エピローグ:英雄の資質
――手がなんだか温かい。
めちゃくちゃ体が痛くて、目をあけるのもおっくうなくらいだけど、右手から伝わってくる温かさが身体全体にじーんと広がっていくのを感じて、起き上がる気力が沸いてくる。
「ここは……」
うっすらと目を覚ますと、そこは赤犬通りにあるぼくたちの拠点だった。
今日の朝、ダンジョンに潜るために出てったときと何もかわらないぼろっちい小屋。
外から差し込んでくるのは、どう見ても朝日な感じなんだけど……
って、ええぇぇぇ!? もしかして、あれって夢落ちっ!?
ぼくが愕然としていると、
「バナ! 目を覚ましたか! よかった!」
「め、メイア様っ!?」
ベッドで寝たままのぼくに抱き着いてきたのはメイア様だった。
ずっと手を握っていてくれたんだろう。ぼくの手に残る温かさと、頬を撫でる手の温かさはまったく同じものだった。
「傷だらけのそなたが冒険者たちに運ばれてくるのを見て、余は心臓が止まるかと思ったぞ!?」
「じゃ、じゃあ、あれは……夢じゃない?」
「ああ! ああ! 余はそなたの冒険を聞いたぞ! 勇敢だったと! まさしく英雄の姿だったと!」
ぎゅーっと力強く抱きしめられる。
ぼくの頬を濡らすのは……涙?
「メイア様……泣いてます?」
「バカモン! 神たる余が涙など流すわけがなかろう! これは……そう、聖水だ! この……バカモン!」
2回もバカって言わなくても……。
ぼくは逆にメイア様を抱きしめて、目を閉じた。
お互いに抱きしめあうだけ。
100年前に追放されたこの女神さまはとっても華奢な体つきをしている。
互いの熱を感じ、心臓の鼓動を聞いているだけの静かな時間がしばらく流れる。
「――でも」
やがて、離れたのはぼくのほうだった。
「でも、メイア様のおかげで戻ってくることができました」
右手にあるメイア様からいただいた加護の紋章――巨人を倒す際に不思議な能力を見せたあれはいったいなんだったんだろう?
「ふふん。余の加護を舐めるでない。元ではあるが主神様であるぞ」
聞いてみたかったけど、ぼくが口を開くより早く、額をこつんとつつかれて、ちょっとタイミングを逃してしまう。
まあ、いいや。いつでも聞けるだろうし。
「まったく、無茶をするなと言っておいたのに、冒険者とは難儀なものよな」
「あはは……それが冒険者ってやつですから」
冒険者は冒険しちゃだめだって言う人もいるけどね。
でも、だからこそ危険を冒して勝ち取ったものは尊いのだ。
……勝ち取ったもの?
ぼくはガバッと起き上がって、クエストカードを探した。
どこだ!? ぼくのクエストカード!
ベッドの横にあるぼろっちいテーブル。その上に……あった!
急いで手に取り、カードの上に手を滑らせると青い文字でぼくのパーソナル情報とクレジットが表示される。
でもいまはクレジットなんてどうでもいい。
「め、メイア様! メイア様! これ見てください! このコモ……あ」
そこで思い出す。
そうだった。ぼくはオーバーサイクロプスを討伐するのにすべてのコモンを使い果たしてしまったのだ。
「どうした、バナ。なぜ手を止める?」
手を止めたぼくを見て、メイア様が頬杖をつきながらニコニコとほほ笑む。
「だって……」
ぼくはクエストカードに手を滑らせた。もしかしてオーバーサイクロプスを倒した報酬くらいはあるかもしれないし。
1000コモンくらいあったら嬉しいな、なんちゃっ――
「5 万 コ モ ン っ!?」
「どうした。そんなに慌ておって」
「だって! 見てください! これ!」
ひ、ひぇー……。
5万コモンって、ぼくの眼球がバグっちゃったのかな!?
急いでクエストの詳細を確認する。
クリアしたクエストは2つ。
・初級ダンジョンクリア
・初級ダンジョンクリアの最低レベル更新
最低レベル更新の報酬は更新したレベル×1000コモン。つまり5万。
そして初級ダンジョンクリアの報酬は5000。
オーバーサイクロプスを倒した報酬が10コモン。(200人で分散されたためだ)
合計として表示されているのは55,210コモン。
……あれ? 若干計算が合わない感じ?
ぼくが混乱していると、メイア様はやさしく頭を撫でてくれた。
「余はな。あの日、そなたを――バナを選んでよかったと、心の底から思うておるよ。
一緒に過ごしたこの一ヶ月はとっても楽しかったし、このように心の底から他者を心配したのも初めてだ。
こうして生きて帰ってきたのは、すごくすごく嬉しいし、しっかりと成果を上げてきたのもまた誇らしい」
成果! そう、5万コモン! ふひひ、どんなスキル取れちゃうのかな!? 伝説の勇者みたいになれちゃったりして!
ぼくが内心はしゃいでいると、メイア様の華奢な指が頭から頬に動き、ぼくの唇に触れて止まる。
なんだろうと思ってメイア様の顔を見ると、真面目な表情でじっとぼくの目を見つめていた。
「……だがな、余が誇りに思うのはコモンの多寡によるのではない」
「え?」
「コモンとは神の力。信仰、祈り、憧れ。そういった人の想いを凝縮した力の結晶なのだ」
「じゃあ、この200は……?」
「そう。5万という数字に比べれば、ほんのわずかの爪のさきっぽ程度の数字に過ぎぬ。
だがそれこそが、あの場にいた冒険者たちのバナへの憧憬と祈りの証明なのだ。
きっと……これこそが英雄の資質と呼ばれるものなのであろうな」
あの場にいた200人の冒険者さんたち。みんなぼくよりも遥かに強くって、いまだ憧れの対象だ。
そんな人たちがぼくを認めてくれたってこと!?
「ふふ。超うれしいです」
だとすれば、5万コモンも嬉しいけれど、この200コモンにこそ宝石みたいな輝きがあるように見えてくる。
鼻がつーんとなって、口角が上がってしまう。
心臓の奥のほうから何かが湧き上がってくる。……熱い!
「そなたはこれからまだまだ強くなる。余が強くしてみせる。だから余とともに――」
「はい。一緒に強くなっていきましょう」
そして今日もまた迷宮都市の一日が始まる。




