新クラン設立!
隔離迷宮都市の中央を占拠する大きな白亜の塔。
それがこの隔離迷宮都市の管理をしている運営母体の拠点だ。
都市のなかでも飛び抜けて背の高い建物で、都市全体を見張るかのような威圧感がある。
なかでも一階フロアは冒険者管理部、通称『冒険者ギルド』になっており、今日も職員たちが忙殺されるほどに繁盛していた。
高い天井。顔が映るほどに磨かれた床。用意された椅子は王様が使うようにふかふか。
冒険者で繁盛しているって言うと、酒やタバコの匂いで溢れそうなイメージがあるけれど、ここはまるで王宮だ。
冒険者たちも、お行儀よく自分の呼び出し札の番号を呼ばれるのを待っていて、外の世界の冒険者とはまったく違う生き物のよう。
なぜかって?
それは冒険者ギルドっていう団体の特異性のせい。
隔離迷宮都市では、ほぼすべての生活が冒険者たちの互助で成り立っているんだけど、この冒険者ギルドだけは別。
主神争いの権利を放り投げて、すべての冒険者を平等に支援することを表明したミッドマイア様は、代わりに各クランに所属する冒険者に賞罰を与える権利を得た。
その権利を代行するのが、この冒険者ギルドだ。
ミッドマイア様が取り仕切るこの団体は、他の神々の干渉を受け付けない。
それどころか必要とあらば容赦なくバシバシ処罰していくので、神様たちにすらとても恐れられているのだ。ある意味では迷宮都市最強のクランって言えるかもしれない。
自分こそが英雄だと信じてやまない強面の冒険者たちが、番号札を片手に椅子に座っておとなしく順番待ちをしているのは、なんだか微笑ましい。
かくいうぼくも、そのなかの一人として、ちょこんと椅子に座って、呼び出される順番を待っているんだけどね。
目立たないようにフード付きのローブをまとい、顔を隠しながらではあるけど。
やがて、
「あら、どこかのクランの新人さんです?」
番号を呼ばれて、カウンターに座ると制服姿のお姉さんが応対してくれる。
お姉さんの疑問ももっともだ。
普通の冒険者なら、まず最初にクラン所属の証明札を差し出す。
責任の所在を明確にするために登録が義務付けられているもので、冒険者ギルドではそれがないとあらゆる業務を受け付けてくれない。
ただひとつの例外を除いて。
ぼくはフードをとって顔を見せた。
「お久しぶりです。リミューさん」
「あら、バナくんじゃない。心配してたのよ、1ヶ月も顔を出さないから」
冒険者ギルドにはクラン同士の日用品の融通や協力依頼や、冒険者ギルドからの『ミッション』として用意されたクエストが登録される。そのため、毎日のクエストの確認も雑用係の仕事なのだった。
その対応をしてくれていたのがこのリミューさん。
優しくてスタイルばっちしなお姉さんで、冒険者の中にはアタックして玉砕する人が耐えない。
「実は前のクランを追放されたので、新しいクランのメンバーに登録しにきたんです」
「あら、それは……おめでとうと言うべきなのかしら? あ、でも移籍先のクランの人が付き添ってないと登録できないのだけど」
「いえ、大丈夫です」
リミューさんが「ぜんぜん大丈夫じゃないんだけど……」って怪訝な表情を浮かべる。
でも、ぼくが一枚の紙を差し出すと、その顔色が変わった。
「これは……初期プレイヤー申請書!?」
それもそのはず。この用紙は隔離迷宮都市が開闢した最初期にのみ使用されたもので、100年以上つかわれてこなかったものなのだから。
ちなみにプレイヤーとは、クランメンバーのなかでもダンジョンに挑戦する人のことを言う。
「はい! 初代クランリーダーとして申請します!」
そして、初期プレイヤー申請書とは、所属メンバーの存在しないクランだけが出すことが出来る申請書。
既存メンバーが存在しないのだから、付き添いも何もない。
「これ、本物……なの?」
リミューさんは申請書を受け取ると、驚きと疑惑の入り混じった表情で指差し確認しながらチェックしていく。
「神印は正式のもの。書式問題なし。初代リーダーはバナ・トレントン。クランの名前は……エルトメイアクラン!?」
リミューさんが驚愕し、大声を出した瞬間、周囲がざわめいた。
――生命を司る神『エルトメイア』。
かつてのこの世界の主神であり、もっとも偉大だった女神の名前。
「ほ、本気で言っているの……?」
そして100年前に配下の神々に追放され、天界から堕ちた愚かな神の名でもある。
疑われるのは想定していた。
いままで消息不明だった古の神のクランを名乗ったのだから疑うなという方が難しい。
「はい。ここに証をいただいています」
右手を掲げるとその甲には神様――エルトメイア様から加護をいただいた証である紋章が輝いている。
「クラン設立の条件は満たしていますよね? この隔離迷宮都市においてクランは神様一柱につき一つ運営できるって聞いています。神格を失っていないエルトメイア様には権利があるはずです」
普通のひとならやめとけって言うと思う。
だって、この隔離迷宮都市でレベル2の冒険者が一人でクランを運営なんてできるわけがないのだから。
でもぼくは信じている。
「だから初代リーダーとして、エルトメイアクランの設立をここに申請します」
あの日出会った少女――ぼくにとっての最っ高の神様が、ぼくっていう存在の可能性を信じてくれたから。