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神話はもう黄昏を過ぎて  作者: 黒崎江治
第二部 泥蜥蜴亭の傭兵たち
10/37

塔の魔術師 -2-


 翌日の早朝、クロウドたちは日の出前のまだ暗い通りを歩きながら、アウレリアの西門へと向かっていた。


 今回の依頼では、屋外で活動する時間が短いため、水や食料品は最低限しか持ってきていない。しかしその代わり、危険に備えて防具をやや充実させてあった。いずれも泥蜥蜴亭の倉庫に眠っていた中古品ではあるが、見栄えや着心地はともかく、まだ十分実用に耐える。


 クロウドとカラスは胸部前面だけを覆う簡素な金属鎧を、ナナは硬い革の鎧を着用することにした。この鎧の素材は、分厚い皮を油で煮て処理したもので、軽量な割に強度が高い。


 またクロウドはサーベルの代わりに、昨日兄から渡された小剣を帯びていた。


 クロウドの頭からへそくらいまでの長さがあるこの直剣は、間合いこそ槍やサーベルより短いものの、刺す、斬る、守るという動作の全てに優れた、汎用性の高い武器である。長槍で戦列を組む歩兵の副兵装として、古来より多くの戦闘で用いられてきた。


 それから前回と同様、ナナとカラスはクロスボウを持ってきている。


 西門に到着すると、ビオラが地べたに胡坐あぐらをかきながら、四頭の馬と共にクロウドたちを待っていた。この時間帯での活動に慣れていないのか、立ち上がる挙動が鈍重で、目蓋も重そうである。 


 居眠りしている内に落馬しないように、とカラスがからかうと、要らぬ世話だと腹を立てていた。


 そしてクロウドたちは荷物と目的地を確認し、日の出とともに、馬で二刻ほどの距離にある宿場町へと出発した。



 馬蹄が石畳を叩く音を響かせながら、クロウドたちは街道を西へ行く。夜間の冷気を蓄えた地面が陽光で温まるまでには、まだ少し時間が掛かるだろう。


 王国の地理的な中心にある旧都オロクと、それよりやや南東にある王都アウレリアを結ぶ街道は、王国で最も交通量の多い道である。


 宿場町、休憩所、里程標マイルストーンが一定間隔で設置されており、通行人相手の商売も盛んである。道沿いの治安は良好で、交易のための馬車はもとより、女性を含む旅人も、護衛を付けずに行き来する者が少なくない。


 今回向かう〈穴〉は街道からまだ距離があり、道を行く者が直接の脅威を感じることは少ないだろう。しかし今後、街道沿いに〈穴〉が出現したとすれば、王国の流通を深刻に障害する事態となる可能性は高かった。


 クロウドたちは通りを塞がないよう、四頭の馬を近接させた状態で進んでいた。


「最近の塔はどうだ」


 と、ナナがビオラに話を振る。昨日クロウドがビオラに会った時、二人は別段顔見知りという風ではなかった。しかしナナも少し前まで知識の塔に居たのだから、互いの事を多少知っていても不自然ではない。


「多分、あなた達が出て行ったときとあんまり変わってないわよ」


 ナナと師のエージャが知識の塔を出て行った経緯を、ビオラはある程度知っているようだった。知識の塔に何百人もの魔術師が居るとは思えないので、皆が皆のことをある程度把握しているような、意外と狭い社会なのかもしれない。


 クロウドは話を聞きながら、あまり馴染みのない組織の事情に想像を巡らせていた。


 ビオラの口調からは、知識の塔における権力主義に対して、ナナが抱いているものとはまた別種の反感があるように思えた。ナナの感情を諦めや絶望だと表現するならば、ビオラのそれは怒りや侮蔑といったような言葉で表すことができるだろう。


「おまけに人使いが荒い。重用されていると言えば、聞こえはいいけどね」


 どうやらビオラも、手放しの選良エリートとは言えないようだ。気の強い性格ゆえに、上層部から反発を買っている部分もあるのかもしれない。しかしどのような場所においても、年少の者が苦を追わされるのが常ではある。


