ゴシック調とマシンドール 1
「マリオン・レーヴェルトランデ」
子供には広すぎるほどの、しかし内装は子供向けのファンシーな部屋に少々奇妙な男の声が響く。声の主は人形のような小さな体をしている。ここレーヴェナンス王国の中心地、王都レーヴェンブルクでは珍しい機械都市キルナの工芸品、マシンドールである。といっても普通のマシンドールは喋りもしないし、簡易な仕事しかできないがこのマシンドールは特別だ。
「もし、私が壊れてしまったとき。その時はキルナにあるマグナス工房という場所に行ってほしい」
「…うん」
マシンドールの話し相手は小さな女の子であった。全身をゴシック調の衣服で着飾っている彼女はそのかわいらしい見た目と反して暗い表情をしている。
「今すぐに壊れてしまうというわけではないよ。そんなに悲しまないでくれ」
「…!うん」
人形の言葉に少しだけ表情が明るくなる少女。それをみて「うんうん」と人形は頷き、続けた。
「だから今から少しづつそのときの準備をしてほしいんだ。ここレーヴェンブルクからキルナまでの道、どんな乗り物を使っていくか、それにかかるお金。そして…」
「そして…?」
少々勿体ぶったように溜める人形に少女は言葉を繰り返しながら人形にぐっと顔を近づけた。
「そして、一番大事なのは「我慢すること」…、忍耐力だよ。これは生きていく上でも重要なことだからね」
まるで彼の言葉は絶対とでもいうかのように少女は何度も頷く。それを見た人形は最後にもう一つだけ、と付け加える。
「君が"やりたいこと"を見つけられたら君の人生は豊かになる。今は分からないかもしれないけど」
少女は「あなたの言う通りにするのがやりたいことだよ?」と首をかしげる。人形は彼女を見て小さく笑うと自身をじっと見つめる彼女の頭を優しくなでた。
「時がたてばわかるよ。…時間が必要な物事もあるんだ」
「おはよう姐さん」
「おはよう、ジャック」
ジャックの朝は6時に起き、顔を洗ってからデルタの作った朝食を食べることから始まる。朝食を食べた後に工房へと訪れる一般客の相手をして一日を過ごす。そして7時の店じまいになると、日が変わる時間までアルベルトの作品から技術を読み取り、勉強する。しかし、その日は少し違った。朝食を終え、工房一階の受付カウンターの席に座り、先日から取り組んでいる金属模型の制作をしつつ客を待っていると奇妙な客が現れたのだ。
チリンチリン、と来客を知らせる鈴が店内に鳴り響く。
「ん…」
金属成形をする手を止め、顔を上げると目の前にはジャックよりも2歳ほど若いだろうか、15,6ほどの少女であった。まるで物語の登場人物のような、ゴシック調のドレス。綺麗に手入れされている金髪は側頭部で纏められツインテールとなっており、そのいで立ちにふさわしい整った顔。腕の立つ人形技師が作ろうとしてもここまで美しい人形をつくることはかなわないだろう。そんな少女が腕に抱えたものをカウンターに置いた。
「…。直して」
彼女の口が動いた。ジャックは呆気に取られている。キルナでは見れれない服に、雰囲気。さぞかし名のある貴族のお嬢様なのだろう。数瞬の後、カウンターに置かれた物に注意を向けた。
「マシンドール…。っ!これうちで作ったやつじゃないのか!?」
年季こそ入っているものの丁寧に扱われていたのであろうそれを手に取り、隅々まで見る。全長は100cmほどで、小人といった雰囲気合う。顔に当たる部分には木彫りの仮面が付けてあり、多少力を入れた程度では外れないようにされている。一方体はどこかの民族衣装と思われるようなゆったりした服が着せてあり、その格好はシャーマンとも言うべき雰囲気を漂わせていた。さらに、その首筋にはマグナス工房の印がつけられており、そこに記されている文字から、2代ほど前の技師長の手のものであることが推測された。
