墓守と旅路と国内情勢
キルナを発ってから数日。その日は適当な場所で野営をしたのだが、夜間に奇妙な気配でジャックの目は覚めた。周りを見ると、移動で使用している馬車のほか焚火の跡はいつも通りであった。マリオンは寝ているがクラッドは既に気づいている様子で寝た体勢のまま右手の人差し指を口にやり、「静かに」とジェスチャーをしていた。それに目配せで了解したことを伝えると彼は懐に手を伸ばして機を待った。
しばらくすると、その気配の正体が近づいてきた。複数人いる。装備が統一されていないことから盗賊の類であろう。全員が若く、少年などの年端のいかない子供の姿も見受けられる。恐らくは社会不適合者や行き場のない者どもの集まりなのだろう。こういった集まりは得てしていつの世にもあるものだ。彼らはゆっくりと近づいてこちらの首を掻き切ろうとそれぞれの得物を抜いた。殺し担当と思われる3人がジャックらの近くまで近づき、覚悟を決めたのだろう互いを見て頷いた瞬間だった。
「うがっ…」
3人の男達は小さく呻いて倒れた。クラッドの方から伸びてきた槍のようなものに喉や心臓を一突きにされ、絶命したのだ。何かの仕掛けがあるようにひとりでに死体となった盗賊からゆっくりと引き抜かれていく槍。それを目の当たりにした残りの盗賊たちから驚きの声があがるよりも早く墓守は飛び起き、槍をコートへとしまうと同時にどこからか、墓守の象徴たる大鎌を取り出し構えた。鎌の刃が月に照らされ濡れたようにも見える。かなりの切れ味であることをうかがわせた。そこでようやく事態を理解した盗賊たちが得物を構えて応戦する態勢を整えた。
そこからはクラッドの一方的な蹂躙であった。ハンドアクスを構えた男が斬りかかってくるのを視認したと同時に、そちらに向かって驚くべき速さで鎌を向け、男を両断した。そのまま倒れこんだ男の上半身はまだ生きており、自身の体から飛び出した内臓を必死にかき集めながら涙を流している。まだ死んでいないことを確認すると、クラッドは脳天に鎌の切っ先を突き刺し、彼の苦痛を終わらせた。それを見た残りの男達は怒りの声を上げながら同時攻撃を仕掛ける。短剣、ロングソード、バトルアクス―短剣を使っているのは少年―での同時攻撃をしのぐのは難しいように思われた。
「ふむ…」
少し考えるようにつぶやいたクラッドは攻撃が命中する瞬間に飛び上がり、攻撃を回避した。そして地面に武器を叩きつける結果となった盗賊たちの首を、着地と同時にその大鎌で刎ねた。そして身長差ゆえか、大鎌の餌食とならずに済んだ少年の手首を掴んだ。よほど力が入っていたのか少年は苦痛に顔を歪めて短剣を取り落とす。
「すげぇ…」
あまりにも一瞬の出来事にジャックは感嘆の声を漏らす。墓守は北の地下墓地を本拠地とする集団で、教会の教える"聖教"でいうところの魂の神に仕えている、一風変わった聖職者たちだ。並の騎士団よりははるかに強い戦闘力を有し、個の戦力でさえ最低でも1個師団あると噂されるとんでもない生き物たち。ものの数秒で6人をいとも簡単に殺したのだ。墓守の名にふさわしい働きではないだろうか。
「少年、君の友人たちは皆死んだ。ここでもう悪事は働かぬと我々の主神、魂の神に誓うのならばここで解放してやろう。誓えぬのならこの者らと同じ死を与えるが…。いや、君の罪を俺たちの所で働いて償って貰うというのもありだな…」
立場によって使い分けているのだろう口調を慣れていないのだろうか、転々と変えつつ纏まらない思考を半ば独り言のように言った彼は少年に「どうする?」ともう一度問いかけた。
レーヴェナンス王国の王都、レーヴェンブルク。この都の中心には王城があり、王家が住まい、また宮廷魔術師や一部の兵士などもここで生活をしている。ゴシック様式とルネサンス様式の混ざったようなデザインのそこには会議室から兵士の寝泊まりする部屋など数多の部屋があるが、その中でもひと際豪華な造りの執務室で仕事をこなす若者と彼よりも少し年上のように見える女性がいた。若者は少々飾り気の多い上等な衣服に身を包み、目の前の資料に目を通し、必要ならば許可を、そうでなければ却下のハンコを自身のサインとともに押していた。
「フラン君、墓守の異動に関する資料があったはずだね」
「こちら、ですね」
フランと呼ばれた女性は山積みにされた紙から一枚引き抜いて差し出す。彼女は今執務をこなしている男、現レーヴェナンス国王アンリ・ディ・レーヴェナンスの護衛兼秘書の宮廷魔術師である。才色兼備で次期宮廷魔術師長と噂されている彼女から差し出されたそれを受け取ったアンリはそれに目を通して少し考えるような素振りを見せた。
「今回はえらく王都に来る人員が腕利き揃いのようにみえるな…。約束は違えないというのは本当だな」
墓守とレーヴェナンス王国は古くから盟約を交わしている。王国内での便宜を図り、また金銭的な援助をする代わりに墓守はアンデッド討伐や墓地の管理、有事の際には国を助けるという約束だ。そして約束というのは"有事の際に国を助ける"ということに当たる。今は表沙汰にはなっていないものの色々と面倒な案件があるのだ。
「有事の際は…というものですね。陛下、彼らが動いたということは…」
なるほどと頷くフランを見てアンリは続ける。
「そうだ。何かが起きる。最近は何かと教会側が好き勝手やっているし貴族どもは自分たちの保身と財産しか考えていない。それをどうにかしようとしても議会でも教会派と貴族派、国王派に分かれているからやりづらい」
