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神話はもう黄昏を過ぎて  作者: 黒崎江治
第三部 拡大する渦
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旧都攻防戦 -1-

 東から上った朝日は中天を横切って西に沈み、大地の裏に隠れて再び東方より出ずる。天空に浮かぶ月は満ち欠けを繰り返し、夜の暗闇は日々その濃さを変える。草木が結ぶ実は熟しきれば落ち、やがて萌黄もえぎを芽吹かせる。万物は一つの相から別の相へと、絶えず巡り、揺らぎ、移り、そして元の相へと帰りゆく。

 この世界そのもの(、、、、)もまた例に漏れず、秩序と混沌の間を、時に目まぐるしく、時に緩慢に変遷する。争いの中から生まれ出た力は、やがて世界を平らげ、束の間の安定をもたらす。しかし平穏の中で育まれた熱は、やがて安寧の殻を破り、再び世界を炎に包む。

 世界の流転は、運命づけられた悲しむべき無常か。それとも世界が世界であるための営みなのか。そして人の力は、意志は、どこまでそれに及ぶのだろうか。



 王都アウレリア。二つの大通りが直交する中央広場を見下ろすように、いくつもの尖塔をそなえた壮麗な王宮がそびえている。正門をくぐれば左右の棟が、白い石畳が敷かれた中庭を抱くように建っている。その場所から正面上方に目線を向ければ、曲線が多く用いられた優美な天守キープを目にすることができる。そのさらに奥へと立ち入ることがあれば、王族が起居する後宮がひっそりと建っているのがわかるだろう。周囲を巡る壁は、それほど高くも厚くもないものの、当然、多くの衛兵が敷地を守っている。

 この朝、王宮内の会議室には、〈賢人王〉アウレリウス三世以下、王国の重臣たちと、〈鉄騎候〉ゴノエを筆頭とした、王国東部の有力貴族たちが集っていた。十人が楽に寝転がれるような大きさの卓を囲むように、二十名ほどが席についている。

 記録係の補助として臨場しているバルタザールは、列席者たちから漂う緊張感に身を引き締めていた。これまでも重要な会議には何度も立ち会ってきたが、今回扱われる議題は、その中でも特別に重大かつ喫緊きっきんのものであった。全員が席に着き、王によって厳かに開会の宣言がなされ、司会を務める宰相が議事を進行する。宰相は王の補佐として内政を所掌する、文官の最高位に置かれた役職である。

「では、書状の内容を読み上げます」

 いくつかの事務的なやりとりのあと、宰相によって全員に伝えられた内容こそが、今回、諸侯を呼び集めた理由であった。王国への謀反を打診する書状が、一部の諸侯に届いた、というものである。それには、巨石教会のもとに参集し、王政を打倒し、不当に簒奪された支配権を取り戻すべし、という文言が記されていた。書状の内容が本題に入ると、列席者の間にどよめきが広がる。

「以上です」

 衝撃で言葉を失う者、隣席のものと何事かを話す者、周囲の様子を窺っている者、しばしの間、混沌とした空気が議場を支配する。

 少ししてそれを破ったのは、国王であった。深い威厳を感じさせる声が、会議室全体に響いた。

「諸君らの中にも、同様の書状を受け取った者がいるかもしれん。だが私は、誰一人としてそれに応える者はないと信ずる」

 王は列席者をゆっくりと見回す。諸侯の誰もが堂々と顔を上げ、自分に負い目がないことを示そうとしている。それにつられて、バルタザールもつい真面目な顔で背筋を伸ばす。

「由々しき事態ですな」

 王の傍ら、席次で言えば二番目に座るゴノエが、腕を組み、気だるげに椅子に背を預けながら、やや大げさに声を上げる。黒い髪を後ろに撫でつけた、眉の太い偉丈夫である。あまり多くの者が知る事実ではないが、彼は国王と同年の人物であり、学生時代を共に過ごした朋友、という関係である。やや礼を欠くように見える態度について、仔細を知らなかった頃のバルタザールは、彼の所作に王が機嫌を損ねないか、と幾度となくひやひやした経験がある。しかしながら、今現在まで王が不快感を示したようなことはない。旧い付き合いの者同士が持つ気安さがあるのかもしれない、とバルタザールは解釈している。

