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科学と魔術の融合の検討

 ”箱庭”から回収できたベータのコアに大きな損傷がないのは僥倖であった。大がかりな修理には専用の設備が必要となるし、今のジャックの技量で完璧な修復ができるかもわからないからだ。それに加え、開店休業状態の王都の工房で、自身の義手の開発が一通り終わったジャックにとっていい暇つぶしになるからだ。

 マリオンの魔術講義は2日に一度。自主練や復習を差し引いてもそれなりの時間をジャックは持て余していた。


「ということは、基礎フレームの鋳造時に魔力を流し込めば凝固する際に魔術回路の機能を有する形に魔力......マナが偏析するということ?なのか?」


 マリオンから魔術の基礎についてまで、教えてもらった段階でジャックはベータの新たな素体を開発に着手していた。


「鍛造や熱処理するときは金属と違って再結晶やらなにやら考えなくていいから、それは楽でいいな」


 図面を描きながら素材について思案するジャック。彼の中でベータの新たな体の大まかな設計は終わっていた。デルタと同じような機械の身でありながら魔術を使える機械人形に仕上げるつもりだ。人間大の機械人形を製造するには時間がかかるが、ジャックの知識と技術なら問題ない。問題は魔術を使えるようにするという点だ。

 生物ではないものに魔術を使えるようにするには、魔力の伝達をするための回路構築をしなければならない。ジャックの所属する工房自体にはその技術は確立されたものとしてある。しかし、ジャックにはその知識がない。否、技術書などで見た記憶はあるのだが、その時は魔術の心得が何一つなかったので理解できなかったのだ。


「あー。魔術なんて、って思わないでちゃんと読んでおけばよかった」


「我ら機械人形(マシンドール)の核は科学と魔術の結晶。マグナス工房の技師ならば両方に精通してこそ。心得よ」


「今は身に染みて、痛感しておりますよ」


 今はコアだけとなった工房のアンドロイド、ベータがジャックの勉強不足をたしなめる。コアだけだというのに少々尊大な態度なのはそう作られたからなのだろう。ベータの新たな体はそのほとんどを工房で放置されていたスクラップを溶かして成分調整した合金で製造する予定だが、材料やリードタイムを考えて装甲は国からの褒賞として賜った魔化された鎧を利用する。鋳造から組み立てまですべて1人でやらなければいけないためかなりの重労働になるが、完成すれば戦闘用のアンドロイドであるベータが護衛兼相談役として付き従ってくれるらしいので、戦闘面や魔術と科学の併用についての知識に不安のあるジャックにはありがたい存在となるのは確実だ。


「とりあえずこれで模型は全部完成かな」


大きな作業台に木材で作った部品の模型を並べて一息つく。これで第一段階の模型製作は完了。次は溶かした金属を流し込む型を作る。


「おっと、その前に定盤に模型はっつけてやらないとか」


 ジャックには経験がないが、書物で読む限り鋳造というのは決められた型にどのように部品を配置し、流し込む金属の通り道を決め、どこから流し込むかなど、細かな1つ1つの要因によって出来が変わってくるらしい。


「配置図を見せてくれるなら、私が解析して品質の評価をしよう。私の体になるものだからな」


 ジャックが模型とにらみ合いをしていると、ベータが助け舟を出してくれた。機械都市の工房のような演算装置はこちらにはないのでジャックにとっては非常にありがたい申し出だった。でなければ何度も同じ部品を作る羽目になる予感がしていたのだ。


「ありがとう。とりあえず一旦配置図を今日中に仕上げて、型に使う砂と自硬性樹脂の用意をしないと。砂は粒度の設定と耐火性能と熱膨張率をマリオンに伝えて魔術で作ってもらうとして、樹脂は魔術じゃどうにもならなそうだな......」


 こうして次から次へと出てくる課題に頭を悩ませながらも、ジャックの充実した日々が始まった。



***



「おじゃまします......って、何この臭い」


 ある日、工房が散らかっているだろうと気を利かせたマリオンが侍女を伴ってジャックの下を訪れると、部屋は熱気と嗅いではいけない類の臭いが充満しており、奥にはクレーンで吊り下げられた鉄の鍋とその下で何やら作業している無骨な仮面のようなものを被った彼がいた。

