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フィーンズ・シーサイド  作者: 靄霧霞
4/4

01_4 : 墓穴の先、海辺の命(4)

 

 

 

 強制的に覚醒させられたリツが最初に感じたのは、恐怖と、言いようのない惨めさと、熾火のような怒りだった。

「目は覚めたかい」

 そこは畳張りの広い部屋。寝かせられていたリツは、水をかけられて起こされたのである。

 リツはまず立とうとして、しかしその足を払われ、無様に尻もちをつく。足払いをかけたのは小柄な姿の者だ。

「座りなよ。ここは道場で。きみを連れてきたんだ」

 ひどく中性的なその者の服装は、若者がするような感じのものだった。つばの削った野球帽に、緩く羽織っているだけの白いパーカー、赤のシャツに、淡い茶色のハーフパンツ。足元は素足だが妙に清潔感がある。背は高くなく、中学生以上には見えても高校生には見えないといった風情だ。

 見下ろしてくるその者を下から睨みつけて、リツは言う。

「子供か……?」

「違う。あんたはそうなのか。幼い女の子の家に上がり込むなんて、成人した男性のやることだとは思えないけど」

 声もまた、男女の判別の付けづらいものだった。ただ、小柄な体から発せられているとは思えないほどの強さが漲っており、リツは音だけで這い蹲りそうになる。

「あんたの名前は?」

「……俺は、ナミハラリツだ。敷波のナミに原っぱのハラ、律令政治のリツだ」

「そうか。僕はカテン。イコの叔父だ」

 カテンの言葉にリツは驚く。彼が想像していたイコの叔父の姿とは、かけ離れていたからだ。道場主で、探偵で、国からさえ仕事を受注する男。それが、目の前の子供のような姿の人物なのだとは、そう告げられても受け入れがたい。

「びっくりしたよ。家に帰ったら不審な男が居るんだからね」

「す、すみません」

 ひらひらと手を振って、カテンは気楽に伝えてくる。

「謝らなくていい。こっちも、失神させたけど、謝る気はないから」

「あなたが、やったのか」

「うん。あぁ、自信は失わなくていいよ。僕、不知火流の十三代目浜塩火重だから強いし」

 カテンの言っている言葉の意味はわからなかったが、リツはともかく心配になっていたことを問うた。

「じゃあ、あの子は」

「家にいる。きみだけ車で運んだんだ」

 そう聞いて、リツは息を吐いた。突然に襲われたから、一緒にいたイコにも危害が及んだとことを危惧したのだが、そうでないと知って安心したのだ。そんな彼を見分しつつも、カテンはことさら酷薄なやり方で彼を詰問する。

「で、なんでいるの、君」

「それは……」

 『なりゆきだった』と言おうとし、しかしリツは途中で言葉を止める。断ることも出て行くことも十分にできた。物理的に拘禁されていたわけではないのだから。

 うつむき、口ごもったリツに、カテンは笑いながら言い放つ。

「うちに居たいの? 非常識で、迷惑だよ」

 その言葉に含まれた冷たさに、現状の自分の置かれている状況の寂しさに、リツはぐっと手を握る。それでもなにも変わらない。熱はどこにも生まれず、ずぶ濡れの体に惨めさが増えてゆくばかりだった。

「……どこにも、行くところがないんです」

「野垂れ死ねば?」

「死ねって! ……死んだほうがいい、って言うんですか」

 暴発的に、リツの口から言葉が吐き出された。だが、すぐにそれは尻すぼみに弱くなり、かえって彼の目に涙を含ませるに至る。苦しくて、情けなくて、彼は死にたいぐらいの気持ちになっている。