「いつかのように征西せいせいをなされるならば、我が騎兵をお貸ししますが」

 この場所で言われている征西とは、かつて〈英雄王〉アウレリウス一世が、ノルトゥス統一を完成すべく行った西方への遠征のことである。

「控えよ、ゴノエ。もはや戦乱の時代ではない。拙速は避けねばならん」

 王がたしなめ、さらに言葉を重ねる。

「だが、備えはしておく必要がある。兵を参集し、糧食や軍馬を集積せよ。西方に面する領を持つ者は、隣接する諸侯の動向を探れ」

 記録を取りながら、バルタザールは〈賢人王〉と評されるその手腕に思いを馳せた。

 王がその尊称に値するだけの人物であることを疑う者は少ない。治世においては内政に力を入れ、五十歳で即位してからの五年間で、アウレリアはかつてない発展を遂げた。進取的な考えを持ち、臣下や民からの信望も篤い。力のある君主であることは間違いないが、その聡明な王に権力が集まることを、よしとしない勢力が一定数いるのもまた事実である。

 そして議事が具体的な事項に移ろうとした矢先、会議室の正面扉が勢いよく開いた。列席者の視線がそこに集まる。

「国王陛下。火急の知らせが」

 慌ただしい様子の文官が、息を切らせつつ議場に入ってくる。自分に向けられた目の多さに気圧されつつ、卓のすぐ前までやってきた。

「話せ」

 王に促され、文官は一礼してから報せを伝える。

「知識の塔より報告です。オロクとの〈ポータル〉が断絶した、とのことです」

 一瞬の沈黙。諸侯のほとんどは、その報告の意味を掴みかねていた。しかし自身の領内に〈門〉を持つアウレリウス三世とゴノエは眉をひそめた。〈門〉が断絶する、という事態はそうそうあるものではない。大きな橋が落ちるのと同じように、なんらかの外的な原因が考えられるからだ。

「魔術師どもは何と?」

 ゴノエが口を挟むと、文官は委縮しながらも報告を続けた。

「は、こちらの〈門〉に異常はなく、おそらくオロク側に原因があるとのことです。復旧のめどは、今のところ立っておりません。それともう一つ……」

「何だ」

「もう一つは、〈門〉を通じて、ジェダイティアからの知らせです。領境の要衝に複数勢力による小部隊が展開し、侯爵の部隊と睨み合いが発生している、とのことです」

 これは列席している諸侯にも理解できた。ジェダイティアはノルトゥス西方にある主要都市であり、〈翡翠候〉と呼ばれる有力貴族が治めている。つまり〈翡翠候〉と西方諸侯による小競り合いが発生している、ということだ。この情報を鑑みると、オロクとの〈門〉が断絶したという報告も、にわかに不穏さを増してくる。

「加えて、その勢力の中には、〈雷山候〉旗下の部隊も含まれていた、と」

 どよめきが広がった。複数の西方諸侯に加え、〈雷山候〉までも教会側に寝返ったとなれば、戦力の比重は大きく変化する。〈雷山候〉の支配領域ではラドン鋼製の優れた武具が多く作られ、特に家臣の筆頭である〈雷将〉アディーンが率いる重装歩兵部隊は精強で名を馳せていた。

 軍事の専門家ではないバルタザールにも、これが極めて憂慮すべき状況であることが飲みこめた。列席する諸侯たちは一様に重苦しい表情で俯き、常に冷静な王でさえ苦々しさを隠さない。