「直せるの?直せないの?」
感情の乗らない声で再度質問する少女の声でようやく我に返ったジャックは再び彼女を見た。
(う、美しい…、というべきなんだろうな。こんなに「完成された人間」は初めてだ…)
高名な貴族のお嬢様と言えばだれもが想像するような容姿、服装。性格は少々難アリのように思えるが。
そんな彼女の頼みを誰が断るというのだろうか。というか客なのだから依頼を受けるのは当たり前だろう、とジャックは自身にツッコミを入れつつ。
「え、ええ。もちろん。大丈夫です。お任せを、お嬢様」
首を何度も縦に振ると彼女は満足したのか、コクコクと頷いた。実際、一般的なマシンドール自体はゴーレムを整備できる技量のあるジャックならば問題なくこなせる。構造的には小さな人型ロボに少々性能のよいコアAIを搭載し、音声認識のためのスピーカーとマイクを仕込めば良い。より人間らしくとなると体の各所に人口筋肉を仕込んで表情や動きをより人間に近くするといった手法がとられるが、見たところそういうものでもないらしい。それにそういった人間に近いマシンドールは気味が悪いのだ。いわゆる「不気味の谷」というやつである。
「ジャックです。ここの技師長の弟子をしてます」
「…マリオン・レーヴェルトランデ。あとお嬢さんはやめて」
マリオンと名乗った少女は「お嬢様」と言われることがいやなようで、すぐさまに否定した。
「私のことはマリーと呼んで。あと敬語もナシ」
「は、はあ。了解」
なんか調子狂うなあと思いつつもジャックはこの仕事を引き受けることにしたのだった。
「あー、ちょっと…、あんまり見られてると集中できないんだけど…」
作業を開始して小一時間ほど。ジャックがカウンターから奥の作業台に場所を移して内部構造を理解するために分解しているのをマリオンはじっとカウンターから伺っていた。驚いたことに彼女は一人で来たというので店のものを壊さなければ何をしていてもいいと言ってはいたのだが、よほどこの人形が気になるらしく離れようとしない。
「ごめんなさい…」
「そ、そんな落ち込むなよ…。ん、そうだ。じゃあ話を聞かせてくれよ。マリーのこととかこの人形のこととか、レーヴェンブルクのこととかな。ああ、この都市だと魔法ってのにもあまり縁がないからそういった話も聞きたいな」
扱いにくいお嬢様、と内心思いつつも彼女をどうにか落ち込ませずにいく方向へもっていくよう努力する。魔術に関してはジャック自身の好奇心もあるのだが。
「…!うん。待ってる間、たくさん話を聞かせてあげる。いつもは聞いてばっかりだったから…」
手は休めずにちらっと彼女をみると、何を聞かせてあげようか、と思案しているような顔をしていた。思わず顔がほころんだ。仏頂面だった彼女だが、どこか楽しそうな雰囲気を感じる。彼女も結局は年若い女の子なのだと実感した。
「それじゃあ私のことから」
カウンターで頬杖を突きながら薄暗い天井をみつつマリオンは語った。
マリオン・レーヴェルトランデはこの大陸の半分を統治するレーヴェナンス王国の王都レーヴェンブルクにある王族の血を引くレーヴェルトランデ家に生を受けた。レーヴェルトランデは王家の親戚という位置付けで公爵という位をもつ貴族の家である。また、その血筋は強い魔術師を多く輩出し、現在も宮廷魔術師長を担っているのはレーヴェルトランデ家の人間である。もちろんマリオン自身も強い魔力の持ち主で、彼女は炎を中心に行使する。
彼女は東のシュラーメル諸国連合の辺境にある魔術学院に学び、その中でこのマシンドールと出会ったという。学院を通常の半分の年月で卒業した彼女は王都へ戻るとそれからというものマシンドールとともに時を過ごしていたが、人形が壊れるとふさぎ込むように部屋に籠るようになった。その後、時間をかけて旅費の確保とキルナへのルートの確保、荷造りを家の誰1人にも悟らせないように終え、この工房へとやってきた。
