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雅が嫁ぐまで一ヶ月に迫った夜、環は光の部屋に呼ばれた。
「遅くにごめんね。
話しがあるんだ」
「大丈夫です。仕事も終わりましたから。
それで話とは?」
雅のことだろうか?
まだ一緒に行って欲しいと言われていない。
環は首を傾げて光を見上げた。
「うん。あのね…」
光が何かを言い出そうとした時だった。
扉がドンドンと叩かれて、執事が慌てた様子で入って来た。
「光様、申し訳ございません!
只今、隣国からの襲撃を受け、城に火が放たれました!
急いでお逃げください!」
「襲撃?!」
どういうことだろう?
何故、隣国が襲撃してくるのだ?
廊下の向こうが騒がしい。
「父と母はどうしている?」
「お部屋にいらっしゃると思います」
「分かった。お前も逃げなさい!」
執事にそう告げると光は部屋を出て行こうとする。
しかし何かを思い出したのか、クルリと向きを変えると環の前まで戻って来た。
「環。君にこれを」
環の手に乗せたのは小さな箱。
「君を愛している。
結婚してほしい」
「え?」
「今日はその話をしたかったんだ」
じっと見つめてくる光を見つめ返して、環は箱を握り締めた。
愛している?
結婚して欲しい?
え?本当に?
混乱して何も言えない。
「環、ずっと君を見ていたよ。
意地悪されても我慢する君を守りたいと思った。
愛しいと思った」
「光様…」
嬉しすぎて涙がこぼれる。
それを指ですくって光は言った。
「君も逃げるんだ。
この国は滅びる。
私は長男として最後まで戦う。
本当は君を守ってあげたい。でも出来ない。
だから君は逃げろ」
「いいえ、私は逃げません。
私は雅様の侍女です。
雅様より先に逃げることは出来ません」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだ!」
「いいえ、義理妹を置いて逃げることは出来ません」
「環…!」
ぎゅっと光に抱きしめられる。
「ずっとお慕いしていました。
無事、生き延びることが出来たなら、私を世界一幸せなお嫁さんにしてください」
「ああ、環。一緒に幸せになろう」
初めて触れた唇はとても柔らかかった。
雅と昌を逃がした後、環は光から貰った箱を開けた。
そこには美しく輝く指輪が収まっている。
その指輪を取り出し、左手の薬指にはめる。
「ぴったり」
さすが、光様ね。
キラキラと輝く指輪をぎゅっと握り締め、光のことを考える。
光様は陛下とお妃様を守ることが出来ただろうか?
怪我はしてないだろうか?
光様も生き延びてほしい。
そう思うけれど、無理だろう。
いくら光様でも一人で戦って勝ち続けることは出来ない。
きっと私達はもう二度と会うことはない。
環を抱きしめてくれた逞しい腕を思い出す。
柔らかな唇を思い出す。
もう、それで充分じゃないか。
愛されていたと分かっただけで充分じゃないか。
廊下から聞こえる怒号。
もうすぐここには兵士はやってくるだろう。
光の妻として、最初で最後の仕事を立派にやりとげてみせる。
環はもっていたマッチを擦ると扉の前に投げた。
瞬く間に火が広がる。
その明るい炎を眺め、環は思う。
気高く、雅様のように。
そんな最後を迎えるのだ。




