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亜人と少女と箱庭 

 その男―甲殻人(シェルズ)という亜人なので性別は定かではないが―は隠れるのをやめ、ガタガタと音を立てて周りの機械を倒しながらジャック達の前へ進み出た。身長2mはゆうにあるそれは、本体はあまり人間と大差ないシルエットであるものの頭部には巨大なカニのようなものがかぶさっており、その大きな2本のハサミは兵器のようにすら思われ触れるのすらためらわれる。顔には左側に縦に3つの丸い穴が、右側に3つの横線が入った仮面で顔を隠してる。体は硬質な甲殻でおおわれているがところどころ傷があり、また右手が手首近くからなくなっていることからかなりの時間を戦いに費やしていることが見て取れた。残された左手には恐らく剣のような武器が鞘に収まった状態で握られている。そんななりの亜人とはいえ、衣服は着用している。鍛冶屋のような前掛けに作業着のようなゆったりしたズボン。上半身はベストのような上着をボタンを留めずに羽織る状態で着ている。衣服にはどれも"白の北壁"の国章が刺繍されており、彼がそこからの来客であることがわかる。


「私の名はダンテ・ジャンドナートという。白の北壁、その元首メテオリーテ・フォルトゥーナの直属の部下。彼から君たちに力を貸すよう言われてここに来た。驚かせて済まない。私は探知系の魔術を集中的に習得しているのでな」


ダンテと名乗った亜人は少々おどけた様子で謝罪を口にした。が、本心からではないのは明らかだ。


「北壁からの使節が来るのは数日後だし、先触れが来ることも聞いていない。信用は出来ないな」


フランが警戒心をあらわにしながらダンテを否定した。それもそのはず。白の北壁からの使節が王都に来ることはまだ機密事項であり、アンリやフランを含めた王派閥の数人しか知らない。使節の先触れが来るならばアンリを通して情報が来るはずであるし、もし事実であったとして箱庭の存在は他国には知られていないはずなのだ。


「国王から許可は貰っているし、この箱庭の存在は我々も把握している。連合国領にも似たような地下施設が発見されているのでな。信用できないならこの娘に聞くといい」


ダンテはそう言うと自身の体に隠れていた小さな影を大きなハサミを使ってつまみあげると、ずいと前へやった。その小さな影はゴシック調のドレスに金髪のツインテール。見覚えのある人物だった。彼の後ろに何かがいるのにも驚いたが、その正体にジャックとフランは驚いて素っ頓狂な声をあげてしまう。


「マリオン!?」


「マリオン様!?」





 マリオンは悩んでいた。聞けばともに王都へ来たジャックは魔術をこの国一番の魔術の使い手であるというフランに師事するらしい。自身も魔術の才能はあるが、火に由来する魔術以外はまだまだ一流とはいえない。とてもではないが彼女以上に人に教えられる自信は無かった。だがそれでも、彼女はジャックの力になりたかった。初めて友人だと言えるような人物。彼には自覚がないだろうが自分に「やりたいことをやる」という決心をさせてくれた人物。彼の力になりたい。それがマリオン・レーヴェルトランデの中に生まれた初めての意思だった。


「さて、君の言う通りにここまで来たわけだけど、どうする?」


マリオンの前をとてとてと歩くマシンドール、アルパが振り向いて彼女に問う。レーヴェンブルクは比較的北にあるためこの季節は日が落ちるまで長いが、現在はもうすぐ日が沈み切るほどの時間。マリオンの門限まであまり時間がない。引き返すなら今のうちだ、と暗に言っているのだろう。


「うん…」


マリオンたちはいまアンリのいる城の、彼の執務室前に立っていた。ジャックの役に立とうと思ったマリオンはまず彼がどこにいるかがわからなかったので誰かに聞くことにしたのだ。墓地で墓守に聞いてもよかったがクラッドが忙しくなるとぼやいていたので、それはやめた。アンリなら国王とはいえ昔からそれなりに話をしていたので、人見知りする言いたいことはしっかり言えるはずだ。


「行くよ…!」


アルパを抱き上げて自身を叱咤するようにつぶやき、扉を開く。ガチャリ、と開いた扉の向こうにはアンリともう一人、奇妙な人物がいた。2人はテーブル越しに向かい合い、いくつかの書類を広げて会議をしているようだった。アンリの傍らにはいつもいるはずのフランの姿はなく、彼の信頼する執事の1人が控えている。


「おや、マリーじゃないか。久しぶりだね」


マリオンを嗜めようとしたのか、執事が言葉を発しようとするが、アンリはそれを制して彼女に声をかけた。


「うん。アンリおじさん久しぶり」


「おじさん、おじさんか…。間違いじゃあないが…まあいい。それと入るときはノックして名乗ってくれよ。いきなり入ってこられたら驚いてしまうからね」


まだ中年というわけでもないのにおじさんと呼ばれて肩を落としたアンリだったが、気を取り直してマリオンに注意する。それに彼女は頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。その一連のやり取りの後、もう一人の人物が口を開いた。


