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ゴシック調とマシンドール 2

 「生命の核」。それは失われた技術で造られたマシンの中でも最もレベルの高い技術によるものだ。単純な演算システムとしては量子コンピューター並であり、またそれ一つで人型のマシンの制御を全て行い、学習し、成長する一個の生命体と言ってもいい働きをする。それを直すには専用の機械が必要となり、修理の難易度も並の機械の比ではない。そもそも一般的な機械の扱いとはかけ離れているためこの扱いをマスターするだけで数年かかる。

 ジャック・ロイスは決して優秀な技師ではない。努力を重ね、ようやく人並に仕事をこなせるようにまでなった。そこに来てこの新技術の習得は楽なものではなかった。数日かけて師匠であるアルベルトに教えを請い、サンプルとして保管されていた核を用いての練習。それを経てようやく今回受けた仕事をこなすだけの技術を身に着けた。と言っても師匠が持ち込まれた核を見てどういった直し方をすればいいのかを見極め、その直し方だけを叩きこんだと言ったほうが正しい。つまりいまのジャックには本当の意味で核を扱うだけの技術はない。しかし。依頼は完遂した。

 薄暗く機械の駆動音だけが規則的に聞こえる空間。やや広い空間ではあるがその隅にある、常人では理解不能な機械とそれが置かれたデスク。顕微鏡の台座のような部分にはガラスのような物体が置かれている。ここでジャックは作業を行っていた。

「ふう…」

彼の目の前には輝きを取り戻した赤いガラス玉のような物体、生命の核があった。その球体には何かと接続するための端子などはなく、受け皿となる基盤にはめ込むだけで機能すると言われている。

「うまくいくか?」などと考えつつもジャックは整備済みのマシンドールの頭部を開き、赤い球体をはめ込むとしっかりと小型ネジを締め、元の状態へと戻す。しばらくすると人形の瞳が赤く灯り、手足が動き出す。

それとともに口らしき場所からアナウンス音声が流れだした。

「コア認証、アルパ。データチェック…完了。内的損傷なし。再起動」




 マリオンはここ数日、ジャックが地下から出てこないのでデルタから彼の部屋を使うよう言われていた。ジャックの部屋は鉄くずや樹脂で作られた模型や自身の義手の予備パーツなど、あまり彼女の興味をそそるようなものはなかったが、唯一彼がつけていると思われる日記は彼女に隅々まで読まれていた。王都の貴族として生まれた彼女にとって他人の、それも自身とは全く違う出自の人間の人生には惹かれるものがあった。いったい何をして生きてきたのだろうと。

「変な人」

そう呟いた。ジャックはマリオンの考えるような普通の人間ではないと、そう日記から感じていた。日記には彼の並々ならぬ機械への執着ともとれる愛情を感じた。これといったきっかけは無いようであったが、いくら機械都市に住んでいるからといっても異常な機械への愛情。しかしそれはマリオンも同じだ。家族仲は悪くはないが、最も信頼できるのは修理に出しているマシンドールのみ。それに対する執着は人並ではない。

「そう思うのは勝手だけど、人のものを勝手に見るのは感心しないぞ。マリーさん」

突然の言葉に一瞬体を震わせ、マリオンは振り返ると入口には本来の部屋の主が居た。

「…。さんはいらない」

「そりゃあ失礼。マリー。…それで、依頼の件だけど、こいつを見てくれないか?」

「…!」

彼が抱えていたのは修理が完了したマシンドールだった。しかし、起動しているものの手足が動いていない。マリオンはジャックから人形を受け取ると大事そうに抱きしめる。

「アルパ…」

彼女は愛おしそうにそう呟いた。しかし肝心の人形は目を光らせるのみで動かない。持ち主しか知らない起動方法があるのかと思ったが、そうでもないようだった。完全な修理は出来なかったか、とジャックは己を恥じる。

