第7話 呪い
「塵風一閃! エアブレイドォッ!」
叫びながら剣に風を纏わせ、振り抜く。そうすれば剣先から発せられる風の刃が射線上の魔物を分断していく。まさに飛ぶ斬撃!
不謹慎だけど、漫画や小説の主人公になった様で楽しい。
「グオオオッ!」
「っと!」
オークが振るった棍棒を左手で受け止める。剣だと流石に折れそうだったので。
「うおりゃっ!」
驚いて体を硬直させたオークを蹴り飛ばせば、先ほどのウルフと同じく茂みの向こうまで吹き飛んだ。
「……あなた、人間?」
「他の何に見えるのさっ!」
セリナの失礼な言葉に文句をつけながら、迫るゴブリンやらウルフやらを斬り伏せる。
「……トロールか何かが化けてるんじゃない? ……咲き貫け、ファイアランス!」
「乙女に向かってトロールは無いでしょッ!? 魔法で身体能力を底上げしてるだけだよっ!」
全くもって失礼だ。まぁ本当に人間じゃないとは思っていないだろうけど。
「全くもう……ッ! セリナッ! 後ろ!」
「――!」
セリナの背後からウルフが迫る。その距離はもう幾ばくもない。少なくとも、呪文を詠唱している暇はないだろう。
私も、間に合わない。人と同じレベルに手加減していては。
一瞬逡巡するも、すぐにそれを打ち捨て、手に魔力を込めた。
「ギャウッ!」
振るった手から飛び出した光の矢は、セリナに飛びかかったウルフを貫き、木に縫い付けた。無詠唱、光速で放たれたそれに、セリナは目を剥いた。
「――今のは……?」
まぁ疑問に思うのは当然だよね。
やっちゃったかなぁ、と内心でため息を吐きながら、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……後で話すよ」
「…………わかった」
後悔はない。
セリナを助ける為だ。まだ知り合って間もないけど、なんでかこの娘とは気が合う。そんな彼女を見捨ててまで秘密にすることじゃない。
セリナも、気にはなるだろうが納得してくれた。セリナを助ける為だったから気を遣ってくれたのかな。
「ギギッ」
何より問答している暇は周囲の魔物が与えてくれない。彼らも、どうにも必死に見えるが、それを考察している暇もないのだ。
「セリナ? 辛かったら私が前衛に――」
「大丈夫」
疲れからか、魔物に距離を詰められることが多くなってきたセリナに声を掛ける。私なら一人で捌けるし、そうすればセリナも魔法に集中できるだろうと。
だがセリナはそれを断る。そしてその理由を示すように、敢えて一歩踏み出した。
「セイアッ!」
「ギャンッ!?」
目の前のゴブリンを杖で殴打する。粗末な剣で反撃してくるが、それを綺麗にいなし、カウンター気味に杖で突いて沈めた。
「…………ふっ」
どうだっ、と言わんばかりの目でこちらを見る。……棒術、使えたんだね。
さっきの助けが心外だったのか、それとも私を安心させる為か、自慢げにそれを見せたセリナに笑みで返す。
「余計なことしちゃったかな」
そもそも私の助けは要らなかったのかもしれない。無駄に秘密を晒したと思うと複雑だが、あの状況での私の行動には、やはり後悔はない。
「……そんなことない。ありがとう」
「――うん」
何度でも言おう。やっぱり、後悔はない。
笑みを交わした後、再び魔物達と相対する。もう随分と数を減らし、あと十数匹だ。ものの数分でのこの情勢の変化に、彼らもやや逃げ腰だった。
「もうこのままどっか行ってくれたら楽なんだけどなぁ……」
「……でも、下手に逃がすと関係ない人に被害が出る」
「そうなんだけど……なんか嫌な予感が――いやごめんなんでもない」
いやほんとごめん。フラグ建てたね、今。
「ゴアアアアアアアッ!!」
森に轟く巨大な雄叫び。それに魔物達が怯えを見せる。
フラグ回収速いよ……。
雄叫びの方向に視線を向ければ、まるで扉を開けるように軽い動作で木々をへし折りながら、巨大な魔物がその姿を現した。
「……お仲間さんが来たよ?」
「……次言ったら流石に怒るよ」
くだらない掛け合いで軽く現実逃避をしている私達だが、内心は穏やかではない。
「トロールッ……!」
護衛さんの嘆きに似た叫びが耳に届く。
巨大な図体に醜い様相。巨大な棍棒を軽々と扱う様は絶大な力こそ感じさせるが、その顔には知性の欠片も無い。そう、これがトロール。
……やっぱ後でセリナには1発入れとこう。乙女に対してコレ扱いはないね。
「ゴアアッ!」
「ギギャ――」
プチッ、という呆気ない音と共に、トロールの正面にいた魔物が大地のシミになった。
「――え?」
予想外の事態に茫然とする。だが構わず事態は動き出す。
「グオオアアアアアアアッッ!!」
