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神話はもう黄昏を過ぎて  作者: 黒崎江治
第二部 泥蜥蜴亭の傭兵たち
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穴より出づるものども -2-


 二日後の早朝、クロウドとナナ、そしてカラスの三人は、外出の準備を整えていた。傭兵としての登録を済ませた二人がカラスから紹介されたのは、王都の市街から馬で一刻ほどの場所にある、小さな山のふもとの町からの依頼であった。


 この山では近頃〈異形〉が多く出没しており、山に分け入ったり、山を越えて隣町に移動したりする者が襲われているのだという。依頼については、少なくとも二人か三人で受けることが求められていた。


 依頼に関する詳細な説明は現地で、ということで、そのまま山に入れるよう、装備を整えているのである。


「いくら魔術が使えると言っても、やっぱり直接敵を殺す武器がないといけねえよな」


 そう言ってカラスがナナに持たせたのは、古びたクロスボウである。矢の装填に時間が掛かるものの、素人にも扱いやすく、射程や威力は長弓に劣らない。加えて錆びついた短剣。切れ味は期待できないが、突き刺すだけなら十分実用に耐える。


「俺はこれを借りよう」


 クロウドが倉庫で見つけたのは短弓である。熟練の射手が使えば、弩よりはるかに短い間隔で矢を発射することができる。使い慣れたサーベルも持っていくことにした。より取り回し易い小剣でもよかったが、愛用の品はタダウの館に置いてきてしまっていた。


 一方、カラスが普段用いているのは、短刀と投擲用のナイフである。今回はそれに加えて弩を使用することになった。


 実はナイフを投げることにあまり有効性はなく、石があればそれを投げることが多い、とのことだった。また山中を移動することを考えて、防具のようなものはほとんど身に着けていない。その代り、携帯食料と水を入れる袋を多めに持つことにした。


 午前中の早い時間に現地へと到着するべく、クロウドたちは日の出と共に、借りた馬に乗って出発した。


「俺はなあ、昔は浮浪者同然だったのよ」


 晴天下の街道を、三人は馬で行く。南から吹く風が、わずかに潮の香りを運んできた。王都周辺の街道は、よく整備されて道幅も広く、行き交う旅人や交易のための馬車も多い。借り賃を節約するため、クロウドとナナは同じ馬に乗っていた。


 並んだ二頭の上で他愛無い話をする中で、カラスはナナに自らの身の上を話していた。


「カラス、というのは本当の名前か?」


「まあ、そうとも言えるし、そうでないとも言える。いつの間にかそう呼ばれてた」


 カラスは親を知らず、アウレリアの貧民街で育った。他の人間より腕っぷしが強く、手先が器用で、少しだけ賢かったため、野垂れ死んだり、殺しの犠牲になったりせずに済んだ。


 だが住む場所も財産も持たず、信頼できる友人もいなかった。今日をどのように生き延びるか、ということだけを考えていた。


 ドミニクとの出会いは特に劇的なものではなかった。当時のカラスが旧市街を徘徊していると、ごく最近できたらしい宿屋を見かけた。


 傭兵宿と知っていたら盗みに入ろうとはしなかっただろうが、まだその日の食事にもありついていなかったカラスは、特にそういう想像も働かせず、裏口からするりと建物に忍び込んだ。


 そして何か下手を打ったのだろう、ドミニクに捕まり、しこたま殴られたあと、情けを掛けられ、泥蜥蜴亭で働くことになったのだという。


「それで暮らしが楽になったかと言えば、そういう訳でもないけどな」


 言いつつも、カラスは昔を懐かしむように語る。ナナは身体を半ばクロウドの背中に預け、適当な相槌を打ちながらそれを聞いていた。

 

 陽が上って一刻ほど経ち、気温が少し上がり始めたころ、クロウドたちは目的の町に到着した。大通りを進んで町に入ると、路の先に賑やかな中心街が見えてくる。


 王都に運び込むには多すぎる物資や、家畜類などを置いておく場所もある。住民に道を聞きながら、山を背後に建つ代官の館に向かった。警備の兵に用向きを伝えると、クロウドたちは館の一室に通される。


