墓守の苦悩
ゴーレム・ロード騒動からいくらかした後にジャックの工房を訪問したマリオンは上機嫌であった。それがなぜかといえば、元々宮廷魔術士兼国王付きの魔術剣士であるフランが教えるはずだったジャックへの魔術理論や基礎魔術といったものを彼女が受け持つことになったからである。正確に言えばゴーレム・ロード鎮圧の功績をたたえられ宮廷魔術士入りをした彼女が国からの褒美にと願い、それが叶えられたからだ。
「へえ、でもお嬢が魔術教えられんのかよ?」
「私は連合国の魔術学院主席。座学もばっちり」
居合わせたクラッドのジャックの義手製作を眺めながらの問いにマリオンはこれ以上ないドヤ顔にサムズアップを添えて答える。彼女は魔術学院でも歴代最年少かつ主席で卒業を果たした天才だ。十分に師匠役は務まる。
「あのフランとかいう魔術剣士が忙しいから俺が代わりに教えてやろうかと思ってたけど、それならそれでいいかもな」
クラッドは暇つぶしのネタが一つ減ったと、少し残念そうに肩をすくめる。
「墓守の魔術は一般的な魔術体系から外れてる。初心者には学院の教え方の方がいい」
「そりゃあそうかもな。見る限りロイス君の魔術適性はごく限られたものだが、基礎は大事だ」
「でも教育方針の相談には乗ってほしい」
「まあ、本当に困ったときはお兄さんに相談したまえ。それじゃ、俺は今日のところは退散しますか。じゃあな、二人とも」
ジャックにとって魔術の先輩である二人の会話がまとまったところで、クラッドは工房を後にする。彼が工房のドアを開けると、そこには彼の部下の騎士、レオポルドがちょうどドアの前に立っていた。
「よお、どうした?」
「よかった、ここにいらしていましたか。すぐに墓地の礼拝堂へ。セミュリアとミナレット様はすでにお集まりになられております」
フルプレートの兜越しではあったが、レオポルドの声は少し焦りが感じられる声色だった。クラッドもそれを聞いて普段はあまりしない真剣な面持ちに変わった。
「わかった。転移を使う。掴まれ」
「はっ」
レオポルドがクラッドの肩に手をかけた瞬間、彼らを中心に景色がゆがんでいく。そして次の瞬間には彼らの姿はどこにもなくなっていた。
「あれ、クラッドさんは?というかマリーはいつ来たの?」
「......もしかしていままでの話聞いてなかったの?」
「あ、あー。そうかも」
作業に一区切りついたのか、顔を上げたジャックにマリオンはあきれる。彼は今のいままで作業に熱中するあまり何も聞いていなかったらしい。彼の顔はオイルや煤に汚れてまるで一日外で遊んだ後の子供のようである。
「とりあえずジャックの魔術訓練のスケジュールを今から組む。今度はちゃんと聞くように」
「ああ。よろしく」
「あと作業台以外のところ散らかしすぎ。明日からウチのメイドを一人呼んで大掃除するから」
「め、面目ない」
***
王都レーヴェンブルクの共同墓地は広大である。それ故に東西南北の4つの区画に分けられており、その中央に聖教会の様式に似た礼拝堂が建てられている。礼拝堂は100人は優に収容できるほどの大きさであるが、教会と違い礼拝に来る人々は教会に比べてはるかに少ない。その理由は墓守が信仰する神にある。
世界に広く普及している聖教会の教えでは、火水風土の4つの属性を司る4神に加えて運命を司る神、魂を司る神の合計6柱を信仰の対象としている。その中でも魂を司る神は生物の魂を奪ってしまう神として恐れられている存在なのだ。厳密には生物に等しく死を与え、その魂の功罪を洗い流して新たな命とする輪廻転生を司っているのだが、人々には恐れられてしまっている。
「お待たせしました。お二方」
いつものように人気のない、少々陰鬱な雰囲気の漂う礼拝堂に二人の人が入ってくる。一人はフルプレートの鎧を装備した男。もう一人は真っ黒なコートを着た長い金髪が目を引く青年だ。鎧の男が礼拝堂の奥に頭を下げると、奥に座っていた二人の人影が立ち上がる。
一人は美しい水色の腰まで伸びる長髪と背中に背負った大きな銃が目を引く女性。もう一人はヴィクトリアンと呼ばれる種類のメイド服に身を包んだ黒髪を三つ編みにしている女性。
「アーちゃん、また外で油売ってたワケ?」
