9話 鳥の王
「もう気付いたのか。だが少し遅かったな」
竹藪をかき分けて、ヒバリたちの目の前に現れたワシが重々しくつぶやいた。
「矢羽……あんたなの?」
「こんな体になっていても俺のことが分かるのか。まあ、お前はあそこの誰よりも仲間意識が強かったからな……」
ヒバリが看破した通りこのワシの正体は白峰矢羽という。彼はワシの遺伝子を持つバードロイドだ。そして、オオトリの刺客である。
「矢羽さん……罠だったってわけですか。でも敵はおバカさんです! こんな竹藪の中ではあんな大きい
体だと動き辛いはずです。体の小さい私たちの方が有利ですよ!」
涼音がしたり顔で指摘する。しかし矢羽は翼で竹を切り裂きながら向かってくる。
「えぇ~!? そんなのズルいです! ひ、ヒバリさん!」
「……鷲は鳥の王者って呼ばれてるからね。」
「そんな理由じゃ納得できません!」
横っ飛びで回避する。涼音も鳥獣化し、羽根を飛ばして応戦する。しかし矢羽は全く怯まない。
「嘘ぉ……全然効いてない……こうなったら!」
羽根で涙をふき取って投げつける。小さくしてからじっくりいたぶる作戦である。しかし涼音の投げた羽根はひょいひょいと躱される。
「躱されちゃいました!」
涼音が頭を抱えるがこれは演技である。背後にもう一枚羽根を回り込ませているのだ。
「……そこか。」
矢羽が羽根で撃ち落とす。今度は演技でなく本当に頭を抱える。
「うそぉ!? ヒバリさん! 二手に分かれて挟み撃ちにしましょう!」
「え……う、うん」
涼音が右側から飛びかかる。
が、ヒバリがついてきていない。涼音は大きな翼に軽々とはじき返された。
「へぶぅっ! ヒバリさん! 何してるんですか!」
「……ごめん、私……戦えない」
瞳を揺らしながら言うヒバリの姿に涼音は面食らった。
「どういうことですか? 何でそんなこと……」
「そっちこそ、なんで何のためらいもなく戦えるの? あいつも、鳳雛の家で一緒に育った、仲間なんだよ?」
「でも敵です、敵は倒さないと!」
ヒバリが黙って首を横に振る。
「もういい! 私一人でやります!」
小ささを生かして機敏に竹藪の隙間をすり抜けながらかく乱しようと試みる。
しかし矢羽は涼音がどこにいても正確に羽根を飛ばしてくる。
「あー、もう! 大人しくやられてください!」
涙のしみ込んだ羽根を飛ばしまくるがこれも当たらない。
「もう涙が出ませんよ……」
「お前こそ諦めたらどうだ?」
「絶対嫌です!」
涼音の断固とした態度を見た矢羽はヒバリのほうに向き直った。
「……だ、そうだぞ。ヒバリ、お前は何がしたいんだ? 養子の話も断って居座り続けて、突然鳳雛の家を飛び出してオオトリに歯向かったと思ったら、今度は仲間だから戦えない? 悪いがお前の行動は意味不明だ」
矢羽に指摘されてヒバリがうつむく。
うつむきながらポソリポソリと語り始めた。
「鳳雛の家は……私にとって初めての居場所だったの……初めての家族だったの……皆にとってもそうでしょ? あんたたちの方がおかしいよ……敵だからなんて、そんな簡単に割り切れないよ……」
ヒバリが声を震わせながら心情を吐露すると、涼音がヒバリのほうに近づいてくる。涼音は小さな眉を思いっきりしかめていた。
「ヒバリさん、歯を食いしばってください」
「……え?」
ペチ、と軽い音が鳴る。涼音が、小さな翼でヒバリの頬を叩いたのだ。ヒバリは困惑した表情で涼音を見つめた。
「甘えたこと言わないでください。そんなに鳳雛の家が大事なら、なおさら戦わなきゃダメです。私たちの思い出の場所が、空飼さんの実験場にされたままでいいんですか?」
「いいわけない! でも……」
「私だって、みなさんだって、矢羽さんだって痛いんです。一人で逃げないでください!」
