第4話 はたらく遊者さま!
「イロハ―、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
「はいはーい」
ミシェルに呼ばれて店の中を駆ける。
「これ、運ぶの手伝って」
「お安い御用だよ♪」
あれから一週間。フィレットの家で厄介になった私は、あの日の話通り、家事や仕事のお手伝いをして過ごしていた。
「力よ、我が体に宿れ。フィジカルエンチャント!」
呪文を唱えれば、私の身体に宿った魔素が私の身体能力を引き上げる。
「よい、しょっと。どこに運ぶの?」
「表に馬車を泊めてるから、そこまでよろしく」
「りょおかーい」
言いながら、もはや見た目荷物の塊と化した私が店の表へと向かう。私の力なら魔法の補助なんていらないんだけど、まああれだ、誤魔化しってやつ。
先ほどの呪文は、ミシェルから教えて貰ったこの世界の常識の一つ。通常、魔法を使う際には皆、呪文を唱えるそうだ。理由としては、そういうものだから、というのはミシェルの談。実際は、その方が効率が良いから、なのだけれど。
その話をミシェルから聞き、私が実際に詠唱をしてみて解かったことは、その魔力効率は無詠唱と段違いだと言う事。
そう、例えるなら、私はトラック。その馬力にものを言わせて、無理やり魔素を引っ張って魔法を使う。
一般的な人間が乗用車。そして、呪文はその車が走る道を下り坂にして舗装するような意味を持つ。両者の燃料効率はどちらが優れているか、言うまでもない。
この事実は人の世界では一般的な話ではないのか、或いは失われてしまった知識なのかは知らないが、今では呪文前提、呪文ありきの魔法となってしまっているらしい。無詠唱など一般的には出来ないと思われている。
(まぁ、好都合なんだけどね)
無詠唱で色々しても、ばれないし、疑われないということだ。人生凄まじくイージーモードである。
ちなみに、先ほど私はトラックと例えたが、仮に人を乗用車とすると、実際は戦車か、それ以上に差がある。そこまでいくともはや道が下りだとかそういうのは関係なくなってくる。その馬力は乗用車の10倍か20倍を超えるのだ。
(だから調整にも一苦労なんだよねぇ……)
先日盗賊に見せた雷鳥の魔法も、かなり手加減したが、ミシェルが見たこと無いほどの高威力らしい。馬力が高すぎて、必要以上の魔素も引っ張ってきてしまうのだ。
実際、今も身体強化の魔法が強すぎて、岩でお手玉出来そうだ。荷物を吹き飛ばさないように気を付けないと……。
ああ、そういえば盗賊は全員あのまま捕まったよ。……え、それだけかって? どうでもいいでしょ、あんなモブなんて。
「おじさーん。これ、馬車にそのまま突っ込んどいていい?」
「ああ、いいよ。しっかしイロハちゃんの魔法は相変わらず凄いねぇ」
御者のおじさんに一声かけて、担いだ荷物を順に馬車に詰めていく。軽くやってるようだけど1つ1つが数十キロあるからね。
これでも一般人からしたら“すげー”のレベルらしいけど、流石にこれ以上抑えるつもりは無い。目立ちたくはないが、度が過ぎると日常生活にも影響しそうだからね。
「他に手伝う事ある?」
「いや、大丈夫だよ。あとはこっちで何とかできるさ」
おじさんはそう言って任せろとばかりに胸を叩く。盗賊に負わされた怪我も完治していないのに、元気なおじさんだ。
ああ、このおじさんは例の、盗賊に見せしめで斬られたって御者さんだよ。生きてたのかよって? ああ生きてたよ、わりかしピンピンしてたよ。……私の憤り返せって言いたいよ。
「ああ、そうだ。ミシェルちゃんに、あと10分もしたら出発するから追加があればそれまでに言ってね、って伝えておいてくれるかい?」
「りょーかいっ」
