クエストカード
「クエストカードの使い方はわかるわね?」
「基本的には従者のものと同じなんですよね?」
クエストカードの上に指を滑らせると表面に青い光が灯り、ぼくのパーソナル情報と持っているクレジット(この迷宮都市で使用されている通貨の単位だ)が表示される。
隔離迷宮都市ではじゃらじゃらと硬貨を持ったりはしない。このカードをかざすことで全ての支払いが行われるのだ。
ちなみにサブプレイヤーや従者に支給される通称『デビッドカード』には名前の表示とクレジットの取引機能があるだけである。
「わ。5万クレジットもはいってる!」
5万クレジットといえば、ほそぼそと暮せば3ヶ月は生活できる金額だ。
ヌンドクラン時代にはもっと大金を扱ったこともあるけれど、個人の自由にしてもいいって言われると全然意味が違う。
何を買おうかな、なんていまから考えちゃったりして!
だってだって仕方ないじゃない。この1か月間ぼくたちが食べていたものといえばそこらへんに生えてる草だとかばっかりだったんだもの!!
通りにある酒場で山盛りのごはん食べたりとか、神様とちょっとお洒落なレストランでディナーとか行ってみたーい!
なんて思ってたら、
「それは初期に配布されている”準備金”としてのお金よ。ちゃんと装備の充実に使いなさい。けっして遊びに使ったりしないようにっ!」
冷たい目で釘を刺された。完全に思考を読まれてる……
「あ、あはは。もちろんですよ! ……へー、メインプレイヤーのクエストカードって色んな機能があるんですね!」
ペタペタとカードを触っていると表示が切り替わる。
クエストクリア履歴だとか、メッセージ機能だとか。デビッドカードにはなかった機能がたくさんある。
……覚えきれるかなぁ。
「操作は大丈夫そうね。じゃあ、説明書を渡すからあとは自分で勉強なさいな」
言ってカウンターの上に置かれたのは、ドンっと分厚い説明書。
ちょっと待って!? 人を殴り殺せそうなくらい分厚いんだけど!
表紙には『隔離迷宮都市のしおり』の文字と、可愛らしいイラストが描かれている。
それだけを見ると楽しい絵本のように見えるんだけど、ちらっとページをめくると細かい文字がびっしり!!
これ、絶対読ませる気がないやつだ!?
「り、リミューさんの口から重要なところだけ教えてほしいなぁ、なんて思ったり……?」
「絶対にノゥ!! 何ページあると思ってるの!?
これくらいメインプレイヤーの嗜みとしてちゃんと暗記しなさいな。あ、今度会ったときに、覚えているかちゃんと試験するから」
「そんなぁ……」
ぺらぺらと何ページかめくってみると、クエストカードのこと以外にも迷宮都市内の施設の説明や、メインプレイヤーとしての立ち振る舞い、基礎的な魔術理論なんかも記載されているようだった。
ええ……。これ、全部覚えるの……?
冒険者ギルドの職員さんたちは全部暗記してるって噂だけど、自分たちにできるからって言って、ぼくにできると思わないでいただきたいっ!!
ぼくがぐずっていると、リミューさんは仕事はもう終わり、とばかりに説明書をぼくの手にを持たせる。
「ほらほら、こっちも業務で忙しいの。さっさと帰って勉強なさい。次の人、どうぞー」
「あうあう……リミューさーん……やさしいやさしいリミューさーん……」
ぎりぎりまでカウンターにすがりついて上目使いで見ると、リミューさんが「しかたないわねえ」と腰に手を当てながら特大のため息をついた。
「はぁ……まったく……。一回だけよ? 今晩、一回だけ教えに行ってあげるわ」
「やった! ありがとう。リミューさん大好き!」
本当はよくないのよ? と言いながらも、優しい表情で「おー、よしよし」と頭をなでてくれる。
ぼくにお姉さんが出来たとすればきっとこんな人なんだろうな。
向こうはペットくらいにしか思ってないんだろうけど。
「じゃあ、またあとで! っぐぇー……」
走り去ろうとしたぼくの襟首を掴んだのはリミューさん。
首が締まって変な声が出ちゃう。
「待ちなさい。教えるって言っても、いまはどこに住んでるの? ヌンドクランは追い出されちゃったんでしょう?」
ああ、そうだった。ぼくって住所不定無職みたいな扱いだったんだっけ。
いまは栄光あるメインプレイヤーなんだけどね! ふひひ。
「はい! いま住んでるのは赤犬通にある青い屋根の小屋です!」
「げ……」
赤犬通り。
その名前を聞いた瞬間、リミューさんの表情が凍りついた。