第5話 …What`s?
「そろそろだと思うんだけどなー……」
上空から眼下の街道を眺めながら呟く。
ミシェルから聞いた馬車の目的地は隣町。ならば、この道を通るはずだ。
町から出たのがおそらく30分くらい前で、荷馬車ではそう遠くまでは行けない。さらに、上空から街道を見下ろしているので、見逃した、ということはありえない。
「あれ?」
街道上に何かが見える。そう大きくはないけどいくつかある。そしてそれらは赤く染まっていた。
「――ッ!」
血だ。赤く見えたのは倒れている何某かの血。それに気付いた瞬間、全速力で空を駆けた。
「――これは……」
辿り着いた先に広がっていたのは血の海に沈むいくつかの死体。だが幸いと言うべきか、そこに人間のそれは無かった。
「魔物? これは……オークかな」
前世でもいろんな小説や漫画に良く出てきた魔物、オーク。豚みたいな鼻をした人型の魔物だ。
見れば、オークたちは全て剣で斬られたような跡がある。おそらくは護衛さんの仕業か。
考えながら、後ろを振り向く。そこには、街道についた車痕。おそらく急な方向転換をしてついたであろうそれは、道を逸れて外れにある森に向いている。魔物に驚いた馬か、或いは御者が暴走したのだろう。
「またトラブル、かぁ……。私ってトラブル体質? それとも御者のおじさんがそうなのかな? ……私だろうなぁ、ごめんねおじさん」
私の変な補正に巻き込まれて危険に晒されたおじさんに申し訳なさを感じる。いや、言ってる場合じゃなかった。
「急がないと。まだそんなに時間も経っていないはず……」
森に向かって駆ける。魔物なんかに私の生活は壊させない!
***
『不幸だ』
そんな言葉が頭に浮かんだ。
1週間前は盗賊に腕を斬られ、ミシェルちゃんを攫われた。ミシェルちゃんは何とか帰って来てくれたけど。本当に盗賊をやっつけてくれたっていう人には感謝しかない。
それはいいとしても、今度はこの状況。街道に出てきた魔物に驚いた馬が暴れて森に入り、そして気づけば魔物に囲われたこの状況。
何か神様に恨まれるような事でもしたのだろうかと思わずにはいられない。
「くそっ! 数が多すぎるッ!」
護衛の辛そうな声が届く。そして次に斬撃音や魔物の悲鳴。それに紛れて護衛の悲鳴が無いかと恐々としてしまう。
馬車の幌の中、外の絶望的な景色から目を逸らし、私はここで膝を抱えている。どうしてこうなったのか、そんな考えばかりが頭を巡る。
「――ふぅ……。御者さんよ、生きて帰れたら、1杯一緒にどうだい? この状況を突破したボーナスなら、酒代ぐらい安いもんだろ。奢りで頼むぜ……」
声が近い。おそらくは幌のすぐ傍にいる護衛の言葉。それを聞いて察した。もう、駄目なのだと。
諦めに近い、そんな声色で、最期の会話を彼は望んだ。相手は女でも戦友でもない、ただ幌の中で震えているだけ情けない中年男だが、彼はそれを望んだ。私も、そんな彼の最期に付き合うのも悪くないと思ってしまった。
「――そうですね。一緒に行きましょう。こんな日くらい、贅沢な物を食べてもいいはずだ」
言いながら、幌から出る。体の震えは治まらないが、それを笑いに変えられるのならそれもいい。
見れば、辺り一面魔物の群れ。普段魔物が出ることもないこの地域で、どうしてなのかという疑問は尽きないが、もうどうでもいい。
十数体ほどの魔物の死体もある。護衛はたった一人でこれだけの魔物を相手にし、それだけの数を屠ったのだ。それを思うと幌で震えていた私はなんと情けない事か。
横を見ると、馬車に背を預けた護衛が笑みを浮かべていた。魔物にやられたのか、左腕から血を流している。致命傷ではなさそうだが、この状況では致命的だ。
「約束したぜ? たらふく呑ませてくれよ」
「ええ。私も付き合います。今となっては禁酒していたのも馬鹿らしいですねぇ」
「はははっ……」
「ふふふっ……」
笑い合う。絶望の中での最後の火がもう、消える。だが2人は、それでも最期まで笑うつもりだった。
「さぁて、じゃあもうひと頑張り、行ってきますか」
「頑張ってください。私はここで応援していますよ、最期まで」
そんなこと不可能だ。たった1人でこの群れを突破することなど。
無論、2人は分かっている。わかっていて、笑うのだ。
ギリッ、と護衛が剣を握りこむ。ここに至ってこの気迫は大したものだ。本当にどうにかしてくれそうな錯覚すら起こさせてくれる。
私はただ見守る。彼の邪魔をせず、その遺志に報いる為に。
「行くぞっ!!」
そう叫び、一歩踏み込んだ、その瞬間――爆音が空間を支配した。
「「「ギギャアアアッ!!?」」」
突然の爆発と、その直後に魔物の叫び声。何が何だかわからなかった。
「な、なんだっ!?」
事態について行けないのは護衛も同じ。
爆風が晴れた先に見えたものは想像を絶するものだった。
「……これは」
包囲していた魔物の一角が、まるで削り取られたかのように更地と化していた。そしてその周囲には多大な傷を負って苦しむ魔物達。爆発の中心にいた魔物は、苦しむ間もなく消えてしまったのだろう。
そして、それに言葉を失う魔物と私達の視線の先に、1人の少女がいた。
まるで話に聞く“魔女”の様に目深い三角帽子をかぶり、黒いローブでその身を覆っている。手に持つ杖が、さらに“魔女”としての雰囲気を醸し出していた。
「き……君は……いったい」
私は何とか言葉を紡ごうとするが、震えて言葉にならない。辛うじてひねり出した言葉は、幸いにも少女に届いたようだ。
「私? 私は……通りすがりの魔法少女よ」
「「――は?」」
私と護衛、いやおそらく魔物達も、今ばかりは思考をシンクロさせた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
さて、なんか変なの出てきましたねぇ…。
この、魔物を問答無用で爆殺する自称魔法少女は次回活躍予定です!
このまま魔法少女モノに作品が変わったり……は流石にしませんので^^;