾が当たるがそのまま加速しながら突っ込んでいく。……やっぱりあいつやばいな。
「ぐっ……早間君、これ労災降りるかな?」
「うぅ……降りるわけねえだろ……」
二人がふらふらと落ちてくる。共倒れか。
「あっ! 危ない!」
翼をクッションにして受け止める。間に合った……
「玄雄……恩を売ったつもりか?」
「痛てて……別に、あそこから落ちたらただじゃ済まねえだろ」
「私にとってはありがたいけどね。……はぁ、これじゃ仕事にならないな」
夕陽たちのところに行かないと。夕陽だけなら問題ないけど涼音を守りながらだと……
「夕陽さん!」
「大丈夫、私が守るから!」
夕陽が涼音を抱えながらフライングトルーパーの銃撃を華麗に回避する。
「夕陽さん、私あれからずっと考えてたんです」
「え? どうしたの?」
「やっぱり見て見ぬふりなんかできません。これ以上誰にもあんな辛い思いさせたくないんです。……私
も一緒に戦わせてください」
「涼音……危険よ、やめた方が……」
「夕陽さんたちと一緒なら、大丈夫です。あの子たちの笑顔すっごく眩しかったから、守ってあげたいな、って」
涼音が夕陽の方を振り向いてにかっと笑う。
「…………分かった。無茶しないでよ」
「はい! それじゃあ早速なんですけど、ちょっとくすぐってもらえます?」
「……え?」
「お願いします!」
「う、うん……」
羽根を使って涼音の首筋を撫でつける。首が弱いのか涼音は大笑いし始める。
「っはっははは! ははっ、ははは! ……ひぃー、あっ涙出てきた!ありがとうございます!」
夕陽には何が何だかわからない。涼音は自分の羽根で涙をふき取ると、その羽根をフライングトルーパーに向けて投げつけた。
「消えた……?」
「消えてませんよ。よく見てください」
よく目を凝らすと、羽根の当たったフライングトルーパーが小さくなっていた。
「驚きましたか? 羽根にしみこませた涙の粒と同じ大きさにしちゃうんです!」
「本当に驚いた……あなたいつの間に……」
「実はこっそり練習してて……反撃開始しましょう!」
涼音がスズメに姿を変えて飛び込んでいく。小さくなったフライングトルーパーを地面に叩き落として軽く踏みつける。
「それ! えい!」
「涼音……」
「夕陽さん、見てないで手伝ってください。涙が乾くまでの間しか効果がないんですから」
「あ、うん……」
二人して小人を追いかけては踏みつぶす。見た目は残酷そのものである。
「夕陽、涼音! 大丈……ぶ……?」
「あっ、玄雄さん!」
「……何やってんの?」
……かくして涼音は、俺たちの仲間となったのであった。
涼音のハバタキ「雀の涙」
自身の涙がしみ込んだ羽根に触れた相手を涙の粒と同じ大きさにしてしまう。自分は小さくできない。羽根が乾くと元に戻る。涼音の意思でも解除可能。
新しい登場人物
羽地牙人
オオトリの施設部隊・フライングトルーパーの隊長。妻と6歳の娘がいる。