小奇麗な部屋の長椅子に座ってしばらく待つと、垢抜けた感じの若い文官が一人入ってきた。どうやらこの依頼を担当している人物のようだ。慇懃に礼をしたあと、文官はクロウドたちの正面に座る。


「御足労いただき感謝します。さっそく、依頼の話をいたしましょう」


 文官の話によれば、異形が現れ始めたのは、二週間ほど前であるとのことだった。異形がこのような人里に近い場所に現れるのは珍しい。これまでそのような事態に遭遇したことがなかったこの町では、対策の不備もあって、数名の死傷者を出してしまった。


 兵を町の辺縁や山道の警備に充て、出現の度に討伐しているものの、異形は現れ続けている。何か原因があるのではないかと考えた町の代官は、アウレリアの傭兵に調査を依頼することにしたのだという。


「山狩りは?」


 クロウドが疑問を口にする。兵を使って組織的に山の調査をおこなってはいないのか、ということだ。


「現在は町と街道の警備を優先しています。その周囲の調査はしていますが、山の奥の方にはまだ手を付けていません」


 要するに、危険で手間がかかる場所を外部に依頼しよう、というわけだ。ただし、もとより傭兵の立場というものは、このように労苦の多いものであり、今更不平を言うほどのものではない。


「さしあたり、三日間の調査をお願いします。一人当たり日当として銀貨七枚。なんらかの原因を見つけた場合には、一人当たり金貨一枚を報酬として支払います」


 カラスの態度を見るに、この報酬額は相場通りといったところのようだ。金額としては熟練職人の日当と同程度だが、毎日仕事が入る訳では無いうえに、肉体的な負担や危険度が段違いであることを考えれば、とても高いと言えるものではない。


「原因としては、どのようなものを考えているのか」


 話し合いの終わりに、ナナが口を挟んだ。異形についてはまだ解っていないことが多い。元々自然界に住んでいる生き物なのか、どうやって殖えているのか。


「代官殿は、何か巣のようなものがあると考えておいでのようです。〈知識の塔〉にも調査をお願いしていますが、やはり場所の見当をつけなければどうしようもありません」


 言い分としては尤もである。原因がなんにせよ、まずもっと調べる必要がある、ということだろう。


 話し合いを終え、館の中に用意された一室に不要な荷物を置いてから、クロウドたちは山の入口へと向かった。蒼天を背後にする山は青々と美しいが、この中に異形が潜んでいると思うと、どこか不気味な感じもする。


 山自体は、そこまで高くも深くもないように見えた。道通りに行けば、峠まで一刻もかからないだろう。しかし調査範囲は山道の周辺だけではない。人が普段通らない場所まで分け入る必要があり、それなり以上に骨が折れると思われた。


 だが傭兵稼業をするにあたって、この程度の手間を厭ってはいられない。可能な限り軽くした荷物を背負い直し、クロウドたちは山を登り始めた。


 山中は日差しが樹冠に遮られるため、街中に比べて随分涼しい。細く歩きにくい山道の左右には、広葉樹の森が広がっている。


 この山の木は長く真っ直ぐ伸びるものが多く、また極度に密生している訳でもないので、ある程度見通しが効き、また分け入っても身動きが取れなくなるようなことはないだろう。事実、山菜や薪を取るために山に入る者も多いとのことだ。


 山道の近くは調査が終わっているということで、クロウドたちはもう少し山の奥に入るつもりでいた。とはいえ、あてどもなく彷徨ったところで、遭難するのがおち(、、)である。だから今日の所はまず東の尾根を登り、周囲を軽く調べつつ頂上まで行ってはどうか、ということになった。


「異形、異形というが、そもそも俺は今まで異形というものについて、あまり考えたことがない」


 目当ての場所に向かう途中、クロウドがどちらに言うでもなく話す。クロウドの出身地である騎馬高原でも、異形は出現した。だから異形は全く見知らぬ存在、という訳ではない。


