魔術と科学と箱庭
王都レーヴェンブルクには"箱庭"と呼ばれる地下迷宮が存在する。その正体は今は滅びた文明が作り上げた広大な地下拠点である。王都が比較的力を持っていた時期に何度か腕の立つ者たちを集めて調査をさせたが、成果どころか一人として帰らない結果に終わった。そういった事情から箱庭は触れてはならない禁忌の一つに数えられている。いくつかある箱庭への入り口はそのすべてを王宮が管理しており、開くことが無くなって久しい。その入口の一つは王城の敷地内にひっそりとある。現在の時刻は夜の9時ほどで通常ならば敷地を哨戒する兵士のほかには時折給仕のために外を移動するメイドや執事、時間に関わらず忙しい国王派閥の一部の人間程度だ。しかし、今日はそれ以外にもいくつかの人影がある。その誰もが名のある魔術師であるのは間違いない。クラッド、ジャック、フランを含む10人ほどの調査部隊だ。アンリが掴んだ情報に寄れば、教会はどこからか箱庭に入り込み何かをしている。それを調査するには箱庭に入らざるを得ない。ならば調査隊を結成して調査するべきだと墓守サイドからの提案が出たのだ。アンリは万が一にも墓守が帰らないという事態を考えて渋っていたが、フランに理詰めで押し通されて現在に至る。
「すまないな、ロイス君」
それぞれが身支度をしている中、フランは周りに聞こえないような小声でジャックに謝罪した。その謝罪の内容というのは魔術を教えるという約束のことだ。元々時間をかけて教える予定だったのだが、教会のごたごたで調査が先となり、その合間に教えることとなっていた。
「いえ、俺ばっかりが教えてもらうのも悪いですし、すこしは協力させてもらいますよ」
「それはありがたい。調査は数回行う予定だが、何か護身用の武器は持っているか?無ければ私の短剣を貸し出すが」
腕にベルトで固定されている短剣を抜いて器用に回してみせるフラン。確かに武器を扱ったことがなくても短剣程度なら扱えそうではあるが、ジャックは断る。
「いえ、義手を戦闘に耐えうるものに換装してますし、工房で何回か使った拳銃もありますから」
今回旅をするにあたって工房から準備されていた義手がいくつかあった。仮工房に到着して荷解きをしたときに確認したのだが、どれもアルベルトが作ったもので今のジャックには作れないレベルの作品だ。とはいえ整備程度はできるが。
換装した義手は通常のタイプよりも強度があがっており、手首辺りにあるスイッチを押すことで指先に人間なら気絶するほどの電流を帯電させることが可能。その代わりに重量が増えてしまっているので少し動きが鈍くなってしまっている。一方拳銃はリボルバーだ。反動は大きいが威力も大きく、弾詰まりもないのでジャックは気に入っているのだ。工房製の名に恥じぬ性能を持っており、多少厚い金属の板でも貫通する。もしキルナの戦闘用ゴーレムのような機械が出てきても装甲の薄い部分や関節を狙えば多少の足止めにはなる。
「ほう。義手の方はしっかりしたつくりだということは素人目にもわかるが銃の威力はあまり期待できない、というのが私の印象なんだが…」
フランはリボルバーについては頼りない印象を受けたようだ。しかしそれもそのはず。キルナのような高い技術力をもつ都市で作られる銃を除いた、一般的な銃というのはボルトアクション式のライフルだ。しかもそのライフルは命中精度も威力も大したことはない粗悪品ばかりだ。確かに当たれば人を傷つけることは可能だが、魔術を扱える者ならば簡単に威力を相殺してしまうためあまり良い武器ではない。そのくせ購入しようとすると一般人では手の届かない金額を要求されてしまうので金持ちの道楽でしか売買されることのない、まさに"おもちゃ"ともいうべきものなのだ。
「心配ないですよ。それに今回は俺が積極的に戦うというわけでもないんでしょう?使うとしたら身の危険を感じた時ですから」
フランとの会話を終え、準備が完了したころ。クラッドが前に出て出発前の最終確認が始まった。
「私は墓守のクラッドだ。今回は諸君が箱庭の調査を買って出てくれたとのことで、まずは感謝する」
今この場にいる者たちはアンリからの信頼の厚い人物ばかりであり、自ら志願して来ている。過去に生還者のいないと言われている箱庭の調査に志願してくれたことは自身が死ぬ覚悟を曲がりなりにもしているということだ。そんな彼らにクラッドは心から感謝しているのだろう。
