巨人の覚醒
"白の北壁"とレーヴェナンス王国の記念式典の前日。ジャックは北壁の騎士、フリードヘルムの機械鎧の整備の最終段階へと入っていた。彼の鎧は大きさもさることながら内部機構もかなり凝ったもので、整備も一苦労である。
「ちょっと動かしてみてください」
「了解した」
整備を終えた鎧をフリードヘルムが装着し、軽く動かす。機械鎧のすべての機能をテストして問題なければ整備はすべて完了となる。ここが一番重要といっても過言ではない工程だ。
「うむ、問題ない。推進機関も吾輩の魔力を燃料にしてしっかりと動いておる。技師殿、礼を言うぞ」
軽く動かしつつ、時折自身の魔力を推進部に送り込み、推進力に体が持っていかれない程度に吹かして見せるフリードヘルム。それを見てジャックはこの制御のほうが並の魔術よりも難しいのではないかとぼんやり考えていた。
「時に技師殿。この都には魔術を学びに来たとか」
鎧を着た状態で軽く得物の素振りをしつつフリードヘルムが話題を振った。
「ええ。キルナでは魔術師自体珍しいですし、うちの工房だと魔術もある程度こなせなければできない仕事も回ってくるので。一筋縄ではいかないんで苦労してますけどね」
魔術は理解さえすれば何とかなる部分がある技師の仕事に比べて体で覚えなければいけない感覚が多く、ジャックは苦労していた。魔術になじみのない人間がいきなり「体内にある魔力を~」などと言われてもピンとこないのだ。
「うむ。昔吾輩も魔術を習ってはみたものの、適性がないらしくてな。からっきしであった。まあ、魔力の使い方というのは魔術以外にもある。吾輩の鎧のようにな」
彼の鎧は大きなスラスターの他にも姿勢制御のアポジモーターが設置されており、体勢が崩れにくくなる代わりに精密な操作が求められる。フリードヘルムは魔術が使えない代わりにその技術を磨いてきたのだろう。それに消耗の早い部品もあるだろうにここまでいい状態を維持できているのは、日々彼自身が素人ながら整備をしっかりとしている証拠でもある。つまるところ、このフリードヘルムという男は自身の身の程をわきまえた上でできることをしっかりとやっているということだ。
「魔力も使いよう、ってことですか」
なるほど、と思いつつジャックは考え始める。魔力や魔術をどのように機械に使えるかを。そして自分はそれをできるのかを。
教会側への国の対応は"対策をして待ち受ける"であった。実際の所、とんでもない兵器がこの都市を襲うと言われていても先手の打ちようがないし、彼らの標的である亜人と王派閥の人間を1か所に集めて無関係の人々に被害が出ないようにした方がよいという結論に至ったのだ。式典に合わせて数少ない埃をかぶっていた兵器たちを整備して配置し、さらに教会の所有する敷地内にある箱庭への入り口を見つけることに成功した。式典の日には内通者の手引きで機械に詳しいジャックがアルパとゴーレム・ロードのある場所へと行き、可能ならば停止、少なくとも何らかの破壊工作を行うという手はずだ。
「どうされました?」
その言葉でアンリは我に返った。式典の大部分は終わり、最後の立食パーティーへと移っている。声をかけたのは北壁側の代表、蛇人のクレアだった。会議の場では手強い相手だった彼女は、今は人当たりのよさそうな雰囲気で笑顔を浮かべている。その傍らには護衛の蟲人とヒトが控えている。
「いえ、ここにきて教会の動きが止んでいるので少し気がかりなのです。国内で問題になっていた失踪もぱったりと止んでいますし。私ができることはしたつもりですが……」
「何もなければそれでよいではありませんか。それに、いま件の技師たちが箱庭で奮闘なさっているのでしょう?時には待つことも重要な役目ですよ?」
そう語る彼女の言葉には妙な説得力があった。それが蛇人の持つと言われる竜の力に由来する特別な何かによるものか、彼女自身の経験からくるものなのかは分からなかったが、今のアンリには待つことしかできないのは確かだ。
「ロイス君、頼むぞ」
アンリは誰にも聞こえないような声量で、彼らがうまくやってくれることを祈った。
教会にいるという内通者の案内で、ジャックたちは容易に箱庭に侵入することができた。と言うのも、教会には大した数の警備はなくそのほとんどが箱庭内部で警備にあたっていたからであった。箱庭に侵入した2人はアルパの索敵能力を頼りに警備をかわしつつ、またかわし切れない場合はジャックの義手の電気ショックで気絶させて進んでいった。アルパは前回来た時に箱庭の全階層をスキャンしたとのことなのでどこをどう進んでいるのかは把握できるが、警備をかわすのは一苦労だ。