「まぁ、うん。『死んだほうがいいのかも』なんて言ってる間は、実際、死んだほうがいいかもね」

 カテンはそう言って、無造作にリツを殴りつけた。

 撃たれた部位を手で押さえ、なにが起こったのかわからずにただ目を見開いたリツを、カテンは大きな目でじっと見る。イコに似たその瞳は、冷静ではあれど薄く燃えてもいた。

「イコに手を出したでしょ」

「いや、そんな」

 なにかを言おうとしたリツの顔へ、最短距離で放たれた指拳が突き刺さる。

「手なんて出したくない器量? 失礼だね、きみ……」

 リツは口元を手で押さえる。たらたらと鼻血が流れ出ていた。

「……君の話をさ、聞く必要あるかなぁ。この場に及んでは、言葉はちょっと軽すぎるよ。君は不審者で状況的にもうクロい。だから、わりと、僕は怒ってはいるわけで」

 熾火のようだった怒りが、リツの中で抵抗の意となって膨れ上がった。勝手に言い放ち、ただ殴り込んでくるカテン、そのある種の不条理に抗わんとして彼は立ち上がった。

「いい加減にしろ……!」

「なにキレてんだよ」

 そう言って、カテンは容赦なくリツを打ちのめした。

 リツはなんとか相手の手を掴み防ごうとするが、その彼の手をこそカテンは掌底で叩き落とす。リツが下がれば、その動きに合わせて踏み込んで彼の体ごと蹴り飛ばす。リツが防御を固め前に出れば、彼の体を踏み台にして飛び越え、背側に移動して強烈な打撃を繰り出す。やけになったリツが殴りかかれば、その腕を掴んで強かに畳へ叩きつける。

 カテンの戦いぶり凄まじく、その小柄な体のどこにそれほどの運動エネルギーがあるのか、と思わせるほどのものである。

 そして、なにもできないままひたすらに殴られ続け、逃げることもできなかったリツは、次第に抵抗をやめていった。彼は、辛くて、惨めで、どこもかしこも痛くてたまらず、なにもかもを面倒に感じてゆく。

 なぜこんな目に遭うのか。これが罰だとして、それほどのなにかを自分はしてしまったというのか。絶望し、リツは撃たれるたびに生きる望みをひとつずつ投げ捨てていった。だが、それでも、それでもだ、カテンは彼を殴ることをやめない。

 そのなかで、ふと。

 リツは、『これが普通なのかもしれない』とも思い始めている。生きているということは、それだけでも誰かへの凶器となるし、ならば生きていれば誰かから傷つけられ続けるしかない。それは闘争の原理ではなく、略奪の原理ですらなく、もっと原始的な傷害の原理だ。ただ単に、これまでは、それが限りなく薄まっていたからそう思わずに済んでいただけで――

 ――あぁ。

 リツは思った。なんて不幸な世界、世界はなんて悲しいんだろう。

「やめて!」

 イコは叫んだ。

 突然に現れたイコに、カテンは驚きつつ彼女の言葉通りにした。

「家からここ、となり街の道場にまで走ってきたのか。驚いたな」

 障子を両側へ開け放ち、サンダルを脱ぎ捨て、息も荒く絶え絶えに、それでも大股でイコは道場に入っていく。カテンはあえてそれを咎めない。そして、彼女はリツとカテンの間に立ち、両手を開いて守るようにリツを背側に置いて、じっとカテンを見た。

「どうして?」

「当然だろう。僕は君の父に頼まれている」

「知らない!」

 感情を露わにしてイコが叫ぶ。

「知らないよ、あの人のことなんて……」

「そうだな。ごめん、どうでもよかった。ただ、僕が君を心配しているだけだね」

 素直に謝罪し、心情を吐露するカテン。その彼に、イコは荒い息のまま、立ち向かうように言い募る。

「……カテン。なんで、殴りつけてまで、この人を追い出そうとするの」

 その言葉は同情で、憐憫で、ただの気まぐれで。だけどそれ以上に、それだけじゃなかった。自身の魂かそういったものが掻きむしられでもしたように、イコはリツを庇い、その身を助けようとしていた。

 茫洋とした表情のまま、リツはぼんやりとイコの言葉を聞いている。その、柔らかくてしどろもどろな、綺麗でも洗練されてもいない言葉の羅列を。

「だって、つらくて、こんなに傷ついていて。それなのに。昨日は違ったかもしれないけど、今日は、いくらでも出て行けたのに。だけどそうしなかったのは、それはさ、どこにも行く場所がなくて、なんにもないってことだから」

