侵攻の真相
「おい」
「なんですか」
仮公房で義手の整備をしていたジャックに、様子を見にきていたクラッドが声をかける。ゴーレム・ロードの騒動以降、人々は忙しく動き回っているが墓守たちは通常運行でそれなりに時間はあったし、ジャックもゴーレム・ロードを討ち取った功労者ではあったが、義手の故障や負傷を理由にして工房に引きこもっていた。
「なんか前来た時より義手の数が増えてないか?」
「今回のことでもっと様々なことに特化した義手を作っておいた方がいいと思ったんです。銃はなるべく使いたくないですから」
ジャックは今作業用の簡易義手に換装しており、元の義手は先日の一件で結構な消耗をしてしまっていた影響でバラされて細かな部品に至るまでタグをつけられ管理されている。本当は普段使いする義手の修理を急ぎたいところだが、取り換えなければいけない部品が不足しているため、いったん別の義手製作に取り掛かっている。部品の調達は、正確に言えば部品を製造するための素材はレーヴェナンス王家が手配してくれるらしいので任せる他ないのだ。現在はアルパなどの工房製マシンドールと同様の魔術用回路と簡易術式を組み込んだ義手に手をかけている。
「こんな部品がまだ残ってたのか。ウチの備品にもこういう部品が入ったのがあったな。ランタンとか通信機とか」
「墓守はキルナと同じくらい昔からある組織ですもんね。それならこういう遺物級の部品があってもおかしくないか。そういえば、外はどんな感じです?」
ジャックが都の状況についての話題を振る。彼自身、騒動が収まってから数日は聴取をとられたり、ゴーレムの知識を買われて教会からの押収品の立ち合いをしていたが、それ以降は工房に引きこもっているので全くと言っていいほど外の情報が入ってきていないのだ。
「街の方は宮廷魔術士ががれき撤去に何人か駆り出されてたからもうほとんどきれいになってるはずだ。まっさらになった土地に何を建てるかは決まってはないみたいだがな。城壁の方はまだ時間がかかりそうだ。損傷が激しすぎるし、あれを修復する資材もない」
まあ都市としての営みは問題ないだろう、とクラッドは結論付ける。
「それで、教会のほうだが。......今回の一件で本部の”正教国”からもレーヴェナンス支部の一時凍結および人員の総入れ替え。拘束したルヴィクは城の牢に投獄されて毎日尋問されてるみたいだ。だが、俺が聞いた話だと供述が要領を得ないし、精神操作系の魔術を使っても大した情報は得られてないみたいだな」
「教会側も動きが速いですね。キルナでの教会の件もあるからもう敵としか見れなくなってきましたよ」
「それについてはおおむね同意だ。正教国では同じ神々を信仰している俺たち墓守への対応も年々悪くなってるからな。まあ全部が全部悪人だとは言わんが」
教会という話題が出てジャックの手が止まる。キルナでマグの暴走事件があった時も教会の暗躍の可能性があると聞かされた。教会に対する不信感は募るばかりだ。その時に工房の扉が勢いよく開かれた。
「よ。遊びに来た」
2人が音に反応してそちらに視線を移すと、そこには宮廷魔術士と同様のローブや杖を身にまとったマリオンがいつもより少し上機嫌に見える表情で立っていた。
***
王都レーヴェナンスの城、そこは国の要人たちが日々仕事をする場でありながら重要とみなされた罪人を投獄する場でもある。城の地下に牢獄があり、今はほとんど使われていないが、ある一室に男が投獄されていた。
男が顔を上げる。その顔はやややつれており、髭も髪も伸びるままで整えられていない。両腕両足には鉄輪がつけられており、そこから延びる鎖が壁に固定された器具につながれている。衣服も奴隷のような簡素なぼろきれのようなものを着用していて、その姿は正教会の祭司長であった時の面影すらなかった。
「やあ、元気そうっスね。司祭長殿」
突然かけられた声の主のほうを見る。鉄格子越しに確認できた人影をにらむようにして観察し、そしてその正体に行き着いた男は声の主につかみかかる。
「アームズ!貴様私に何をした!」
「おっと、落ち着きなよ」
つかみかかった拍子にアームズと呼ばれた男のフードが外れて顔があらわになる。彼の目は通常のそれとは違い、本来白い部分は真っ黒に塗りつぶされておりその中央にある真っ赤な角膜と瞳孔が男を見つめている。こういった本来の人間にはありえない体の部位を持つものは悪魔憑きとして忌避されており、またおよそ人間とは思えない魔力や身体能力を持っている。彼の場合は”魔眼”で、その目を見た生物を操るという能力を持つ。
「ちぃっ!」
男は、ルヴィクはとっさに目をそらす。アームズにその気があれば操られてしまうからだ。
「警戒しなくていいっスよ。アンタはもう用済みっスから」
アームズは逆にルヴィクの首を無造作に掴むとそのまま足のつかない高さまで持ち上げる。ルヴィクはとっさに首をつかむ腕をどうにかしようと、両腕に力を籠めるが状況は変わらない。徐々に抵抗する力が抜けていく。
「わた、しを......利用した、な」
「利用もなにも、ギブアンドテイクじゃない?ゴーレム・ロードの起動方法とデータが欲しかったこちらと、何としても人間以外を駆逐して国を守りたいアンタ。まあ魔眼で少し記憶を弄らせてもらったけど」
アームズは腕に込める力を強めるが、そこで思い立ったように首から手を放す。
「ガッ......、カハッ」
「できるとは思わないけど遺体を蘇生されたら面倒だからやり方を変えよう」
アームズは咳き込むルヴィクの胸倉をつかむともう片方の手で顔面を掴み、命令する。
「”目を開けろ”」
その瞬間、固く閉ざしていたルヴィクの瞼が何かに引っ張られるかのように開かれ、血走った目がアームズの方を向いた。そしてしばらくそれを見ていたアームズはにやりと笑い、用は済んだとばかりに突き放した。
「お疲れ様でした」
仰向けに倒れて微動だにしないルヴィクを見てアームズは一言冷たくそういうと、その姿が幻であったかのように掻き消えた。
その後、レーヴェナンス城の牢の番をしていた兵2名の死体とほぼ廃人同然の状態となったルヴィクが発見された。また、彼の側近として動いていた数名の司祭も同様の状態で発見され、王国はゴーレム・ロード暴走事件の真相にたどり着く重要な参考人を失った。宮廷魔術士も動員して行われた捜査でも足取りはつかめず、またルヴィクらが多くの悪魔憑きを葬ってきたことから、殺された悪魔憑きたちの呪いだとか教会の信仰する神々からの天罰が下ったのだと噂になった。