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プロローグ 

 夏のある夜。急速に発達した低気圧、昔は台風やハリケーンと呼ばれていた類の嵐が"機械都市キルナ"へ上陸した。

 海からほど近い場所にあるこの都市は、はるか昔に滅んだと言われている文明の都市を元に造られた巨大都市で、旧文明の機械や建造物が数多く残っている。

 この都市は科学技術が世界で最も進んでいると言われている都市であり、それを支える機械技師という職はこの都市ならではのものだ。インフラの整備から日常的に使う時計の整備まで幅広い機械や設備を整備し、また生産するこの職に憧れる者は多いが、その門は狭い。

 そんな都市であるが、現在は雨と風が吹き荒れ、時折誰かが投棄したのであろうガラクタや、古くなった看板などがどこからともなく飛んでくる。そんな街中をまともな人間は出歩きはしないだろう。そう、まともな人間ならば。


 意識が朦朧としてきた。恐らくは血の流しすぎだ。ロクに止血さえしていない傷口からはとめどなく血が流れている。それもそのはず。利き腕である左腕は半ばからなくなっており、そこから出血をしている。

 切り落とされた左腕は右手で持っているが、それを握る手の力も徐々に入らなくなってきている。

 彼、ジャック・ロイスは来年で16になる少年だ。彼はキルナで最も技術力の高いマグナス工房という機械工房で、いわゆるインターンというものをしている。彼が目指している場所はそこだ。

 マグナス工房には開発中の義手、義足があるのだ。造られたばかりでロクに試験もしておらず、また四肢を切断されている人間で協力しようという人はいない。

 それにこのキルナといえども、使われない技術は失われていく。人間の体を機械に置き換える技術も昔は広く広まっていたものの、現在は廃れてしまった技術だ。そういう事情も相まって機械式の義手、義足はお蔵入りになろうとしているのだ。

 ジャックはその義手を求めて工房を目指していた。少し見つけにくい狭い路地へと入り、しばらく進むと古い看板に"マグナス工房"と書かれた古びた、しかし手入れの行き届いている建物が見えてきた。壁にもたれかかりつつもゆっくりと近づいていく。そして扉に手をかけた。

 

しかし、そこで彼の意識は途切れた。

 



 アンドロイド、という存在がある。そのほとんどが数百年単位で動いていて、人間をはるかに超える知識と身体能力を持つ。機械の体はともかく、技術が高度すぎるがためにアンドロイドの整備を専門に行う工房もあり、そういった技術を扱う工房の中にマグナス工房の名もある。この工房はどちらかと言えば扱っている技術にそれもある、と言うだけだが。

 ともかく、マグナス工房はそれだけ機械都市の中でも技術力が高いということだ。そして、知る人はほとんどいないが最古のアンドロイドの1体が稼働している場所でもある。

 工房の1階は仕事の依頼に来る人々のためのロビーの役割を果たすために広々としたつくりになっている。来客用のテーブルにソファがあり、金属製のものばかり置いてある部屋のアクセントとしてか、いくつか観葉植物が置いてある。


「この分だと明日のお昼前に過ぎそうね」


工房の窓越しに籠ったような声が、外の嵐を眺めつつそう呟いた。声の主はアンドロイドのデルタ・マグナスだ。彼は頭部がガス灯で、内部には火が灯っている。どこから声を発しているのかは不明だが、籠ったような声なのでガス灯の内部に発声器官があるのだろう。

 首から下は機械の体である。身長は190㎝ほどで、右腕は諸事情から細く三本指の簡易マニピュレータであるが左腕は頑丈な5本指の機械腕だ。特質するべき点はあまりないが、彼は機械でありながら魔術の使える珍しい存在として生み出された。

 とはいえ、この工房においての彼の役割は実験や開発の補佐と家事全般だ。現在は、工房の現技師長であるアルベルト・S・マグナスが仕事一辺倒なので買い出しや仕事の受付、その他家事を全て行っている。


「…」


 白髪でひげを蓄えた、いかにも気難しい職人といった風貌の老人、アルベルト・S・マグナスがちらりとデルタに視線を向け、コーヒーをすすった。今日は依頼されていた仕事はすべて終わらせてしまい、また嵐のせいで客が全く来ないこともあって夕方ごろから暇を持て余していたのだ。


「もうお客さんは来ないと思うし、店閉めちゃうわね」


 デルタは数日間休みなく働き続けていたアルベルトのことを考え、店を閉めることを提案する。アルベルトは何も言わなかったがわずかに頷いたので席を立ち、戸締りのために店の扉を一度開いた。


「…あら」


 ガチャリ、と扉を開けて目に入ってきたのは激しい雨風だけではなかった。そこには確かに見覚えのある少年が片腕を失った状態で倒れていたのだ。まだ息はあるが、一刻を争う状態であるのは誰が見ても明らかだ。


「アルベルト、医務室を開けて。それと医療品も一通りよ」


「分かった」


 長い付き合いである2人は阿吽の呼吸で動き出す。デルタは少年と彼の切り離された左腕を持ち上げ室内へと移動させ、アルベルトは疑問や文句を言うことなく長らく使われていなかった人間用の医務室を開け、処置の準備を整え始めた。