「だから置くのか? そうやって心を寄せる。寄せた分だけ、身の置き所がない彼は君に応えるだろうね。でも」

 カテンは首を横に振った。

「それは依存だ」

「わかんない!」

 目尻に溜まった涙を振り払うようにかぶりを振り、イコは言う。

「どうして、この人と一緒にいたらだめなの。私は、それが、わかんない」

「名前も知らないのに、そう言うのかい」

 そこでふとカテンは笑った。

「今日は、『ごめんなさい』って言わないんだね」

「ごめんなさい。……でも」

 謝るとしても謝らないにしても、譲ることなんて、イコにはできなかった。死んでいたものが生きようとした意地であれば、それを取り下げれば、本当に死ぬしかないのだ。だからこそカテンは、その身の暴力性を以ってイコたちをねじ伏せようとはしなかった。

 代わりに目を細めて笑い、言葉を置く。

「こういうとき、不知火流は『鬼遊び』で決める。……知っているね?」

 決意を込めてイコは頷く。

「私たちが鬼になる」

「僕に触れば君たちの勝ちだ」

 イコは跪いて、倒れたままのリツの体に触れ、声をかける。彼は静かに彼女を見ていた。

「ごめんなさい。なにも聞かずに進めちゃって」

 リツはかぶりを振って、問いかける。

「どうして、あんたは、そこまで……」

「わかんない、そんなの、でも、私は」

 そこで言葉を詰まらせたイコから目を逸らし、リツはひとりで立ち上がる。組織の施術の結果、彼の体は一流のアスリート並みの回復力がある。ひどく殴りつけられたとしても、少し言い争った程度の時間でさえ休めれば、十分に動き回れる程度には復調する。

「……わかった。あいつを捕まえればここに居れる、それなら」


 『鬼遊び』。

 つまりは、おにごっこだ。ただし不知火流のルールは通常のものとは違い、鬼が複数であり、逃げるのはひとり。そして、鬼はそのひとりを追いかけ、捕まえられれば鬼が勝ち、捕まえるまでに鬼が動けなくなれば鬼の負けとなる。

 基本的に、最も強い者が鬼でない者となる。そして、すべての者が暴力的手段を含めたあらゆる戦闘的作戦を講じる。

 この決闘に及び、イコとリツは協力してカテンを捕まえようとした。

 だが、カテンはあまりにも強かった。ふたりが同時に襲いかかろうと、あるいは前後で死角から攻めようと、なんなくそれらを避けいなす。それどころか、容赦なくふたりの体を叩き、殴り、ぶつけ合わせ、その体力を削っていった。

 あるいは指を拉ぎ、あるいは目を潰し、関節に痛打を与え、鼓膜を揺らし、脳を震盪せしめる。見る間に、イコとリツは傷だらけになっていく。致命的に動けなくならないように、最低限の防御だけは成功させていたものの、遠からず彼らは身動き一つ取れなくなるまで追い詰められるだろう。

 だから、あるタイミングでイコとリツは仕掛けた。彼らは視線を合わせ、残っている力が動員された突撃を敢行したのだ。

 リツがきびきびとした動きでカテンに殴り掛かる。それなりに整備されたその攻勢は、軍隊などで使用される実践的な徒手空拳の型をなぞっており、実戦でも通用する武威を持っていた。だが、カテンにはまるで通らない。だがそれでも彼にとっては十分だった。注意を引くための陽動だからだ。

 その間に、イコは床の畳を無理矢理にひっぺがす。隙間に手刀を突き入れ、爪や皮膚が傷つくのも構わず一気に持ち上げたのだ。そして、背後からカテンに向かってそれを投げ込んだ。

 これはふたりに残っていた力を注いだ起死回生の一手であった。

 しかし、カテンは冷静に対応した。まずリツの腕を取って体を引き込むと、その体を畳表に向かって投げつける。さらに、空中で畳とぶつかりあったリツに向かって跳び込み、筋骨を躍動、叩きつけるのではなく浸透させるようなやり方で、イコに向かってリツと畳を蹴り飛ばしたのだ。人体構造上、可能な限りの機能を利用したその蹴りは、交通事故レベルの衝撃力で以ってふたりを吹き飛ばす。

