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神話はもう黄昏を過ぎて  作者: 黒崎江治
第二部 泥蜥蜴亭の傭兵たち
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巨石の信徒 -3-


 教会を出た信徒たちは、貧民街の方角へと歩いていく。性別や年齢、格好はバラバラである。何人かはその手に食材や調理器具らしきものを持っていることから、どこかで炊き出しでもするのだろう、と思われた。クロウドたちはその最後尾を見失わないように着いていく。信徒一行はごく暢気に行進しているため、そこまで慎重に尾行する必要なさそうだ。

「よう。おつかれさん」

 貧民街に入ってしばらくすると、横合いの裏路地からカラスが顔を出した。

「ありゃあなんだい」

 クロウドたちに合流しつつ行進を顎で指し示す。

「これから炊き出しか何かするんだろう。中央広場の教会から歩いてきた」

 クロウドが答える。

「ふぅん。俺も少々おこぼれにあずかろうかね」

 冗談めかして言うカラスと共に、また少し貧民街を行くと、信徒たちはある庭の付いた建物の前で止まった。

 こじんまりした石造りの教会。普請は質素であり、庭といってもただの空き地であるが、さすがに周囲に建っている小屋に比べると、はるかにしっかりしている。庭には既に数人の信徒が炊き出しの準備をしており、その周囲には配給を待つ貧民街の住人たちがいた。用意されているのは豆のスープとくすんだ色のパン。上等な食事とは言い難いが、十分な量が用意されているようだ。

 このような光景はアウレリアにもあるが、この街の貧民は、王都のそれよりも若干疲れた印象を受ける。街の雰囲気のせいか、それとも実際に貧窮の度合いが強いのかもしれない。遠巻きに様子を眺めていたクロウドは、集団の中に、一際異彩を放つ者を二人見つけた。

 一人は、ほかの者から少し離れて、全体に油断なく目を向けている巨躯の男である。背はクロウドよりも頭一つ分以上高いだろう。目方は二倍もありそうだった。これほどの大男は、ノルトゥスを見回してもそういるものではない。ただ体格が良いだけではなく、よく鍛えられているのも遠目かはっきりと分かる。炊き出しに参加するでもなく佇んでいるが、なぜこのような人物がこの場にいるのだろうか?

 もう一人は、巨躯の男とは対照的に、人々の中心にいる小柄な少女である。年は十四、五だろうか。遠目にも分かるほど美しい容貌を持ち、所作には洗練された落ち着きがある。灰色の法衣はその姿を地味に見せていたが、豊かな銀の長髪は、儚さと力強さが同居した不思議な印象をその少女に付与している。周囲の人間が、彼女を下にも置かない扱いをしているように見えるのは、教会の中で一定の立場がある人物だからかもしれない。

「教会の看板娘といったところか」

 ナナが言う。少々棘のある口調だった。

「将来の幹部候補なのかもしれないな」

 クロウドは炊き出しから視線を外さず、そう答えた。もしそうだとすれば、大層人気のある指導者になることだろう。

 クロウドたちが離れた場所からから観察していると、巨躯の男がこちらに気付き、近づいてきた。

「ヤバいな、逃げるか」

 カラスが及び腰で進言するが、クロウドはその場に留まるつもりでいた。

「いや、少し話してみよう」

 間近で見ると、つくづく屈強そうな男だった。首も、腕も、脚も、荒く削っただけの丸太のようである。

「何をしている」

 声は獣の唸りに似ている。クロウドは臆さず誰何に答えた。

「先ほど説法を聴いていて、何をするのかと思って着いてきたのだ。無礼になったのなら謝るが」

 巨躯の男と視線を交錯させる。知恵者には見えないが、愚鈍という訳でもなさそうだ。クロウドと男はしばし睨み合った。

「ジュード! 何をしているの?」

 庭の方から声が飛んだ。男が振り返ると、銀髪の少女がこちらに走ってきていた。

「彼が何か失礼をしましたか?」

 ジュードと呼ばれた男は無言で身体を引く。どうやら彼の方が下の立場であるようだ。申し訳なさそうに問う少女の瞳は、月光の如き薄い金色である。銀髪、金の瞳。嫌が応にもアウレリウスを思い出させる。顔の造形はあまり似ていないが、血縁者だろうか。

「いや、少し話をしていただけだ」

 ナナが穏やかな口調で答えた。ジュードは黙したまま佇んでいる。

「そうでしたか。ジュードは武骨な所があるけれど、本当は優しい人間なんです」

 そう言ってから、少女ははっと気付いたように名乗る。

「私、ウェルテアと言います。パンとスープはまだ余りがありますが、いかがですか?」

 その微笑みは屈託のない少女のそれである。クロウドたちは無礼になると知りつつも、さすがに名を教えることはしなかった。配給も辞し、邪魔したことを詫びてからその場を離れた。