 前触れもなく現れ、人や家畜を襲う。殺せば死ぬ。死体はじきに風化して残らない。その程度の認識である。クロウド自身も討伐に参加したことがあり、不気味だとは思っていたものの、なぜそこにいるのか、どういう存在なのかを深く考えたことはなかった。


 異形に対する知識については、カラスも同様か、それよりも乏しいものしか持たなかった。異形が都市部で出現することはごくまれなので、十数年の傭兵生活で遭遇した機会は、五回か六回というところである。


 一方ナナは、異形を目にしたことがない。師と隠遁生活を送っていた村でも、数年以上異形が現れたという報告はなかった。しかし彼女には知識があった。〈異形〉を『異形』と名付け、他の生物種に対するもの以上の熱心さで研究してきたのは、知識の塔にいる魔術師たちである。


 そこで蓄積された知見は、多少の差はあれど、塔で学んだ魔術師に受け継がれる。加えてナナは、隠遁生活を送っていた期間に、熟練の魔術師である師から様々な知識を授けられていた。


「学んだだけの知識ではあるが」


 とナナは前置いて、異形について説明する。


 異形の特徴は、まずその外見の特異さにある。通常の植物や動物には、多かれ少なかれ理にかなった共通点がある。樹であれば夏の葉は緑であり、樹皮は茶である。光を受けるための樹冠があり、それを支えるための幹があり、地面から水を吸うための根がある。


 動物であれば考えるための頭は一つ。身体を冷やさぬための体毛があり、走るための四肢がある。


しかし異形はそれに当てはまらない。表皮は赤く爛れているか、黒く苔むしているか、何にせよ酷く醜い。諸器官は整合性を無視して配置されている。脚の本数が奇数であったり、背中から別の頭が生えていたりする。


 寿命は極端に短いか、あるいはこの世界に長く存在していることができない。死ぬとなぜかぼろぼろと風化してしまうため、どのような生命活動をおこなっているのか定かではない。


 次に生態の奇妙さがある。異形は他の生物種を襲い、牙に掛けるが、ほとんどの場合食べない。また一所に群れで出現したかと思うと、ひと月後には消えていたりする。どこかで生活していたり、繁殖していたりする様子もない。


 そしてまた別の性質が、最も魔術師たちの興味を惹いた点である。異形は月が満ちる時によく現れる、ということだ。


「なぜ満月なのだ」


 唐突に出てきた満月という言葉に、クロウドが問う。


「それは〈月気ルキュラ〉に関係あるからだと考えられている」


「月気とやらも解らん。説明してくれ」


 どのように説明したものか。ナナもやや迷いながら言葉を繋いでいく。ちなみに、カラスは既に理解を諦め、二人の先に進んで行ってしまった。


「月気とは、目に見えない漂う粒子、あるいはゆらぎ(、、、)だと言われている」

「ゆらぎ?」


「本当に詳しいことは解っていない。なにせ、直接感じられることのできないものだからだ」

「ううむ、続けてくれ」


「我々魔術師が魔術を行使する際、呪文を唱える。呪文の言葉は月気への呼びかけであり、実際の事象を起こすのは月気であるのだ」


「媒質とか、媒体といったようなものか」


「おおむねそのようなものだ。そして月気は、いつどこでも同じように漂っているわけではない」

「満月の時期に多い、か」


「そうだ。場所によっても多少違うが、一般に満月に近い時期ほど濃く、新月に近い時期ほど薄い。月の満ち欠けに影響されるゆえ、月気と呼ばれている」


「魔術は月気と関わりが深く、月気は異形と関わりが深い。つまり、異形は魔術の産物だと考えられているのか」


「そうとまでは言えないが、関係があることはまず間違いない。それがこの山中で起こっていることと関わりがあるかまでは、判らない」


 理屈では理解できるが、今一つピンと来ない。自分とナナ、培ってきた知識の種類と、思考方法が違うからだろうか。


「実際に見てみれば解るだろう」


 クロウドは結局、ごく単純な結論に達した。


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