幕間:バナがいなくなってから
パルパレシアの外郭沿いに、下級神のクランの宿舎が建ち並ぶ通りがある。
土を司る下級神ヌンドのクランの宿舎も、その中にあった。
「飯がまずい、量も少ない。どうなってやがる!?」
建物内に怒号が響き渡り、宿舎で生活しているクランメンバーがひぇっと首をすくめる。
声の主は食堂で食事を摂っていた男、クランリーダーのベンダーズだ。
クランの中で最強であるベンダーズに注意できるのは神であるヌンドくらいのものだが、彼がここに来ることはない。
他のメンバーにできることは、怒りの嵐が過ぎ去ることを待つだけだった。
「わお。驚いたぜ、ベンダーズ。お前さんでも料理の味がわかるんだな」
いや、注意できる者は、もう一人だけいる。
直接詰め寄られたガタイのいい筋肉質の中年男性だけは真っ向からにらみ合いに応じ、ベンダーズを馬鹿にするかのように皮肉げに笑った。
「だが仕方ない、なにせ食材がないんだ。俺は一流の料理人だが、無から料理を作れるような魔法使いじゃない」
料理長、ボナパルテ。
白いコック帽と精悍な顔つきから周囲からマエストロと呼ばれる宿舎運営の重鎮だ。
宿舎の食堂で働くのもまたクランメンバー――つまり仲間だ。
だが、ベンダーズの認識としては仲間というよりは奴隷に近かった。
「言い訳をするな、それが貴様らの仕事だろう!?」
彼にとってのクランメンバーとは自分のパフォーマンスを最大限に保つための道具であり、その道具が仕事を果たせないどころか言い訳をしてくるのは許せないものだ。
ベンダーズは怒りを露わにするが、ボナパルテのほうも引きさがりはしない。
というのも、ボナパルテはヌンドの上級神のクランから派遣されてきた、いわば監査役とでもいうべき人物である。いざとなれば、ボナパルテはヌンドすら恐れはしない。
「ああ、そうとも。あんたらの心と腹を満たし、明日もダンジョンにお勤めしていただく。それが俺の喜びさ。だがね、だったらもう少し稼いできてはくれんかね? バナがいなくなってからこっち、経費の支出が多くてかなわん」
「ああん? バナだぁ?」
「あいつが色々と雑務をしてくれてたから、あの質の料理が出せてたんだよ。他のクランからも苦情が来てるぜ? なんで追放したんだってな!」
というのも下級神のクランでは物々交換が主流である。
あるクランは野菜を。あるクランは肉を。というようにダンジョン内で収穫するものの役割分担をおこなうことで効率的に調達をおこない、互いに交換し合っているのだ。
複数のクランを跨いで、その管理を取り仕切っていたのがバナだ。
毎日、色んなクランに顔を出しては腐りそうなものや余っているものを合理的に分配していたのだ。
言うは易しだが、安定しない供給と消費を踏まえれば神技のような手際である。それができないバナの後任者を無能と評するのは酷であろう。
分配管理の手数料代わりとして、ヌンドクランは格安で食材を入手していたのだが、バナがいなくなってからは無駄な廃棄物が増えて、どこのクランも困窮しつつあった。
(追放されたあと、どこに行ったのやら)
あの少年は聡い。
一流の冒険者であれば賢いことはごく当然のことではあるけれど、それにしたってずば抜けていた。
ボナパルテは賢い少年が好きだ。
いや、ボナパルテだけではない。一流の冒険者のほとんどは賢くて素直な人間が好きだ。
――ただ、嫉妬に狂う奴もたまにいるが。
その筆頭であるベンダーズには内緒だったが、なんとかレベル上げをさせてやれないかと、クランのサブプレイヤーと調整していたところだったのだ。
ベンダーズの勝手な行いは今日に始まったことではないが、息子のように可愛がっていたバナを勝手に追放されて、さすがのボナパルテも我慢の限界だったのである。
せめて宿舎のなか、ボナパルテの目の届く場所で追放が行なわれていたなら、上級神のクランに移籍させることができたものを。
バナが去ってから一ヶ月。
ボナパルテのところには、居場所さえわかればスカウトしたいという他クランからの問い合わせが何件もきている。
それが「あいつを追放するなんてお前はバカだ」と言われているようで、我慢ならぬ。
ボナパルテは、詰め寄せてくるベンダーズの胸に逆に指を突きつけた。
「いいか、ベンダーズ。食事の質を元に戻したいなら、サブプレイヤーのパーティーをふたつ食料調達にまわすか、バナに頭を下げて戻ってきてもらうことだな! 冤罪をふっかけられたあいつが戻ってくるかどうかは知らんがね!」