鎧の男、レオポルドが下げていた頭を上げると水色の髪の女性がもう一人の金髪の男、クラッド・アーチボルトへ詰め寄った。彼女の名はフェスティナ・ミナレット。クラッドと現在進行形で付き合っている女性である。もともと墓守の次期長として育てられていたクラッドと恋人関係になるにあたって、墓守となった彼女ではあるが、獲物とする大型の狙撃銃を扱う技量は確かなもので、弾丸に魔術を付与する戦い方は唯一無二だ。
「ロイス君のところだよ、ティナ。お前の武器のメンテとか弾薬の補給があそこの工房で出来たら楽だろ?」
「まあ、ここの弾薬の在庫も少なくなってるから助かるけど」
「そういうこと。そうじゃなくてもウチの備品は機械式の古いタイプのものがあるんだから仲良くしといて損はねえって。......で、招集かけた理由は?」
クラッドが招集の理由をレオポルドに問うが、その視線を感じ取ったレオポルドは首をすくめてヴィクトリアンメイドのほうを指さす。
「こちらを」
メイド服を纏った女性、セミュリアはクラッドに封蝋がされている手紙を差し出した。封蝋には聖教の本部がある宗教国家、ニンファエアの紋章が刻印されていた。
「ん、これって......」
クラッドが怪訝そうな顔をして手紙の封を解く。中身を取り出すと、折りたたまれた上等な紙が数枚入っている。封筒を放り捨てて手紙を広げると、そこにはやはりというべきか、墓守も属する聖教会という組織の大きなイベントについての仔細が記述されてあった。
「えーっと?現教皇”紺碧”が退位の意を表明。3ヶ月後に次期教皇選が行われる。立候補者警備のため、各地に派遣している正騎士、従騎士、墓守を一部招集する」
クラッドの表情がますます険しくなる。
「これ、セミュリアとレオの名前も載ってるな。ってかなんだこれ。墓守だけこんな数招集しやがって、教皇庁は何企んでんだ?」
「教皇選に合わせて祭りも行われるとはいえ、作為的なものを感じますね。どの支部も無理をすれば数か月は持つような人員の残し方です。まあ数十年に一度の催事ですから、教会内でも嫌われている私たちに嫌がらせをさせようって連中がいても不思議ではないですが」
クラッドの横からレオポルドが手紙の内容を覗き見てため息をつく。
墓守はその名の通り聖教が運営する墓地の守り人であるが、同時に6神直属の使徒でもある。通常、使徒というのは教会に属さずに神から直接受けた啓示をもとに行動する存在である。しかし、墓守はその性質上教会と密接に関わらざるを得ないため教会に属している。とはいえ教会側も墓守を軽々しく扱うことはできない。ゆえに聖教会内でも特異な立場にあるのだ。
そういった経緯があるために、墓守には単純に使徒であることへの嫉妬であったり、何かと口出しをしてくる厄介者へのいら立ちという感情が向けられることがおおい。
「教皇選ということなら断れないでしょう。教会側が何か仕掛けてくるなら私がつぶしますので」
「私もリアとレオに任せていいと思うよ。しばらくアーちゃんと二人きり!」
4人の中で一番の新参であるセミュリアがやる気を見せると、フェスティナもそれに便乗して調子のいいことを言う。
「レオも。こっちは俺の従者召喚で人手は増やせるから問題ない。王国のほかの支部にはティナを派遣して負担軽減をさせるから心配するな」
クラッドの言葉にレオポルドは小さく礼をし、そして突然の出張を言い渡されたフェスティナは不満をあらわにする。
「私が1か所手伝ったところで何も変わらないじゃん」
「だから国内を周って全体的なバランスをとってもらうんだよ。できるだけ従者召喚を行うからそれを各地に配置してもらうんだ」
「ええ~。国内だけでも5か所?」
「7か所ですよ」
「レオは黙ってて」
このまま話していてもフェスティナの機嫌は直ることがないと判断したクラッドは強引に話を戻す。
「とにかく、コレを見ちまった以上は早急にリアとレオには支度して出立してもらわないとな。俺も召喚術使って魔力的余裕がなくなるだろうし、準備が必要だ」
「承知しました。リア、1日後に出発するから遅れぬように」
「では。若様、失礼します」
ミーティングを終えた4人の墓守は、突然降って沸いたそれぞれの仕事の準備を開始した。