 カテンが綺麗に着地した後、叫び声の混じった派手な音が響いた。彼は息を吐いた後に、悠々と額の汗を拭う。

「僕に触るのはできそうもないね。はは、余裕余裕」

 起死回生の一手は無残に破られた。そして、その代償は大きい。

 吹き飛ばされたふたりは深刻なダメージを受けている。リツは肋骨や内蔵を痛めたらしく、ひどく咳き込んで血混じりの息を吐く。イコもまた指の爪が何枚も剥がれており、それどころか畳などを受け損なって左肩を脱臼していた。

 呻くふたりを見下ろして、カテンは歩み寄りながら言い放つ。

「じゃあ、そろそろ終わりにしよう」

 その時、リツがカテンを押し留めるように、手を突き出し掌を広げた。

「ちょっと、黙、れ」

 ゆるく眉を顰めたが、カテンはその場で足を止める。

 リツは立ち膝の体勢のまま進み、いまだ寝たままのイコに近寄った。それに気付いたイコは起き上がろうとしてもがき、崩れ落ちる。左腕に力が入らないからだ。

「ぼろぼろじゃないか……」

 答えず、足の力だけで膝立ちになり、イコは脱臼した左肩を応急処置的に無理やりはめこんだ。その痛みに耐える表情から目を逸らせないまま、リツはただ彼女を見つめ続ける。

「ごめんなさい。痛くない」

「……やめよう。あんたが苦しむのは、違う」

 そう言葉を漏らしたリツに、イコは謝った。

「わたしのせいだよね。私がダメだから」

「違う。そういうことじゃなくて、俺のためにあんたが傷つくのは、あぁ」

 リツはかぶりを振った。言葉を続けて、続けていくうちに感情が高ぶり、ついには叫びを彼は発した。

「あんた、なんで、なんでここまでする! ――どうして」

「わかんないよ!」

 言葉を遮り、イコは叫び返す。今日、何度目になるかもわからないその言葉を。

 『わかんない』、それはイコの口癖でもなんでもない。だから、彼女は本当にわからなくなっている。なにを考えているのか、なぜこうしているのか、それがどこにつながっていくのか。それでも、いまは心に従ってただ生きていて、だからこそ理由を問われれば叫び返す。『わかんない』と。

 強く、イコはリツの服を掴み握る。

「きっとでもっ! そう、私たちなんだって! 迷って、もうわかんなくて、でもあなたがいたから。なんにもないけど、あなたを見つけて、あぁ、あなたがいるんだなって……だって同じ目をしてたんだ」

 それは脈絡のある言葉の連なりではなかった。魂の奥から心に落ちてきたものがひたすら順に転がっていく、そういった類の心情の吐露だった。

 狂気的なまでの熱情でもって、イコはリツの目を見つめる。

「そうだよね」

 イコの瞳にリツが映る。同じように、リツの瞳にもまたイコが映っている。互いを見ていて、自分を見ていて、だから互いをやはり見ている。どこまでも。

「違うの? あなたは、なにかがまだあるの? だったら……私なんて、いつだって忘れればいい。私だってあなたに」

「いや」

 ただ頷いて、ようやく気付いて、リツはイコの手に触れて、握った。

「俺だってそうだ」

 なにもないのだ。イコの言ったように、イコもリツも、なにもなかった。ふたりともそれを知っていた。……うまく認識できなくとも。だからこそ、あの偶然の出会いの先に、いまの必然が生まれた。

