4話 友達として
「うぅ……なんなんですかあの化け物……ぐすっ……玄雄さん達も鳥さんになっちゃうし……」
「涼音……とりあえず泣き止んでくれ。周りの人も見てるから……な?」
あの後涼音を駅まで送り届けに歩いているのだがずっとこの調子である。なんて言ってごまかせばいいんだよ。
「あー、ほら、なんかお菓子買ってやるよ」
「子ども扱いしないでください!」
しまった。それはそうだ、何だよお菓子って。曖昧だろ。ていうかヒバリはどこ行ったんだよ。逃げやがったなあいつ。夕陽も黙り込んでないで何か言ってくれ。
「あっ」
「涼音? どうした?」
「人体実験……バードロイド……空飼さんが……」
「お前……! まさか記憶が……」
髪をかき乱してダラダラ汗を流しながら激しく息切れを起こしている。何で思い出した? 俺何か迂闊なこと言ったか?
「涼音、落ち着け。大丈夫だから」
「玄雄、一旦私の家まで連れていこう。この近くだから」
「分かった」
初めて女子の家に上がるのがこんな形になるとは。これじゃ全然はしゃげねえな。
「あら、玄雄くん。久しぶりねえ」
「どうも。この子が体調崩しちゃったんで休ませてあげたいんですけど……」
「まあ、大変じゃない。早く上がって。夕ちゃん、お水持って行ってあげな」
「うん。私の部屋あっちだから」
涼音を夕陽の部屋で休ませる。あんなこと急に思い出したらショックだよな……水を飲ませて落ち着かせる。
「あの……私……」
「……お前が思い出した通りだよ。俺達は、“バードロイド”っていう改造人間なんだ」
「何で空飼さんがそんなこと……私たちと、遊んでくれたじゃないですか……」
あいつは、人の命なんか何とも思ってない悪魔になっちまったんだ。もう、俺達の優しい兄ちゃんは、居ないんだ。
「空飼は……ちょっとおかしくなってるだけだよ。心配すんな、俺達が絶対元の優しい空飼に戻してやるから」
元に戻せるなんて思っていない、あいつは人としてのボーダーラインを軽々飛び越えてしまった。でも今は涼音を安心させなくちゃいけない。
「あの……てことは、まだ鳳雛の家の子どもたちが私たちみたいな目に合ってる……ってことですか?」
「あ……それは……」
「……そうなんですね」
「大丈夫!俺達が止めて見せるから! ……絶対!」
「大丈夫です、ちゃんと信じてますよ。今日はありがとうございました」
そう微笑んで足をもつれさせながら部屋を出ていく。無理に笑顔なんか作るなよ……
「あの……」
「忘れ物?」
「道が分からなくて……」
「……てことがあってさ。こういう時どうすればいいんだよ?」
『俺にもわからない……』
「お前の世界の問題だろ? ちゃんと考えてくれよ」
『そうだけど……俺でも君と同じことを言ったと思う』
「まあお前も俺だもんな。俺同士で話し合ってもしょうがねえか」
『俺が力にならないといけないのに……すまない』
「いや、いいよ。それより、兄貴は元気か?」
『ああ、最近えらく上機嫌だよ。運命の人と巡り合った、とか言ってさ』
「マジか! ちょっと詳しく聞かせろ……」
……遅くまで話し込んでしまった。よく考えたら自分の兄貴の恋バナなんか聞いて何が楽しいんだ。完全
に深夜テンションだった。授業中もほとんど寝てしまっていた。今日は帰ったらすぐ休もう……。
「あなた1年の八田玄雄くん? 直接話すのは初めてかしら」
自分の席でうなだれていた俺に落ち着いた雰囲気の女性が声を掛けてきた。先輩……かな? ていうか見たことあるような……あ、そうだ。波里翠さん、俺が通う高校の生徒会長をしている人だ。話があると言って校舎裏に呼び出された。……俺に何の用だろうか。
「あ、玄雄」
「あれ? 銀子さんも……」
校舎裏に向かうとそこには銀子さんも待っていた。同じ高校だったんだ……自分の世界にいたときは全然知らなかったな。波里さんは、俺と銀子さんを交互に見渡してから重々しく口を開いた。
「ねえ八田くん。筆坂さんをあまり危険なことに巻き込まないでもらえる?」
……! 何でこの人そんなことを……まさか、俺たちの正体知られてるのか?
