燃える王都
ロードが地上へと降り立ったのは地響きとなって城まで伝わっていた。何も知らされていない招待客や貴族たちはどよめき始めるが、アンリたちは地響きを合図として行動を開始する。
「皆さん、どうか落ち着いていただきたい。外で教会の所有する 遺物が暴走しているようですが、避難の用意はしております。落ち着いて近衛や北壁の兵の指示に従って避難を」
即座に部下に命じ、避難誘導を開始させる。ここまでは想定通りだ。しかし、予想よりも少々騒ぎが大きくなりすぎているように感じた。"教会の"か"遺物"という言葉に反応したのか、特に貴族たちや政務者たちの動揺が特に大きい。
「フラン、迎撃の指揮は手筈通り君に任せる。貴族がでしゃばる前に指揮権を掌握してくれ。この様子なら貴族の私兵も取り込めるかもしれない。エリク叔父さんの手助けもある。何とかなるはずだ」
エリクはアンリの叔父、つまりマリオンの父親である。優秀な魔術師である彼が娘のマリオンを守るべく雇っている使用人たちはほぼすべて彼が認めた実力者たちだ。要は私兵と変わらない。そんな彼らをエリクは快く貸し出してくれたのだ。アンリは心の内でエリクに感謝する。
加えて
「アンリ様もどうかお気をつけて」
フランは小さく礼をすると、少数の部下を伴って城外へ出て行った。
「さあて、これからだけど……」
少数精鋭である墓守たちには教会の戦力を監視し、可能ならば制圧する任務に就いてもらった。アンリの考えでは教会は亜人を襲撃するとみているので、種族的にスペックの高い亜人と共同戦線が張れるならば負けることはまずないと判断したからだ。魔術的な支援は宮廷魔術師たちで行えるし、適材適所だ。
「クリスト君、各所への連絡は抜かりなく行ってくれよ。こういうのは最初が肝心だからな」
「承知しております。早速ですが、"敵"に動きがあったようです」
クリストと呼ばれた魔術師はアンリが信頼する魔術師の1人で、今回はアンリのお付きとしてアンリに付いている。今回の彼の仕事は連絡役だ。魔術師ならば大抵使える魔術に、ある程度の距離があっても指定した相手と会話できる魔術がある。王国ではこれを利用した情報共有ネットワークを構築しており、今回もそれを利用した情報共有を行っている。連絡役程度、クリストほどの魔術師が行う必要はないのではという意見もでたが、情報のやり取りは信頼のおける者以外には任せられないと考えているアンリの意向で、クリストをはじめ連絡役にはアンリからの信頼を特に得ている者たちが行うことになっていた。
「よし、では移動するとしようか」
アンリはクリストの報告に頷くと、彼を伴って人のいなくなった会場を後にした。ここまでは予想の範疇だ。
マリオンは城壁へ向かう通路を走っていた。彼女の身に纏う服は会場で着ていた礼服ではない。子供ながら、いや子供だからこそというべきか。何かを感じ取っていた彼女は世話係の気心知れたメイドに以前魔術学院に勉強しに行っていた時に用意した戦闘用の服装を用意させていた。戦闘用といっても実技で使っただけなのであまり愛着はないが。
彼女の今の服装は白いブラウスシャツに黒いオーバーニーソックスを履き、太ももの半ばまでの長さのボトムスを着用しており、その上から魔術師のコートにしては短めの膝丈程度の魔術コートを来ている。一見戦闘に耐えうるものには見えないが、そのどれもが対魔術の抵抗力に長けた魔具でアクセサリーの魔具と合わせれば魔術に対する防御力は大したものだ。とは言え剣や弓矢といった物理攻撃には自身で対応しなければならないので気は抜けない。
加えて魔術の触媒に先端に魔力の貯蔵に適した宝石がはめ込まれた木製の杖を両手に持っている。宝石にはすでに魔力がため込まれており、もしマリオンの魔力を尽きても宝石の魔力が尽きるまでは戦闘が継続できるというわけだ。
「ついた!」
石で作られた通路を通り抜け、外へと抜けだすとそこには慌ただしく使い慣れない大砲やバリスタを標的に向けている。ある者は鋼すら貫くと言われる特別製の大矢をバリスタに装填し、またある者は兵が多く往来している城壁の一部に魔術的な補強を施している。
「よう、お嬢さん。あんたはてっきり避難するもんだと思ってたぞ」
兵士たちの間を縫うように素早い動きで、どこからか黒装束の男が姿を現す。
「アーチボルトさん」