 運命とは最初から決まっている台本ではないのだ。

 離したくない。その想いが滾って、ふたりの血と埃と汗に塗れた手が絡み合う。

「だったら!」

「ああ。俺たち、なんだな」

 強く、ぐりぐりとイコは頭をリツの胸へと押し付けた。うめいて、リツは痛そうな顔になる。

「きっと、この手を、離さないで」

 力強く頷き、リツは言葉のかわりにぎゅっと握りしめてから。そうして、彼は言った。いまだ告げていなかった自分の名前と、ある考えを。

「俺は波原なみばらリツだ。イコ、俺に作戦がある、危ないけど」

「わかった」

 花がほころぶような嬉しそうな笑顔で、イコは頷く。

「リツを信じる」

 同じように微笑み、リツはイコへ耳打ちする。真剣な表情で、彼女はそれを聞き果たす。

「もういいかい? まったく、若者はこれだから」

 肩を竦めて溜息を吐くカテンに、リツとイコは揃って不敵にニヤついた。

 ふたりは手を繋いだまま立ち上がり、顔を見合わせて、悪人めいて笑う。不審そうにカテンが目を細める。

 そして、リツはイコを、わざと受け身も取れないような投げ方でカテンに向かってぶん投げた。陸上の十種競技を行うアスリートほど強靭に変化した体で、彼女の体を持ち上げ、全力でぶつけようとしたのだ。

 流石に面食らって、カテンは身動きを止める。

 家族が怪我するとなれば、きっとその身を受け止めるだろう。そうなればイコがカテンに触るのは容易い、そういう考えだ。だが、カテンもさるもの、さすが達人といった業前で、イコの体をうまく肩で受け止め、そのまま後ろに向かって怪我をしないようにコントロールしながら受け流したのだ。

 だがそのカテンにリツが迫る。イコを投げ込んだ後、彼もまた全力で前に向かって跳び込んだのである。策は二段構え。イコがそのまま触れればよし、触れなくとも彼女の体の影から彼が迫り、カテンに触れようとする。

 ヘッドスライディングの要領でリツはカテンに飛び込む。だが、とっさにカテンは跳躍、ぎりぎりのタイミングながら突撃を躱し、中空に身を躍らせる。カテンのその顔は、少々はひやりとしたものの問題ない、と言わんばかりのものだ。

 しかしカテンになお手を延ばす者がいた。イコだ。怪我をしないということは受けが取れるということであり、ならば不知火流を修めた彼女であれば、今かかっている力を床へ化かしつつ、着地と同時に跳躍してカテンへ向かうことができる。

 すべて明かせば三段構えの策であった。

 カテンは驚愕しながらも体を回して対応、イコの傷だらけの手を払いのけようとする。限界を越えて動いている彼女は、その動きにはもはや打つ手がない。信じ合って、策を積んで、それでも彼女の指は届かないのか。

 達人、カテンの手がリツの頭を叩き飛ばした。イコの手ではない。そこにあった彼の頭をである。偶然か必然か、跳び込んだ彼は頭を上げたのだが、それがカテンの手の軌道上にぶつかったのだ。

 後頭部を叩かれたリツは昏倒する。だが、ぶつかったカテンの手は遅れ、その間にイコの手が――カテンの体に届いた。

 血まみれの指が、はっしとパーカーの裾を握り込む。

 それが決着だった。

 イコらがカテン、つまり鬼が鬼でない者を捕まえ、彼女らは『鬼遊び』に勝ったのである。

 三者は縺れながら畳に落ちた。リツは意識を失って伸びており、リツはぜえはあと息を荒くして目を見開いている。だが、彼女の手はしっかりとカテンの体を掴み込み、離さない。

 白いパーカーに赤が染みる。それは、失うことで流されたものではなく、得るために流れ出た魂の血だった。

「負けたよ」

 しばらく真顔であったカテンだが、そう言った途端、堪えきれなくなったという様子で吹き出し、大笑いする。

「女の子をあんな怪我をするやり方で投げるなんて! 鬼畜とか悪魔かよ、信じられない!」

「鬼だよ。私たち」

 イコの言葉で、なおカテンは腹を抱えて苦しげに笑った。

「まったく! ……まったく。うん、ま、好きにするといい。ああでも、清く正しい付き合いじゃないと承知しないよ、僕は」

 そう言って、カテンは服からイコの指をもぎ離し、立ち上がる。

 言葉を聞いてイコはようやく笑った。そして、寝そべりながらリツにもたれ掛かりつつ、彼を揺さぶる。

「ねぇリツ、ほら、聞いた? 聞いたよね!? 一緒にいれるよっ」

 だが、リツはさきほどよりずっと気絶中。それにイコが気付くには、あとしばらくの時間が必要だった。

 

 

 

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