トロールが理性など感じさせない雄叫び、否、咆哮をあげる。それを合図とし、残った魔物達が一目散に逃げ出した。
そして、トロールがそれを意外に俊敏な動きで捉え、次から次へと叩き潰していく。
「ど、どういうこと? 同士討ち?」
「……そんなの聞いた事も無い。……けど、これでこんなに魔物が集まっていた理由が分かった」
そう、あのトロールは明らかに魔物達を追ってきた。つまり、彼らは追われたのだ。住処を。
理由は解からないが、見境なしに魔物を襲うあのトロールから逃げる為に、ここまで来た。馬車が襲われたのは偶然出会ったからか、あまりに多くの魔物が一斉に移動した為に餌が不足したかのどちらかだろう。
「なんでそこまでして、魔物を追ってるんだろう……」
「……解からない。……それより、早くここを離れた方がいいかも」
今この瞬間も、トロールは魔物を虐殺している。もしあの暴威の的にでもなってしまえば、多少腕に覚えがあろうが力任せに潰されてしまうだろう。
「おい、お前ら! あいつの気が魔物に向いているうちにさっさとずらかるぞ!」
セリナと同じ結論に達したであろう護衛さんから声がかかる。私とセリナは頷き合って馬車へと向かった。
「……馬車は使えるの?」
「いや、馬が怯えちまって使いもんにならねぇ。馬車は置いて逃げるしかねぇな」
「残念ですが、仕方ないですね。せっかく奇跡が起きて拾った命だ。大切にしましょう」
本当に残念そうに御者さんが呟く。これで荷を失っても御者さんに責任追及するほど、ミシェルは鬼畜じゃないと思うけど。単純に責任感が強いのかな。
「よし、今の内に行くぞっ」
護衛さんが戦闘に立って歩き始め、御者さん、セリナと後に続く。私は……
「……イロハ?」
追ってこない私を気にしてセリナが振り向く。だが私にはどうにも気になることがあった。
「あのトロール……どうしてかな、すごく、悲しいんだ」
「……? 何を言ってるの?」
「おい、何してる。急げ」
護衛さんからの声を聞き流して、呟く様に続ける。
「あのトロールから、悲しい魔力が流れ込んでくるの」
「――! ……魔力を、感じ取ってるの……!?」
私の言葉に、セリナは驚きの声を上げた。ただ感じるから言ったのだけど、変なことだったのかな。
「……高い魔力を宿している者は、魔力の感知能力も優れるって聞くけど……感情さえも読み取るなんて聞いた事も無い。……本当に貴方の正体が気になる」
……割と深く墓穴を掘ったかもしれない。それは置いといて、この魔力が何故だか気にかかる。
「悲しみ、それとなんだろう、憎しみか、虚しさ……かな」
「……憎しみ? ――まさか……!」
「なんだってんだいったい……」
流石に気になったのか、護衛さんたちが戻ってくる。少しばかり苛立ちを募らせてそうだが。
「……イロハ、それがどこからか、分かる?」
「え……ん、と」
必死に魔力の元を辿る。そして、そこに辿り着いた。
「あそこ! あの首元の、鎖? いや、何か付いてる……リング?」
「……まさか、呪装具?」
呪装具? それは初耳の言葉だ。
「なんだよそりゃ……」
護衛さんも知らないらしい。一般的なものでは無いということか。確かに、名前を聞く限り一般的であって欲しくはないが。
「……呪装具というのは、強い情念を抱いて死んだ人の、その強い想いと思念が装備している魔道具に宿った物。その魔道具はもう別物になって、強力な力を与えてくれる反面、持つ者はその思念に支配される……と、聞いた事がある。……正直、性質の悪い噂だと思ってた」
そう、セリナが説明してくれる。
まさか、そんな呪われたアイテムがこの世界に存在しているとは思わなかった。でも、この魔法という不可思議に満たされた世界では、不思議でもなんでもないのかもしれないと、そう思う。
「そんなものがあるのか……ってこたぁ、あれがカースドって代物だとして、その思念ってのは……」
「……多分、魔物に対する憎しみや殺意」
あのトロールは今も魔物だけを叩き潰しており、こちらには一切見向きもしない。気付く気付かないの問題でなく、まるで眼中に入らないかのように。
それはおそらくカースドに支配されてしまったせい。あのリングの持ち主がどういう末路を辿ったのかは知らないが、魔物に対する恨みつらみが残る死に方など、想像は容易い。
「でも、どうしてそれが首に括り付けられているの……?」
そう、トロールの首に巻きついた鎖。そして鎖に通されたカースド。それをトロール自身が着けたとは思えない。つまり……
「……あのトロールは、人為的に呪いに侵されている」
そう、誰かが惨劇を仕組んだ。そういうことだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます^^