「陛下、私は失礼させていただく。4日後までは自由に動かさせてもらう。長旅で疲れているのでね」


大柄な人物は一国の王に対する口調とは思えないしゃべり方でアンリに告げるとマリオンを通り過ぎて部屋を出ようとする。その人物にマリオンは見覚えがあった。いや、正確にはその種族に、だ。甲殻人(シェルズ)と呼ばれるその亜人には連合国南部の、紛争とはあまり関りを持たない海辺の魔術学院で学んでいた時に数度見かけた。彼らは言葉がうまくないものの比較的温和な性格なので色々と教えてもらった。海を渡るときは"海守"の乗る船に乗ると良いとか、亜人や異形は気性激しい者が多いからあまり不用意に近づかないほうがいいとか。その彼らと比べても目の前の亜人は纏う雰囲気や隙の無さが段違いであるように感じた。恐らく特別な人なのだろう、などと考えているとマリオンは無意識に呟いた。


「おっきい人…」


「ん?…フム」


亜人は数瞬マリオンをじっと見つめると納得したように小さく頷いて扉に手をかけた。


「城下に出るなら市民が驚いてしまうから護衛はつけさせてもらいます。くれぐれも面倒は起こさないようよろしく頼みますよ、ダンテさん」


少々辟易した声色でアンリが声をかけると、ダンテと呼ばれた亜人は大きなハサミをあげて応えた。そして何も言わずに部屋を出て行ってしまった。どうやらアンリはこの人物が苦手なようである。大きくため息をついてぼんやりと天井を見ている。数秒ほどの後、「よし」と呟いて気合を入れなおしたのか姿勢を正した。


「で、今日は何の用かな?マリー」


「うん。えっと…」


よほど疲れたのか椅子にドカッと座ったアンリ。マリオンはそんな彼の前まで近づいた。深呼吸をし、そして話を切り出す。


「私、ジャックの手伝いがしたい。…旅をして分かった。私はなんにも知らない子供で、夢を持ってなかった。キルナで出会ったジャックは自分がやりたいことのために毎日がんばってた。だから私もやりたいことのために頑張りたい」


こんなに一度に長く話すことは無かったので俯いて目を瞑って絞り出すような声になってしまう。だがそんなことはどうでもいい。アンリに自分の気持ちが伝わってくれれば。ジャック・ロイスという一流の機械技師になるために努力している人の力になれるなら。


「ほう…」


アンリはマリオンの言葉を静かに聞く。そして頷いた。


「マリー、私はうれしいよ。あんなに内気だった君がここまで自分の意見を持ち、発言できるとはね。"家出"で成長したんだね。彼らには今仕事をしてもらっているから帰ってきてからでも構わないかな?」


「うん…!じゃあ、門限だし帰る」


目に見えて表情が明るくなるマリオンを見てアンリも表情が綻んだ。実際、マリオンの引きこもり具合は貴族間でも噂になるぐらい重度なもので、彼女の親やアンリも手を焼いていた。形はどうあれ、彼女の成長はアンリにとっても喜ばしいことだったのだ。城から彼女の屋敷までの道のりには衛兵がいるので大丈夫だと思うが、帰り道に気を付けるようマリオンに注意する。彼女は素直に頷いて「ばいばい」と言って部屋を後にした。




 扉を閉める。マリオンはうれしさで微笑を浮かべていた。満足感とともに帰路に就こうと足を踏み出す。が。


「失礼、貴族の娘よ」


マリオンの目の前には先ほどの亜人が立っていた。よく見れば、身に纏っている衣服には"白の北壁"の国章が刺繍されている。先ほどは所持していなかった、おそらくは剣なのであろう得物を腰から下げており、仮面の"目"が不気味に光っている。


「な、何か…?」


「そう身構えるな、娘。失礼ながら君の話を聞かせてもらった。私もメテオリーテ殿から協力するよう言われているのだ」


警戒するマリオンに、亜人は自らの立場を話す。聞けば彼、ダンテ・ジャンドナートは数年前から友好国としての関係にある多種族国家、"白の北壁"と呼ばれる国からの先触れらしい。亜人やヒトの混合使節団がこのレーヴェンブルクに来るまでに大まかな日程や警備の配置などの確認や、その他諸々の相談と現在起きている失踪事件の調査に協力するためにやってきたとのことだ。彼の口ぶりから察するに午前中からアンリとの会議でずっと執務室に詰めていたのにも関わらず彼はまだ何かやることがあるらしい。


「娘よ。貴様は国王の姪なのだろう?箱庭の入り口を教えるなら私がジャックとやらのもとへ今すぐ連れて行ってやろう」


思いもよらぬ提案。怪しさ満点ではあったが、マリオンに断る理由はなかった。"箱庭"という場所の入り口は昔、父親の部屋でそれについて書かれた資料を読んだことがあるので場所は分かるし、一刻も早く己の中に生まれた意思を、有り体に言えば欲求を満たしたかった。


