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正しいチョロインの使い方

作者: KARYU

 クリスは、人の感情を餌としていた。

 人に非ざる存在だった。寿命は無く、感情を喰らい続けることが出来れば、いつまでも生き、また力も強くなる。そういう存在だった。


 本来であれば、どのような感情であっても餌と出来たのだが。戦いに敗れ、長年封印され、復活を果たしたものの力の大半を失った今では、自分に向けられた感情しか餌には出来なくなっていた。

 そして、一番多く力を得られるのは、恋愛感情だった。

 だがそのためには、何度も餌に接触し、準備をする必要があった。餌となる女に惚れさせる必要があるのだ。


 感情を喰らわれた人間は、それに関連する記憶も失ってしまう。そんな人間と直近で接触していたクリスが疑われることは避けられない。

 何をやったかバレることはないが、それでも面倒なことになる上、次の獲物にありつけない。そのため、餌場を転々と移す必要があった。


 幸いにして、クリスの容姿は今の時代でもそれなりにイケてるらしく、獲物の女性に近付くのにはそれほど苦労せずに済んだ。

 ただし、自分に向けられる恋愛感情が強ければ強いほど多くの力を得られるため、それなりに時間を掛けて、口説いていく必要があった。


 クリスにとって女性は、餌の供給源だ。だけど、クリスは獲物の女性を必要以上に傷つけるつもりは無かった。

 求められれば、抱くこともする。普通の人間との間に子は生せないので、安心して抱くことが出来た。

 人生の一部を奪い去る酷い所業であることは自覚していた。だけど、だからこそ獲物となる女性には愛情をもって接していた。

 そして、あまり長期間傍にいると、記憶の欠落も大きくなってしまうため、なるべく短期間で口説く様に心がけていた。


 クリスには、女性がどれくらい自分の事を想っているか、相手の感情を知覚することが出来た。だから、食べ頃を見極めることが可能だった。


 復活してすぐは、現代の常識や価値観が判らず往生した。

 記憶喪失のふりをして、色々と教えて貰っていた。


 ある女子大生を獲物としたとき、彼女の家で、ゲームをやらされた。

 それは、所謂乙女ゲーと言われる類の物だった。

 その辺りの知識の大半は、その女子大生から得たものだ。

 そして、現代の女性が男からどんな風に接してもらうことを望んでいるか、知ることが出来た。

 「これは一部の偏った人種だけどねー」

 彼女はそんな風に言っていたが、その後の獲物に対しても概ね効果はあった。


 ***


 ある春の朝。

 道端に落ちている女子高生を拾った。

 気を失っているらしく、抱き起してみたら、おでこと膝を擦りむいていていた。

 「う……」

 暫くそうしていると、女子高生の目が薄っすらと開いた。

 そして、覗き込むクリスの顔を見て。目を見開いたかと思うと、

 「はわわわ!?」

 顔を真っ赤に染めて、慌て始めた。

 感情を知覚してみて、いきなりの高水準に驚いた。

 (これは、一目ぼれされたのかな?)

 内心ほくそ笑むも、おくびにも出さず、心配そうな顔を作る。

 「お嬢さん、大丈夫かい?」

 優しく、声を掛ける。

 「はぅ……」

 女子高生は、息をのんだかと思うと、暫くそのまま呼吸を止めていた。

 「ぷはっ」

 苦しくなって息を吐くと、ようやく冷静になれたのか、辺りを見回した。

 「立てる?」

 女子高生がコクンと頷いたので、手を引いてゆっくりと起こしてあげる。

 「痛っ……?」

 擦りむいた膝が痛かったらしく、顔を顰めている。

 クリスは彼女をチョロそうだと判断、膝に手を翳して、普段なら使わない治癒魔術を掛けた。

 「ふぇっ?」

 見る間に傷口が塞がり、それに合わせて痛みも引いていくことに驚いた様子。

 「おでこも擦りむいているね」

 クリスは立ち上がり、おでこにも治癒魔術を掛けた。

 「あ……ありがとう、ございます」

 女子高生は、クリスが何かをして怪我を治したことを理解したらしく、素直にお礼を述べる。

 (うわっ、更に好感度が上がったよ。治療ポってやつか?)