「マリ…オン…。マリオン」

動かない人形をみて気を落としていたマリオンであったが、その声を聞いて目を丸くした。ジャックも驚いて彼女の顔を見る。

「私は…アルパ。そう、アルパ・マグナス。マグナス工房第一のアンドロイド。そして、マリオンの友人」

自らを確認するように言葉を発している声はデルタに似てどこか合成っぽさのある声であったが、例えるなら青年の声だった。民族衣装からカラカラと装飾品が音を立てている。

「ありがとう、工房の技師。そしてマリオン」

彼女の腕の中から飛び抜けた人形は二人に礼をする。が、それもほどほどに部屋を出て行ってしまう。しかし、何故かどこかうれしそうな足取りに見えた。

「申し訳ないが、私はデルタと会わな―ばならない。1日は時間を取られてしまうから自由――いてくれ」

まだ本調子ではないらしくところどころ途切れているが、アルパと名乗った人形はそう告げた。




 円状の都市キルナはほかの都市と比べて綿密な計画のもとに作られている。一見雑多に見えるが、決められた区画に決められただけの建物。地下は整備しやすいよう規則性をもってライフラインが敷設されており、機械技師たちが都市が完成したその日から整備を続け、街を守っている。機械都市キルナは王都レーヴェンブルクにくらべ、随分と街並みが違う。居住区を歩くだけでも他の都市から来た人間は珍しく感じるだろう。マリオンは案の定物珍しそうに見ている。彼らはキルナの目立った建造物や観光スポットを周り、その後住民が使うような一般的な場所を周っていた。

「家も高い建物…」

一般的な都市では西暦で言うところの中世、ヨーロッパで使用されていたゴシック建築を多少アレンジした建物が主だ。世界的に森林自体が少ないこともあって木造建築はほとんど無く、遺跡や山から切り出した石や粘土を加工することのほうが大量に建築材料を確保できるため、この建築方法がとられている。それに対してキルナはコンクリートでアパートやビルを作る。一軒家は割合少なく、少々裕福な家庭以上ならば一軒家に住むことがあるだろうといったところだ。

「キルナはほかの都市と違って周りに資源があまりないからな。材料の石灰石はほかの都市だとガラスぐらいにしか使われないし、ここで作られるガラスのほうが質も芸術性も高いから流通ルートは確保されてる。だからそれを使ったコンクリート製の建物が多いってことだな」

この都市キルナの周辺には目立った資源の産地がなく、南に行ったところにある砂丘を除けはほぼ草原と、そこを流れる川しかない。なので様々な資源を輸入し、高品質な物に加工してから輸出をする加工貿易が経済を回している。

「そういえば、私の家の窓を取り換える時もキルナ産のがどうのって言ってた」

「まあ、王国内のガラスのシェア90%占めてるらしいし…」

そんな他愛ない会話をしつつ彼らは観光を続ける。


 彼らは修理したマシンドール、アルパが用を済ますまでの間街を散歩することになっていた。修理の間マリオンは外に出ていなかったというのと、彼女が街を見てみたいと言ったからだ。ここ数日ジャックも一歩たりとも外に出ていなかったし、修理用パーツを買い足しておきたいと思っていたところだったので丁度良い。そう思い彼は彼女に付き合うことにしたのだ。

「ここはどこも変わらない…」

 そう呟く彼女の目の前にはこの街には似合わない荘厳とした鉄の柵とその向こうに広がる墓地があった。

機械都市含めいくつかの都市を有するこの王国には「墓守」という制度を導入している。北の山脈の麓には死者を護ってくれるとされる神の神殿があり、その付近には世界で一番大きな地下墓地が存在する。そこには墓守と呼ばれる強者が死者の安息を守っているという。王国はその墓守たちと契約し、彼らに国内での便宜を図る代わりに墓地を管理してもらい、湧き出るアンデッドや盗みに入る者たちの撃退を約束している。それなりの都市には1人は墓守が常駐している。そんなわけで国内の墓地の様式は画一されているのだ。もちろん敷地内の配置も。

そんな場所に来た理由は出掛けに墓地に行くよう言われたからだ。本来はアルベルトが出向くそうなのだが、現在彼は手の離せない状態のため代理ということらしい。

「そうなのか?俺は生まれて初めてここに来たからわからないな」

ジャックには身内や親しい人物の死というのを経験したことがないし、先祖の墓参りというのも行ったことがない。なのでマリオンと違って懐かしさは感じなかった。

「…。王都はこんな感じなのか?」

「建物とかの様式は、ね」

マリオンがフェンスゲートに手をかけると、彼女の細腕に反して堅牢な造りの扉はいとも簡単に開いていく。彼女は敷地内に入ると振り返ってジャックに手を伸ばした。

「私が案内してあげる」




マリオンの案内でたどり着いたのは敷地の中心にある小さな教会兼墓守の詰め所だった。彼女が飾り気のない木製の扉を開くと、そこは何の変哲もない祭壇やステンドグラス、木製の長椅子。いたって普通の教会だ。街中の教会にはない静謐さと長椅子に座る黒衣の人間を除けば。