「そういえば、〈獣の術者〉とは言うが、どのような魔術を使うのだ」


 ふと気になり、クロウドが尋ねる。魔術にどのような種類があるのかはよく知らないが、おそらくナナが使うものとはまた別種のものなのだろう。


「招来の術よ。召喚術とも言うわね。この世ならざるモノを喚び出し、使役する術」


「仰々しいな」


「お見せしたいのは山々だけど、ここではちょっと使えないわ」


「この世ならざるモノ、というのは、異形と似たようなものか」


「あんまりそう言われるのは気に喰わない。通説ではあるけどね」


 クロウドは先日遭遇した異形の姿を思い浮かべる。確かにあのような存在が出てくるのだとしたら、とても往来で使える魔術ではない。


「異界との通路を開いて獣を呼び出し、また送り返して通路を閉じる魔術。〈穴〉を閉じるのにも適任、というわけか」


 ナナが補足すると、ビオラは頷く。


「そういうこと」


「あんまり怖いヤツが出てきたら、俺は逃げるぜ」


 軽口を叩くカラスに対して、ビオラは不敵な笑みを返した。


「その場合、報酬は無しね」



 日差しに少しだけ暑さを感じ始めた頃、クロウドたちは街道沿いの宿場町に到着した。これから王都に入ろうという人々で町は賑わっているが、町の周辺や市街には馬に乗った警備の兵が多く、異形への警戒が高まっていることを感じさせる。


〈穴〉の件について、町の代官には既に話が通っているらしく、立派な宿の部屋が用意されていた。クロウドたちは長時間の騎乗で固まった筋肉をほぐすために半刻ほど休憩し、改めて目的地に向かうべく、馬首を北に巡らせた。



 四頭の馬は、目的地まであと半刻ほどの場所まで来ていた。朝通ってきた街道を樹の幹とすれば、左右を森に挟まれたこの道は枝である。幾分細く人通りが少ないとはいえ、複数の町や村を繋ぐ経路の一つであり、異形が出たからといって捨て置いてよいものではない。


 前の二頭にクロウドとナナ、後の二頭にカラスとビオラ。前後二頭ずつの並びで進んでいたクロウドたちだが、しばらく行ったところで、クロウドが五十歩ほど前方に異変を認め、緊迫に毛を逆立てた。


 クロウドが抱いたのは、手がかりとは呼べないほどの小さな違和感であった。枝葉の揺れ、木漏れ日の形、羽ばたく鳥の挙動。僅かな光の反射。


 それらを総合した末の直観によって危機を感じ取る術を、クロウドは身に着けていた。これは天性のもの、というよりも、多分に幼少期から施された訓練の賜物である。


 そして、どのような些細な兆候からでも、気付かなければ死に直結する事柄がいくつかある。この場でクロウドが察知したのも、そのようなもののうちの一つであった。


頭を下げろ(、、、、、)!」


 クロウドが叫んで馬上で伏せ、ほかの三人も一瞬遅れてそれに従った。直後、鋼のやじりが複数、風切り音と共にクロウドたちの頭上を通過した。放たれた矢のうち一本は、クロウドが騎乗する馬の首に突き刺さり、苦痛と恐怖で馬体を揺らした。


 伏兵である。


 クロウドは素早く、努めて冷静に考えを巡らせた。待ち伏せの人数、武器の種類、位置関係、様々な条件によって、襲撃された側が取るべき行動は異なる。しかしどのような場合にも、動揺して算を乱せば相手の術中である。


 クロウドたちが通ってきたのは、森を切り開いた直線の道である。馬を反転させて戻れば、背後から再度狙い打たれる危険が大きかった。


「森に逃げるぞ」


 指示を飛ばし、馬体を盾にするようにして、クロウドは素早く下馬する。ナナも馬から降りつつ、妨害の呪文を唱えているようだ。間もなく前方に、陽炎のように揺らめく空間が出現した。照準を乱された敵の矢が、見当違いの方向に飛んでいく。


 カラスは慌てた様子のビオラを補助して左手の森に逃がし、頭を低くして同様に退避した。ナナがそれに続き、クロウドも後方から三人を追った。馬とそれに積んだ荷は捨て置くしかない。木々が密生する場所では速力が期待できず、高所にいる乗り手は良い射撃の的になってしまう。