「ほー。家出ってことか」
人形の中身は驚くほどに精度の高い部品で構成されており、今の状態も壊れているとは思えなかった。体自体に異常はない。関節部分が多少疲労しているかといっただけだ。内蔵のAIも並みのものよりも演算処理能力が高い以外では特筆すべきものはなく状態も良い。
「いや、このAIは演算に特化しているだけでこの体を制御している別の核がある…?」
AIを搭載しているコアは一般的に旧文明でコンピュータなどに使われていたものと同型で演算以外ではあまり使われないものだった。頭部が異常に頑丈であることとその頭部には謎の空きスペースがあるのが確認できたのでおそらくそこに何かがあったのだろうか。
「…」
「何かあったの?」
作業の手が止まったジャックを見てマリオンが声をかける。
「この頭。中に何か入っていたのは工房でも数えるほどしかない「生命の核」じゃないのか?」
生命の核。人型のマシンを自律的に行動させるうえで必要なAIの核。それをより多機能に、高性能にしたもので、1つとして同じものはない。そしてその一番の特徴は機械に命を宿すことができるということだ。
「体の整備自体は1日あればできるけど、こればっかりは核がなければどうにもならない」
「核?」
「そう。外は非常に軽く丈夫な金属で薄くコーティングされていて、中は水晶のように透き通った高密度情報体が入っている。それは1つ1つが異なる輝きを放つそうだ。工房の資料にあったものだとオレンジ色や紅、蒼なんかがあったけど」
ジャックの言葉にピンときたのか、スカートの辺りをガサガサと探す素振りをすると、何かを取り出した。
「多分、これ。赤い球。彼が動かなくなった時にはこれを誰にも渡さないように隠してなさいっていってたから」
「彼?マシンドールか?」
彼女から核を受け取る。
「そう。とっても大事なものだって」
手に取って見ても何がどうなっているのかわからなかった。中心に赤い光が煌々と照っている。時々線香花火のようにパチパチと光っているのがおそらく不調の原因なのであろうがどう対処すればいいのかはさっぱりわからない。
「こりゃあ、どうしたものか…」
「貴様は随分と妙な運を持っているな、ジャック」
年老いた声でアルベルトは呟くように言った。彼の手にはマリオンから預かった生命の核があった。
「初めての仕事で命を狙われ、その次の仕事で国宝級の旧文明の遺産に見えるとは」
久々に工房の表に出てきたアルベルトはどこからか台を取り出し、核をそこに置く。人差し指で軽く弾くと少々歪んでいるが透き通った音が鳴り響いた。
「生命の核は音で正常に作動できるかどうか判断できる。いつもより高い音なら過負荷、低い音ならデータのゴミの溜まりすぎ、歪んだ音なら内部構造の変形が原因で機能停止になっておる」
「それ、一番ヤバイんじゃないのかよ!?」
依頼を請け負った手前一番難易度の高い問題に行き当たったのは非常に運が悪い。しかも今の自身の力量ではとても解決できない問題だ。
「騒ぐな小僧。いくつかの技術は代々技師長が弟子へと直接教えるものだ。貴様はまだそこいらの機械技師に毛が生えた程度の知識とたった一回の仕事の経験しかないまだまだ未熟な存在ではあるが、仕方なかろう」
難しい顔をしながらも腰を上げるとアルベルトはジャックをちらと見、目でこちらへ来いと合図をすると地下へと降りていく。
「お嬢、しばらくここで待っててもらえる?うちの姐さんが相手をしてくれるからさ」
アルベルトを見て急いでそれに続こうとするジャックは振り返ってマリオンにそう聞くと彼女はコクコクと頷いた。それをみて一瞬笑顔を作った。
