死闘決着
ビキィ。
ぼくの一撃は、巨人のガラスのように硬質な眼球にヒビを入れた。
「RUOOOOO!!??」
よろめいたオーバーサイクロプスが信じられぬという顔でぼくを見た。
いままでただの獲物と思っていたはずの小動物の指を噛まれた。そんな顔だ。
でも、すぐさまに憎しみに顔をゆがめ、まっすぐに腕を伸ばしてくる。
だけど、いまのぼくにそんな苦し紛れの攻撃なんて通じない! 逆にその腕に乗って、巨人の身体を駆けのぼる。
手首から肩に走り抜けたすぐそこには巨人の驚愕した顔。
「ああああああああああ!」
その隙だらけな顔にもう一撃! 骨が折れても構わないっていうくらいの全力で!!
ギィぃィン
その一撃はビキィっと眼球を割り砕いた。同時に、借り物の剣が衝撃に耐え切れずに割れて砕ける。
「GUOOOOO!!」
巨人は痛みであおむけに倒れ込み、やみくもに振り回された腕にぼくも叩き落される。
衝撃に息が詰まって、一瞬、体がしびれたように動かなくなる。
……先に動き出したのは、オーバーサイクロプス! やばい!
その手がぼくを握りつぶそうと――
――ズドドドドォォォン!
巨人の顔面付近に連続した爆発が発生し、肉の焼ける匂いがあたりに充満する。
「もう少しだ! やれるぞ! あきらめるな!」
無事だった魔法使いさんたちの攻撃だ。
息も絶え絶えだった人すら、なんとか立ち上がって呪文を唱え始める。
「GYAOOO!!」
巨人のほうも必死だ。
眼球を砕かれてほとんど視力もないのだろう。岩を投げつけたり、手をぶんぶん振り回したり、まるで駄々っ子のように暴れはじめる。
敵も味方も、みんな必死で限界だった。
……でも、たぶん足りない。
このままじゃ、終わる前にぼくの力のほうが尽きる。
クエストカードに蓄積されたコモンの量は、ぼくに力を与える代わりにどんどん減っていっている。
何かないか。何か……何か……。
「バナ! オレの剣を!」
オースンさんの声で、ハッと気づく。
爪楊枝のように刺さったオースンさんの剣が、まだオーバーサイクロプスの腹に残っている!
――その瞬間、ぼくのなかに天啓のようなものが浮かんだ。
直後、魔法使いさんたちの魔法が再度、予想通りのタイミングで斉射されて、オーバーサイクロプスがよろめく。
その隙を見逃さず、ぼくは膝を階段のようにして巨人の体を駆け登り、突き立ったままのオースンさんの剣を掴んだ。
ヒィッとオーバーサイクロプスが悲鳴をあげた気がした。
もしかすると、このあとにくる攻撃を予感したのかもしれない。
再生しつつある眼球が怯えの表情でぼくを見て、イヤイヤをするように右腕で叩き潰そうとして、
「させるかぁぁぁぁぁ!!!!」
鱗のような肌を失って防御力のない右腕の、その腱をデセルさんが断ち切った。巨人の腕がだらんと力を失う。
その代償に右足で蹴られてデセルさんが吹っ飛んでいくのも見えた。
デセルさんが稼ぎ出してくれたのは刹那の時間。
でも、それだけで充分だった。
――ぼくは残るすべての力を剣へと流し込んだ!
「エぇぇぇルトぉぉっ……ヴォルトォォォォォっっっ!!!!!」
魔法なんて使ったこともないけれど、なぜか自然と口をついて出たのはエルトメイア様の名を冠した魔法。
ビジィ、と右手の加護の紋章から雷がほとばしる。
強大な巨人を、腸の奥からを燃やし尽くすような、激しい雷が剣を伝ってオーバーサイクロプスに叩き込まれる。
「GUOOOOOOOO!!!!」
巨人がビクンビクンと空を掻くように手をばたつかせる。ぼくを引きはがそうと必死の抵抗を見せる。
「おおおおおおおおおおお!!」
でも、ぼくだって必死だ。ここで倒しきらねば次はない。
クエストカードに溜めこまれたコモンがどんどん消費されていくのを感じる。
「OOOOOO!!!!」
「ああああああああ!!」
どれだけの時間、ぼくたちは我慢くらべをしていたんだろう。
すごく長い時間に感じたけれど、きっと一瞬だったと思う。
やがて――
「OO……O……」
クエストカードに表示されている残ポイントは0コモン。
「…………」
そして、ぼくの放った文字通りの全力の攻撃は――
「……」「……」「……」
ぼくも巨人もピクリとも動かなくなって、初級ダンジョンの第四階層を一瞬の沈黙が支配した。
「…………勝ったのか?」
誰かがポツリとつぶやいた。でも誰も答えれない。
――視界の隅にふわりと光の粒子が舞うのが見えた。
まるでおとぎ話の中に出てくる、妖精の踊りのような幻想的な光景。
舞い散る光の粒子はしばらく空に揺蕩い、不規則に動きながら、この場にいる冒険者たちのもつカードへと吸い込まれていく。
もちろん、ぼくのクエストカードにも。
オーバーサイクロプスの体が、足の方から順に光の粒子に変換されているのだ。
そう。光の粒子が生み出す不思議な世界は、ぼくたちが巨人に勝利したっていう確かな証拠。
誰かが手を天に突き上げて「うおおおおお」と雄叫びを上げた。
「っ! 勝ったんだ!」
それを皮切りにみんながみんな、勝利の咆哮を上げ始める。
「俺たちの勝ちだ!」「勝ったぞ! レベル2がやりやがった!」「やりやがったな、この野郎!」
勝利の咆哮はだんだんと大きくなって、第四階層の空気をビリビリと揺らしはじめる。
あまりにも喜ぶもんだから、第四階層のフロア全体が地震で揺れてるみたいだ。
「バナ! おまえ、やったな!!」
オースンさんがぼくに駆け寄ってくる。
――迷宮都市の冒険者には、ある義務が課せられている。
勝利を目撃した人には祝福する義務があり、勝利した人には喜びを表す義務がある。それがこの迷宮都市の鉄則だ。
だから、ぼくも空を仰ぎ思いっきり天に手を突き出して叫んだ。
「うおおぉぉっ! ぼくたちの……勝ちだぁぁぁぁっ!」
祝福してくれているのはオースンさんだけじゃない。
デセルさんも、イニェリさんも。もちろん他の冒険者もみんな。この場にいる全員の死力を尽くした戦いだったけれど、みんなぼくを祝福するために駆け寄ってきてくれている。
あわわ。なんかいきなり胴上げされはじめたんだけど、みなさんレベル40もある冒険者なんもんだから、上げられる高さがめっちゃ高い!
でも、とても心地いい、晴れ晴れとした気分だ。
張り詰めていた緊張感がほどけていくに身に任せ、身体から力を抜いて――そうして、ぐるんと白目を剥いて気を失った。