「今から調査するのは帰還者が誰一人いないと言われている迷宮だ。何がいるかわからない。いつ何時も油断は怠るなよ」
彼の言葉に調査隊の面々は無言で頷いた。皆声には出さないが不安や緊張が顔に出ている。
―ガチャリ、というカギの開く音の後にクラッドが地下へと続く金属の分厚い扉を開く。気のせいかもしれないが、ジャックにはその奥から不穏な空気を感じた。危険そうなダンジョン、というようなことではなくキルナの工房の地下のような得体のしれない何かが多数あるというようなある種感じたことのある感覚だ。工房の地下はジャックでさえいまだに理解できないような作品が多数置いてあり、不用意に触れないというような得体の知れなさだ。それとは違ってこの箱庭からはもっと危険な、入ることすらためらわれるような気すらする。
「さ、行くぜ。ロイス君。機械に精通してるのは君だけだから、頼りにしてるよ」
機械相手を想定しているのか、いつもの大鎌ではなく奇妙な文字が彫られたメイスを肩に担いでいる。彼だけはいつもと変わらず、不安や緊張といった表情は全くない。むしろ余裕の表情だ。
「任せてください、とは言いませんけど善処しますよ」
自身の両手を握りなおし、気合を入れる。腰のホルスターに銃があることを確認すると箱庭に足を踏み入れた。
箱庭の通路は人が4人ギリギリ並んで進める程度の広さであった。通路は一度通っただけでは把握できないほど複雑なつくりになっていたので、無事に帰れるように目印を通路のところどころに残している。時折扉があり、その向こうにはこの迷宮が機能していた時に住んでいたのであろう人間の寝室であったり何かの実験施設であったりと広さはまちまちではあるが部屋がある。通路や部屋はキルナのように電気で照らされており、一言でいうならキルナの地下鉄を彷彿とさせるつくりをしていた。キルナとの違いを挙げるなら光で照らされているにも関わらず、どこか暗く不気味さを感じる雰囲気があるということと何かの視線を感じるということだ。クラッドが先頭を行き周囲数メートルの動体を感知する魔術を使っているが、その正体は明らかになってはいない。
「…静かだな。噂の防衛兵器とやらも出てくる様子はない」
少々落胆した様子で呟く。が、それをたしなめる声が彼の横からかけられる。
「油断は禁物ですよ。それにそういった言葉は"フラグ"と古くから言われていますから、あまり言葉に出さないほうがよろしいかと」
釘を刺したのはクラッドの部下。つまり墓守だ。彼はクラッドからの信頼が厚く、魔術抜きの近接戦闘において墓守で右に出る者はいないと言われる人物だ。名をレオポルドと言い、全身に上等な甲冑を装備し、右手には突撃槍をサイズダウンして歩兵でも振り回せるようにしたものを、左手には大きめのカイトシールドを装備している。現在進んでいる通路で振り回すには少々難があるようにも見えるが、そこは墓守。うまくやるのだろう。
「…!」
レオポルドに何か口ごたえをしようとしたのか、口を開けたクラッドだったが何かに気づいたのか言葉を発さなかった。何かが起こったのだろうか。
「前方、何なのかわからないが恐らく1mぐらいのが6つ!来るぞ!」
彼の警告に全員がすぐさま戦闘態勢に入る。近接武器を持つ者はいつでも回避または反撃が行えるような体勢に、魔術師は分担して防御魔術を全員に付与して敵の接近に備えた。ジャックもリボルバーを抜き、銃口を薄暗い通路に向ける。魔術の影響か体が少し軽くなった感覚がある。
数秒後には何かの音が聞こえてきた。見習いとはいえ技師であるジャックにはわかる。機械の駆動音だ。それは次第に大きくなっていき、その音の主の姿が露わになる。
"それ"は1mほどの円柱で、底面近くから4つの脚が伸びている。脚部にはホバー装置がついているようで、接地面積が少ないにもかかわらずバランスよくホバー移動をしている。円柱の上部には溝があり、そこから1つの光がある。恐らく溝がレールで光が光学センサーなのだろう。目立った武装はないものの、どのような攻撃をしてくるか分からないので警戒は怠らない。そういった観察をしている間にも金属の円柱は床を滑ってかなりの速度でこちらに向かってきている。
残り10mと迫った時、わずかに光学センサーが光る。注意深く見ていなければ見逃してしまうほどのわずかな光量の変化ではあったがジャックは見逃さずに、そしてそれを確認した瞬間に反射的に叫ぶ。