「コトは思ったより先に進んでいるようであるな」

 ただ一人、〈鉄騎候〉ゴノエだけが、不敵な表情で会議の顔ぶれを見渡していた。

「戦争か」 

 その剣呑な響きに、バルタザールはゴクリと喉を鳴らした。



「んぐう」

 自分の乾いた喉がたてる音で、ナナは目を覚ました。どれくらい眠っていたのかよく分からない。痛む身体の節々をさすりながら転がって周囲を見ると、そこは石壁に囲まれた、端から端まで十歩ほどの薄暗い部屋であった。正面に鉄扉、隅には固そうな寝台ベッドが一つ。高い位置にある格子つきの小さな窓。そこから差し込む光から判断して、今は昼であろう。

 もぞり、と傍らで動く音。見るとビオラが倒れていた。少なくとも一人ではない、とナナは安堵の息をついた。

 ビオラの覚醒は自然に任せ、ナナは眠ってしまう前の記憶を呼び起こした。オロク南方にある町の教会。そこで裏切りにあって捕えられた。少し痛みを感じて身体をまさぐると、いくつか打ち身や擦り傷はあるが、幸い、酷い暴行は受けていないようだった。護身用の短剣を除いて、所持品も失われてはいない。首元に手を遣ると、幸いなことに、瑠璃ラピスラズリの首飾りも奪われてはいなかった。

 取り押さえられてから、目隠し猿ぐつわで拘束されて、しばらくどこかに置いておかれたところまでは覚えている。そこからは時間と場所の記憶が曖昧だが、それほど間を置かずにこの場所に運び込まれたのだろう。緊張が途切れ、また疲労もあって、その内に眠ってしまったのだったか。

 そこまで思い出してから、ナナは改めて部屋の中を調べてみることにした。鉄扉には取っ手も鍵穴もない。押しても開かないところを見ると、どうやらここは監禁の為に造られた部屋らしい。扉の上部に覗き窓、下部に食事を差し入れるような小窓があるが、いずれも簡易な蓋のようなものがついており、こちら側から開けることはできなかった。

 ナナは改めて室内に目を向けた。寝台は固いが、思いのほか悪いものではない。少し不衛生であること以外は、泥蜥蜴亭のものよりも多少良いぐらいだ。寝台が置いてあるのとは反対側の隅には、膝の高さほどもある大きめの壺があった。木蓋がしてあったので取って覗いてみる。中には何もないが、尿が腐ったような臭いがした。多分用を足す為に置いてあるのだろう。

 見るべきものはそれくらいだろう。ナナはやはりビオラを起こすことにした。少し身体を揺すると、彼女は呻きながらゆっくりと目を開けた。

「ここ、どこ?」

「よくはわからないが」

 身を起こしたビオラに、ナナは自分たちがどうやら獄に居るらしい、ということを告げた。

「あの裏切り者どもは、全員犬に食わせる」

「気持ちは最もだが、今言ってもしょうがない。それよりも、クロウドとカラスは大丈夫だろうか」

 ナナはそれが心配だった。二人は無事に逃げおおせただろうか。怪我はしていないだろうか。クロウドは無茶をしていないだろうか。カラスはそれをうまくとどめてくれるだろうか。考えていると、ひどく心細くなった。

「まあでも、現状心配されるべきなのは、私たちみたいだけど」

 内装を見た限り、獄内はそれほど悪い環境というわけではない。今日明日殺される囚人のためのもの、というよりは、ある程度地位のある者を幽閉しておくための部屋、という感じがした。

「とりあえず、外を見てみるか」

 ナナは明りの漏れている小さな窓を見遣った。位置は二人の背丈よりはるかに高く、一方の肩に乗って届くかどうか、というところだった。身体の強張りをほぐしているビオラの傍らで、ナナは呪文を唱える。

 大抵の生き物は、光を目で捉えることによってものを見る。だから壁などの物体で光が遮られると、向こうに在る物体を見ることができない。しかし、障害物を迂回するように光を曲げてやれば、向こうのものを見ることができる。ナナが今使おうとしているのは、そういう術である。

