総力戦 開幕
「WOOOOOOOOO!」
ぼくが意を決し、真正面から姿を見せるとオーバーサイクロプスが笑った気がした。
”無謀なアホがおる”って嘲る感じの笑みだ。
いや、そのとおりではあるんだけど、ちょっとムカつく。
狙い通り、サイクロプスさんってばぼくに視線が釘付け。その隙だらけの足を冒険者が切り裂き、出血させる。
「GUO?」
でも、すぐにピタッと止まって、傷口から肉が盛り上がって再生する。
えー……。なんかずっこくない?
神様! こんなのがいるのに、初級ダンジョンって名前つけるのってほとんど詐欺だと思うんですけど!?
もうほんと嫌になっちゃうよね。
普通なら、巨大な敵は手足の先から削っていって攻撃力を喪失させるっていうのがセオリーなはずなんだけど、そのセオリーが全然通じないんだもん。
それどころか、足元の冒険者さんたちを意にも介さずに、手にした棍棒をぶぉんと投げつけてくる。
でもこれは予想通り!
ぼくは真横に飛び跳ねて……真横に飛び跳ねて……。うーん。もうちょっと跳躍距離が欲しいなぁ、なんて……。
あれ……もしかして……避けきれない?
「うひょおおおおお!?」
棍棒が髪をかすっていって、風圧が体を叩く。
間一髪セーフっ!! なんとか避けきった!
「みなさん、ありがとうございます!」
でも、それはぼくの実力だけってわけじゃない。
ぼくの体を包む虹色の光――補助魔法のおかげだ。
緑は敏捷性。赤は筋力。青は自動回復。その他もろもろてんこ盛り! 体が軽い!
ほんとにありがとうございます。
あそこで死んでたら、ただの自殺した間抜けとして迷宮都市に名前を残すところだったよ……。
確かに有名にはなりたいけど、そんな理由はまっぴらゴメン!
オーバーサイクロプスが新たな棍棒を求めて、密林の巨木を伐採している間に、ぼくは巨人の目の前にたどり着く。
「BAAA……BAAAAッ!!!」
棍棒を手に入れた巨人が、すぐそばにいるぼくに気づいて嬉しそうに笑う。まるで生贄の羊を前にした悪魔のように。
(ははっ。超怖い)
でも、ぼくは巨人の眼前で不敵に笑った。
ぼくは自分の意思でここに立っている。生贄の羊とはぜんぜん違うのだ。
背中はだらだらと冷や汗だらけだけどね!
神経を研ぎ澄ませるように息を細く吐きながら、ちょいちょいと手招きするように挑発した。
「こいよ、うすのろ野郎!」
「WOOOOO!!!」
稚拙な挑発にオーバーサイクロプスの目が真っ赤に染まる。いいぞ。もっと怒りに我を忘れろ!
逆に自分には冷静になるように言い聞かせる。
――攻撃する必要はない。避けるだけだ。
ぼくの役割は壁役。まずはしっかりと攻撃を見極めることが重要だ。
前にクランの懇親会のときに聞いた冒険者さんたちの話を思い出す。
壁役の役割のなかでも一番難しいのは『後衛に攻撃が向かないこと』。
これは前提でクリアしてる。だってオーバーサイクロプスさんってばぼくに夢中なんだもの。モテる男って辛い。
そう考えると難易度が一気に下がった気がする。
つぎに近接アタッカーさんとの連携。これも難しくない。
近接アタッカーさんの数は約130人。
クランや知り合いでパーティーを組み直して、13人のリーダーがそれぞれ臨機応変に指示を出してくれている。
ぼくが指示を出す必要はなくって、彼らに任せておけばいい。
「WOOOOOOOOO!」
――ぼくは横に跳んだ。
間一髪!
さっきまで立っていた地点を棍棒が土を抉り取り、土砂を跳ね上げ、飛んできた小石が顔を叩く。
この調子でやれば――いや、駄目だ!
ぼくは頭を振った。
この作戦には致命的な問題点がある。
……このままやってたら、ぼくが先に死ぬ。
補助魔法がたくさんかかっているとは言っても、ぼくの身体能力はようやくレベル30程度といったところ。
回避だけに専念できるって言っても体力がもたないし、こんな避け方をしていたら、結局近接アタッカーの人たちだって攻撃が全然できない。
オーバーサイクロプスが倒れるよりも先に、あの強靭な手足がぼくを捉えるだろう。
「……考えろ。考えろ、ぼく」
息を細く吐く。
意識がシャープになっていく感覚。
集中力を針の先のように尖らせて、ありとあらゆるものに神経を張り巡らせろ。
思い出せ。いままで聞いた冒険者さんたちの話を。
彼らはなんと言ってたっけ。
そう。ただ漫然と避けるのでなく、そこに意味をもたせるんだ!
さっき避けたとき、なぜ誰も攻撃しなかったんだろう?
オースンさんはどこにいたっけ? 背面にいたはずのパーティーは?
「GUOOOOOO!」
視界の端に、とあるパーティーの動きが見えた。
彼らが狙ってるのは……たぶん攻撃時の踏み出しの足!
だとするならば……。
ぼくは思考が加速するのを感じていた。