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絶望のダンジョン4階層

 食事休憩が終わって、ぼくたちはすぐさま収穫ポイントへと向かった。


 ダンジョンの第4階層にはたくさんの採取ポイントがある。

 例えば、あっちのほうには鶏みたいな動物が群れをなしてコケコッコーと鳴いているし、こっちのほうでは野生の豚の団体さんが土をほじくり返しながら暴れていたりする。


 まるまる太ってておいしそうだなぁ……。

 ぼくが指を咥えて、通りすがりの豚の目をじっと見つめていると、 オースンさんが微笑ましそうに笑う。


「なんだバナ。あれが食いたいのか?」


 めっちゃ食べたい! 

 ここしばらく道端(みちばた)の草が主食だったぼくにとっては、宝石みたいに見える!


 でも、ここぐっと我慢。ぼくだけが贅沢するわけにはいかない。なぜなら、このダンジョン攻略が終わったら、メイア様と素敵なレストランで豪華なディナーに行こうって決めてるんだもの!


「そうじゃなくて……。聞いてた以上に不思議な光景だな、って」


 このダンジョンに生息するモンスターや動物植物たちは、毎日尽きることがないんだって。

 信じられないよね。どういう仕組みなんだろう?

 いや、信じられないっていうなら、この迷宮都市自体がそもそも奇跡みたいなものだけど。


 とはいえ、迷宮都市の冒険者たちのお腹を満たすために必要な食料の量は多い。

 尽きることがないって言っても、収穫ポイント自体は限りがある。そのため、喧嘩が発生しないように当番制になっているのだ。

 そりゃあ、決まりがなければ、自分たちが好きなおいしいものばっかり収穫しに行くよね。


「よし、俺たちの割当はここだ」


 ぼくたちが到着したのもそういったポイントのひとつ。

 水気たっぷりの肥沃な大地には、青々としたキャベツや、でっぷりとしたスイカが転がっている。


 ころころころ。


 ……文字通り、本当に転がっている。

 元気よく刎ねたり、その場で倒立してスピンしたり、ぽよんぽよんしたり。


 は、話には聞いていたけど……ほんとに動いてるぅぅっ!?


 青空の下で快活に動くその姿は、まるでおとぎ話から出てきたよう。


 ちなみにこの野菜?たちはモンスターでも動物でもない。倒しても経験値は獲得できないとのこと。残念!


「よーし、収穫するぞぉっ」


 オースンさんの掛け声で、ぼくたちは逃げ回る野菜を捕まえ始める。

 そんなぼくたちを見て、いっせいに逃げ出す野菜たち。思ったより俊敏だ!


「待て、この! ぶぁっ!?」


 トマトを捕まえようとしたところを間一髪で避けられ、背後からスイカに殴られ、地面に倒れ伏す。

 さらにその頭をきゅうりたちが踏みつけてきて、タップダンスを踊る。

 ダメージはないけど、もしかしてぼくってスイカ以下!?


「ひゅー。お前、野菜になつかれる才能にあふれてんな。うらやましいぜ」


 デセルさんが手を叩いて笑い、イニェリさんが呆れたように肩をすくめる。

 確食料発見率向上スキルってそういうことぉっ!?


「落ちつけ、バナ。蔓さえ切れば動かなくなる。焦らず処理していくんだ」


「了解です!」


 なるほど。立ち上がって、言われたとおりに果物ナイフで蔓を切ると、まるで死んだかのようにうごきがピタッと止まる。

 よしよし! ぼくだってちゃんと役に立てるぞ!


「おい。オースン。向こうからコボルトが来たぞ!」


 忘れてしまいがちだけど、収穫ポイントだってダンジョンのなか。モンスターだって出没する。


 もっとも出現率が高いのは、ヴァイ・コボルトという可愛らしくメルヘンチックな風貌のコボルトの上位種族。もしかするとこの畑を作っているのは彼らなのかもしれない。


 オースンさんとイニェリさんが襲ってくるモンスターと戦う横で、ぼくたち採取係が必死になって、次元袋と呼ばれるたくさん荷物が入る魔法の袋に採った野菜を詰め込んでいく。


 焦っていても、野菜を破壊してはいけない。丁寧にひとつずつ処理していく。


 手強いのはキュウリとトマトだ。やつらは小さい上に素早い。そして(もろ)い。


「うひゃあ!」


 野菜と格闘している脇を、ヴァイ・コボルトが口から放った火の玉がかすめていく。


 ひぇー。

 ただの流れ弾なんだけど、ぼくみたいな低レベルだとあたっただけで死んでしまう!