「なるほど、少し警戒されてしまったのね」

 クロウドたちは調査を切り上げ、知識の塔オロク支部に戻ってきていた。あらかじめ宛がわれていた一室で、ビオラに情報を共有する。

「ディクト司教は確かに、巨石教会の筆頭トップみたい。説法の内容も確かに気になる」

 ビオラが顎に手を遣りながら考える。

「ウェルテアと、ジュードという名前については?」

 ナナが尋ねると、ビオラは首を傾げた。初めて聞く名前のようだ。

「ただの可愛い女の子、って感じじゃなかったけどね」

 カラスも、ウェルテアについてなにがしかの違和感を抱いていたようだ。ただ、あのジュードと言う男はともかく、彼女はそこまで危険な人物には見えなかった。

「そちらは何か分かったか」

 ビオラが集めていた情報へと、クロウドが話を移す。

「政庁舎に行って、税の書類を見せてもらったんだけどね。あの教会、西方の交易商から、何かをたくさん買ってるわ。それが何かまでは分からないけど」

 ビオラが差し出した書類の写しに、クロウドは目を通す。確かに、相当大きな金額が動いていた。食料などではなさそうだ。交易商との取引、ということであれば、建物の普請などに使う金でもないだろう。

「明日はそれを調べてみるか」

 ナナの言葉に、全員が同意した。




 翌朝、クロウドたち四人はオロクの南門を出立し、近隣の町へと向かった。もし巨石教会が大量に購入した物品を保管するとすれば、手狭なオロクの市街よりも、郊外の広い場所だろう。その街道沿いの町に、なにがしかの手がかりがある可能性は高かった。

 道中は何事もなく、一刻ほどで目的地に着いた。目の前にあるのは独立した町というよりも、オロク周辺に広がる田園地帯の端にある中継地点、というような場所である。周囲より少しばかり建物が密集しているところがある、というぐらいで、市街と呼べるほどのものはない。周囲の農地では既に麦の収穫は終わり、ところどころ別の穀物や、野菜などが植えられている。

「まずは教会があるかどうか、調べるか」

 酒場の軒先を借りて馬を置き、クロウドが行動を提案する。一行が点在する建物群を見て回ると、すぐに特徴的な印を掲げた教会が見つかった。

 簡単な柵で囲われた大きな教会の敷地には、礼拝堂、宿舎、倉庫と思しき建物がある。いずれも石造りの重厚なものだ。敷地内には人の気配があり、周囲にもある程度衆目があるが、侵入自体はごく容易そうに思えた。

「どこに金目のものがあるか、だっけか」

 カラスはさりげなく建物群を観察する。泥棒のような言い方だ、とクロウドは思ったが、よく考えてみれば、やっていることも、探しているものも、泥棒のそれとさほど変わりはない。

「礼拝堂にたくさんのものを置くとは考えづらい。宿舎も可能性はあるが、いかんせん人が多くて調べるのに難儀するだろう。まずは、あそこだな」

 ナナが指したのは敷地の中で一際大きな、倉庫らしき建物である。奥まった場所にあるため、敷地の外を迂回して、人目のつかない裏手から接近する必要がありそうだ。少なくはない人目を気にしつつ、クロウドたちは倉庫へと忍び寄った。


 倉庫の屋根は高く、背丈の四倍ほどはある。クロウドたちは礼拝堂や宿舎から見えないような位置に潜み、調査の算段をつけようとしていた。建屋は窓のない作りで、壁も十分な厚みがありそうだった。表に回れば、物資を搬出入するための扉があるだろうが、先ほど見た限り、遠目からでも丈夫そうな鉄扉であったし、まずなにより住人の視界に入りやすい。どのように中を調べるべきか。

「どこかに小さな穴でもあればいいんだが」

 ナナが外壁を見上げる。

「登って屋根でも壊してみるか?」

 カラスは壁の凹凸おうとつに手を掛けながら言う。

「目立ちすぎるわね。正面が開閉されるときに押し入るっていうのはどう?」

 ビオラは壁に寄りかかり、腕を組んでいる。

「どう考えてもそちらの方が目立つだろう」

 クロウドは提案を却下するが、良い案は中々浮かばない。あまり長居していては、見咎められる。一旦引きさがって出直すべきか、と考え始めたとき、ナナが、ああ、と声を上げた。

「ビオラ、ハキームに頼めないか」

「でも壁抜けなんてできないわよ」

「最初から壁の向こうに喚ぶ、というのは?」

「……なるほど」

 ビオラは異界と現実界を繋ぐ通路を開き、そこからハキームを喚び出すことができる。その通路を、壁を隔てた倉庫の内側に開けないか、というのがナナの提案である。できる、とビオラは答えた。壁の向こうにハキームを喚び出し、内部を探らせ、一旦帰してまたこちら側に喚び戻す。少々面倒な手順を踏むが、壁を壊すよりは手間が少ない。小さく息を吐いたあと、ビオラは倉庫の壁に手を当てた。