「ようこそ、キルナ共同墓地へ」

若い男性のような声とともに黒衣の人が立ち上がった。振り返るとその素顔が露わになる。手入れのされた金髪はもみあげ部分が肩にかかるほどの長さがあり、前髪は両目が隠れない程度に整えられている。後ろ髪はゴムでまとめてあり、そちらのほうも背にかかるほど長かった。20代後半ほどに見える顔に目立った傷や特徴はないものの前髪の間から抉られたような傷跡が見え隠れしている。着用している黒衣は墓守の証だ。凝った作りをしており、内側には武器がいくつか隠しておけるだけの帯やポケットが垣間見えた。その男はジャックとマリオンを歓迎する一言を言うと一瞬笑い掛けた。

「私はこの墓地を管理する墓守の一人、クラッド。もう一人いるが、彼は見回り中だから後回しにさせてい頂くよ」

クラッドと名乗った墓守は自己紹介を終えると間髪入れずに本題へと入る。

「工房から話は聞いているよ。ついてくるといい」

金髪の青年は二人の肩を軽く叩き、二人の顔を見る。そのあとに何かに納得したように頷いて教会の奥へと進んでいく。ジャックらもそれに続いた。

 

 奥へと通されたジャックとマリオンはクラッドに促されるままある部屋に通された。簡素な造りの応接間であり、調度品もあまりない。部屋には恐らく魔術で作られたと思われる光が浮かぶ照明がいくつか置かれている。その他は木製のテーブルとイスのみだ。

「墓守は君の工房とも昔から友好関係にあってね。武器や防具を新造するときは工房に頼んでいる。…と、そうだ。アルベルトさんから伝言があったんだ。『依頼人の娘を王都まで送るついでに魔術について学んで来い』だそうだ。うちの異動に合わせて一緒に王都まで行くことになる」

席ついた彼は、ジャックらに座るようにジェスチャーで促しながら矢継ぎ早にジャックに話した。それに対しジャックは抗議する。

「でも俺は魔術なんて使えないし…。第一機械技師に魔術は必要ないはずでしょう?」

ジャックの疑問はもっともだ。科学技術、こと機械と魔術は対照的な位置づけだ。技師は基本的には魔術を学ばない。もっとも、遺物のゴーレムなどには魔術を想定した防御対策を施されているものが散見されるが。その問いに墓守は答える。

「君の工房が代々守ってきたものは知っているね?」

それは今やオーバーテクノロジーの遺物たち。

「それには少なからず魔術と科学を融合させた技術をもって作られたものがある。ここまで言えばわかるな?」

墓守の言葉にジャックは頷いた。マグナス工房で保管されている数々の遺物に関連した事故や事件が発生した場合を考え、代々技師長は魔術と科学の両方を修める。実際にアルベルトは並の教会の祭司よりは魔術の技量は上だ。それに、彼がそう命令したのならば少なくともジャックを次代の技師長候補としてみなしているということだろう。ならばジャックに断る理由はない。

「…。分かりました」

「よーし。それじゃあ出発と行こうか。君たちの準備もしてあるんだ」

ジャックの返答を聞くや否や、クラッドはテーブルの上に上着の内から取り出した二人分の荷物を置いた。

「俺の服は特別製でね」

不思議そうに見る二人に彼はそう言ってニッと笑った。




 彼、クラッド・クロイス・アーチボルドによれば墓守は5年の周期で担当の墓地が変わる。今回はその異動のついでにジャックらが王都まで同行することになる。また、アルベルトはその周期を知っており、狙って今日墓地に向かうよう指示した。因みにクラッドが着ている特別製の上着は底無し衣と呼ばれるマジックアイテムで、将来有望な墓守に与えられるという。

「さ、少々気味が悪いかもしれないけどもそこは我慢してくれ」

 都市の外。その東からは王都へと通じる街道が伸びている。その道端に馬車が1台止まっていた。棺を思わせるような黒のそれを引いているのは1頭の馬であるが、そこらの馬ではない。首無し騎士の馬(コシュタ・バワー)と呼ばれる種類だ。実際にデュラハンの伝承にあるような首無しの馬ではなく、その身に魔力を宿した強い馬と言ったほうがいい。その威圧的な風貌からそのような名前を付けられてはいるが、実力ある者には懐くし、積極的に人に危害を加えることもない。それにどちらかと言えばデュラハンよりはスリーピーホロウの「眼の光る馬」のほうが近い。と言っても見る者を怯えさせるような雰囲気と見た目であることに変わりはないが。クラッドが気味が悪いかも、と言ったのはそのせいだろう。

 そんな屈強な馬が引く馬車に一同は乗り込む。その中は教会と同じように質素ながらも過ごしやすい空間となっていた。

「それじゃ、出発だ」

荷物の確認を済ませ、最後に乗り込んだクラッドが半分独り言のように言うと、馬はそれに呼応するように嘶いた。

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