機械人形の完成
王都レーヴェンブルクのゴーレム事件から3か月が経とうとしていた。ジャックは順調にベータの新たな体の製造を進めていた。墓守のクラッドは相変わらず忙しいとかでほとんど訪問してくることはなくなった。マリオンも魔術の講習や工房の仕事などを手伝ってくれるが、宮廷魔術師として忙しくしているらしく前よりも顔を合わせる機会は減っていた。
「これでフレームは完成!」
人間を模した機械のフレームに最後のパーツを取り付け、ベータのコアを胸にあたる部分にはめ込む。エネルギー源も兼ねるアンドロイド用コアがはめ込まれたことにより機械仕掛けの体にエネルギーが行きわたり、ベータの意思の通りに動き出した。
「バランス調整、よし。魔力回路確認、問題なし」
確認するように1歩、また1歩と歩くベータ。ゆっくりと動作する分には何も問題はなさそうだった。
「外に出て軽く動いて見る?」
「軽く手合わせを願おう。問題なければ装甲の取り付けを行うとしよう」
ベータは体の制御に慣れてきたようで、掃き掃除用の柄の長い箒を手にしてくるくると回しながら外へ出た。ジャックは完成した先から壊そうとしなくてもいいのに、などとつぶやきながらそのあとに続く。
「魔術を組み込んだ体術、試してみるか」
ここ数か月、ジャックはベータの体の製造に並行してマリオンから魔術の指南を受けていた。その甲斐もあり、唯一適正があった空間属性の魔術を1つだけ操れるようになっていた。それを試したかったのだ。
***
「ふむ、意外にも中々悪くない」
「そ、そりゃあどうも」
地に仰向けに倒れていたジャックがベータの批評に息を切らしながら答えた。ベータは久方ぶりの体であるにもかかわらず軽快な動きでジャックを翻弄し、10分と経たずにダウンさせられてしまった。どうやらジャックにとって初の試みであった人型の機械を製造するという試みは成功したらしかった。これも機械都市やレーヴェンブルクの工房で読み漁った技術書のおかげである。
「フレーム製造の際の魔力回路構築には改善の余地があるが、機械的な性能は申し分ない。君への評価を改めよう。ジャック・ロイス」
ベータは片手の指先に魔術で小さな火や水などを浮かべてコアからのエネルギー伝達の程度を確かめている。世間的には”基本属性”と呼ばれる火・水・風・地の魔術すら適性のないジャックにとっては羨望の対象となっていた。マリオンから魔術を教えてもらえばもらうほど、ジャックが思っている以上に魔術はマグナス工房の技師となるうえで重要な要素であるのに気づかされたのだ。
一息ついて上体を起こすと、額の汗をぬぐう。そして最後の仕上げに取り掛かるべく、ベータに声をかけた。
「それじゃ、装甲を取り付けようか」
***
その日、レーヴェンブルクの墓地には金属がぶつかる音が響き渡っていた。墓地は円形に広がるレーヴェンブルクの都市の中心にある城の裏手に広がっており、その都市の歴史が古いことを示すかのように広大な敷地を有している。その中心近くにある聖堂前の広場で2つの影がぶつかっていた。
1つはその影と同じかそれ以上かというほどの大鎌を軽々と振り回しており、もう1つはありふれた鉄製の槍で、大鎌の攻撃をいなしている。
「魔術を使っても構わん」
「それじゃあ遠慮なくっ!」
槍使いがもっと本気で来ても構わないという風に挑発すると、鎌使いが短く詠唱をして大鎌に魔術を施して攻撃を再開した。
これまでは大鎌を軽々と、手数で攻めているような状態であったが、それが一転して正確かつ重い一撃を狙うスタイルに変わった。そして、その攻撃に意表を突く魔術が加わる。槍でいなされた大鎌の切っ先がまるで削り取られたかのように消え失せ、そして槍使いの真後ろに消え失せたそれが現れる。
「なんと!」
槍使いは無理やり両腕を背後に回して槍の柄で刃を受け止めた。人間には少々無理のある動きで受け止めていたが、鎌使いが力を込めてもそのガードを破るには至らない。
「その体、さすがというべきか......!」
鎌使いは仕切り直しとばかりに大鎌を引っ込めて距離をとった。そして大きく深呼吸をする。
「若、フェスティナ様からの定時連絡です」
2名が再び衝突しようとした瞬間、墓地の奥にある教会から出てきたジャック・オ・ランタンのような顔を彫ったかぼちゃを被ったスーツ姿の男が鎌使いへ声をかけた。彼は鎌使いが臨時で呼び出した使い魔である。
「ああ。申し訳ない。模擬戦はここまでとさせていただきたい」
鎌使い、クラッドが槍使いへ軽く頭を下げて得物を空間魔術で収納する。それを見た槍使いのマグナス工房のアンドロイド、ベータは槍を地面へ突き立てて腕を組んだ。その姿は装甲が騎士の鎧を模しているのもあって、名のある騎士の風格を漂わせている。
「ロイス技師より聞き及んでいる。休憩中に無理を言ったのは私。手合わせに感謝する」
「いえ、こちらも歴史あるアンドロイドと手合わせできたのは良い経験だった。あなたほどの腕なら教会の正騎士程度何人いようが相手にならないでしょう」
「お褒めの言葉、ありがたく受け取っておこう。では、失礼する」
ベータは早々にクラッドとの会話を切り上げると、踵を返して墓地から去っていった。それを見送っていたクラッドに、再度声がかけられる。
「若、早く応答しないとフェスティナ様が……」
「あ!やべ!今行くから!」
クラッドは半ば強制的に出張させた気難しい部下の顔を思い浮かべ、急いで教会へと戻っていった。