1話 夕日が照らす帰り道
「どうすりゃいいんだ……」
俺は頭を抱えていた。突然、現実世界によく似た異世界に連れてこられて「この世界の自分の代わりに人体実験やってるやばい奴を止めろ」と言われても……
家の近所の公園で夜風に当たりながら考えをまとめるが……まとまるかぁ!
「はぁ……もう帰りたい」
しかし俺は帰り方を知らない。つまり実質的に要求を呑むしか選択肢はないのだが。……でも嫌だなぁ。どうなっちまうか分からないし。
考え込む俺の目の前を一人の少女が通り過ぎていく。こんな遅い時間に出歩くと危ないですよーと心の中で注意する……ん?
「あれ……あの子確か……」
そうだ。彼女に初めて会ったのは俺が元いた世界だ。あの時のことは、鮮明に覚えている。
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あれはある晴れた日の夕方、夕焼けが帰り路をオレンジ色に照らしていた。俺は親友の厚田と一緒に下校しているところだった。あ、こいつの名前は覚えなくてもいいぞ。
「はぁ……」
「どうした玄雄、思い詰めて」
「合法的に黒髪美少女の髪の中で深呼吸する方法はないものか……」
「今度の日曜カラオケいかね?」
「無視すんなし」
一人でカッコつけおって。男なら誰もが叶えたい願いだろうに。こいつにも分からせる必要がありそうだ、女性の髪がどれほど美しく貴いものか。
「どうせ暇だろ? せっかくだし中牟田と久島も誘って……」
「でもな? あの美しい色艶……しなやかな質感……男のそれとはやはり違うんだよ」
「その話続いてたのか? 興味ないんだけど」
「興味がない!? お前……正気か?」
「こっちのセリフだ」
「どこかにちょうどいい黒髪美少女がいればお前にも伝わるはずなんだけどな……」
「いやいや、そんな都合よくは……」
「だよな、そんな簡単に黒髪美少女と出会えた……ら……」
その時だった。肩まで伸びた、黒曜石のように黒く艶めく髪をたなびかせながら、俺のすぐ横を通り過ぎていった。────美しい。それ以外の言葉は俺の頭の中から消失してしまった。世界最高の黒髪美少女(推定)が、すぐそこにいたのだ。
「…………厚田、お前にも見えたか?」
「いや、幻覚じゃないから」
その後どうしたって? いや、その時はすれ違っただけで終わりだよ? ……しょうがないじゃん?
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「玄雄? どうしたの?」
その子が俺の顔を覗き込みながら下の名前で呼んでくるもんだからさ。心臓止まりそうになったよね。でも今は舞い上がってられる状態じゃない、この決断は俺のこれからを大きく左右している……気がする。
「ごめん、夕陽。今はちょっと一人に……」
口を突いて出たのは、彼女の名前だ。烏丸夕陽、俺と同じカラスのバードロイド。そこで初めて渡った世界の自分と記憶を共有できることを知った。この地上最強黒髪美少女(推定)と幼馴染とか羨ましいなあ、いや、境遇考えたら不謹慎かもしれないけど。
「そうもいかないよ……つけられてる」
「何!?」
夕陽のストーカーかと思ったがそうではないらしい。俺もすぐに気配を感じ取った、しかも空から。空から誰かに狙われてる。
「玄雄! 飛ぶよ!」
「えっ!? 飛ぶ!?」
バードロイドが鳥に変身できること感覚で分かっていた。でもやり方が分からない。後から聞いた話だと、記憶があっても経験がないからその時はできなかったらしい。どうしていいのか分からずに戸惑っていると空から銃弾の雨が降り注ぐ。あ、死ぬ。
「玄雄!」
その声とともに一羽のカラスが俺の頭を掴んで飛び去っていく。これが夕陽の鳥獣化した姿か? とりあえず助かった!
「ひょっとして飛び方忘れちゃったの?」
「……うん」
「しょうがないわね、振り落とされないでよ!」
そういいながら追っ手に向かって羽根を飛ばす。羽根が突き刺さって追手の内3人が墜落する。単なる鳥人間じゃなかったの? 普通、鳥の羽根にはあんな殺傷能力ないと思うが……
「ていうか、落ちた人大丈夫か……?」
「彼らも改造されてるから、あの程度じゃ死なないわ。っ!」
「おい、夕陽!?」
夕陽が突然高度を下げる。左翼に被弾していた。夕陽が速度を下げた隙に追手の追撃が襲う。やばい、このままじゃ墜落する!