「最近、追われてばかりだな」


 追撃に気を配りながら、ナナが言葉を漏らす。さしあたってクロウドたちは、追手の視界から外れるべく距離を稼いでいた。森の中は樹の根こそ多いものの茂みは少なく、移動するのは難しくない。しかしそれは追う側も同様である。


「しかし、ありゃあ異形じゃないよな」


 小走りのまま、器用に弩を装填するカラスを先頭にして、間にビオラとナナを挟み、クロウドが殿を務める。今のところ、背後に敵は見えない。


「多分野盗でもないだろう。近頃の野盗はいきなり殺したりしない」


 クロウドはそう判断していた。最初の射撃で一人二人を殺しても、残りが逃げれば身ぐるみを剥げず、何より高価に売れる馬を傷つければ、それだけ損失となる。せっかく有利に待ち伏せているのならば、できるだけ儲けを多くしようとするのが普通である。


 追剥の類でないとすれば、最も考えられる目的は、やはり暗殺だろう。


「じゃあ、刺客ってこと?」


 ビオラが怒ったように尋ねる。彼女もそれなりに修羅場を潜ってきたようで、動揺からの復帰は早かった。


「刺客だとして、この中で誰が一番恨みを買ってるんだ? ちなみに俺は結構覚えがある」


 十分距離を稼いだと判断したのか、カラスが速度を緩めて言った。十五年も傭兵稼業をしていれば、当然多くの恨みを買うだろう。クロウドとナナもごく最近買ったような気がする。


 しかし今回の探索行を狙って、ということであれば、やはりビオラを殺害する目的での襲撃である可能性が高い、とクロウドは考えていた。


「ふざっけんな、クソどもが。絶対犬のエサにしてやるわ」


 ビオラが口汚く敵を罵り、やや息を切らしながらも呪文を唱え始めた。


「おいで、〈ハキーム〉」


 詠唱を終え、その名を呼んだビオラの背後から、ずるりと何かが飛び出してきた。それは影を煮詰めたような、毛並のみならず牙や爪まで黒い狼で、火焔の如く赤く揺らめく双眸と、朧な輪郭を持つ奇妙な姿をしていた。


「敵を探ってきなさい」


 ビオラがそう命じると、獣は踵を返し、滑るように木々の間へと消えていった。


「なるほど、今のが招来の術か」


 クロウドは去りゆく獣を目で追う。あれがどのような存在かは分からないが、動物を一匹使役できると考えれば、中々に便利な術であると言える。


「ええ、じきに戻って相手について知らせてくれる。それからどうするか考えましょう」



 ハキームが戻ってくるまで、それほど時間は掛からなかった。ビオラは自らが使役する獣と、言語を介さず意思を疎通できるようだ。


 ハキームによってもたらされた情報では、敵が五人であること、全員が弩と剣で武装していること、二人と三人に分かれ、双方が一定の距離を保ちながらこちらに接近してきていること、と中々詳細だった。


 クロウドたちは、追手を迎撃することに決めた。危険はあるが、彼らが〈穴〉にまつわる事象に関係しているか、またなんらかの事情を知っている可能性があると判断したからだ。


 二手に分かれた敵を同時に攻撃するため、こちらもクロウドとナナ、カラスとビオラに分かれて行動することとなった。



「見えた」


 二手に分かれてしばらく。クロウドが相手を視界に捉え、小声でナナに伝える。樹の陰に潜んだ二人は、さらに呪文によって姿を消しつつ、相手が来るのを待ち構えていた。


「何人いる?」


 ナナが矢を装填した弩を確認しながらクロウドに尋ねる。


「三人だ」


 敵が着ている長衣ローブは、樹皮や葉に色を似せ、所々を帯で結んで動きやすいようにしてあった。全員が男で、体格や身のこなしから、正規兵かそれ以上の訓練を積んだ人間のように見えた。少なくとも、ただの傭兵や無法者の類ではない。


 ナナの呪文では、動く姿を見えなくすることまでは困難だということで、全く隠密に事を運ぶのは諦めることにした。初撃以降の状況次第ではあるが、最終的にはクロウドが、白兵戦で決着をつけることになるだろう。


