第3話 ごめん、忘れてた…
「ふむ、何者かが盗賊団を無力化させ、君達を助け出したと」
騎士団員さんがそう、呟くように確認する。
ミシェルの町、ティラネルに着いた私たちは、盗賊を捕まえてもらうために騎士団の駐屯地に訪れていた。
「はい、そうです。私達はその人に助けられて、何とか生きて戻って来れたんです。ね? イロハ」
「うん! 助けてくれた人は、そのまま颯爽と去ってしまいました。だから、まだ砦には気絶した賊がたくさんいます。早く捕まえに行ってください!」
「なるほど。それが事実なら、捕縛は少人数で足りるか。おい、すぐに捕縛隊を組め。万が一の為に討伐隊の編成もだ」
ダンディな騎士団員さんがそう指示すると、若手の団員さんが走り去っていく。
私たちの言うことを考慮して、すぐに行動可能な捕縛隊を組む辺り、このダンディさんはやり手だ。あの規模の賊を相手にするのであれば、本来大規模な人数が必要で、その準備に数日かかる。そうなれば、賊は体制を立て直し、砦に籠城か、もしくは逃亡を図るだろう。
だが、小規模の捕縛隊を先行させるだけなら話は別だ。直ぐに発てば、賊達を気絶したまま捕えることが可能だろう。万が一に備えて討伐隊の準備を進めておくのもいい仕事だ。
「さて、君は確かフィレット商会のところの娘さんだろう? 親御さんには伝令をとばしておいたから、じきに迎えが来る。怖い思いをしただろう、迎えが来るまでここで休んでいなさい」
本当にダンディで素敵なおじ様だ。ぜひお名前をお聞かせ願いたいほどである。
「ダンディさん、捕縛隊の準備、整いました!」
……本当にダンディさんでしたか。…………いやいいんだけどね。
「分かった、今行く。済まないが、私は捕縛隊に同行する。何かあれば適当な団員に頼みなさい」
そう言って、ダンディな団員さん改め、ダンディさんは部屋を出て行った。
「これで大丈夫そうだね」
「うん。でもよかったの? イロハのお手柄なのに……」
誰もいなくなった部屋の中で、ミシェルが心配そうにそう告げる。気持ちはありがたいが、私としては最善の結果だ。
この町、ティラネルに向かっている途中、ミシェルと今後についての話をした。空中で。
まず、私の魔法をはじめとした強さや能力は秘密にすること。ひいては、この騒動は赤の他人が起こしたことにして、私達はその人物に助けられただけ、ということにする。
理由は言うまでもなく、私の非常識な戦闘、魔法の技術だ。賊や、ミシェルの反応を見る限り、これを知られれば無暗に目立ってしまうだろう。それは面倒そうだ。
それから、私の身の振り方。ミシェルの勧めで、ミシェルの実家であるフィレット商会の厄介になることになった。いや、親御さんの許可はまだとってないけども。まさか、元の場所に返してきなさい、的な扱いはされないだろう。
だがミシェルには、私はこの世界を旅するつもりであること。いずれはこの町も発つことは話している。残念そうにしてくれたが、ミシェルも納得を示してくれた。
兎にも角にも、私に足りないのは常識だ。……いや、一般常識はあるよ? つまりはこの世界の常識、標準を、私は知らない。親はどんな教育をしているのかって? 人間、ダメ、ゼッタイ。って教育されたよ。
それを、このままではイケナイと判断した私は、ミシェルに色々と教えて欲しいとお願いした。それを受けたミシェルは『あ~……必要だね』と全面的に賛同してくれた。……なんか納得いかないけど。
「いいの。手柄なんて欲しくないし。それより、ミシェルの両親ってどんな人? やっぱりがめついの?」
「うん、とりあえずその商人に対しての偏見は後で矯正するとして……まぁ、普通……だよ?」
そんな遠い目をして“普通”と言われても説得力など皆無である。
まぁどんな人物であれ、親子仲は悪くないのだろう。なぜなら先ほどからミシェルはどこか嬉しそうだから。
「早く迎えに来てほしいね♪」
「……うん」
意外と素直な返事が帰って来る。強がっては見ても、やはり女の子、今回の体験はよほど怖かったに違いない。私との会話でそれが和らいだのなら幸い……って自意識過剰かな。
