人々
クラッド・クロイス・アーチボルトは人間観察が趣味だ。何を考え、どのような行動をするのか。またはしないのか。対象はなぜそのような考えに至ったのか。そのようなことを分析、想像するのが彼のもはや癖ともいえる。
彼は今北壁の使節団との会議に参加していたため、王城にいた。会議の内容は国家間の結びつきを強くするためのルール作りが主であった。友好条約を結んだと言ってもその内容は「お互いに仲良くしましょう」程度のものでしかなかったからだ。が、それとは別に最後に議題に上がった王都地下にある箱庭とそこにある兵器の数々への対処の取り決めのために彼は呼ばれていたのだ。その後会議を終えたクラッドは城の兵士たちが演習で使っている一角で訓練をする兵士たちを眺めている。
そして今彼の目に映っているのは使節団の1人として昔から争いの絶えない東の連合国のある地域で救国の英雄と謳われた騎士、フリードヘルム・エルツベルガーである。
彼は1人の戦士として優秀な身体能力とセンスを持つ2mはあろうかという男だ。体のあちこちに戦場で負ったであろう傷跡が残っており、それは今は鎧に包まれていて見えはしないが顔にもいくつかの傷跡がある。
彼が装備している鎧は分厚く、内部に機械を仕込まれた機械鎧だ。これはマグナス工房製のものでかなり年季の入ったものだが、同時に手入れもしっかりされている。
この鎧の各所には姿勢制御バーニアや大型のブーストが装着されており、その推進力は装備者の魔力を使っているらしい。そして右手には大きな斧を持っている。
そんないでたちのフリードヘルムがじっくりと眺めるクラッドに向かい口を開く。
「吾輩に何か用があるのですか?墓守殿」
「いや、申し訳ない。あなたも中々の腕前だと思って」
白髪が目立つ老戦士がまだまだ若い見た目の墓守に敬語を使っているのをはたから見れば違和感を覚えるだろうが墓守は人間の最後に行きつくところ、つまりは墓場を守護する者。一説には神の使いとすら言われている者に敬語を使うのは学生が教師に敬語を使うのと同じくらい当たり前のことだ。それに加えて彼らはほんの少しではあるが面識があるのでクラッドは砕けた口調での会話をしている。
「それは光栄の至りですな。吾輩も模擬戦とはいえ貴殿と戦えたことをうれしく思っとります」
先ほどまで兵士に混じって模擬戦をしていた彼らはお互いの腕を称え合った。そして少しの間の後にクラッドが口を開く。
「それで、例の話は聞いてる?」
「巨大ゴーレムの話、ですな。ダンテから報告は受けています。もし動き出すとしたら記念式典の時か、我々が北壁に帰還するタイミングでしょうな」
教会が国を敵に回すようなことをしてまでゴーレムを起動させようとする正確な理由は不明だが、現状考えられる理由としては亜人の殲滅だ。箱庭を実質掌握していると言っても過言ではない教会は基本的に人間のみで構成される組織であって亜人を極端に嫌う傾向がある。もし件のゴーレムを起動させる気なら亜人を狙ってくるはずだと目されている。しかし、出現したとしてそれを止められるかは怪しい所だ。
「何しろ城壁を一撃で粉砕するぐらいの武器をいくつも装備したゴーレムという話だし、お互い準備は抜かりなく。まあ俺たち墓守とこの国の兵士が先陣を切るわけだけどね」
「ですな。我々は避難誘導を優先せよとのご命令ですから」
今回起こるであろう騒動を見越して、先の会議ではアンリが北壁陣営には貴族や市民の避難誘導を優先してはどうか、と提案があった。うまくいけば「亜人は野蛮」という考えを払拭できるかもしれないし、そこまで行かなくとも「北壁の亜人たちは安全」と思ってくれるとの考えからだ。もちろんレーヴェナンスとしても条約を結んだ先の国が危険ではないと思ってくれる人が増えるならばアンリを支持する人の増加に繋がるという打算も入っていたが。
「さて、吾輩はこれにて失礼させていただきます。聞けばこの王都に機械技師が滞在しているとか。吾輩の鎧をメンテナンスしてもらおうと思っておりますので」
「ああ、お疲れ様」
クラッドはフル装備で城を後にするフリードヘルムを見送りつつ、今後の課題に頭を悩ませた。