「姐さん!客の相手を頼むよ!」
デルタはすぐさまに返事をして降りてきてくれたため、ありがとうと一言告げると地下へと急いだ。
アルベルトは普段ジャックが入ることを禁じている地下の奥深くへと入っていった。ジャックもそれに従う。
「これは…」
奥に入っていくと見たこともない機械が幾つも置いてある。その中でも一際目を引いたのは人5~6人ほどもあろうかという巨大なマシンドールであった。骨格こそ細いものの脚には大きなスカートの如き装甲を有し、鋼鉄の翼、各部に備えられたスラスター。左手に携えているのは柄の長いメイス。その機体を一言で表すならば「天使」であった。
「よそ見をするな。こっちへ来い」
アルベルトの声で我に返り、彼のいる方向を見ると作業スペースのようなある種の異様な雰囲気を放っている場所にいた。
複数のモニターが青白い光を放ち何かの数式や文字列がスクロールされており、その周辺には用途のわからない小型の外部端末が様々なランプを点灯させながら動いている。
「基本的に適切な設備があるなら、使ったほうが修復作業は早く終わる」
1つの端末に核をセットすると、赤い光が消え失せる。そして1つのモニターの画面が切り替わった。
「よく見ておけ。一度しかやらんぞ」
アルベルトはぶっきらぼうに告げると急いで駆けてくるジャックを尻目に作業を開始した。
「あら、それじゃああなたは公爵さんの子なのね」
工房2階のダイニングの椅子にマリオンを座らせたデルタはキッチンに立ち、もてなすための菓子を作りながら彼女の話を聞いていた。普段日中は家事をし、それが終われば自身の体の整備。それも終わってしまえば工房の一番高いところでランプを開け、都市を吹く風で自身の命の象徴たる蒼い炎をたなびかせる。そういう生活をしているが、今日は可愛らしい客人のおかげで非常に楽しいと感じている。
「そういえば、荷物はあまり持っていないようだけど、宿とかどうするの?」
オーブンを開くと香ばしい香りが漂う。それを皿にのせるとマリオンがいるテーブルに置く。マリオンはそれを一つ食べると、どうやらすごく気に入ったらしく一瞬口をほころばせ、感嘆の声を漏らす。
「マリオンちゃん?」
「これ、王都のものより美味しいクッキー。紅茶がほしくなる」
「じゃあ、紅茶をいれるけども…」
菓子に夢中なマリオンに紅茶を淹れてやる。すると彼女はものすごい勢いで菓子を食べていた手を止め、紅茶に手を伸ばした。
「そういえば、宿はまだ取ってなかった」
「いくら技術の進んだキルナといっても治安の悪いところもあるから…。それに最近は物騒な事件も多発してるから、しばらくここに泊まっていきなさいよ。私も可愛いお客さんは久しぶりだから楽しみだわ」
なんだか楽しくなっているデルタを見てコクコクとマリオンが頷く。先のことを考えていなかったマリオンにとっても願ってもない申し出であった。キルナに到達し、マシンドールの修理をしてもらうという目標だけを遂行するために動いていた彼女はその先のことを考えていなかった。今考えてみればなんと愚かなことか。
「泊まらせてもらうんだったらお金を」
「あーあー、いいのいいの。アルベルトにもジャックにも私から言っておくから。大人しくもてなされてなさい」
立ち上がって金を払おうとするマリオンを座らせ、人間なら笑いながら言っているような雰囲気でキッチンへもどる。キッチンとダイニングはバーのようになっているため、キッチンに立っていてもダイニングの様子が見えるようになっている。デルタは人が楽しそうにしているのを見るのが好きなのだ。黙々と菓子を頬張り、紅茶を飲むマリオンを見る。表情にこそ出ていないものの、デルタには彼女がささやかな幸福を感じているように見え、少しだけ嬉しくなった。