初仕事 1
ジャックが義手となってから数年。彼は必死に頼み込み、アルベルトへの弟子入りを許可され、工房で働いていた。初めのうちはほとんどの時間を義手の慣らしに費やしていたが、数か月もすれば元の利き腕のように扱えるようになった。
その後は本格的に機械技師としての勉強をし、特に義手義足に関する知識と技術はアルベルトも一目置く程度にはなっていた。
とはいえ、電子系やプログラム等まだまだな分野は多い。通常の工房なら1つ秀でるところがあれば一生やっていけるが、マグナス工房ではそうはいかない。すべての分野において一定以上の知識や技術を保有していなければ技師として認められないのだ。幸いジャックはマグナス工房で働くだけの才能やセンスといったものはあったので弟子を続けられているが。
ジャックは工房に運びこまれた時よりも身長が伸び、成人の平均身長ほどになっていた。髪も微妙に伸びているが、時々デルタが散髪をしてくれるためある程度整った髪型を維持している。義手の左腕は成長に合わせて少し大きなものに取り換えられており、また改良もされていた。いつも作業着を着ており、今では工房にすっかりなじんでいる。
ジャックの生活は朝6時に起床することから始まる。彼の部屋は3階にあり、部屋には練習がてらに自作した作品がいたるところに置いてある。そんな部屋で身支度を整え、2階のダイニングでデルタが用意してくれている朝食を取る。その後に適宜休憩をはさみつつ夜まで店番をするのだ。彼は週2日の休みをもらっており、休日はアルベルトに触ることを許された作品から技術を読み取って自分のものにする、ということをして過ごしていた。
その日もいつもと同じように店番の際に使っている椅子に座り、今だ不得意な分野の入門書を読みつつ客を待っていた。
しばらくすると、扉に備え付けられた来客を知らせるベルが鳴った。入口に目をやるとスーツ姿の男性が何かをもって立っている。肌の色が驚くほど白く、髪型は前髪が9:1で別れたショートヘア。左目部分は包帯で隠されていた。
「こんにちは、ロイス君」
「ロランドさん、いらっしゃい」
彼の名はロランド・ブルームライト。この都市の防衛に使われている設備や機械の管理を担当している男で、それなりの地位にいる。彼は昔からこの工房に世話になっているようで、デルタやアルベルトとの関係も良好だ。
「技師長なら地下ですよ。呼んできますか?」
ロランドが来るときは大体がアルベルトに用があるときだ。今回もそうなのだろうと思い、聞いた。が、彼は首を横に振った。
「いいえ。……これ、あなたが作ったのですか?」
ジャックの義手を見てロランドはそう言った。彼はジャックよりも機械に造詣の深い人物だ。何か気になる部分があったのだろう。確かに今装着している義手はジャックの手によって作られたものだ。しかし、アルベルトの義手やそのほかの作品を見て学び、最初に着けていた試作品の義手よりは良いものをつくれたという確信があった作品だったのだ。何か欠陥でもあったのだろうか、と不安になる。
「やっぱりわかりますか?…なにか、気になるところでも?」
「いいえ。ただアルベルトの作品に比べて、何かこだわりを感じましてね。情熱ともいうんでしょうか。あまり言葉にはしづらいですが。…いい義手だと思いますよ」
ロランドはニッコリと笑うと咳ばらいをして「さて…」と話題を変えた。
「あなたの義手を見て決めました。今日は仕事を持ってきたのですが、あなたにやってもらいましょう」
来客用のソファに腰かけたロランドはジャックに反対側に座るよう促す。ジャックはそれに従って彼と対面する形で腰かけた。
「最近都市の防衛や治安維持で使っている兵器の老朽化や故障が多くてですね。私も少しは機械に自信はあるのですが、こうも多いとやはり専門の方にお任せするほかないと思いまして」
そういってロランドがテーブルに置いたのはいくつかの機械の設計図だった。そのうちの一つはこの機械都市を外敵から守るために設置された警備用の人型兵器だ。これの整備が依頼か、と問う。
「いいえ。実はキルナの門に配置されている警備ロボは対人戦闘を想定されて設計されています。ところが、最近故障した機体を調査してみれば魔術の痕跡があったのです。ですから、今回頼む依頼はこれです」
ロランドが設計図の束から一枚を引き抜いてジャックの前に差し出す。それは見たことのないタイプの人型兵器の設計図だった。まだまだ未熟な技師とはいえ、それが今使っているマシンよりも高性能な機種であることは読み取れた。
まずAIが高性能だ。今のキルナ中を探し回っても同じものをつくれる工房はないだろう。使用している合金も入手に苦労するものだし、何といっても一番の問題は対魔術を想定してかけられた防御魔術だ。
キルナでは魔術という存在がほかの都市に比べて身近ではないのでこの防御魔術がネックだ。
「今使用しているマシンは多少の魔術防御が施されてはいますが、訓練された魔術師の攻撃に対してはただの機械に等しいのです」
