運命の出会い
ここは隔離迷宮都市パルパレシア。
一流の冒険者たちが、神様達の加護を受けてダンジョンに挑む、冒険者なら誰でも栄光を夢見る約束の地。
そして同時に、神々が主神の座をかけて、冒険者達に代理戦争をさせる過酷な闘争の場でもある。
そんな迷宮都市の市場の片隅で。
「おい、バナ。またドジりやがったな!」
怒鳴っているのはレベル50の一流冒険者であり、土を司る下級神ヌンド様の加護を受けたクラン『ヌンドクラン』のリーダーであるベンダーズさん。
「でも、いまは食料が高騰していて……」
同じくヌンドクラン所属のレベル2冒険者。バナ・トレントン。それがボクの肩書だ。
なぜぼくみたいな低レベルがクランメンバーとして存在するかっていうと、ひとえに食料調達なんかの雑用のためだ。
この隔離迷宮都市は、文字通り外界から隔離された場所にある。次元が違うって言うか、いわく神様たちの住む天界と地上界の狭間にあるらしい。
らしいって言うのは、ぼくも詳しいことがよくわからないだけなんだけどね。
そんなぼくでも知ってることは、地上界からの物資の運搬がとっても大変だってこと。
つまり、食料の調達みたいな雑用もクランメンバーの大事な仕事なのだ。
「言い訳するんじゃねえ!」
めっちゃ殴られた。超痛い。
ぼくたちがいるのは隔離迷宮都市でもっとも賑わっている市場の片隅。たくさんの冒険者がぼくの醜態を見ていて、顔から火がでるほど恥ずかしい。
でも、ここはぐっと我慢。
クランメンバーの募集があったときにぼくが思い描いていた未来図は、もちろん英雄になること。
いまは雑用だけど、そこから成り上がることは不可能じゃない。
実際、いまでは『雷人』と呼ばれるほどに有名な冒険者だって、この都市にきたときはレベル5くらいだったって言うし。
とは言っても、その夢はあっという間に木端微塵に砕かれて、いまは毎日じゃがいもの皮をむく日々なんだけどね。このままだと一流の冒険者になる前に一流のコックになれそうだ。
迷宮都市の代名詞であるダンジョンにも一度も潜らせてもらったこともない。
募集のときは『未経験者歓迎』『一週間に一回はダンジョンに挑戦』『アットホームなクランです』って話だったのに!
それでも、ここで怒ったりしちゃ駄目だ。ぼくはなんとしても、この隔離迷宮都市で一流の冒険者になるんだから!
でも、少しだけ。ほんのちょっぴり、心のなかに鬱屈とした怒りがこみ上げた、その瞬間――
「なんだその目は!? もういい! 貴様はクビだ!」
視界が暗転した。
またしても殴られたと理解したのは、時分が無様に地面に這いつくばっていることに気づいたからだ。
頬が痛い。涙が出る。
でも、
「それだけは勘弁してください!」
ぼくも必死だった。
地上界から隔離されたこの迷宮都市は世界有数の腕を持つ冒険者のために作られた街だ。
ぼくのようなレベルの低い人間が、たった一人で生きていくなんてできやしない。
衆目の前だなんてこと気にもならない。蹴られた足に無様にしがみつく。
「離せ! レベル2が生意気に」
蹴られて、踏みつけられて、ようやく気が済んだのかベンダーズさんは唾を吐いて去っていった。
追いかけたかったけど体が動かない。体中が痛い。
ダメージが大きすぎて、むしろこのまま死んでしまうのかもしれないな、なんてことも思う。
むしろこの先に待ち受けている苦難を思うと、ここで死んだほうがましなのかもしれないけど。
「……とは言っても、そう簡単に諦めれたら苦労はしないんだよなぁ」
ぼくは英雄になりたい。
じゃがいもの皮むきばかりがうまくなった今でも、その想いは変わらない。むしろ、どんどん募っていくばかりだ。
はあ。どうしよう。
ぺたんと尻もちをついて空を見上げながら途方にくれていたときだった。
「――貴様」
声をかけてきたのはぼろ布に身を包んだ人。
布でくぐもっているけれど、声の感じだと女性。身長はぼくよりも低く、体格も華奢なのが分かる。でも顔も何も見えない。
いったいぼくになんの用だろう?
…………ハッ! もしかしてカツアゲ!?
クランを追い出されたばっかりなのに勘弁してよ、もうっ!
でも、残念ながらいまのぼくは無一文。カツアゲされても渡せるお金なんてないんだけどね!
でも、ぼくの予想の反して、彼女は地面に座ったままのぼくの頬を撫でた。
「……貴様、復讐をしたくはないか?」
キスができそうなくらい顔が近づき、フードの隙間から顔が見えた。
整った顔立ちの可愛い銀髪の少女。フードの奥にあるっていうのに、その瞳は不思議な光を放っていて、心が吸い込まれそうになってしまう。
「復讐?」
「そうだ。綺麗事はいらぬ。本心のみを吐き出せ」
綺麗な目だなぁ。
その目で見つめられると、正直に本心を吐露しなきゃ駄目な気分になってくる。
復讐かぁ。割とどうでもいいなぁそんなこと。
そんなことよりもむしろ――
ぼくはおもむろに彼女の手をギュッと両手でつかんだ。
「な、なにを!?」
その途端、泰然とした態度が剥がれて素の彼女が垣間見える。うん。とっても可愛らしい声だ。
この通りには人が多い。当然だ。だってお店がいっぱいあるんだもん。周囲のみんなが「何だ何だ」とぼくたちに注目しだす。
でも、そんなの関係ないね!
だって、いまのぼくは何を置いても、正直な感情を口にせねばならない気分なのだっ!
だから、大声で言った。
「ひと目惚れしましたっ! 結婚してくださぁぁぁっい!!」
「ふぁぁぁァァッ!?」
――それが、ぼくと神様の出会いだった。