それだけ言って、私は店に戻る。御者のおじさんは一応フィレット商会の下請けなんだけど、元請のフィレット家とは仲がいい。ミシェルをちゃん付けて呼ぶくらいだからね。まぁ縦の繋がりが緩いのは、言っちゃあ悪いけど小さな会社……もとい、商家の魅力だよね。
「ミシェルー、終わったよ」
「ありがと、イロハ。じゃあご飯にしましょうか」
「ご飯っ!」
その言葉に速攻で反応する。私は古龍時代に口にしたものと言えば果物か水ぐらいだった。魔素があれば食べなくても生きていけるので。
だけど私の魂は人間のそれである。多分。まぁつまり、ご飯は三大欲求を満たす大事なモノ。死も世界も越えて、およそ14年ぶりのまともな食事に、1週間前の私は狂喜乱舞した。フィレット家のみんなが少々引くぐらいに。
しかも、アリアスさんのご飯は美味しいのだ。多少懐かしさ補正みたいなのが掛かっている気がするが、そう感じるのだから仕方がない。
(私、ここに居ついちゃおっかな♪)
有り体に言えば、私は胃袋を掴まれていた。世界を見て回るという目的を忘れるほどに。つい先ほど御者のおじさんに頼まれたことを忘れるほどに。
「え、もう出発しちゃったの!?」
「うん、ごめん。言うの忘れてた……」
アリアスさんの美味しい昼ご飯を食べた後、もう少し馬車に積む物があるとミシェルに頼まれ、そこで思い出した。御者のおじさんからの伝言を。
だが時すでに遅し。当然10分などとっくに過ぎており、馬車はこの町を発ってしまっていた。
「むー……どうしようかなぁ」
「そんなに大事な商品なの?」
「いや、商品じゃないんだけどね? 搬入先の店長さんから頼まれてた品なの。本とか薬とか……」
なるほど、頼まれモノか。それは重大だ。何せ、直接信頼に関わるからね。
「……わかった。私が追いかけるよ!」
「今から行っても……って、イロハなら余裕か。……頼んでいい?」
私の正体はミシェルにも話していない。ただ、異常なほどに魔法が得意だという認識だ。だからこそ、力の根源を知らないからこそ、その異常な力には頼らないことにしてくれているようだ。
そんな心配は無用なのにね。だけどその心遣いは親友として、凄く心地が良い。
「――もちろん! まぁ、元はと言えば私のせいだしね」
そう、舌を出しながら言えば、ミシェルは苦笑する。
「これがその荷物よ。結構重いけど、持てる?」
「愚問だよっ」
そう言って手を振れば荷物は嘘のように消える。空間魔法だ。
「……相変わらずとんでもないわね。私以外には見られないようにしなさいよ」
「分かってるよ」
言いながら店の裏へ向かう。飛翔魔法で行くのだ、他人に見られる訳にはいかない。
「あ、ついでに午後お休み貰っていい? ちょっと探検してきたいなぁ~って……」
いい機会なのでそう提案してみる。おそるおそるミシェルを見れば、ため息を吐きながら了承してくれた。
「全く……、晩ご飯までに帰ってこないとご飯抜きだからね」
「それはやだっ!」
思わず全力で叫び、ミシェルは呆れの表情を浮かべた。どうもこの家の人に私は食いしん坊だと思われている気がしてならない。ただ久々で、美味しいご飯に狂喜しているだけなのに。
「なら、早く帰ってきなさい」
「イエス、サー!」
「さー?」
ミシェルは首を傾げる。通じないか。そりゃそうだ。
「分かりましたって意味だよ、じゃ、行ってきま~す」
言いながら、飛翔魔法を使って町の上まで飛ぶ。もちろん透過魔法も忘れない。
こちらを見えていないだろうに、手を振ってくれているミシェルに見えない手を振り返し、馬車に向けて飛び立った。
いつもフィレット商会をご愛顧いただき誠にありがとうございます(違
イロハ氏、常識を習得中です。しかし、天然モノは変わらないのであります。
色々設定を小出しにしてますが、”古龍すげー”の認識でいいですよ(笑)
さて、勢いこのまま執筆を続けて参ります。では、次回もどうかよろしく!