名を呼ばれた金髪の男は鋭い目つきに似合わぬ笑顔でマリオンに挨拶をした。彼は墓守の黒いコートを着用し、コートの各所にあるベルトにはナイフやククリなどの小型の刃物がいくつか差し込まれており、彼の手には墓守の代表的な得物の不気味な装飾が施された大鎌を持っている。
「見てみろ。アレが今回の主役だ」
彼が指さした先には1つ目の巨人が盾と銃を持ち、城へ向かって前進していた。マリオンの住む屋敷よりも大きなそれは昔、ロードという名で呼ばれていた巨大ゴーレムの1種だ。機械でありながら魔力を消費することでも稼働が可能なもので、本来ならば魔力を生成する炉をメインエンジンとするらしい。頭部には赤い1つ目が光っており、全体のシルエットとしてはゴーレムというより鎧を着た人間のほうが近い。
鉄の巨人は赤い目をギョロリと動かすと、城壁の一角に向かい右手に持つライフル銃の銃口を向けると、撃った。
銃口からは光の塊が飛び出す。マリオンにはそれが箱庭で見た"光線"と同質のものであると直感できた。
「なっ……」
何が起きたかを理解するのには数秒の時間を要した。光の弾丸はマリオンが瞬きをする一瞬のうちに城壁へ着弾し、そこにあるものを問答無用で溶かしてしまったのだ。魔術で強化されたはずの城壁はその努力もむなしく、そこにいた兵士や兵器とともにちりも残さず消えてしまった。何かに抉られたかのような跡の一部分は赤熱し、煙が漂っている。
「ロイス君に聞いたんだけどよ、あのタイプは装甲に対魔術のコーティングがされているらしいんだ。魔術に対する完全な耐性、とまではいかないが生半可な魔術は通用しないだろうな。彼が戻ってくるまでは足止めがせいぜいだと思うぜ」
そう話すクラッドの表情は厳しい。いくら墓守が手練れといっても、物理攻撃で巨大ゴーレムを破壊するのには相当な時間を要するだろうし、守りにも使える魔力を攻撃に使っていたずらに減らすことはできない。その上一歩間違えば塵も残さず消えてしまいかねないのだ。
「それに、俺はこの混乱に乗じて亜人狩りをする教会の手先を無力化するのが今回の仕事だから手伝いはあまりできないんだよな」
腕を組みつつ「まだ雑魚ばっかだから暇だけどよ」と付け加えるクラッド。数で劣る墓守でも、並みの聖騎士ならば仲間だけで事足りる。そして厄介な腕の持ち主が現れればクラッドが受け持つ。質ではどの組織にも追随を許さない一騎当千の彼らだからこそできる方針だ。とはいえ現状手持ち無沙汰な彼は、自分は何もしていないという後ろめたさから城壁の兵士たちの護衛をしているのだが。
また墓守総出でゴーレムを向かいうてばいくらか勝機もあるだろうが、被害も甚大になってしまうし守りもその分疎かになる。なのでジャックからの連絡を待つほかないのが現状だった。
「それじゃあ、私は邪魔?」
魔術が通用しないならばマリオンはあの巨大ゴーレムに無力だ。あの光の塊を防御などできる気がしない。ならば避難した方が良いのではないか。そう彼女が思うのは当然だ。
城周辺では徐々に火の手が上がり始めていた。魔術の流れ弾が木造の建造物や街路樹に着弾したのだろう。黒い煙を上げてその勢いは増していく。そして巨大ゴーレムは燃える街を城へと向かってきている。
その中で何かが光った。灰色のそれは背中に光を灯してすさまじいスピードで巨大ゴーレムを追い抜くと、マリオンのいる城壁まで飛翔してくる。頭があるべきところには代わりと言わんばかりにカブトムシの角のようなものが設置されており、がっしりした胴体には巨大ゴーレムと同じような赤い瞳とそれが動くためのレールが横に走っていた。背中には使用用途は不明だが昆虫の羽のような、それでいて分厚くがっしりしたつくりのバインダーがある。両腕にはマニピュレータを保護するためのナックルガードがあり、万が一丸腰になっても格闘戦が行えるよう配慮されている。とはいえ、装甲の至る所に傷があり、年季が入っているというよりはボロボロ、といったほうがいい見た目をしていた。マリオンにはこれがなぜ動いているのか分からない。
大人4人分ほどの大きさのそれは城壁に着地すると人間でいうところの鳩尾部分がガシャリと開き、中から30㎝ほどの人形が転がり出てきた。人形はひとりでに動いてマリオンのところまで走ると、突然ジャンプして彼女の頭に飛び乗る。
「アルパ!」
そう。その人形はマリオンが大切にしている人形であり、マグナス工房で最初に作られたアンドロイド、アルパだった。