 視覚の管を長い蛇のように空間に這わせ、その先を見る魔術。知識の塔で学んでいたころ、同輩にこの魔術を教えてくれと乞われたことは多々あれど、多くの者は、壺を透過するぐらいが精々であった。地味ではあるが、簡単なものではない。

 ぐりぐりと視界を微調整しながら、窓の外の景色を探る。今いる場所は、建物の三階か四階に位置しているようだ。正面に別の巨大な建物。見えるのはその裏手にあたる部分だろう。奥には巨石がそびえている。位置関係から言って、この巨大な建物はオロクの政庁舎だと思われた。では、今自分たちがいるのはどこだろうか。

「ああ、じゃあ多分、ここは〈塔〉ね」

 ナナがビオラに見たことを話すと、彼女はそう答えた。特別な名前がある施設ではないが、騎士や代官などの支配階級にある者、尋問が必要になる者など、普通の罪人とは違った扱いを受ける囚人を収容する場所なのだという。

「では我々は、捕虜みたいなものなのだろうか」

「お姫さまとでも交換されるといいわね」

 ふと、扉の外に気配を感じたナナは、軽口を叩くビオラを手で制し、扉の近くで耳を澄ます。間もなく、かたり、と覗き窓が開いた。

「お目覚めかな。お嬢さん方」

 その声と抑揚に、ナナは覚えがあった。直近では数日前、オロクに到着した際に聞いた声。バラックだ。ビオラにはよりハッキリとそれが分かったようで、反応も早い。

「バラック導師。なぜここに?」

「君たちをここから出すためにだよ。ビオラ」

 ナナとビオラは立ち上がって、扉越しにバラックと相対する。覗き窓から見えるのは目だけで、細かい表情を窺う事はできないが、どうも態度が変だ、とナナは感じていた。自身の身内が、少なからず暴力的な手段で拘留されたのであれば、もう少し慌ててもよいはずだ。そうでないのは、この状況が予測できていたからか、あるいは、もっと直接的に関与しているからか。

「それはいいが、外の状況を聞いてもよろしいか」

 ナナがやや低い声で尋ねると、バラックもこちらの疑念を察したように、声の調子を一段落とした。

「オロクはすっかり、巨石教会が牛耳っているよ」

「我々が遭った裏切りについてはご存知か」

「もちろん」

 会話を聞いていたビオラも、やりとりの裏側に流れるものを感じたようである。

「バラック導師、あなたは教会を裏切ったのか?」

「当初の予定通りだよ。ビオラ」

「ふざけんな!」

 ガン、とビオラがこぶしで鉄扉を叩く。屈辱に歯を食いしばり、唇の端から唸り声を漏らしている。やはりそうだ。この状況を予測できていたどころではない、半ば彼によって仕組まれたものなのだ。

「落ち着いて。ここから出す、と言っただろう?」

 大げさに怖がっておどけるバラックだが、その口調が尚更ビオラの怒りを煽ったようである。ナナにも当然思うところはあるが、今は話を続けるべきだと判断した。

「だが、条件があるのだろう」

「もちろん。君たちには、我々に協力してもらう。つまりは、軍門に降れ、ということだね」

「断る」

 噛みつくような勢いで言うビオラを抑えて、ナナはなおも問答を続ける。

「何のために?」

 一般に魔術師は、特殊な知識を持った重要な人材ではある。だが一人一人が替えのきかない存在か、というと案外そうでもない。例えば荒事を得意とするビオラであっても、先般の通り、小隊規模の勢力に面と向かって襲われれば、普通はどうしようもない。ナナにしても、師であるエージャから様々な薫陶を受けているものの、知識や技量が唯一無二、というわけではない。わざわざ危険を冒して生け捕りにしてまで、寝返らせる利得メリットがあるかは疑問である。

「それは新しい国を、世界を造るためだよ」

 バラックはそう言った。国はともかく、世界というのがナナとビオラには理解できなかった。二人が答えを返さないでいると、バラックはそれを傾聴の姿勢と取ったようで、勝手に話を展開していく。