つまり、高火力で装甲を溶かすことも、操った水を機体内に流し込み、ショートさせることも可能だ。科学と違って自身の望んだ座標に作用できる魔術に機械で対処するにはこちらもまた、相応の対策をしなければならないということだ。
「最近はそれなりの魔術師を伴った輩がこれまでよりも高い頻度で襲撃を仕掛けてきているので、こちらとしても行商人を守るのが精いっぱいです。どうしてもマシンにダメージが蓄積してしまいます」
既に何機かは損傷が激しくてパーツ機ぐらいにしか使えません、とロランドが愚痴る。状況はかなり悪いのだろう。
「分かりました。俺にできるかは見てみないとわかりませんけど、お得意様ですし善処しますね」
「助かります。では、改めて。今回依頼させてもらいます内容は、保管されていた人型兵器の整備です。数は多いですが、あなたならできると見込んでのことですのであまり気負わずにいつも通り、お願いしますよ」
表情こそ変わらないが、優しい物言いでロランドは依頼内容を改めて述べると、ジャックはそれに頷いて契約成立の握手を交わした。
ジャックが支度を整え、出かけていくのをデルタは何も言わずに見送った。不安に思わなかったわけではない。しかし、歴代の技師長も同じように仕事をこなしてきたのだ。このマグナス工房で正式に働くことを目指しているならば避けては通れない道だ。
「ジャックが行ったわ」
辛うじて窓越しに見える見習いの姿を見ながら、ちょうど地下から上がってきたアルベルトに言う。
「そうか」
老人はぶっきらぼうに答えた。彼も興味がないわけではない。「仕事一つこなせない人間がこの工房で働けるわけがない」と考えているので、だれが何をしようと結果を残せば良いと考えているのだ。だから止めもしない。
「上手くいくかしら?」
デルタが心配そうに尋ねる。それに対してもアルベルトは淡々と答えた。
「奴は筋がいい。技師としての才能は若い時の俺以上だ。……それに、昔から仕事の依頼は急なものだ」
自らが若かったころを思い出すように蓄えられた髭を撫でると、老人はまた地下へと戻っていった。
この機械都市キルナは外周を防壁で囲まれた円状の都市である。外周に最も近い場所には各都市間での連絡を担う組織の施設や傭兵ギルド、店や酒場。その内側に居住区、そして中心には都市の運営を行うための施設が集中している。そしてジャックが今向かっている旧文明技術保管棟は軍事施設の集中している中央区東の地下にある。現在は西区にある"工業地帯"と中央区の間を歩いている。
「何か聞いておきたいことはありますか?あなたは将来有望なので、少しくらいなら機密事項もお話することもやぶさかでないですよ?」
おどけたようにロランドが話しかけてくるが、その顔は無表情だ。彼に表情はほとんどない。精神的な疾患があるわけではなく、彼の体が機械化されていることに関係があるのだが、彼は普段自身の話はしない。
「マシンのことは見てみなくちゃ分からないんで特にないです。気になると言えばロランドさんの体の大半を占めてる機械のことですね」
言っても無駄だろうが、と思いながらも呟くように聞いた。普段はこれを聞くとはぐらかされてしまう。
「いいですよ、教えても」
「……え!?えらくすんなりですね」
理解するのに少々時間がかかったが、ジャックは怪訝そうにロランドに尋ねた。今まで絶対に話そうとしなかったことを話すというのは信頼されたということか、それとも…。そこまで考えたところでロランドが話し出す。
「昔に、私が別の仕事をしていた時に大けがをしてしまいましてね。その時のマグナス工房は全身の機械化ができる人がいたので手術してもらったんですよ。アルベルトには悪いですが、彼女らのほうが技術は上でしたね」
老人が若いころを思い出すように語るロランド。アルベルトが働きだす前ということは随分昔のことのはずだ。だとすれば彼の生身の部分はどうなっているのだろうか。そもそも何歳なのか。疑問は尽きない。
アンドロイドの整備ができる技術があるならば人間の機械化も可能では、と考える人間もおおいがそれは間違いだ。生体部分に悪影響を及ぼさず、かつ元の部位と同程度の働きをするようにしなければならないので、すべて機械であることが前提のアンドロイドとは違う技術も必要になってくる。
「機械化の技術が確立されていたのは100年単位で昔のはずでしたけど、一体何歳なんですか……」
ジャックの言葉にロランドは「フフフ」と意味ありげに笑った。
「でっかい…」
ジャックは思わず眼前の建物をみて呟いた。中央区東の軍事施設が密集しているこの場所でもひと際大きいビルがそこにはあった。
「さあ、着きましたよ。ここが旧文明管理棟です。こんな大きい建物ですが、地下がメインなんですよ」
ロランドによればキルナが都市として機能し始めたころから、持ち主のいない「使い方がわからない遺物や放置された遺物」を都市が収集し始めたらしい。そしてこのビルの地下にある広大な空間に保存という形で置いているらしい。
建物の前には警備のロボが1機と警備員が2人立っていたが、ロランドはここの職員であることもあって顔パスで通された。彼らはそのままキルナでも数少ない、旧文明から残る機械であるエレベータを使って地下へと進む。