「避けろ!」
その声に反応して全員がそれぞれ対応する。多くの者は通路の物陰や扉の中へと身を隠すが盾を持っている者たちはそれで身を隠した。中にはよほど自身の力を信じているのだろうか、魔術で防護の魔術をかけている者もいる。
瞬間、6つの光の線が通路の床から天井へと縦に薙ぎ払われる。身を隠した者たちは無事であった。レオポルドは回避の遅れた魔術師をかばって盾で光線を受けている。また、もう一人は魔術で防御をしたようであったが、それは光線の直径をわずかに小さくするにとどまり、術師は光線をもろに受けている。レオポルドの方は、盾に魔術が付与されていることと、使用されている金属が上質なことが幸いして防ぐことに成功していた。とはいえ、照射された部分がドロリと溶け、抉られたような跡がついている。その傷跡を見るに彼の盾はあと数回も先ほどの光線を受ければ、その機能を失うだろう。一方魔術で防御した魔術師は体を真っ二つにされ、即死していた。断面は完全に焼け焦げており、そこから何かが流出することもなかったが肉の焦げた臭いが辺りにたちこめた。突然の死に生き残った者たち、特に魔術師たちは動揺を隠せずにいる。自らが最強と信じて磨いてきた「魔術」という武器が得体のしれない攻撃に、こうもあっさりと打ち砕かれてしまったことがショックだったのだろう。ジャックは改めて魔術がいかに信頼されているかを実感する。それを尻目にクラッドとレオポルド、遅れてフランが反撃に転じた。
「上手く射線を切って戦えよ!」
クラッドが先陣を切って先頭のマシンをメイスで殴打する。勢いよくたたきつけられたそれは金属の円柱をいともたやすく破壊し、吹き飛ばした。鉄くず同然のそれは後ろの1機にぶつかる。クラッドはそれを好機と見て巻き添えを食らったもう1機をそのままメイスを振りかぶり、破壊した。レオポルドはクラッドの隙を狙う正面の1機を、彼をカバーする形でランスで串刺しにしていた。運よく一突きで2機貫けたのだが、ランスから抜けなくなってしまい、そのまま壁に叩きつけて機能を完全に停止させた。一方でで遅れたフランは、彼らが相手をしている機体の奥にいる今だ健在の1機に火に由来する付与魔術を使い、自身のロングソードを赤熱させて溶断している。3者とも攻撃中に光線を食らわないような位置取りをしつつ反撃していたので、それが練度の高さをうかがわせる。が、彼らでも5機相手にするのが精いっぱいだったようで残りの1機の目がまた光り、攻撃に移ろうとしているのがジャックには見えた。目標は恐らくフラン。このまま銃を当てられればベストだが、あいにく乱戦の状態で正確に敵だけを撃ち抜く技量はない。かといってこのまま傍観していれば最悪死亡してしまうのは明白だ。
「クソッ…!」
もう少し射撃訓練を積んでおくべきだったと思いながらもジャックは飛び出す。重い機械やその部品を日々持ち運んでいたおかげで足腰には自信があった。死体と身を隠す仲間の間を通り抜けて出来るだけ早く接近する。体が軽くなっているおかげで予想より少しだけ早く接近ができたのは幸運だった。
「当たれよ…!」
残骸となり果てた防衛兵器を飛び越えて残りの1機に接触させる勢いで銃を前に突き出し、数発発砲した。発射された弾丸は円柱をいとも簡単に貫く。どうやら大した装甲ではないようだ。内部に侵入した弾丸は配置されていた回路や精密機器をめちゃくちゃに破壊して兵器としての機能を停止させた。
「やれやれ、助かったよ。ロイス君」
魔術を解除して剣を鞘に納めながらフランは礼を言った。やはり、と言うべきか。彼女は銃の威力に驚いているようだった。
「金属すら簡単に貫くとは、恐れ入ったよ。まったく、工房の技術には恐れ入る」
フランの言葉にジャックは誇らしくなる。元々マグナス工房に憧れていた彼は、その工房が褒められることがうれしいのだ。
「いえいえ。それよりも、俺は先ほどの魔術についてお聞きしたいのですが」
先ほどの魔術とは接敵した際にかけられた防御魔術と死亡した魔術師が行使した魔術のことだ。実感できる効果はあったが、それだけではないのだろう。これから魔術を学んでいくにあたってこれはいい例になるはずだ。
「ああ、最初にかけられた魔術は風に由来する軽量化の魔術。それと水に由来する衝撃吸収の魔術。こういった応用魔術は習得に時間のかかる高度な魔術さ。それとさっき死んだヤツが使っていたのは上位属性たる幻に由来する幻影盾という魔術」