「バナ、死ぬなよ! 死んでも葬式代は出ねえぞ!」


「は、はい!」


 もうわちゃくちゃ。ぼくも必死だ。

 早く帰りたい!

 帰って、このクエストカードに蓄積された大量のコモンとクレジットをもって、メイア様と喜びを分かち合うのだ!



 ――思えばこのとき。


 ぼくにはまだ冒険者としての覚悟が備わっていなかったのかもしれない。

 ぼくがダンジョンでやったことといえば、ただ単にオースンさんたちの後をついていくだけの簡単なお仕事のみ。戦闘なんかも任せきり。

 彼らの言葉を真面目に聞いてさえいれば、なんの問題もなく帰れるのだと、何の疑問も持たずにそう思っていたのだから。


 ”それ”は唐突に現れた。


「GYAAAAAA!!」


 突然の大きな雄叫びに、ぼくは身をすくませた。

 同時にどんっと、ぼくのまえに何かが飛んでくる。真っ赤な楕円上の何か。

 割れたスイカかな?

 いやでも、スイカの果汁にしてはなんかドロッとしていて……


「……え? どちらさま?」


 それは、ぜんぜん知らない誰かの顔。

 オースンさんのパーティーメンバーじゃない誰か。

 顔に飛沫として飛んできたのは血液だった。鉄のような匂いがぼくの心を凍てつかせる。


「じゃない! 生首だーっ!?」


 胴体を失った首と目が合って、さっきまでの必死さに冷水をかけられたように背筋が寒くなる。

 驚愕に見開かれた目は、まだ自分の死を認められないとでも言いたげで――


 だ、誰の仕業!?


「GOAAAAAA!!」


 首が飛んできた方向を振り向くと、そこには巨人がいた。

 オースンさんの4倍の背丈を誇る醜悪なひとつ目の巨人。


 鱗のように硬質化した緑色の肌。

 歪な形状の骨格と筋肉。

 手に持つ棍棒は、これからログハウスでも作るのかな? って大きさの丸太。血にまみれているけど、一人二人を撲殺しただけではそうはなるまい。


 そして、何よりもぼくを射竦めたのは、ぎょろりとこちらを睨む目。血走ったその目は、冒険者たちへの怒りと憎悪で満ち溢れている。


「さ、サイクロプスだと。5階層にいるはずのボスがなんでこんなところに……ッヒァ!?」


 一瞬だけ呆然と立ち尽くしたイェニリさんが、その瞬間に丸太のような棍棒に吹き飛ばされて宙を舞う。


「イニェリさん!?」


 ぜんっぜん見えなかった。大きいのに速すぎる!?


「逃げろ! ただのサイクロプスじゃねえ!!

 くそっ、周囲の連中を呼べ! オレたちだけじゃあ何ともならん!」


 判断は一瞬だった。

 持つものも持たず、あっという間の遁走。

 4階層のモンスターたちを軽々と仕留めていたはずのオースンさんたちですら戦うという選択肢を早々に放棄するほどの脅威。

 デセルさんの背に担がれたイェニリさんは生きてはいるようだけど、虫の息だ。


 ……これがクリア推奨レベル50の壁。

 5階層のボス、サイクロプス……いや、違う。それよりも禍々しい何かだ。


「こいつ。普通のサイクロプスじゃないぞ! 狂熱の(オーバー)ひとつ目巨人(サイクロプス)だ! なんでこんなところに……っ!? レベル60相当だぞ!?」


 そのあまりの暴虐に足が震える。

 レベル60ってことは……メインプレイヤーの人たちって、普段からこんな怪物と戦っているのか……。


「おい、バナ! 危ない!」


 油断してたってわけじゃない。目を離していたわけでもない。

 恐怖に身をすくませていたわけでもなく、その攻撃の軌道だって予測できていた。


 ただ、どうしようもなくぼくの身体能力が低かった。


 これ以上なく明解で現実的な理由。


 ――ぼくの肉体は棍棒に殴られて軽々と宙を舞った。

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