「初めて来ましたけど、手入れも行き届いていますし話に聞く旧文明そのままって感じですね」
この建物自体も旧文明から残るものでこの都市が「キルナ」として機能し始めた時に作られた区画の建物とは違う雰囲気を醸し出している。まず何よりもシンプルだ。必要最低限のものしか設置されておらず、清潔感のある内装だ。どことなく"未来"を感じる。
ガラスの筒のような中をまるで浮遊しているかのように音もなく進むエレベータから感嘆の声をジャックは漏らした。
「この仕事が終わったら、私からあなたにお話ししなければならないことがあります。大したことではありませんが」
心無しか神妙な面持ちになるロランド。それを見てジャックは顔を強張らせた。
目的の場所についたことを知らせるベルが鳴り、2人はエレベータを下りた。機械が多数放置されて掃除もされていないという話だったが、不思議と空気のよどみや汚れは感じない。
そしてしばらく薄暗い通路を歩く。その奥にそれらはたたずんでいた。
「ゴーレム……実物をみるのは初めてだ」
それは全長5mほどの、合金の装甲に覆われた人型兵器、ゴーレムだった。薄暗くて全貌は分からないが、今実際に稼働しているというタイプよりも良い性能をしているのは技師としての勘でわかった。もっとも、工房で話した時に性能さは十分把握していたが。
「まあ、まずはご覧ください」
その声とともにロランドが部屋の電気をつけたようで、周りが明るくなった。部屋はサッカーグラウンド並の大きさで、その中に等間隔に整列させられたゴーレムたちがいた。壁際にはマシン用のハンガーがあり、一部の機体はそこにあったが、他は部屋に"とりあえず置かれた"と言ったほうがいい。整列はされているものの、置く場所に困ってここに置いたのだろう。
型式番号MUG-0017、マグ・ナット。陸戦強襲型ゴーレムの中でも性能が特に高い機体である。
人型ゴーレムは総じてマグと呼ばれており、その中でもこの機体をベースにしたものはナットタイプと呼ばれていた。
頭部はなく胴体の上部に縦の線が入るように一本のバイザーが被さっており、そこに一つ目が光る。両脚は太くがっしりとしており、そこから伸びる三本の爪が大地をしっかりと踏みしめる。両腕は肘から先は取り換え可能なハードポイントシステムを採用しており、人間のような五本指の腕から武器腕まで様々な装備に換装できるようになっていた。
背中には人が一人乗れるほどの操縦席がある。基本的には10機単位で部隊を編成し、うち1機に人が搭乗して無人機に指令を下す、という使い方が主流だったらしく、都市の防衛を行ってもいたらしい。
今ではゴーレムを動かす燃料や整備に使用する部品を簡単には生産できないので必要最低限のゴーレムと傭兵や都市が有する軍によって都市の安全が保たれている。
「マシンとしては優秀ですが、スペックを見る限り強力すぎます。上の決定なので使いはしますが……」
ほんとうは使いたくないんです、と愚痴のように呟くロランド。確かにこれは都市防衛というより襲撃する側のように思える。普通の兵士や騎士なら吹き飛んで形も残らないと思える武装だ。
「さて、仕事の話です。契約成立で渡した書類があったでしょう?見てもらえますか?」
そう。実は契約成立にあたって書類を渡されていたのだ。それによればこのマグを10機ほど使える状態にするよう書かれていた。
「予備機も含めてですが、とりあえず10機といったところですね。道具はこちらで用意しますので、しばらくは様子を見てもらえますか?」
ロランドの言葉にジャックはただ頷いた。工房でも珍しい機械を触ってはいたが、これほどのものは触らせてもらえなかった。正直心が昂っていた。
それと同時に仕事の手順を頭の中で組み立ててもいた。制御回路にコアとなるAI、それら精密機械を守る堅牢な金属の装甲。
試しに腕の装甲を外してみた。ジャック自身はゴーレムの整備経験は皆無であったが、義手やアンドロイドの腕の仕組みを応用したものだと判断した。そしてそれは腕の装甲をいとも簡単に外したことからも正解だと言えよう。
「起動しているときはロックがかかるのか。……制御回路が腐食しているな。大気腐食か?……いや、コンデンサの液漏れっぽいな。うーん」
不得意な分野の電子回路が問題だと知り、少し自信を無くすジャック。が、気を取り直して中身をもう一度見た。
「この部屋のほとんどの機体が同じ状態になってそうだ。とはいえ、俺の知識だけでもなんとかできそうではある。悩んでないでさっさと取り掛かるほうが吉だな」
不思議ではあるが、フレームと装甲は何百年も放置されていたとは思えない状態だった。錆はほとんどないし、変質した箇所もない。かといって何らかの処理をされた形跡もないのだ。そのおかげで内部の精密機械さえどうにかできれば動きそうであった。
「さ、道具が来たら始めるか!」
伸びをして気合を入れると、ジャックは大きな声でそう宣言した。
自分で書いていてかなり急展開な第二話(気持ち的には第一話)となってしまいました。どうにも私は話を急ぎすぎてしまうようで、今後も気を付けたいところです…。