そこで一回フランは言葉を切った。魔術のまの字も知らないジャックにどう教えるかを考えているのだろう。少しの間の思考の後にフランは続ける。
「恐らくヤツは機械どもの光を見て"光線"という幻に由来する魔術と同等のものと推測した。なので同じ属性の防御魔術で受けようと考えたんだろう。しかし、死体を見る限りあれは熱。つまり火に由来する魔術で防御するべきだった。…彼には悪いが、いくら高度な魔術が使えようと1つの判断ミスが命取りになる。そのいい例だな」
その言葉に先ほどレオポルドに救われた魔術師が反論する。
「あいつは自身にできることを精いっぱいやっただけじゃないですか!それをそんな言い方は…」
「そんな甘い考えだから死ぬんだよ。悪く言うつもりはないが、彼女の言う通りだ。それに君らは曲がりなりにも死を覚悟してここにきているはずだ。覚悟ができていないのなら立ち去ったほうがいい。なあ、フランさん?」
クラッドは魔術師の言葉を遮って冷たく言い放つ。フランからは言いづらいと考えたのだろうか。だとしたら案外クラッド・クロイス・アーチボルトという男は優しい人間なのだろう。
「…確かにな。気を付けていたつもりだったが早々に死人も出てしまった。魔術師はあまりこの手の敵は不得手だろうし、ここからは少数精鋭で行ったほうがよさそうだ。私とロイス君、クラッド殿とレオポルド殿の4人で調査を続けるとしよう。残りの者は死傷者と残骸を回収して脱出。アンリ様にご報告を」
フランの指示に反対する者はおらず、行動に移った。
二手に分かれてから数時間。先ほどと同型の機体と何回か戦闘を行ったが実力者であるフランたちとっては大したことはなく、また遭遇した数が少なかったこともあって調査は順調であった。持ち帰って解析できそうなものはクラッドの底無しのコートに収納し、また敵機の残骸から使えるような部品はジャックが頂戴していた。
「若、こちらを」
レオポルドが新たに扉を開け、何かを見つけたのかクラッドを呼んだ。危険はないようだが、何か異常事態があったのは間違いない。ジャックとフランも急いで駆けつける。
「こりゃあ、誰かが掃除してくれた…ってわけでもなさそうだな」
その部屋は電気の通っていない物置か何かのようで、最初は特に以上はないように見えたが目が慣れてくるにしたがって何かが見えてきた。
「防衛兵器の残骸…。それも俺たちの武器で壊したものじゃあない」
その残骸は1つは何か強い力で両断されている。1つは何かを突き立てられたように穴が開いている。その他にも様々な方法で破壊されており、また切断された断面や損傷部位を見るに破壊されてからそう時間は立っていないことが分かった。
「フランさん、ジャック。周囲の警戒を。俺の探知魔術に引っかからないやつが近くにいるぞ」
クラッドが使用しているのは動くものを生体や無機物など関係なく探知する魔術らしいが、それには高度ではあるものの対抗魔術があるそうだ。その魔術を使える者ということは少なくとも魔術師としての腕はそれなりなのだろう。
「何だ…?一体何が―」
―ガタリ
物音がした。フランが魔術の明かりを作り出し、音の方向へ向ける。置物や何に使うのか分からない機械が雑然と置いてある中、ひと際異質なものがそこにあった。"それ"は硬質そうな外殻におおわれており、頭部はまるで巨大なカニのようなものを被っている。人間でいえば顔に当たる部分には奇妙な仮面があり、巨大カニの腕と恐らく本体と思われる部分の腕を合わせれば合計で4本の腕がある。もっとも、カニの腕は大きなハサミとなっており、ヒト種の腕とはかなりかけ離れているが。
「甲殻人…か?なぜこんなところに?」
それは甲殻人と呼ばれる亜人の一種だ。しかし、王国内で確認されている亜人は北の山脈地下に住むと言われているドワーフに、森でひっそりと暮らしているエルフだけだ。東の連合国では比較的亜人が多いが、この王国で甲殻人と遭遇することはまずない。そしてそれを知っているフランが疑問を口にする。その言葉に反応してか、"それ"は動き出し、喋り慣れていないのか訛りのある言葉であったが言葉を発した。
「フム、気づかれてしまったようだな」
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