「〈ハキーム〉、おいで」

 ゆらり、とほんのわずかに、壁面が歪んだような気がした。

「そこに何があるか探りなさい」

 中に人がいる可能性も考慮すべきだったか、とクロウドは一瞬焦ったが、幸いにもハキームを見て驚きの声を上げる者はいないようだった。少ししてビオラはハキームを帰し、また呼び出した。ハキームと鼻先をくっつけるようにして、得た情報を読み取っている。

「どうだ」

 クロウドが聞くと、ビオラは喉を鳴らし、ゆっくりと一度瞬きをした。

「急いで帰りましょう。道中で話すわ」



「一応、こちらでも報告を聞きましょう」

 その日の午後、クロウドたちは調査結果の報告をするため、アウレリアに戻る前にバラックの執務室へと立ち寄っていた。ビオラが属しているのは、あくまでアウレリアの本部であり、彼女自身バラックの指揮下にあるわけではないが、調査の便を図ってもらった以上、何も伝えずに帰るのも不義理というものだ。

「結論から言いますと、巨石教会は郊外に武器を集積していました」

 先ほどビオラから語られた内容である。倉庫の中には、多ければ数百人が武装できるだけの槍や、鎧兜がぎっしりと詰まっていた。おおよそ、健全な布教活動に必要なものではない。

「王国に対して、明確な造反の意思があるということです」

 ビオラはそう断定する。さらに倉庫の場所、規模などの報告を聞いたバラックは、目を閉じて何事かを考えている。感情の読み取りにくい表情だ。しばし思案したのち、バラックはゆっくりと口を開いた。

「わかった」

 なにがしかの決意を含んだ声色だった。

「これは非常に重要で、高度に政治的な問題だ。私もふみを書くから、本部に持って帰って、上長に渡しなさい。そして、これ以上迂闊に行動しないように」

「承知しました」

 ビオラが答えると、バラックは重々しく頷き、一旦、全員に退出を促した。

「クロウド君、少しだけいいかね」

 最後に退出しようとしたクロウドを、バラックは呼び止める。

「君は、かの〈鉄騎候〉の重臣であるコレッド殿の次男坊。由緒ある出自だ」

「はあ」

 振り返ったクロウドは、バラックが話し出した内容の意図が解らず、曖昧な返事を帰す。

「ナナ君に関してもそうだ。知識の塔出身の才媛。なぜ傭兵稼業などをしているのだろう、と私はかねてより気になっていた」

「既に知っているものと思いましたが」

「経緯はね。だが私は、君たちが何を思って(、、、、、)そのような道を選択したのかが知りたいのだよ」

「ふむ」

 この深遠な問いは、単純にバラックの興味から発したものなのか、それともクロウドの何かを推し量るためのものなのか。だがどちらにせよ、別段嘘やごまかしをする必要はないだろう。

「信念と目的に照らし合わせて、正しいと思う道を選択したつもりです」

「信念か」

「青臭いとお思いですか」

「いいや。それがもし真実ならば、掛け値なしに尊敬すべき行動だよ」

「はあ」

「だが、気を付け給え。信念とは時に、自らの身を焦がす炎となり得る」

「ご忠告ありがたく」

「気を悪くしたのならすまない。年寄りの戯言さ」

 バラックは自嘲するような表情をしてから、クロウドから視線を外し、執務机に目を落とした。クロウドは一声、退出の挨拶をしてから、踵を返して部屋を出た。


 クロウドは与えられた部屋に戻り、荷物をまとめるべく、バラックの言葉を反芻しながら、一人廊下を歩く。

 〈穴〉にまつわる依頼に端を発した一連の事件は、巷を騒がす大きな争乱となっていくだろう。拡大する渦、燃え上がる炎。自分やナナは、カラスやビオラは、一体どの場所に立つべきなのだろうか。無力な存在として渦に巻き込まれるだけの存在か、それとも流れに抗う者となるのか。炎に焼かれる羽目になるのか、それとも火の粉を避けてただ逃げ出すのか。

 なるようになる、と呑気な態度を取るのは簡単である。しかし今回の件を大きな流れの一部と捉えるならば、その態度は判断の困難を先延ばしにするだけである、とクロウドは考えていた。

 自分にとって大切なものとはなんだろうか、と考えたときに、ディクト司教の説法を思い出す。彼は平凡な暮らしこそが大切だと説いた。では、平凡な暮らしを厭った自分が守るべきものとは、一体何か。

 信念、と先ほど自分は言った。だがその信念の中身を、自分は正確に言葉にできるだろうか。そもそも自分は本当に、自分の信念を持っているのだろうか。

 迷ったままではこの先、危機に立ち向かうことはできないだろう。しかしすぐに答えが出るほど、それらは簡単な問いではなかった。

 ぐるぐると際限なく考えるうちに、クロウドはナナたちに追いついていた。カラスは、苦しい顔のクロウドを、気負い過ぎだと笑ったが、それに対してはあやふやな返答しかできなかった。


 一行はその日のうちに王都へ帰り、身体を休めるべく解散した。だが不穏な未来を予感しながらも、具体的な行動をすることができないクロウドたちは、この日からしばらく、むずむずと居心地の悪い日々を過ごすことになる。


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