0羽 合わせ鏡の呪い
突然だが、この俺、八田玄雄は普通の人間ではない。
普段は人間の姿で生活しているが、こうして全身の毛穴に力を入れると……羽毛が生える、骨格もこの通りカラスそのもの。俺は改造人間「バードロイド」なのだ。改造人間って言っても“俺”が改造を受けたわけじゃなくて、若干複雑な経緯があるんだけど……
八田玄雄は、警察官の父親とパートタイマーの母親、大学院生の兄と暮らす、ごく普通の高校生であった。あの日までは。
「おっ、玄雄お帰り」
「兄貴、今日研究室の飲み会とか言ってなかった?」
「面倒臭かったからバックれちゃった」
「それいいのかよ?」
「いいのいいの。母さんの料理も食べたかったし~」
「まあ白夜ったら!」
「母さん、見え見えのおだてに乗るなって」
「玄雄~褒め言葉の一つも言えないと女の子にもてないぞ~」
「……兄貴だって彼女いないくせに」
「俺はねぇ、運命の女性との出会いに備えてるんです。お前とは違うんだよ~」
「母さん、今日の晩御飯何?」
「コラ無視するな」
「チンジャオロースよ」
「正しい発音は“シンジャォロースゥ”だけどね」
「兄貴、そんなのどうでもいいよ」
「玄雄、最近お兄ちゃんに冷たくないか? サンディとブルースもそう思うだろ?」
「観葉植物に名前つけんなよ」
「お前は愛ってものが分かってないね。そんなんじゃダメだぞ~」
「俺着替えて来る」
「また無視された!」
「フフッ、年頃なのよ。白夜も昔はそうだったじゃない」
「ええ~? そうだったかなぁ?」
玄雄は、正直兄・白夜のことを面倒くさい奴だと思っていた。しかし決して嫌いではなかった、その面倒臭さも含めて兄とのやり取りを楽しんでいたのだ。
部屋に戻った玄雄はベッドに大の字で寝転がった。「黒髪美少女の幼馴染が突然現れたりしないかなぁ」などと、男子高校生らしい都合のいい妄想をしながら物思いにふけっていたところそのまま眠りこけてしまったようだ。夕食に呼びに来る母の声にも気づかず、夜まで眠っていた。
「……寝すぎた」
玄雄が目を覚ますとタイミングよく部屋のドアが開いた。玄雄の父が呼びに来たのだ。恰好から察するに風呂上りであろう。
「玄雄、やっと起きたか。風呂空いたけどどうする? 先に飯食うか?」
「父さん! フルチンでうろつくなよ!」
「思春期の女子じゃあるまいし。細かいこと言うなって!」
「あーもう……飯食ってくるわ……」
まだ寝ぼけているからであろうか、玄雄は体に奇妙な浮遊感を覚えていた。
顔を洗うためにふらつきながら洗面台に向かう。そこで玄雄は衝撃的な光景を目にした。
「……え。………………えええええええええ!!?」
両頬からカラスのような黒い羽が生えてきていたのだ。驚きのあまり夜にもかかわらず大声を上げてしまう。
「玄雄! 大丈夫か!?」
「何何、何事!?」
玄雄の叫び声に驚いて両親も来てしまった。玄雄は慌ててタオルで顔を隠した。
「何でもない! ちょっと、背後霊が見えただけだから!」
「……何だ驚かせるなよ」
「背後霊……怖いわねぇ……」
両親が洗面台から離れていくのを見届け、恐る恐る顔を覆うタオルをどかしてみる。……鏡には普段通りの自分の顔が映っていた。
「何だったんだ……」
安心しきった玄雄は夕食をとるためにリビングに向かった。リビングでは父と母が笑いながらテレビを見ていた。
「あ。玄雄、晩御飯温めてあるから」
「ありがとー。兄貴は部屋?」
「……玄雄、兄貴って……誰のことかしら?」
最初はたちの悪い冗談かと思ったが、母の顔は真剣そのものであった。父も怪訝な表情を浮かべていた。一体、何が起こっているんだ……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『簡単に言うと、君がいるのは“鏡の中の世界”なんだ。』
「ごめんワカンナイ、何言ってんの?」
突然鏡の中から自分が話しかけてきてこんなことを言われたら誰だって困惑する。俺も最初は夢だと思った、ていうか夢であってほしかった。でも信じざるをえなかった。
「じゃあ、兄貴がいないのもここが鏡の世界だからだ、ってのか?」
そうだ、兄貴がこの世界には存在していない。それだけじゃない、両親まで兄貴のことを覚えていなかった、まるで最初からいなかったみたいに……
『そういうことになる。この世界に八田白夜という人間は存在しない』
「……マジで?」
そんなことって……兄貴は、変な奴だけど、ちょっと面倒くさいけど、いい兄貴だったのに……
『君が元いた世界の兄さんは元気だから』
「そうなの? よかったぁ……じゃあ、俺だけがこの世界に引きずり込まれたってこと?」
『そういうことになる』
「でも誰がそんなこと……」
『俺だ。俺が自ら君と入れ替わった』
「は?」
『君の世界には“鳳空飼”がいないからさ』
どういうことかさっぱり分からん。その鳳空飼って奴と俺がここにいることに何の関係があるっていうんだ。
『それはこれから説明するよ』
「ああ、分かりやすく頼む」
鏡の中の俺の口からは、信じがたい事実が次々に飛び出してきた。
この世界の俺は幼少期を孤児院「鳳雛の家」で過ごしたのち八田家に引き取られた。
鳳雛の家を経営する会社「オオトリ航空開発」の社長が鳳空飼である。
その孤児院で人体実験を受けバードロイドになった。
その人体実験の首謀者が鳳空飼である。
そして人体実験は今も続いている……
「許せねえ……」
『鳳空飼を倒せるのは君しかいないんだ。……頼む』
「……俺しか? 俺の世界に鳳空飼がいないから?」
『そうだ。過酷な運命を背負わせることになってしまう、でも……』
「ちょっと一旦、考え整理させてもらっていいか? 頭おかしくなりそうだ……」
『あ……すまない、一方的に話してしまって。俺に連絡を取りたいときは“960”でダイヤルしてくれたらいい』
とんでもない理不尽である。今まで普通に暮らしていたのに、急に引きずり込まれて人体実験やってるやばい奴を倒せと?
……納得できるかぁ!9・6・0!!
「もしもし俺か!?」
『早かったな』
「そんなもんお断りじゃい!!」