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幕間:ハリボテの王様

 迷宮都市の西には大規模な歓楽街がある。

 通りにはさまざまな商店、飲食店。酒場や娼館が建ち並び、クランに属する従者(フットマン)たちがめいめいに客寄せをしている。

 

 歓楽街を彩るのは商売、歓喜、劣情、幸運など地上でも人気の高い神々が運営するクラン。

 歓楽街では日夜、いくつものクランが、自分が所属している勢力を有利にしようとしのぎを削っているのだ。

 

 ベンダーズのいる酒場も、そのうちの一つ。酩酊を司る神メアレスのクランが経営している食堂だ。

 

 店のなかには見慣れた冒険者たちの顔が並ぶ。

 仲の悪いクランの酒場に入ると割高になるので、だいたい同じ勢力側のクランの冒険者ばかりが揃うのだ。


「おいっ! 酒だ。酒を寄越せ!」


 その奥のほう。隔離されるような場所でベンダーズは飲んだくれていた。


 ヌンドクランの食堂にいると、なんとなくの雰囲気的なものだが、疎まれているような……冷たい視線のようなものを感じてしまって居づらいのだ。


「あいよ」


 店主が愛想もなく酒だけを置いてそそくさと去って行く。


「ちっ。どいつもこいつも……」


 夕食にはまだずいぶんと早い時間。

 かきいれどきなら賑わいのあるこの酒場も、ベンダーズのほかには数人だけ。


 ぐいっと透明の酒をあおる。


 人の多い時間に酒場を訪れると、他のクランの連中がバナの行方(ゆくえ)を尋ねてきて鬱陶しいのだ。

 そのせいで、ダンジョン探索を早めに切り上げて、ここでくだを巻き、早めに寝所に向かうのが日常になってしまっていた。


「くそっ! レベル2のクソガキがなんだってんだ!?」


 ドンッと拳でテーブルを叩くと、めきりと鈍い音がした。

 本来なら誰かが注意するべきなのだろうが、ベンダーズは下級神とはいえクランのリーダーだ。

 下手に問題をおこしたら面倒なので誰も触れたがりはしない。

 そのせいで酒場の奥のほう、隔離されるような位置が指定席になっていた。

 それがまた気に食わない。


 さらに酒をあおる。


 ここで供される酒は、神の指導のもと生み出されている。地上界ではとんでもないプレミアがついていて、冒険者の何割かはこの酒を味会うために地上に戻らないという話すらあるほどだ。

 

 だが、いまのベンダーズにとっては味などわからぬ。なにか嫌な感じが頭のなかにまとわりついて、それを忘れ、振り払うのが先決だった。


「くそっ! ボナパルテのやつめ。オレを誰だと思ってやがる……。オレはレベル50のメインプレイヤーだぞ!」


 店の迷惑も考えずに喚く。困った表情の店主を見ると溜飲が下がって、笑いかけてやりたい気分になる。

 と、そのときだった。


「……荒れてるわねえ、ベンダーズちゃん」


 いらっ。

 オカマみたいな口調で話しかけられて、ベンダーズの頭にカッと血がのぼる。

 店の片隅に隔離されたような状況にもイライラしていたが、その領域を侵されるのはもっと気に食わない。

 つまらんやつだったらぶん殴ってやる!


「あん? なんだてめえ、文句ある……げぇっ、あんたは!?」


 が、すぐにその顔は青ざめた。

 驚愕に身をこわばらせるベンダーズに対して、その”男”は「あらやだ怖い」と気味の悪い笑みを浮かべた。


「いやん。ベンダーズちゃんったら、そんな怪物を見たみたいな反応しなくてもいいじゃない?」


 その男はベンダーズの顔色も気にせず、隣の席に座りながらガシッと肩を組んできた。息がかかるほどに近い。

 

 180センチはあるベンダーズよりも一回りデカい男だ。


 だがそのデカさよりも、まず目を引くのはその格好だろう。

 服の上下はピンクと紫の組み合わせ。服のすそにはフリフリのレース。女物ではないものの、突飛すぎて似合ってる似合ってない以前に道化師のような雰囲気がある。


 ケバいくらいの女性向けの化粧を施しているのが、さらに常軌を逸した恐怖を感じさせる。


「ら、ラウブラウ……さん」


「んま! ”さん”だなんてベンダーズちゃんってば他人行儀っ!

