そのスキルに夢を乗せて
隔離迷宮都市の端っこ、誰も訪れそうにない場所に赤犬通りはある。
迷宮都市が開始された黎明期、冒険者の平均レベルが低かった時期はここも活気があったらしいけれど、住む場所に困らなくなったいまでは、ぼくみたいにクランを追放された訳あり冒険者だらけになっている。
そのため、口の悪い人は『負け犬通り』と呼んだりもする。
もちろん治安は迷宮都市で最低レベル。
ぼくが駆け足で向かっているのはそのなかでも一際ぼろっちい小屋だった。
「ばーん! メイア様ただいま帰りました!」
入り口の木製の扉はボロボロなのでそーっと開け締め。でも、代わりに口では元気よく!
室内に明かりはなく、差し込む太陽の光だけが室内を照らす。
狭い部屋の中には前の住人が残したボロっちい机とベッドだけがあって、ぱっと見は無人。
でも、
「おお!! バナ、帰ったか!」
とベッドの下から這い出てきたのは、1ヶ月前、ぼくに話しかけてきた少女だった。
いまはフードを被らず、その銀色の髪と可愛らしい顔を惜しげもなく披露している。
このお方こそ、100年前の主神。ぼくに加護を与えてくださったエルトメイア様。
ちなみにベッドの下に隠れていたのは防犯上の都合。
なにせ、この地区は治安が悪いので女の子が一人とバレればどうなるかわかったものじゃない。
隔離迷宮都市のすべての建物には、神々の力で扉にロックがかかっているけど、それでも警戒するに越したことはない。
ぼくはもらってきたクエストカードを自慢げに掲げた。
「はい。無事にもらってきました。クエストカードです!」
「おー! よしよし! さっすがバナだな! えらいえらい!」
メイア様はぼくの顔に飛びつくと、摩擦で火がつくんじゃないかって激しさで頭を撫でる。
自分よりも小さな女の子になでなでされるのってちょっと恥ずかしいかも。リミューさんには見られたくない光景だなぁ。
ぴょんっとぼくの頭から飛び降りたメイア様は、次いでクエストカードを引っ張る。
「それで!? それで!? コモンはどれだけ溜まっておるか!?」
「はい! ちょっと待ってくださいね。ここをこーして、こっちのほうをタッチして、と。……。出ました! 50コモンです!」
コモンとはメインプレイヤーにのみ与えられるポイントだ。
迷宮都市では、冒険者が神々の代理戦争をしているんだけど、その内容というのが、このコモンというポイントの争奪戦。
ダンジョンでモンスターを倒したり、ボスを倒したりすることで貯まるポイントで、この数値の多寡で主神になる神が決まる。
冒険者同士でも取引が可能で、クラン同士が決闘をおこなうとコモンを賭けた戦いが繰り広げられることになる。
初期にコモンが配布されているのはこのためだったりする。
「ご、50コモンだと!? ひひひ。これで、これで……あの阿呆どもを……」
「メイア様、顔が怖いですよ?」
その数字を聞いてメイア様の顔が壊れたので、マッサージするように、ほっぺたをムニムニしてあげる。
この神様ときたら、100年間もぼっちをこじらせていたせいか、放っておくとすぐに復讐に走ろうとするのだ。
「おお。すまぬすまぬ。
ごほん! ……さて、これでワシらの最初の目的は達成されたといえる」
「はい!」
天界から追放されるとき、メイア様は神の力のほとんどを封印されたのだという。そのため、いまのメイア様はなんの力も持たないただの小娘に過ぎない。
「だが、このクエストカードに貯蓄されているコモンとは、実は純粋な神の力そのものなのだ。
そして、神の力を失ったとはいえ、余の神の力を扱う技術は健在しておる。
そう! このカードに溜まっているコモンを使えば余も神の業を扱うことが可能なのだ!」
「さすがメイア様です!」
わはは、と腰に手を当てて高笑いを上げる姿は調子に乗った女の子そのもの。
あんまり神様っぽくないとは言ってはいけない。
「ふはは! もっと褒めよ褒めよ!
しかもそれだけではないぞ! 他の未熟な神どもと違い、余はこのコモンを使ってバナを強化することができるのだ! どうだ、すごいであろう!」
「さすがメイア様です!」
「わははは! さらに! さらに! 本来であれば習得するのに長い鍛錬が必要な高等なスキルまで、コモンの消費で習得させることが可能なのだ!
どうだ、バナよ。余はすごいであろう!」
「さすが メ イ ア 様 で す!」
さっきと立場が正反対。高笑いをあげるメイア様の頭をめっちゃ撫でると、嬉しそうに微笑む。
「くくく……ヌンドの奴め。余が力を取り戻した暁には消滅させてやろうと思っていたが……バナを余に遣わした功績に免じて半殺し程度に済ませてやろうぞっ!」
ヌンド様というのは、もともとエルトメイアの下級神を務めていた神様だったらしい。
神の力を失ったメイア様が、ぼくに加護を授けることができたのは、その繋がりを利用してヌンド様の加護を上書きして横取りしたからに他ならない。
それでも上書きするのに一ヶ月かかったけれど。
「ほーら。メイア様ってばまた怖い顔」
「すまぬすまぬ。一人でいた時間が長ぅて、ついつい……」
ぼくがメイア様のほっぺをつまむと、にへらと顔を弛緩させる。いまのぼくらに必要なのは復讐心じゃなくて、向上心なのだ。
「よーし。50コモンだ! 50コモンである。何に使おうかなー!
バナの筋力強化……? いや、レベル2じゃ少々強化したところで初級のダンジョンも無理……。
ならば魔力なら、と言いたいが使える魔法もなし。スキルにしたって50コモンではなぁ……。
むむぅ……どう使えばいいのやら」
たったの50コモンでできることなんてそう多くない。
例えば、いまのぼくはレベル2だけど、レベルアップにぜんぶ使ってレベル4になれるくらいだ。
迷宮都市にある一番簡単な初級のダンジョンに挑むことすらままならない。
「あの、メイア様。ぼくにアイデアがあるんです」
でも、ぼくにはこの一ヶ月、温めていた考えがあった。