「っ!」
バタリと聖騎士風の恰好の男が倒れる。彼の首には焼け焦げた跡が残っており、そこから微かに煙が上がっていた。
「これで5人目。……クソッ!もう侵入がバレててもおかしくないってのに!」
義手から電気をバチリとさせながらジャックが悪態をついた。いくら戦闘を想定した義手といっても電気をチャージするのに時間がかかる。さっさと目的の場所へとたどり着きたいとジャックは思っていた。
「落ち着くんだ馬鹿者。警備のないルートを発見した。いくぞ」
物陰に隠れていたアルパはジャックの頭に飛びつくと、彼の頬をつねって叱咤する。それに彼は「はいはい」と答えつつ疲労した体で目的の場所へと急いだ。
息が切れ自身の体力の無さを呪い始めたころ、どこかへの入り口、または出口と思われるようなものが見えてきた。それをみてジャックは頭に乗っかった、見た目の割には重いアルパに問う。
「ここを抜ければいいんだな!」
「ああ。でもその前に止まりたまえ」
しかし、ジャックの問いに答えたのは違う声だった。
ゴーレム・ロードは頭部と胴体が一体化したデザインの多いマグと違い、より人に近いシルエットをしている。現在それが魔力の充填が為され、暖機の済んだ状態で格納庫にある。機体はいま跪くような体勢になっており、さらにいくつものコードが差し込まれていて機体から少し離れた場所に設置された端末からのデータや推進剤を受け取っている。近くにはゴーレムのパーツに使われたと思われる残骸やルヴィクたちが占拠する際にそれを阻んだ兵器の残骸が山となっており、ルヴィクらがここにいるとはいえ身を隠すことぐらいは可能だ。とはいえ、ジャックらは今ゴーレムの操作端末近くに縛り付けられているので、それは不可能だが。
「それで、ジャック君といったか。私に何か用かな?"魔術的な問題"でも?」
ルヴィクは縛られ、座らされているジャックらに意地の悪い笑みを浮かべながら尋ねた。
「ルヴィクさん、あんたは……」
「この王都を壊そうとしている?いいや違うね。私は的確に"敵"のみを滅ぼす」
ルヴィクは圧倒的な自信を持ってそう告げる。まるで間違いが起こることは絶対にないと言わんばかりだ。
「何事にも絶対はないはずです。あなたはなぜこんなことを?」
「何故?私はこの国のため、アンリのためにやっているんだよ。彼は亜人どもに対して警戒心がなさすぎる。奴らを追い出さなくては」
「そうだとしても他の方法があるはずだ!ゴーレム・ロードを暴れさせる必要はないでしょう?なぜあなたはゴーレムにこだわるんです?」
「何故?違う……。私はこのゴーレムを起動させなければいけないんだよ。私は、私は、私は……」
徐々に冷静さを失っていくルヴィク。何か頭がおかしくなったように頭を抱え、崩れ落ち、同じ言葉を繰り返している。彼の部下が幾人か彼を心配して駆け寄るが、ルヴィクはお構い無しに言葉を繰り返し続けた。
「おおっと少年……と人形殿。そこまでっすよ。これ以上余計なことをしないうちに退場願いますよ」
這いつくばっているルヴィクの傍らにいた男が剣を抜き、ジャックの喉元に剣先を付けた。ジャックは喉元のひんやりとした感覚を頭の隅へ追いやって男の顔を睨み付けた。フードを被り、顔が見えにくかったが、近づいた彼を見上げる形になったジャックは彼を見て何者なのかを思い出した。
「あなたは……。昼飯食えなかった人か」
先日の店でルヴィクと待ち合わせていた男の顔と一致する。機嫌の悪い男だ。
「ひどい第一印象だ」
アルパがジャックの言葉に笑う。
「大した記憶力っすね。ネームレスのお気に入りじゃなきゃ即殺してるところだ」
男は顔に青筋を立てて語気を強めながらジャックの首の皮を切った。じんわりとした痛みとともに血が滲み始めて彼の首を伝っていく。
「何を言っているんだ?」
疑問を呈するジャックだが、男は彼を無視して足蹴にするとルヴィクに怒鳴った。彼はどうやら気が短いようだ。
「黙っていろ!ルヴィク!早く起動してくれよ!」
「分かっている……!短気野郎は口を出すな!ゴーレム・ロード起動、コードを切り離せ!」
半分狂気に陥っていたルヴィクはよろよろと立ち上がりながら部下たちに命令を下す。バチバチと音をたてながら機体に繋がられていたコードが切り離され、頭部の光学センサーに光が灯った。完全に起動を果たしたそれは圧倒的な力を感じさせ、生身などでは到底かなわないと思えた。