 弓を馬に積んだまま置いてきてしまったことが悔やまれたが、切迫した状況だったため致し方ない。


 敵はすでに五十歩程度の距離に迫っている。首領格が一人、部下が二人。まず潰すべきは指示役の人間だが、残る二人がそれを遮蔽するような位置を外れないため、弩で狙い撃つのが難しい。細かい計画を立てる時間的な余裕がなかったので、大まかにやることだけを決め、二人は行動を開始した。


「なるべく無理をするなよ」


 ナナの言葉に視線と不敵な表情だけで答え、クロウドは隠れていた樹から離れた。下草が立てる音に注意しながら、向かってくる敵の左側面に回り込む。


 敵はまだこちらに気付かず進み続けている。ナナと敵の距離が三十歩まで縮まった。あまり引きつけ過ぎると、射撃によって位置がばれ、肉薄されたナナが危険に晒される。かといって遠すぎれば弩が命中せず、またクロウドが接近するまでに時間が掛かってしまう。


 距離十五歩。今が機だ。高まる心拍を感じながら、クロウドは姿の見えないナナに小さく手で合図を送り、同時に地面を蹴って飛び出す。


 次の瞬間、不可視の射手から放たれた短い矢が、先頭を歩いていた敵の胸に突き立った。


「いたぞ!」


 残る二人は負傷者を顧みず、弩を構えながら左右に散開する。同時に、鋭い声でもう一方の組にこちらの存在を知らせた。しかしそちらはカラスとビオラが対処することになっている。増援の考慮はせず、クロウドは最も近い敵に向かって疾走した。


 クロウドに気付き、目前の敵が弩をこちらに向ける。その矢が放たれる直前、クロウドは右前方に飛び込むように転がった。その身体を掠るようにして、矢が背後の地面に刺さる。


 避ける瞬間タイミングは、相手の位置、姿勢や表情からある程度まで計れるが、それでも多分に運任せである。しかしこの距離で一度避けてしまえば、相手はもう次の矢を装填する余裕はない。


 起き上りざまに剣を構え、クロウドは一足飛びに敵の眼前に迫った。そのまま右上段から、体重を乗せて斬り下ろす。肉に刃が滑り込む感覚。斬撃は左肩の付け根から胸の中心あたりまで食い込み、背骨に阻まれて止まった。両断には至らなかったが、反撃の余地すらない致命傷である。


 目を見開いて血を吐く敵の肩越しに、首領格がこちらに矢を放とうとするのが見えた。クロウドは剣が食い込んだままの敵の身体を力任せに振り、肉の盾とする。放たれた矢が真っ直ぐ飛んで盾に命中するが、先端がわずかに貫通したのみだ。


 クロウドは絶命した敵を蹴倒しながら剣を引き抜き、弩を捨てて抜剣した敵と相対した。ここからは奇策のない殺し合いとなる。



「これって報酬の上乗せとかあるの?」


 クロウドとナナによって戦端が開かれる少し前。カラスとビオラは二手に分かれた敵のうち、もう一方の様子をうかがっていた。


「元々護衛の依頼なんだから、仕事の範囲内でしょ」


「こんな割に合わないのじゃなくて、もっと牧歌的な仕事がしてえなあ」

「羊飼いにでも転職すれば」


 この緊迫した状況における二人の軽口は、多く死線を潜ってきた人間ならではのものである。修羅場を多く経験した者が慣れの結果そうなるのか、そもそもそういう人間以外は生き残れないのかは定かではない。


 今現在、二人は木々の間から僅かに見える敵を窺いながら、攻撃の機を計っていた。前進する二人の敵。カラスとビオラはその左側面にいる形で、おそらく奥にはもう一組と、クロウドたちがいるはずだった。ハキームは相手の背後から、密やかに隙を突こうとしている。


 クロウドたちと同時に攻撃するのが上策ではあるが、向こうの状況はどうだろうか。カラスとビオラが焦れ始めたころ、鋭い声が遠くに聞こえた。


「いたぞ!」


 クロウドたちが攻撃に移ったか、少なくとも発見されたということである。今が行動の好機と言えた。


 増援に向かおうとした敵に、回り込んだハキームが襲い掛かる。弩を持った一人の腕に喰らいつき、地面に押し倒す。もう一人が至近から矢を放つが、それを意に介さぬハキームの牙は、なお鋭く肉に食い込んだままだ。