涼音が瞳を潤ませながら強く言い切った。ヒバリも覚悟を決めた。仲間が背負う痛みならば、自分も共に背負おうではないか。
「……分かったわよ。やればいいんでしょ」
ヒバリも大きくため息をついて鳥獣化する。
「それでこそヒバリさんです!」
「ごめん」
「いえいえ、お蔭でまだ泣けそうです!」
二人で左右から挟み撃ちにするがまたもや軽く弾かれる。
「ヒバリさん、攪乱ですよ! かく乱!」
「分かった!」
ヒバリがクモスズメの大群を展開する。群れに紛れて二人で攻め込む。
「ちっ……ちょこまかと……」
矢羽が旋回しながら距離をとる。
「隙あり!」
涼音が再び背後から涙羽根を投げつける。しかしこれもすんでのところで回避される。
「危ない……」
「矢羽さん! さっきから飛びやすくなってると思いませんか?」
「何? ……しまった!」
地面に撒き散らされた羽根が涼音の体に戻っていく。
「今気づいても遅いですよーだ!」
「がはっ……!」
地面から突如伸びてきた竹が矢羽の翼を串刺しにする。涼音は、闇雲に攻撃するふりをしてせっせと竹を小さくし、このチャンスをうかがっていた。
「ふっふっふ。隙だらけです。これなら倒せます!」
涼音が拘束された矢羽にジリジリとにじり寄る。
「涼音、待って!」
「何ですか、ヒバリさん? ……ひゃぁっ!」
涼音の背後から巨体が飛んでくる。
「ああ……あれって……」
「矢羽がもう一人……」
現れたもう一人の矢羽が、矢羽を拘束する竹を切り裂く。
「……もうばれたか。こいつは俺の影武者だ」
矢羽のハバタキ“双頭の鷲”。己の分身を作り出す能力である。
「やっぱりズルいです!」
「これで2対2だ。何も問題はない」
涼音が文句を垂れるが、容赦ない正論を突き返される。
「うぐぅ……こんなか弱い小鳥をいじめて楽しいですか!?」
「中翼がないからおかしいと思ってたけど……」
「……気づいてたんですか?」
「気づいてなかったの?」
「まさか! も、もちろん気付いてましたよ!」
涼音が見栄を張ったところで二人の矢羽が襲い掛かってくる。
「こうなったら両方やっつけてやります!」
「違うわ、涼音。多分中翼がある方が本物。そっちだけ倒せば分身も消えるわ」
「……なるほど!」
本物目がけて集中砲火を浴びせるが影武者がそれを許さない。
「邪魔しないでください!」
「そこまでバレていて対処しないはずがないだろうが」
影武者が翼で二人を叩き落とす。
「このままじゃ……涼音、ちょっと時間稼いで。この子たちも手伝わせるから」
「え? 分かりました!」
涼音とクモスズメの群れが再びかく乱を試みる。
「同じ手は食わない」
矢羽が大きく羽ばたくとクモスズメが一匹残らず吹き飛ばされてしまう。
「こっちです!」
一人にされた涼音が必死で矢羽たちを引き付ける。涼音は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「涼音! よく頑張ったね。……雲入道!」
ヒバリがねぎらいの言葉を掛けながら微笑みかける。次の瞬間矢羽たちを入道雲が包み込む。
「何だこれは!?」
「……大きくするのに時間かかっちゃった」
「今度こそ隙ありです!」
涼音が涙羽を矢羽たちに張り付け、小型化した矢羽から中翼を引きちぎった。
「やりましたよ、ヒバリさん!」
「うん、ありがとね。早く他のみんなと合流しよう」
「はい! ……あ、私さっきヒバリさんのこと叩いちゃって……」
「気にしないで。あんたのおかげで覚悟決まったから。行こ」
「は、はい!」
白峰矢羽
鷲の遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「双頭鷲」自身の影武者を作り出す。