「いいよ」


いつもならアルパが口をはさんでくるところだが、今回は何も言わない。何を考えているのかは分からないが、邪魔が入らないので気にはしなかった。何といっても、私が成長するチャンスなんだ。後で家族やメイドに叱られることなどそれに比べたらなんてことはない。マリオンはそんな打算でダンテの提案を受け入れた。




ジャック達が調査を開始する1時間ほど前の城の一角。ジャックらが使用した入り口とはまた違う箱庭への入り口。大きな鉄の扉であり、あからさまな鎖と錠前で扉は固く閉ざされている。そこに二人はいた。彼女の腕に抱かれているアルパは先ほどから黙りこくっている。


「ほいっ…と」


マリオンは得意の火の魔術で高熱の塊を生み出し、鎖を溶断していく。ダンテのハサミで切断することもできたが、発見されたときに切断の跡から容易に彼の仕業とわかってしまうのでマリオンの魔術が採用されたのだ。

例えるならバターをナイフで切るがごとく、易々と頑丈な鎖は焼き切れた。切断された鎖は自由落下を始めるが、ダンテが4つの腕を器用に使って受け止めたため、大きな音はならなかった。彼は鎖を隅へとやると、大きな鉄扉を押し始める。ギギギと耳障りな音をたてつつも扉はゆっくりと開いていく。どうやら彼の力は人間と比べていいものではないらしい。


「さあ、行こうか」


こうして彼女らは箱庭へと足を踏み入れた。




「フム、人間の気配を探知すればすぐに着くかとも思ったが。…探知できたのは直線距離で500mか。方角からしても彼らである可能性は低い、な」

ダンテが右腕で床に触れつつそう呟いた。彼らはいま箱庭に侵入して少しの通路にいる。例え侵入口が別であっても探知魔術で居場所を特定し、その上で合流すればよいというのがダンテの考えであった。しかし、想定されていた範囲よりも遠くで人間の反応をキャッチした。この時点で考えられることは2つ。1つは想定以上に奥へ進んでしまっているということ。もう1つは、まだ調査隊は侵入しておらず、全く別の生命体、恐らくは人間が探知に引っかかった、ということだ。前者は考えられない。"箱庭"のような遺跡には今でも侵入者撃退のための兵器なりトラップが生きている。機械に疎い魔術師や騎士が相手をするなら攻略の糸口を見つけ出すまでに時間がかかるし、それなりに犠牲も払うだろうからだ。よってもう1つの違う人間が探知に引っかかった、という線が濃厚だ。


「入り口はすべて王国が管理しているのでは無かったのか…?他の調査部隊とも考えられん」


ダンテはそこまで呟くと、しばらく黙り込んだ。そしてなにか分かったのか、立ち上がるとマリオンに告げる。


「どうやら君の捜し人はまだ来ていないようだ。事は予想以上に面倒になっている。君は早々に引き上げたほうが良いかもしれん」


そこまで言うとダンテは鞘から得物を引き抜いて薄暗い通路の向こうに投擲した。空気を切るような音の後に何か固いものに当たったような音がした。当たった"それ"はバチバチと電気を発し、その後ボンッ!と小さく爆発して煙があがる。


「今のは…?」


マリオンには通路の向こうに潜んでいた何かの正体がわからなかった。まともな生物なら帯電も爆発もしない。もしかすると、機械なのかも。という考えがよぎる。


「箱庭の守護者。異物を排除する者どもだ」


投げつけた得物を引き抜きつつダンテがマリオンの疑問に答えた。彼が今しがた仕留めた"何か"の正体は金属の円柱のような形をした機械だった。運がよかったというべきか、敵は円柱型の機械が2機だけで、さらにダンテが投げつけた剣に2機とも串刺しになっている。


「他の遺跡の調査をしたときにもこのタイプの機械は見たことがある。こいつらは"目"から高熱の光を出して敵を焼き切るのだ。恐らく火の魔術で防御も可能だろうな」


魔術と科学は相反するように見えて、それによって生み出される結果は同じものだ。例えば、魔術でロウソクに火を灯すことと、マッチでロウソクに火をつけること。両者は過程にこそ違いがあるものの、灯された火には違いがない。より上位の魔術であれば話も違ってくるが、一般的に科学と魔術によって引き起こされる"結果"は全く同じものと言ってもいい。なので科学的に引き起こされた"熱線"は魔術による"熱の遮断"で防御できる。これはダンテだけでなく、キルナで機械に触れたマリオンも理解していることだった。


「それなら、私に任せて。火の魔術なら、この国の誰にも負けない自信がある。…だから、私もついていくよ」


彼女は小さいながらも魔術学院を優秀な成績であっという間に卒業し、火の魔術だけなら宮廷魔術師長のフランに勝るとも劣らない実力を持つ。少しでもケガをすればメイドと両親が大騒ぎすることを除けば戦力として申し分ない。


「その年でその覚悟は恐れ入る。ただ、私は君を守り切る保証はしかねるぞ?」


ダンテは再度危険であることを彼女に告げるが、彼女の意思は固かった。

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