いにしえの魔術師は、今よりも遥かに強大な力を持っていた。古代ノルトゥスの英雄に付き従った魔術師は、戦場に火の雨を降らせ、千の巨人を灰にしたという」

「だが今はどうかね。生物学、薬草学、そんなちんけ(、、、)な学問を修めただけの連中と、まるで同列だ」

 バラックは共感を得たい様子だったが、ナナもビオラも黙ったままだった。彼は少々残念そうに眉をひそめて、話を続ける。

「なぜ魔術師の権威が失墜したのか。それは〈月気ルナエール〉の量が減ったからだ。時代が下るにつれ、世界を満たすゆらぎ(、、、)は徐々に収まってきてしまったのだ」

 月気と魔術の相関は、その道にいるものであれば誰でも知っている。普通、魔術の効力は、月気の多寡に依存する。月気が少ない場所よりも多い場所で、月気が薄い時期よりも濃い時期に扱う魔術ほど強力である。単純に、強さの増減というような量的な変化もあれば、多量の月気がなければそもそも使えない、という術もある。

 だから、月気が濃かった時代には、魔術師が大きな力を持った。逆に世界から月気が減っていけば、魔術は実用から離れ、ただ思想を扱うだけの学問となっていくだろう。

「だがそれは自然の摂理だ」

 ナナが反駁する。生きる者がいつかは死ぬように、魔術師もいずれ滅びゆく存在なのだ。師はいつもそう言っていたし、ナナもそういうものだと思っている。

「魔術師が『摂理』とは片腹痛い。我々はいつだって摂理を曲げてきたではないか。ならば自らの滅びでさえもそうするまでだ」

「曲げられると? どうやって」

 そこまで言って、ナナは気付いた。〈穴〉だ。

「〈穴〉をうまく制御できれば、世界に月気が満たされる。魔術師の復権だ。愚かな貴族や、野蛮な兵どもに大きな顔をされることは、もうなくなる」

 王、貴族、騎士を中心とした政治制度から、教会の下、魔術を中心とした政治への転換。引いては支配層の入れ替わりが、教会勢力の目論見なのだ。それが成就すれば、魔術師という人材の価値は、現在よりも遥かに高くなる。自らに敵対しないのであれば、抱き込んでもいい、と思うくらいには。

「なんで私たちに暗殺者を差し向けた」

 まだバラックを睨みつけながら、ビオラが問う。

「あまり早急に真実に迫ってもらっては困る、と思ったからだよ。事実、計画を早めなくてはならなくなった」

 つまり、少々の前倒しはあったものの、ビオラが泥蜥蜴亭に持ち込んだ依頼から始まった事件は、全てバラックと、その背後にある勢力の計画の内、というわけだった。これにはさすがにナナも、怒りを通り越して脱力感を覚えた。

「さて、もう一度聞く。我々に降るか、否か」

 どこか嬉しそうで、残忍な声色だった。

「だが、二人とも、というわけにはいかない。話だけ合わせて、途中で裏切られてはたまらないからね。忠誠の証として、片方を殺せ。残った方が、我々の仲間だ」

 何が忠誠の証か。ナナは奥歯を噛みしめた。ビオラに至っては、扉さえなければ、すぐにでもバラックの喉に喰らいつきそうな怒気を発している。

「力と恐怖だけで人が動くと思っているならば、お前は愚か者だ」

 覗き窓に顔を付けるようにして、ナナはバラックと至近で睨み合う。しかし凄んではみても、扉を隔てているバラックは余裕を崩さない。よほど覗き窓から目でも突いてやろうかと思ったが、そうしたところで多少の気は晴れても、状況が好転するとは思えない。

「明日の朝、また様子を見に来る。一日ゆっくり考えることだ」

 この場で答えは得られないと見たのか、バラックはゆっくり扉から離れ、固い靴音を響かせながら去って行った。


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