 同じ勢力の冒険者なんだから、呼び捨てでいいっていつも言ってるじゃないの」

 

 この男こそ、怠惰を司る上級神プラトのクランのメインプレイヤー――そのなかでもエースとされる冒険者。

 この隔離迷宮都市でも5指にはいる、トッププレイヤーと称される人物だ。


 つつーっと、ネイルの施された指先で胸を撫でられ、ベンダーズの背筋に怖気が走る。はねのけたいところだが、押しのけることすら叶わない。

 魔法だとか技術ではない。単純な腕力の差だ。


 レベル50台のベンダーズすら子ども扱い。

 ……これがトッププレイヤー。これが迷宮都市の頂点に君臨する冒険者。


「な、何の用だ? 上納金はちゃんと支払ってるだろう?」


「んふふ。今日はそういうお話をしにきたわけじゃないの」


 言って、ラウブラウがさらにベンダーズを抱き寄せる。他の連中からしてみれば、まるで恋人同士にも見えるだろう。

 ふっと息が耳にかかり、ぞわっとする。


「……あなたのところにいたバナって子。メインプレイヤーになってるわよ?」


「……は?」


 一瞬。何を言われたかわからなかった。

 ラウブラウはにやぁっと蛇のように笑う。


「あなたが追放した駆け出し冒険者の子。100年前に堕天した神様のところでクランリーダーやってるわよ、って言ってるの」


「な、何言ってんだ……。あいつはレベル2のクズで……」


「信じられないって顔ね? ベンダーズちゃんったら、そういう顔もす・て・き。でも、それがどういうことかわかる?」


「どう……っていうと?」


「――お前、エルトメイアとつるんでないよな? うん?」


 ゾクッ。

 さっきとは全然違う寒気が走る。

 下手に答えたらここで刺されるのではないか。

 そんな被害妄想すら浮かんでしまうほどにドスの効いた声。


 額を流れた汗がテーブルに落ちる。


 下級神のクランリーダーの立場なんてものは、強大な帝国に支配される従属国の王の立場に近い。

 クランのなかでどれだけ尊大でいようが、尊属の上級神の命令ひとつあれば、すぐにでも辞めさせられる程度のものでしかないのだ。

 

 それどころか、ここでラウブラウがベンダーズを殺したところで、誰も気にはしないだろう。

 よほどクランのメンバーに慕われているだとか、べらぼうに強いだとかという事情があれば別だが。


「ま、まさか。あんたのとこの神が……プラトが怒ってるのか?」


「まさか! うちのめんどくさがりの神様がそんなことするわけないじゃない! どっちかっていうと今回はけ・い・こ・く」


 ラウブラウは「だってうちの神様って怠惰の象徴よ?」と軽薄に笑った。


「け……警告?」


「あのね、ベンダーズちゃん? 自分のところの元クランメンバーが堕天した神様のクランに所属しているのよ? しかもリーダーとしてね。

 もう少し危機感をもったほうがいいんじゃない?」


 言いながらペタペタと頬を撫でられる。

 親愛というよりは、蛇が獲物を狙うような薄気味の悪さに、ベンダーズの額にじわりと汗が吹き出す。


「んふふ。そんなに緊張しなくてもいいじゃない。言ったでしょう? 今日は警告だって」


 ベンダーズの肩をぽんと叩いてラウブラウが離れる。

 ほっと筋肉を弛緩させたベンダーズに対して、オカマの大男は呆れるように肩をすくめられた。


「ま、気をつけなさいな。あなただってメインプレイヤーから落ちたくはないでしょう?」


 ラウブラウはそれだけを言うと、会計を済ませて酒場から出て行った。


 残されたベンダーズに向けられたのは酒場内の冒険者たちの冷たい目。


「お前ら、なに見てやがる! 見せもんじゃねえぞ!!」


 その反応も当然だ。この酒場にいるのは友好勢力の冒険者のみなのだから。

 勢力のトップに立つラウブラウに警告されるようなことが愉快なことであろうはずがない。


 その視線にさらされて、ベンダーズは思わず自分の身体を抱えた。


(……寒い)


 背筋が凍りつくように冷たく、凍りついたように脳がしびれる。体ではなく、心が寒い。


 冷たい視線に耐え切れずにヌンドクランの食堂から逃げ出してきたというのに……この酒場すらもこんな視線を向けられるのか。

 

「くそっ! くそっ!」


 ベンダーズはその場の空気に耐え切れず、逃げるようにして酒場を出た。


 いや、違う。

 ベンダーズが逃げ出したかったのはラウブラウの言った言葉だ。


「あ、あいつがメインプレイヤーだと……」


 ああ。なんと恐ろしい。

 誰も気づいていないのだ。あのガキの恐ろしさを。

 どいつもこいつも、愛嬌があって賢いガキくらいにしか思っていない。ボナパルテの野郎だって、【ちょっと賢い】くらいにしか思っていないだろう。人間に興味のないヌンドだってそうだ。


「あいつが……メインプレイヤーになった、だと」


 ベンダーズは自分の手がワナワナと震えているのに気がついた。

 この手の震えは、果たして酔いだけのせいだろうか?

次からようやく主人公の見せ場です!


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