 カラスとビオラは、ハキームと敵を挟撃するべく接近した。敵まで二十歩の位置から、カラスがハキームに襲われていない方に、素早く二本のナイフを投げる。空気を裂いて飛来した一本は左肩に、もう一本はわき腹に命中した。


 致命傷とはならないが、妨害と牽制には十二分である。そのままカラスは腰の鞘から短刀を抜き、斬り合いを挑むべく肉薄した。ハキームに襲われた方は、喉笛を狙われてまだ立ち上がれない。


 抜剣した敵の攻撃をいなしながら、カラスは前蹴りを繰り出した。刃物が突き刺さったまま、半身に力が入らない相手が転倒したところを、馬乗りになって首を刺し貫く。


「先に襲ってきたのはそっちだからな」


 ごぼごぼと血の泡を吐きながら、間もなく敵は絶命した。ハキームに襲われていた方も喉を潰され、窒息によって動かなくなっていた。


「やるじゃない」


 一呼吸遅れて、ビオラがカラスのもとまでやってくる。


「報酬分は働く、ってのが信条でね」


「ハキーム。戻りなさい」


 ビオラが命じると、ハキームは食らいついたままだった敵から血に濡れた口を離し、黒い煙となって霧散した。


「さて、クロウドたちは上手くやったかな」



 斬撃、陽動フェイント、格闘、斬撃。攻撃と防御の応酬は、それほど長い時間は続かなかった。大腿部への浅い一太刀にひるむことなく間合いを詰めたクロウドは、左下段からの決定的な斬り上げを浴びせることに成功した。


 剣圧によって仰向けに倒れた敵は敗北を悟ったようで、それ以上反撃しようとしなかった。


「クロウド」


 手出しできず様子を窺っていたナナが駆け寄る。少し遅れてカラスとビオラも姿を現した。もう一方の敵を首尾よく排除してきたようだ。


「答えれば生かしてやる。誰に頼まれた?」


 倒れた敵を見下ろしながら剣を突きつける。クロウドの顔と身体は返り血に染まり、表情も相まっていかにも凄惨であった。しかし敵の首領格はその姿を見てもなお、反抗の色を瞳から消さなかった。


混沌の名の下に(、、、、、、、)


「混沌……?」


 驚くほど低く、掠れた声だった。クロウドは予想外の言葉に眉をひそめる。


燃えよ(、、、)


 男がそう言葉を吐くと、突如としてその衣服が燃え上がった。いや、衣ではなく、男自体が発火したのだ(、、、、、、、、、、)。気付けば、傍らにあった残り二つの死体も火に包まれている。


 延焼してはたまらないので、やむなくクロウドは距離を取る。どのみち、もう話は聞けそうにない。


「簡単な言葉で発動するように、あらかじめ呪文を仕込んでおいたのだろう。それより傷は大丈夫か」


 ナナが燃えゆく死体を眺めながら言う。クロウドは右の太腿を斬られていたが、止血さえしておけば縫う必要もないほどの軽い怪我だった。


「問題ない。だがそれなりの手練れだった。その上、失敗すれば自害するほどの覚悟があった」


 つまり、それだけの人間を抱えられる組織が、今回の襲撃を企てたということだ。


「王都に住む人間の言葉ではなかった気がするな」


 ナナは声の抑揚からそう判断したようだった。三人の敵はいずれもカラスやビオラと同様、『平原の民』と呼ばれる民族で、これはノルトゥス全土に広く居住しているため、出身地が判断しづらい。


「東方でもないな。オロクか、それより西から来た人間か」


 いかんせん、方言から出自を特定するのは難しそうだった。やむなく、嫌な臭いを発しながら焦げる敵の残骸を放置し、手がかりとなりそうな武器のみを持っていくことにした。形状、意匠、鍛冶の手法や技術などから、どこで造られたかが分かるかもしれない。


「まあ、ちょっとした事故トラブルはあったけど、とりあえず道に戻るわよ。〈穴〉を塞がなきゃ」


 ビオラが腰に手を当てながら言う。馬が元の場所に居ればよいが、そうでなければ長い距離を歩かなくてはならない。ともあれクロウドたちは、一旦その場で少々の休憩を取り、傷の手当をおこなってから、本来の目的を果たすべく再び行動を開始した。


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