 ジャックが鍋の底を棒状の道具でつつくと、鍋の中身がその下の型の中へと注がれていく。オレンジ色に発光したそれが注がれきると、ジャックが型の上に袋に詰められた何かを振りかける。クレーンで吊り下げていた鍋を下して、その作業の後始末を終えるとジャックは身にまとっていた面と防護服を脱ぎ捨てて作業台に置いてあった水筒の中身を一気に飲み干した。


「っはぁー!これで一通り鋳造完了!」


「ちょっと、なにしてるの?」


 上半身は下着一枚で解放感に浸っているジャックに、マリオンが不機嫌に声をかける。彼女の伴っている侍女も鼻を抑えて、工房の入り口に立ち尽くしている。


「何って、ベータの素体づくり。俺は戦いに不慣れだし、いつまでも墓守やマリオンたちに頼っていられないからね。ベータはもともと戦闘に強く造られてるから、彼が俺を守ってくれるのが一番都合がいい」


 ジャックが閉じていた窓を次々と開けて換気をする。熱気のこもった空気が外の空気と入れ替わっていき、工房の空気が多少マシになった。


「そっちこそ今日は何しに来たんだ?今日は講習の日じゃないでしょ?」


「掃除。そろそろ散らかってると思って」


「ま、まあ。それはそうだけど」


 ジャックが工房を見渡すと搬入した資材や図面などが散乱しており、傍から見れば散らかっているといわれても仕方がない有様であった。


「すみません、お願いします」


 彼女の冷たい視線に負けて肩を落としたジャックは、謝って工房の整理をお願いする。するとマリオンは彼の手を引いて工房から追い出した。


「よろしい。それじゃ、始めるから外出てて」



***



 外の風が汗ばんだジャックの体を急速に冷却していく。工房の外壁にもたれかかった彼は小さくくしゃみをすると空を見上げた。今日はいやに天気がいい。工房にこもっているのがもったいないとすら感じるほどに。


「や、お久しゅう」


 ぼうっと空を眺めるジャックの顔を覗き込むようにして見覚えのある男が声をかけた。いつものように飄々とした態度ではあるが、どこか疲れを感じさせる声色の彼はジャックの隣に座り込む。


「クラッドさん、どうしたんです?」


「いやね、短い昼休憩。ここんとこ教会からの業務で忙しくてさ。君も最近引きこもってるらしいから久々に見に来たってわけ」


 クラッドが墓守の黒を基調とした服装に似合わないカラフルなスイーツや飲み物をコートの内からどっさりととりだした。こういう時にクラッドが纏う底なしのコートは便利だとジャックは思う。これさえあれば空間魔術などなくてもあらゆるものが持ち運びできる。


「ずいぶん女子力の塊みたいな食べ物ばかり持ってきましたね」


「昼飯買いに飲食街に寄った時にいろいろもらったんだよ。この前のゴーレム事件で王都での墓守の評判がかなり良くなっててな。その時のお礼だと」


 フルーツケーキを一口で平らげながらクラッドが語る。ジャックもすすめられて何等かの果実を絞った飲み物を手にした。


「で、わざわざこっちまできたほんとの理由は?」


「おお、君もなかなか察しがいいな」


 クラッドが懐から封筒を一つ取り出す。それは聖教国家ニンファエアの紋章が描かれており、ジャックにとっては見覚えのないものだった。


「これ、昨日届いた聖教の本拠地からの手紙ね。ロイス君宛てじゃないから中身全部見せるわけにはいかないんだが、こいつに君のことがかかれていてな」


「はあ」


「なんでも2か月後から始まるニンファエアの次期教皇選で使用される式典用ゴーレムが不調らしくてな。修理と調整できる人間を探せとのお達しが下ってる。式典用ゴーレムは機械式だから教会の手が及びにくい機械都市の外にいる技術者は狙われるだろうな」


「ええー。困りますよ、そんなこと言われても」


「いやいや、俺はもちろんこんな命令素直に従う気はないよ?でも教会の王都支部連中は人員が入れ替わったばかりで手柄を欲しがってるからさ。一応俺もけん制はするけど、そっちも迂闊な行動はするなよ」


「ええっと、うーん。まあ、気を付けはします。ベータの素体さえ完成すれば戦闘面ではもう少しマシになるんですけど」


 突然降ってわいた危険に戸惑うことしかできないジャック。腰を下ろして再び空を見上げた。


「なんでこんなことになるんだか......」

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