「玄雄……」
夕陽が目を潤ませて俺を見つめている。そうだよ、助けてもらってばっかりでいいのかよ。
「夕陽、俺につかまれ」
「でも飛び方が……」
「何とかして見せる」
別世界の俺とはいえ、俺の体なんだ、気合で何とかなるはずだ。いや、何とかしてみせる! 真っ逆さまに落ちながら全身に気合を入れ、「羽生えろ!」と念じる。
「………………」
「何とかならないじゃない!」
このままでは二人とも地面に激突してしまう。もっと気合入れろ、俺! 人類史上最高の黒髪美少女(推定)に良いとこ見せるチャンスだろ!
「くっ……ダメだ!」
「こうなったら……玄雄! 私の髪の毛食べなさい!」
夕陽が人間の姿に戻りながら言う。聞き間違いか? それとも死ぬ間際の幻覚……?
「夕陽……? いくら俺が髪フェチだからってこんな時に……」
「そうなの? ……って違うわよ! あなたも私も“カラス”だから遺伝子を取り込めば何とかなるかもしれないでしょ!」
そういうものなのか? でも今は迷っている場合じゃない。夕陽の髪を一本手に取って口に含み、そのまま噛み千切る。
「痛っ!」
「あ、ごめん!」
「大丈夫、だから……」
あれ、なんか……体が温かい……温かいのに鳥肌が立ってくる。この感覚は……
「俺、カラスになってる!?」
「驚いてないで早く飛んで!」
そうだった。夕陽の腕を掴んで高度を上昇する。このまま振り切るぜ!
「なんとか撒けたみたいだな……」
「そうね。玄雄! 前、前!」
「前? ……!!」
前方から追手が、1…5…10…まだまだいる!
「玄雄! これじゃ逃げ切れない。撃退するしかないわ」
戦うってことか? さっきの夕陽の真似して羽根を飛ばしてみる。
「おお、すげえ!」
勢いよく撒き散らされた黒い羽がスクリュー回転しながら追っ手に突き刺さる。8割ぐらい撃墜できただろうか。
「クソっ……当たらない……」
さっきの攻撃で撃墜されなかったのは追手の中でも精鋭のようだ、俺の羽根を機敏にかわしながら近付いてくる。
「玄雄! “ハバタキ”を使うのよ、羽根の力を開放して!」
「解放? どうやって……」
「気合よ、気合!」
そんな無茶な、でもやるしかない! 自分の羽を一枚引きちぎって念を込める。念じながら思い出したのは夕陽と初めてすれ違った日の夕焼けだ。脳裏にある言葉が浮かんでくる……灼けつく夕闇。……俺の“ハバタキ”の名前だ。
「あっ、これいけそう!」
「よし、そのまま投げて!」
追手に向かって羽根を投げるが華麗にかわされる。でもこれで終わりじゃない。投げた羽根が赤黒く燃え始める。焔は次第に大きくなっていき周りの追っ手を飲み込んでいく。
「すご……」
「今の内に逃げましょう」
この力は一体……鳳空飼の人体実験って……この世界は一体何なんだ?
「玄雄、助かった。ありがとう」
しかしそう言ってほほ笑む彼女は、そんな疑問すらどうでもいいと思わせてしまうほどに美しかった。……いや、どうでもよくはないけど。
登場人物
八田玄雄
高校1年。平凡な高校生だったが異世界の自分に呼ばれて「鳳空飼」を倒す役目を背負わされる。可哀想。カラスの遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「灼けつく夕闇」消えない焔で相手を焼き尽くす(本人が消そうと思えば消える)。
烏丸夕陽
高1。人類史上最高(推定)の黒髪美少女。玄雄と協力して鳳空飼と戦っている。玄雄と同じく、カラスの遺伝子を持つバードロイド。ハバタキも同じく「灼けつく夕闇」。
八田啓司
玄雄の実父。異世界では義父。
八田光
玄雄の実母。異世界では義母。
八田白夜
玄雄の兄。異世界では…世界の違いを説明するために存在を消された哀れな男。
厚田蓮
玄雄の親友。鏡の世界の玄雄は友達がいないのでこっちではただのクラスメイト。
鳳空飼
玄雄たちをバードロイドに改造した張本人。彼の人体実験はまだ続いている。