燃える王都 2
眼下には燃える街。王都の要たる城の城壁へと着地すると、ジャックはぎこちない手つきでスイッチやらレバーやらを操作すると目の前が開く。正確にいえば自動ドアが開くように、自身を守る装甲が開いた。
「状況は!?」
傍らにいた人形、アルパを転がしながらそこから顔を出すとそこにはマリオンとクラッドが驚いた表情でこちらを見ていた。しかし、それについて言及しているほど事を悠長に構えている暇はない。
「あ、ああ。敵の動きが予想以上に早いが対応できている。唯一のイレギュラーはあのゴーレムの持っている銃だな。アレを何度も使われたら俺たち墓守でも防ぎきれないし、第一防げたとしても自身とその周りが関の山だ」
「その点はすみません。俺があの機体の起動を止められなかった。せめて武器を破壊してさえいれば……」
「そんなことは今はいい。今はあのゴーレムを止めることが君の役割のはずだろ?止められるのは技師の君だけだ」
「それはそうですけど」
ジャックはクラッドの言葉に言葉を詰まらせる。自身の操るリノセウスの3倍もの大きさがあり、さらに機体の状態も武装もリノセウスより良いあのゴーレム・ロードを止めることが本当にできるのだろうか?
圧倒的な"差"にジャックは端的にいえば、恐怖していた。
「私も行く」
その声はクラッドの後ろから。アルパを抱きかかえたマリオンからのものだった。
「え?」
「私も行く。ゴーレムの動力源が魔力なら私の方が役に立つでしょ」
「まあ、それはそうだけどさ」
ハッチから顔を引っ込めると、再び操縦桿に手を置く。するとマリオンが器用に入り込んできて座席の後ろに位置取った。小柄ゆえの利点というべきか、それほど広くないコックピットに2人入っても操縦に支障をきたすことはなさそうだ。
「当機の活動可能時間は残り約30分。早急な戦線復帰を推奨」
「ああっと、そうだった。それじゃ、行ってきますんでできたら援護してください」
ベータにせかされる形でハッチを閉め、機体を立ちあがらせたジャックはクラッドにそう言い残すと飛び去って行った。
「援護ねえ……。いくら人より強いって言っても限度があるんだけどなあ」
過剰に期待されていると感じたクラッドは肩を落とす。が、次の瞬間には気持ちを切り替えて走り出す。 お気に入りに期待されたとあってはある程度恰好の付くくらいの活躍はせねば墓守の名が廃る。それに、守れる命があるのにそれを捨て置くほど愚かではない。
「ま、期待されてるからにはお兄さん頑張っちゃいますか」
幸い現状どこからも救援の要請は入っていない。それならできる限りの援護をしてやるのが人命救助にもつながる。そう考えたクラッドは目標をゴーレム・ロードに定めた。
***
「どいつもこいつも、なぜわからない!?この国にはゴーレム・ロードが必要……。何故?なぜ私はこれを操縦している?」
ゴーレム・ロードのコックピットでルヴィクが延々と自身の思考を呟き続けている。こうして矛盾に突き当たると思考は停止し、そして最初の思考に逆戻り。それはプログラムに致命的なエラーを起こしている機械のようだった。
≪ルヴィクさん、攻撃をやめてくれ!≫
「ジャック君、私は人に仇成す亜人を殺す。そこをどけ!」
目の前にリノセウスが現れ、体当たりするようにしてゴーレム・ロードへ取り付いてきた。空いている左腕でそれを引きはがしつつ、ルヴィクは叫ぶ。突如現れ友人たるアンリへ取り入ろうとする邪悪な亜人どもを殲滅しなければならない。そしてアンリの目を覚まさせてやる。それが自身の使命。
≪あの人達を悪いと勝手に決めつけるのは良くないだろ!≫
リノセウスが剣の柄のようなものを腰から引き抜き、構える。するとその柄からは光の刃が形成されていき、地下迷宮でのマシンが使用した光線と同質の刃を持つ剣となる。
人など一瞬で蒸発させてしまう威力を持つ剣ではあるが、ゴーレム・ロードにはそれを防ぐ手立てがある。
「この"ロード"を真似た武器など!」
ロードは反対側の腕に装備されたシールドを構え、剣に対抗する。収束した光が盾に接触した瞬間に火花が散る。そしてその光の刃がシールドの表面を焦がしながら滑っていく。シールドに確かなダメージを与えたもののそれはゴーレムロードにとってさしたる問題ではない。そのままシールドでリノセウスを突き飛ばした。
≪頭の固い奴め!≫
その声と共に機体に衝撃が走った。機体状態を確認すると胸部装甲と頭部の光学センサ、と呼ばれる部位に損傷が発生したことを知らせる警告が機体のモニターに表示されている。
どうやらあのゴーレムは突き飛ばされた一瞬、シールドによる防御が解けたその瞬間を狙ってこちらが装備しているような銃で射撃をしたらしい。
「小賢しい!」
画面に表示される外の映像が少し荒くなったようにも思えたが、損傷自体は軽微なものだ。このまま進撃し、人間の"敵"を撃ち滅ぼす。目の前をうろつくゴーレムは積極的に攻撃するほどの脅威には値しない。そう判断したルヴィクは当初の目的であった亜人たちのいる場へ向けて機体を動かした。