 少年、ジャック・ロイスの手術は医学の知識があるデルタの主導によって行われた。清潔な衣類に着替え、その上から手術用の衣服を着る。彼が痛みで目覚めないように麻酔を注射し、腕の縫合手術へ移ろうとするが。


「まずいわね…。腕が切断されてから時間が経ちすぎてる。縫合は無理ね。失血もひどいし、まずは傷口を何とかしないと」


 骨や神経がむき出しになっている彼の傷口を見て、デルタはアルベルトが用意してくれていた輸血パックへと視線を移す。幸い患者の血液型は知っている。

 処置をしようと行動を開始するがその時、何かに腕をつかまれた。それは弱々しく、簡単に払ってしまえる程度のものではあったが、その"何か"に視線を向けた時に驚愕した。

 ジャックだったのだ。彼はひどい顔色でありながらも、何かを伝えようと口を動かしている。


「義…手を…。頼みま…す」


 その瞬間思わずデルタはアルベルトの方を見た。彼も難しい顔をしている。ジャックは義手を左腕に着けてほしいというのだ。アルベルトがようやく理論上は問題ないと言えるような試作品を作ったばかりだというのに。


「仕方あるまい。小僧も片腕でこれからの人生を過ごしたくはなかろうよ」


相変わらず難しい顔をしながらもアルベルトは頷き、彼の作品が保管されている工房の地下へと向かった。




 ジャック・ロイスは機械都市キルナでは一般的な家庭に生まれた男子であった。12歳になったところでマグナス工房へ出入りするようになった。はじめは興味本位で見学に来ていただけあったが、徐々に機械に魅力を感じるようになる。そして今は失われた技術を用いたアンドロイドをつくる、という夢を持った。また、それと同時に家族との溝が生まれた。

 機械技師という職は秘密主義で、技術の一般公開は基本しない。それは古い時代からの決まり事で、他の都市に比べて"科学技術"という分野が発達しているキルナでは技術の流出やリークなどは決してしてはいけない。その理由は旧文明の滅びの原因が科学技術の急速な発展と普及にあるからだと言われている。つまりは旧文明と同じ轍を踏むことのないよう決められたルールなのだ。

 そんなこともあり、機械技師という職に就くものはそのほとんどが工房に住み込むようになり、同じ界隈の人間としか話さなくなっていく。ジャックの家族はそれを憂いて反対したのだろう。彼と家族との溝は徐々に深くなっていき、ついに大事件になってしまった。

 それはジャックが利き腕を切り落としてしまう、というものだった。自身の覚悟のほどを見せるためのものだったのだろうが、縫合もできず義手にもできなかった場合は一生を片腕で過ごすことになる。15歳とはいえ子供の甘い考えだったのだろうが、その覚悟は本物だった。それほどまでに彼は機械の魅力にとり憑かれていたのだ。




 微かな光とともに徐々に意識が戻ってくる。ここはどこだ?どれくらい気絶していたんだ?と疑問が次々に湧いてくる。

 目を開き、無意識に利き腕を天井に向かって伸ばすと、目に映ったのは腕の形をした金属の塊だ。感覚こそないものの、指の1つ1つがしっかりと動く。驚きとともに笑みがこぼれる。嵐の中、気を失ってしまった時点で死んだと思っていたからだ。


「小僧」


 低く、どこか威圧的な声に我に返り辺りを見回した。今いる部屋はあまり生活感がなく、あまり使われていない部屋であるのがわかる。ベッドにテーブルとイスという最低限のものしかなく、窓から差し込む光の中に小さなホコリが舞っているのが見える。自身の隣に座っている老人の姿もだ。

 彼はいつものように険しい顔をしていたが、纏っている雰囲気はいつもより重かった。


「あの…」


 彼の方を向こうと身じろぎをするが、それと同時に義手の接続部分がズキリと痛みを発した。


「まだあまり動くな。傷口が開かんとも限らんぞ」


 その注意の後に沈黙が流れる。何とも気まずい雰囲気だ。ふと意識をそらすと人々の往来や喧騒が聞こえてくる。どうやら嵐は完全に去ったらしい。外で流した血も雨に流されているだろう。


「もう二度とあんなことはするな。デルタの話じゃあと少しで義手にもできなくなっていたらしい。…それに俺はお前に腕を落としてほしくて義手をつくったんじゃねぇ」


 アルベルトが研究開発していた義手義足は既に手足を失っている人間に取り付ける場合はもう一度傷口を開かなければならないという欠点からお蔵入りになろうとしていたが、ジャックはそれに魅力を感じていた。もちろんアルベルトは研究を凍結させたくはなかった。しかし、今は凍結しようともノウハウを残せば後々使えるようになるはず。そう焦ることはないと考えていたのだ。

 しかし、今回のジャックへの取り付け作業のおかげで、痛みなく取り付けができるかもしれないという光明が見え始めた。そのため、アルベルトの心境は非常に複雑だった。


「まずは傷を治せ。…そのあとのことはデルタに任せてある」


 老人は壁に立てかけてあった杖をとり、立ち上がるとそのまま部屋を後にした。


「俺は…」


 ジャックはまだ痛む金属の腕と本物の腕との接合部分をさすりながら一人呟いた。


お読みいただきありがとうございます。感想や意見、アドバイスなどどうぞお願いします。

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