「私筆坂さんが戦ってるところ偶然見ちゃって……それで気になっていろいろ調べてたの。八田くん、私はね、この子のことを守りたいだけ。そのためにオオトリの人に頼んで改造までしてもらったんだから」
やっぱり全部知られてた。それにしても、この人本気で言ってるのか? いくら友達のためとは言え、自分の意思でそんなこと……おかしいんじゃねえの?
「翠ちゃん、私は自分の意思で……」
「筆坂さん! 無理しなくていいの。こいつに頼まれて断れなかったんでしょ? 私が助けてあげるから、大丈夫だよ」
銀子さんに優しい声で言い聞かせると、今度は俺のほうに向き直った。嫌な予感がする。
「あなたがいなくなれば、筆坂さんはあんな危険に巻き込まれなくて済む……私の言いたいこと分かる?」
「やっぱりか……ここで戦えってことですか?」
「筆坂さんは離れててね」
波里さんの翼がヒスイ色に輝く。俺のくちばしを鉤爪で掴んで空高くに飛びあがった。銀子さんがついてこられないようにするためだろう。
「私が勝ったら金輪際筆坂さんに近づかないで。良い?」
「そんなの無茶苦茶でしょ!」
こんな戦い不毛だ。中翼がなくなればバードロイドとしての力は失われる。さっさと中翼を破壊して終わらせよう。灼けつく夕闇で直接胸を狙う。
「それ、無駄だから」
波里さんに羽根が届くと同時に焔がかき消されていく。なんでだ!
「大人しく筆坂さんから離れてくれるなら見逃してあげてもいいんだけど」
「俺達には、銀子さんが必要なんだよ。勝手なこと言わないでください!」
波里さんがイラつきながら翼をはためかせる。
「やっぱり筆坂さんのこと利用してる、ってわけ?」
「そうじゃない! 銀子さんは俺の大事な仲間なんです!」
「それから、その“銀子さん”っていうのやめてくれない? 私でもまだ苗字で呼んでるのに……」
「何だよそれ……ただの言いがかりじゃないですか!」
「うるさいわね、筆坂さんを守れるのは私だけなの!」
波里の羽根がヒスイ色に輝きながら飛んでくる。かわし切れない、“灼けつく夕闇”で焼き尽くすしかない!
「また火が消えた!?」
「鈍いわね、やっぱり君には任せられないわ!」
次の瞬間、突然現れた激流に飲み込まれてしまう。この水何処から……! 波里さんの羽根だ。これを使って俺の焔もかき消してたのか!
「そのまま溺れなさい」
万事休すか。このままだと本当に溺れ死ぬ! まずい、寒気がしてきた。体が冷たい。まるで全身が凍り付くような…ていうかこれ本当に凍ってない? やっぱり俺凍ってる。そして、氷が砕け散る音とともに寒気と窒息から解放される。
「……筆坂さん、もういいじゃない。あなたは私が守ってあげるから」
目の前に突如現れた氷の道に一羽のペンギンが立っていた。そう、銀子さんはペンギンのバードロイド、冷気を操るハバタキ「ギンセカイ」を使う。
「翠ちゃん、これは私の意思だから」
「どうして分かってくれないの?」
「私はもう守られてるだけの筆坂銀子じゃないの。今も苦しんでる子たちがたくさんいるの。私が守ってあげたいの」
「……筆坂さんは、それで幸せなの?」
「うん。頼られるのも悪くないよ」
ふわりと地上に降りて人間の姿に戻る。けだるい表情でため息をついた。
「それならそれで別にいいよ。でもちょっとでも辛そうに見えたらすぐ止めに来るから」
「翠ちゃん……」
……大変な目に遭った。あの人おかしいよ、何で自分から人体実験なんて……普通の生活って貴重なものなのに。
新しい登場人物
波里翠
銀子のクラスメイトで生徒会長。”カワセミ”のバードロイド。ハバタキは”翡翠の激流”羽根から水を出す。鳳雛の家の出身ではないが、銀子を守るために自ら望んで改造を受けた。銀子が戦っていることは偶然知ったと言っているが、尾行中の出来事である。