憧れのメインプレイヤー
「確かに書類上は設立できるけれど……。所属者はひとりもいないわよ? いや、まあ……そのために初期プレイヤー申請書があるんだけど」
リミューさんはとてもいい人だと思う。
ぼくの申請に対して、言葉を濁してなんとか翻意させようって感じ。
普通に考えたら保護者なしにレベル2がダンジョンに潜ろうものなら即死しちゃうもんね。
ぼくだってそう思う。
「でも決めちゃったんです。ぼくには夢があるんです」
ぼくがきっぱりと言うと、リミューさんは「そうだよねー」って呆れたようにため息をついた。
「冒険者さんってみんな頑固だもんねえ……。
なんだかんだ言って、バナ君も冒険者ってことなのかしらん? でもあんまり無茶しちゃだめよ?」
リミューさんが「仕方ないわねえ」と嘆息しながら、ハンコを押した申請書を事務の人に回す。あとは申請が処理されるのを待つだけ。
ろ、座席に座りながらワクワク待っていたときだった。
「エルトメイアクランか! はっ、古い神も堕ちたもんだな。お前みたいなやつだけしか勧誘できないとはな!」
後ろからどんっと乱暴に肩を叩かれた。
振り向くと、ぼくが前に所属していた土を司る下級神『ヌンド』様が運営するヌンドクランの人たちが嘲笑を浮かべていた。
この先輩たちのレベルは平均で40くらい。地上界なら一流と呼ばれるレベルだけど、この街ではたくさんいるその他大勢に過ぎない。
レベル2が偉そうになに言ってんだ、って言われるとその通りなんだけど。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
この人たちは悪い人じゃない。
荒っぽいっちゃ荒っぽいんだけど、こんなふうに絡んでくる人じゃないと思ってたんだけどな。
ぼくが挨拶をすると、ヌンドクラン時代の先輩は息を吐きつけるようにして顔を近づけてくる。
「そういうこと言ってんじゃねえよ。まさか恥知らずにもまたここに現れるとはな」
「……恥ですか?」
「クランの運営資金を持ち逃げしたって話だろ、お前」
「なんの話です?」
「しらばっくれてるんじゃねえ! リーダーのベンダーズが言ってたんだ。クランの運営資金を横領してたからクビにしたってな」
ああ。そういう話になってたんだ……。
そういえば、帳簿を管理する手伝いをしているときに大量の使途不明金を見つけて指摘したことがあったっけ。ベンダーズさんは、追放ついでにぼく一人に罪を着せて精算することにしたらしい。
本来だったら罪を着せられたことに対して怒るべきなんだろうけど、そんなことよりもいまはクラン開設の大切な申請をしてるんだ。邪魔しないでほしい。
リミューさんも同じ気持ちだったらしい、キッと彼らをにらみつける。
「あなたたち、他の冒険者さんの邪魔になるのでお静かに。
バナさんはもうあなたたちのクランのメンバーじゃないんです。あんまり無礼を働くと、処罰を申し立てますよ」
冷たい声で冒険者ギルドからの処罰をちらつかされて、元先輩たちはチッと舌打ちした。
そして去り際に、
「ふんっ。いつか報いを食らわせてやるからな!」
なんてひねりのない捨て台詞なんだろう……。
座席の方に戻って行ったのを見届けて、リミューさんが周囲の冒険者に聞こえないように、こそっと耳打ちしてくる。
「あんなこと言われてていいの? 冤罪でしょう?」
「あの人たちはベンダーズさんに言われたことを鵜呑みにしてるだけなんで……」
「それでも悪評は命取りになりかねないわ。特にクラン開設直後にはね」
むむ。確かに。
ぼくはあそこで反論すべきだったのかもしれない。
ともあれ、リミューさんはプロである。
ぼくたちが揉めている間にいろいろと手続きを済ませておいてくれたらしい。
リミューさんの後ろからやってきた事務員の人が、銀色のトレイを恭しくカウンターの上に置く。
その上にあるのは美しい絹の布につつまれた小さな荷物。
――心が高鳴る。
夢見ていたものがいま目の前にあるんだ。どきどきするなっていうほうが難しい。
ぼくは震える手で布の端っこをつまんで、そして丁寧に開いていく。
「これが……」
絹の布に包まれていたのは銀色に輝くカードだった。
なんの文字も書いていない、金縁の施されたのっぺらぼうのカード。
「ええ。あなたのクエストカードよ。バナくん」
これこそが、迷宮都市の冒険者が望んでやまぬ代物――クエストカード!
「これであなたもメインプレイヤーの仲間入りね! おめでとう!」
主役。
この都市には30のクランが存在して、各クランに在籍しているメンバーの数は平均で200人と言われている。
でも、このクエストカードが与えられるのは各クランたったの5人。それがメインプレイヤーと呼ばれる存在。
冒険者なら誰だって物語の主役になりたいと望むはずだ。
でも、他の冒険者たち――サブプレイヤーだとか、従者だとか呼び方はいろいろあるけれど、他の者たちはどれだけ強くても、隔離迷宮都市っていう物語の主役にはなれない。
なぜならば、神様たちの戦争の代理人たる資格はメインプレイヤーにのみ与えられるものだから。
そして、このクエストカードこそが隔離迷宮都市の主役、メインプレイヤーの証なのだ!
「綺麗……ですね」
まるで夢みたいだ。
持ち上げたら、砂糖になって粉々になって崩れてしまうんじゃないかなってくらいにふわふわした気分。
でも、実際にクエストカードに触れると、ひんやりと冷たい金属の感触が返ってくる。
夢じゃない!
「リミューさん。夢じゃないんですよね!? これ!」
手で触るだけじゃこの感動は伝わってこない。
ふひひ、思わずカードに頬ずりしちゃったりして! 頬ずりすりすりー!
「ええ。夢じゃないわ」
あまりにもぼくが喜ぶもんだから、リミューさんはちょっと呆れ気味に笑う。
「信じらんない! ぎゅーってほっぺたをつねってみてください!」
「はい。ぎゅーっ! どう? 満足?」
しなやかで柔らかいリミューさんの指が、頬をぎゅーっとつねる。めっちゃ痛い! っていうか痛みで死ぬ!? ちなみにリミューさん、レベル35。
でも、ほんとのほんとに夢じゃない!
出てきちゃった涙は頬をつねられた痛みのせい? それとも嬉しさのせい?
そんなのどっちでもいいや!
ああ! クランを追放されて本当に良かった!!