アンリは急ぎの仕事を終わらせ、フランの入れた紅茶で一服していた。人間とは違う風貌の亜人たちとの会議。たかが人間だとなめられてもいけないし、この国にとって不利な状況をつくることも許されない。一瞬たりとも気の抜けない"戦場"からアンリは帰還したばかりだった。
「避難ルートの確保に警備の増員。加えて箱庭での破壊工作の手配。最悪の事態は想定したくはないが城の破壊も考慮しなくちゃいけない、か」
突如知らされた巨大なゴーレムの存在。それもヒト種以外を排除すべき敵としてみている教会の王都支部がそれに手をつけているともなれば、よからぬことを考えているに違いないと思うのは当然だ。
「攻城兵器の類はもうこの城にはなかったはずだし……」
この王都レーヴェンブルクは数百年の間平和が保たれてきた都だ。それだけの間戦の1つも起きなければ軍事力は縮小される。この都市に配備されていた兵器の悉くは破棄されるか他の都市へ送られるかされ、人的な意味合いでの軍事力も年々減ってきている。手持ちの戦力でどうにか切り抜けるしかないが、何か間違えば次の議会で貴族たちに批判される。いや、少しでも被害が出ようものなら突っかかってくるだろう。もっとも、そのときまで彼らが生きていればの話だが。
「ルヴィク……。敵に回すとこれほど厄介だとは」
かつてはそれなりに親交のあった教会の王都支部を任されている男の顔を思い出しつつ、アンリは思考の沼へと落ちていった。
一目で教会でそれなりの地位にいることがわかる服装に身を包んだルヴィクは箱庭の中層ほどにある大きな格納庫のような場所で十数人の供を連れ、大きな機械の修理をしていた。
そもそも、王族の管理する土地ににしか入口がないと言われている箱庭に侵入できたのは偶然だった。王都支部の建物の補修に伴う点検で発見されたのだ。調べれば、そこが昔は国の管理していた土地だったという。その箱庭の入り口は迷宮の兵器たちが格納されている格納庫への直通通路。格納庫に半ば放置されたように置かれていたのがゴーレム・ロードであった。
ゴーレム・ロードはその動力を魔力の結晶、"緋石"という物質を使用して作られた炉に依存しており、発見当初はその機能を失っていた。動かすには大量の魔力を機体の貯蔵タンクへと送り込む必要があった。そこで知恵を貸してくれた人物のおかげで、悪魔に魅入られた人間と言われる"悪魔憑き"の魔力をタンクへと送る、という方法を確立できた。
悪魔憑きは原因は不明だが身体の一部が亜人のようなヒトではない何かに変化してしまう病で、体の変化に伴って体内で生成される魔力量が膨大なものになっていき、一日に数度の激痛を伴う発作を起こす。この病にかかるものは罪ある者とされ、本来教会で回収された悪魔憑きは聖教の本拠地へと送られるか、処刑されるかの2択なのだがそれ以外にヒト種に貢献できる機会が与えられたのだ。彼らにとってこれはいい贖罪の機会となるだろう。ルヴィクはそのように考えていた。
「ルヴィク様、ゴーレム・ロードへの魔力供給を完了しました。罪人たちの処理はどのようにしますか?」
静かに佇む巨大なゴーレムの周りには極限まで魔力を搾り取られた悪魔憑きたちが転がっていた。その誰もが指1本として動かすことができないほど消耗しており、適切な処置がされなければ死に至るのは確実だった。
「彼らの仕事はもう終了している。とはいえその辺に転がって死ぬのは忍びない。悪魔憑き用の処置室に入れておけ」
ルヴィクの命令を受けた司祭の数人が瀕死の悪魔憑きたちを移動させ始める。それをルヴィクの傍らで見ていた男が口を開く。
「アンタ思ったよりも振り切れてるっすね。あの首無し野郎も見る目はあるってことか」
「私はただこの国のためにできることをしているだけだよ。振り切れているとは心外だな」
ルヴィクはようやく起動準備が整ったゴーレム・ロードを見上げて満足気に笑う。
「作戦は予定通りに行う。各員それまでは無駄な行動はするなよ」
これから行う作戦を気取られてはいけない。現国王のアンリ・ディ・レーヴェナンスは切れ者だ。彼を敵に回すなら慎重すぎるということはない。そう自らに言い聞かせてルヴィクはこれから決行する作戦の手順を頭の中で確認し始めた。