2人で取り留めのない話をしていると、何やら表の方が騒がしくなってきた。
「なんだろう?」
「……たぶん、うちの親が来たんじゃないかな……」
何故表が騒がしいと親が来たことになるのだろうか。その疑問は直ぐに解消された。
「ミシェルゥッ!!」
バタン、いや、ドゴンという効果音を響かせつつ室内に突入した壮年の男性は、まるで最初からそこにいるとわかっていたかの様に、ミシェルに突っ込んでいった。
「ミシェルッ! 良かった! 怪我はないか!?」
「父さんっ……恥ずかしいから……」
などと口では言いつつも、抱き付かれて頬を緩めている辺り、この親子の仲は安泰だろうと勝手に思いつつ、目の前の珍事に目を見開いた。
「えーと……ミシェルのお父さん?」
一応、本人に確認すべく声をかける。するとミシェルの父親は佇まいを直し、こちらに挨拶してきた。
「ああ、済まないね。少々取り乱した。いかにも、私がミシェルの父、バーナード・フィレットだ。君がミシェルと共に逃げ出してきたという子だね? 娘が世話になった。ありがとう」
“少々”という言葉に疑問をいだきながらも、差し出された手を握った。
「私はイロハです。ミシェルにはたくさん助けられました。お礼を言いたいのはこちらの方です」
にっこりと微笑みながら言って見せれば、バーナードさんは大きな笑い声をあげた。
「はっはっは! そうだろう、自慢の娘だ」
娘と同年代の子にも自慢するくらい好いているのはいいが、見ていて恥ずかしい。ミシェルは平気そうだったが、慣れているのか、慣れてしまったのか……。
「ミシェル……良かった」
「母さんっ……」
続いて部屋に入ってきたのは妙齢のご婦人。バーナードさんとは打って変わって、優しくミシェルを抱きしめる。ミシェルはそれで感極まってしまったのか、ぽろりと涙を流した。
「ただいまっ……!」
「おかえりなさい……ミシェル」
ギュッと力一杯抱きしめ返すミシェルに、それを優しく受け止める母親。そしてそれを見てうんうんと頷くバーナード氏。
(あれ……私、邪魔? 空気?)
3人が私の事を思い出すのはそれから十数分経ってからだった。
「という訳で、イロハをうちに招きたいんだけど……」
「ふははははは! いいぞ! ミシェルの拾って来た子なら、猫でも犬でも龍でも、なんでも来いだ!」
本当に龍です、と言うとどんな反応が返って来るだろう……私、気になります。いや流石に言わないけども。
あれから、ようやく私の事を思い出したミシェルは、色々と誤魔化しながら私の事を紹介した。そしてそのまま、行く当てがないからしばらく家に置かせて欲しいとも。
「イロハさん。事情は分かったわ。私達を本当の家族と思って接してくれていいのよ」
ミシェルの母さん、アリアスさんが、そう優しく言ってくれる。
2人には、私は攫われた恐怖で記憶が不安定だと説明してある。それで、落ち着いて帰る場所が分かるまで、家に置いて欲しいと。
「ありがとうございます。アリアスさん。ただで置いて貰おうとは思っていませんので、家の事や、仕事のお手伝いでもさせてください」
「いいのよ? そんなこと気にしなくて」
「いいえ、させてください。その代わり、家族としてたくさん甘えさせて貰いますので」
「もう、そんなこと言われたら断れないわね。なら、私も家族として接しないとね」
アリアスさんは、そう優しく言いながら、私の事を抱きしめてくれた。
「お帰りなさい、イロハ」
「――!」
それは、久しく忘れていたぬくもり。抱きしめられたことなど、今世ではもちろん、前世でも久しくなかったはずだ。そのぬくもりに、愛情に、気付かず涙を流していた。
「ただいまっ……!」
ギュッと抱きしめ返せば、アリアスさんはそれを優しく受け止める。視界の端ではバーナード氏がうんうんと頷いていた。
「あれ……私、邪魔? 空気?」
私がミシェルの事を思い出すのはそれから十数分経ってからだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
短くてごめんなさいね。気ままに書いてってますので。
今後もどうか遊者道をよろしくお願いしますです!