アンリは手を止めて頭を抱える素振りをした。現在この国は王政という形を取ってはいるが、独裁を防ぐという意味合いで貴族、平民などで構成される議会が設けられている。しかしその議会というのが欲に塗れた貴族派閥、黒い噂の絶えない教会派閥、両派閥を抑え込もうと四苦八苦している国王派閥の三つに分かれ、水面下でせめぎ合っている。特に教会派は最近何かを企んでいるようで人員や物資の出入りが激しい。その対策を練るためにも信用できる人物に調査させていて、今日の午後に報告がある。それいかんでは明日から忙しくなるだろう。
「君にも色々と働いてもらっているが、君のような有能な人材はそういないし、君の本来の仕事やプライベートな時間を削るようなことはしたくないんだが…如何せん我が派閥は質が良くても数がない」
アンリたちの派閥は他の2つに比べて圧倒的に数が少ない。それでもやってこれているのは下手に動いて大事になってしまえば墓守が盟約を果たしにこの地にやってくるという危惧。墓守は武力もさることながら知略に長けた軍師も存在するという噂もあるのでそれだろう。それと少ないながらも優秀な人員がうまく動いてくれていることに起因する。この二つのどちらかがなかったらとうの昔に収拾のつかないことになっている。
「私のことなどはお気になさらずとも。それより、陛下こそ先日の亜人や異形どもの国と友好条約を結ぶ偉業を成し遂げられたではないですか!」
この王国内では獣人や数は少ないがエルフなどの亜人が存在する。が、それ以外にも当然高度な知性を持つ種族は存在する。そういった種族たちの国家と友好関係を結ぶことに成功したのは現在はアンリ以外にはいない。海を越えた先に巨大な帝国、東には紛争の絶えないシュラーメル諸国連合と外交に関しては心労が絶えない。なので人間よりも基本的なステータスの高い種族との友好関係は武器になる。
「確かにあれはよい武器にはなるがそれは今の話とは関係ないだろう…。とにかく、今は数日後に到着する墓守たちとの連携に教会派の監視、国内での人材確保とやることは多い。さしあたっては午後に来るであろう報告に期待するほかない」
アンリはため息をつきつつちらりと窓の外に目をやった。朝は早い時間帯だというのに庭師たちが庭園の手入れを行っているのが目に入る。彼らの仕事を心の中でねぎらってやると、視線を戻して作業に戻る。早くこの状況をどうにかしたいと思いつつも他に頼らなければ打開できないということに無力さを感じつつも、今はただ目の前の仕事に専念することにした。
盗賊の一件から数日。結局少年は途中、補給で立ち寄った街の墓地に預けられてそこで働くことになったそうだ。そして、ジャックらは王都にたどり着き、そこの大きな門の前で検問の列に並んでいた。商人や仕事を求めてきた若者、仕事で来た、あるいは仕事を終わらせて帰ってきたフロンティアギルドの開拓士たちの列だ。
「なあお二人さん。相談なんだけどよ」
遅々として進まない列の中、御者用の座席に座っているクラッドが車内のジャックとマリオンに話しかけた。この数日間彼らは会話をして暇をつぶしてきたが、それもとうに限界を迎えており車内の二人とも暇を持て余している。
「俺は王都に入ったらしばらく仕事で忙しくなるんだけど、君らはどうするんだ?」
クラッドの問いにジャックはあらかじめ考えていた答えを口にした。会話が無くなってから幾度となく考えていたことだ。
「俺はまず、この依頼主を送り届けてから、クラッドさんが言っていた仮工房で生活しようと思います。彼女が魔術師を紹介してくれるそうですから」
「私は、この子との楽しい生活に、戻る」
マリオン腕に抱えているアルパの頭をなでながら答えた。因みにアルパはコアと機体との同調をするとのことでスリープモードに入っている。しばらくは起動しないそうだ。
「そうか…。なら、ジャック君。あー、リスクはあるが、強大な魔術を目の当たりにする機会があると言ったらどうする?俺とともに行動する気はあるかな?いや、本当に危ないから断ってくれていいんだが。君の機械技術に興味があるって下心もあるし…」
少々遠慮がちにそう提案したクラッドであったが、ジャックには願ってもない申し出であった。機械一辺倒でやっていけるのはキルナの中でだけだ。道中立ち寄ったどの街にも中心には魔術の存在があった。魔術は生活と密接な関係にあると感じるようになっていた。ならば、リスクを負ってでも普段見ることのできないものを、体験できないことを体験するべきだと思うのだ。
「お願いします!クラッドさんが強大というくらいの魔術、あまり見ることの出来ない類のものでしょうし。是非に」
「あ、ああ。そうか…。そうか。君は技師になるための努力は厭わない性格とは聞いていたが、これは執念にも近い…」
振り向いて小窓越しにジャックの目を一瞥したクラッドは小さく呟いた。
「オーケー。分かった。それじゃあマリオン嬢を送り届けてから一度、墓地の方へ来てほしい。荷物は俺のほうで預かっておくし、この都の墓地には大きな時計塔が建っているからガイドも必要ない。どうだ?」
「分かりました」
ジャックの返答に右手の親指を立てて応えたクラッド。直後に彼が話し始めたようで、誰かとの会話が小窓から漏れてきた。丁度検問の順番が回ってきたのだった。
久しぶりの投稿です。どうぞよろしくお願いします。