 以前、女子大生のところで読んだ本の知識を思い出す。

 「……ところで、学校はいいのかい?」

 周辺に学生の姿は見当たらない。

 「はっ!? ──うひゃあ、もうこんな時間!!」

 時計を見て、慌てて三歩ほど踏み出した彼女は、そこでクルリと振り返る。

 「たっ、助けていただいてありがとうございました!」

 そう言い残して、走ってどこかへ行ってしまった。



 彼女の名前は畑中美紅というらしい。

 再会してすぐ、自己紹介された。

 クリスも名乗り、最近引っ越してきたこと、記憶を失っていて昔の事は判らない、などと架空の身の上話をした。



 その後も、夕方ごろ頻繁に会って、話をした。美紅は帰宅部らしく、夕方の時間は割と自由に出来るらしい。

 時には、付近のショッピングモールでデートらしきこともして。その都度、美紅は想いを募らせて行く。

 美紅の恋愛感情が食べ頃になるのに、ひと月も掛からなかった。

 クリスが女性を口説く最短記録だった。

 (この期間なら、彼女にとっても大きな『傷』にならなくて済むかな)

 美紅を自宅まで送って行き、玄関の前で抱き付いて、唇を奪う。

 美紅は驚いていたが、それでもおとなしくそれを受け入れた。

 そして。

 美紅の想いを喰らった。

 美紅の体から力が抜ける。エネルギーを吸い取られ、気を失ったのだ。

 クリスは美紅の体をゆっくりと玄関前に座らせ、壁に背を寄りかからせた。

 「短い間だったけど、ありがとう。そして、ごめんね」

 次に目が覚めた時、美紅はクリスのことは全て忘れている。

 自分でやっていることなのに、何度やっても、この瞬間は悲しくなる。

 (我ながら、勝手だよね)

 クリスは美紅の頭をひと撫でして、その場から去った。


 ***


 普段なら、『食事』の後はすぐに餌場を移すクリスなのだが、今回は期間が短かったことと、美紅の家族や友人などとも会っていないため影響は無いと判断していた。

 活動するだけなら、当分『食事』の必要は無い。頻度を高めているのは、力を蓄えるためだ。もっとも、今では力を得て何をするという目的は無い。敢えて言うなら生存本能的な何かに突き動かされているだけだ。喰らう事を止められなかった。

 クリスがそんなことを考えながら、丘の上の公園から眼下の街並みを眺めていると。

 「あの、どうかなさったんですか?」

 背後から掛けられた声に反応して振り返って。

 クリスは驚愕した。

 声を掛けて来たのは、美紅だった。

 (まさか、私のことを覚えているのか!?)

 これまで、感情を喰らわれて記憶を失わなかった例は無い。

 もし、美紅の記憶が失われてなければ。それはクリスにとって、ある意味では救い、また断罪の刃ともなったであろう。

 だけど──

 「あの、初めまして。あたし、畑中美紅って言います。実はあたし、この辺りで何か大切な物を見つけた気がするんですけど、忘れているらしくって。何か珍しい物とか見ませんでした?」

 美紅の記憶は、やはり失われていた。

 いや、ほんの僅か、その残滓はあったのかもしれない。この公園は、美紅と最初に出会った場所の近くにあった。

 「いや……特に何も……」

 クリスは悩んだ。

 だが、少し前まで美紅に捧げていた愛情は、まだクリスの中で燻っていた。

 「美紅さんって言ったっけ。私の名はクリス。私も昔の記憶が無くて、呆然としていたところなんだ。よかったら、私と友達になってくれないか?」

 「ええっ……えっと、はい、喜んで」

 美紅はクリスの求めを、頬を染めて受け入れた。


 ***


 その後も、クリスは何度も美紅の感情を喰らった。

 美紅はその都度記憶を失い、そして、またクリスに出会った。

 クリスの容姿や物腰が、美紅の好みだったのだろう。出会う度に、すぐに恋に落ちていた。

 美紅の感情は、急速に高まるものの、都度クリスが喰らっていたため、一定の水準を超えることは無かった。


 だけど。


 リセットされないクリスの感情は、延々と高まり続けた。


 やがて。


 クリスの方が耐えられなくなった。


 感情を喰らわずにはいられない。だけど、美紅から離れるのも嫌だった。


 だから。


 クリスは美紅に全てを打ち明けることにした。

 美紅は、クリスから事情を聴いた。

 クリスは、美紅から詰られ、軽蔑されるだろうと思っていた。


 なのに。


 美紅は、全てを受け入れた。


 「あたし、何度だって、あなたに惚れてみせる。どんなに忘れたって、会えれば、惚れる自信がある。だから、ずっと、あたしの傍に居てください」


 クリスは涙を流すことしか出来なかった。

 今のところ、記憶を失っても美紅の生活に支障は出てきていない。だけど、それも時間の問題だろう。

 それよりも先に、クリスの精神が持たないかもしれない。


 それでも。


 クリスはもう美紅から離れられなかった。


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