巨大な機械、ゴーレム・ロードがゆっくりと立ち上がるとその頭上の天井がゆっくりと開いていき、その上の階層が見えるようになった。そしてその上の天井もまた開いてゆき、最終的には地上へと通じる縦穴となり、式典の後夜祭で賑わう王都のどこかへとつながったようであった。
「アームズ君、雑用は任せるよ!」
ルヴィクが立ち上がったゴーレムに向かうと、ゴーレムもまたそれに呼応するように胸部のコックピットを開いた。
彼の搭乗したゴーレム・ロードは空を見上げると、自らの周囲にいる人間には構うことなく飛び去って行ってしまう。飛翔する際にしようしたバーニアやスラスターから噴き出す圧倒的な熱で周りにいた司祭が幾人か焼かれ、炭になるのがジャックには見えた。
「分かってますよ、祭司長殿!」
アームズと呼ばれた男はジャックの脚を斬りつけようとしたのか、剣を振り下ろすがジャックは器用に義手で受け止め、体を縛っている縄を切らせた。
「面倒な鉄の塊が!」
悪態をつくアームズをよそに自由になったジャックはアルパを抱えて距離を置き、アルパは先ほどと同じようにジャックの頭にしがみついて指示を開始する。
「ベータの位置はあのマグの場所だ。マグナス工房の技師が呼びかければ応えるはず。急いで!」
アルパが6mほどの大きさのマグを指さした。それは金属の山に埋もれるようにしてあり、ベータはそれに埋もれているということだとジャックは理解し、それに向かって走り出す。
「ベータ!そちらに向かう。応えてくれ!」
ゴーレムが去ったせいかガタガタと様々なものが上から降ってきており、ゴーレム・ロードの熱にやられていなかったとしても大きな構造物の一部などが落ちてきたら、いくら頑丈な機械とはいえ無傷では済まないだろう。
姿を見たことのないベータを探しながらその中を突っ切るジャック。マグの元へ近づくとその足元で声が聞こえた。アンドロイド特有の加工したような声であったが、もとは綺麗な女性の声であることが分かった。
「強制パージを実行。頭部以外の接続を切断。ロイス技師、私の頭部をマグのもとへ」
ベータと思われる声は少々早口で実行したプログラムの報告とジャックへの指示をした。ジャックがその方向を見ると、鎧騎士をモチーフにしたと思われる人間サイズの機体が上半身と下半身を切断された状態で放置されていた。次の瞬間には鎧騎士の姿の機体と頭部の接続が切れ、同時にパージされた頭部だけがジャックの足元へと転がる。
「マグ……。"リノセウス"のことだな。分かった」
頭だけになったベータを拾い上げると、ジャックはベータが打ち捨てられた場所の近くに同じく捨てられたように置かれていた5mほどの機体へと駆け寄った。その機体は胴体に設置されたレールの上を動くのだろうモノアイと、頭部があるべき部分にあるツノのような大きな通信アンテナ、背中の昆虫のようなバインダーからカブトムシのようにも見えるシルエットをしていた。ジャックはこの機体が"リノセウス"と呼ばれていることを工房の知識から知っていた。
それにマグならばゴーレム・ロードにダメージを与えられるのは確実だ。
幸いコックピットは開いていたので、機体の背中側へ回り込んで滑り込むようにコックピットへ入る。その後、キルナでマグを操作した時の記憶を思い出しながら計器に手を付けた。レバーやスイッチなどのレイアウトはキルナのマグと大きな違いはない。苦労せず操縦できるように思われた。
「右手側にある台座に私をはめ込み、その下にあるケーブルを後頭部のコネクタへ接続せよ。私が索敵および姿勢制御を行う」
ベータは細々とした作業はすべて自分にまかせて攻撃に専念しろ、と言っているのだ。マグの制御に自信のないジャックには願ってもいない申し出であったので二つ返事で承諾した。
「付近に武装がいくつか落ちている。使えそうなものを見繕ってロードの後を追うことを推奨する」
「了解」
ベータの制御で立ち上がったマグ、リノセウスはジャックの操作によって動き出す。背後のセンサーがつぶれてしまっていたが、戦闘行為自体には差しさわりがないと判断した。適当な武装を見繕ってブーストを吹かして、ゴーレム・ロードの後を追う。
「活動限界は長くて40分ほどと推測する。手早く終わらせるべきだ」
空高く飛び上がったゴーレム・ロードを捕捉したベータは、そう告げた。




