第6話
遂に年末の合宿がスタートする!
塾で言われた目的地は小高い山の頂上だった。
途中、何者かに襲われるアクシデントがあったが、無事に頂上に着いた僕たちは先生に連れられて合宿場へ向かっていた。
「合宿場はどこにあるんですか?」
先生はフッと笑いながら「秘密の場所」としか答えてくれなかった。
そう言っているうちに洞窟のような穴が見えてきた。
また地下空間なのだろうか。
どんどん進んでいく先生に置いて行かれないようについていった。
洞窟のような場所へ入ると目の前にはバスが停まっていた。
「洞窟の中にバス?」
「これに乗って移動するよ」
僕達は20人ほど乗れそうなバスにたった3人だけで乗り込んだ。
バスは洞窟の中を永遠と走る。
もう1時間ほど走っただろうか。
いつになったら着くのか。
それにしても洞窟の中にこんな道路が存在してたなんて。
洞窟の入り口までは木が生い茂った山だった。
どうやってバスを入れたのか不思議だった。
暗くてよく見えないが、何本も分かれ道があった。
多分トラップの道なんだろう。
迷い込んだ人は確実に外に出れなくなるような道をどんどんと進むバス。
すると光が差し込んできた。
「そろそろ着くぞ」
先生がそう言った時、乗っていたバスは洞窟から出た。
外にはだだっ広い野原とコンクリートの建物、アスレチックのような物、体育館、そして小高い山が建っていた。
「ここは国が選んだエリートのみが集まる訓練場だ。我々のような塾は国内に100ほどある。その塾生が一斉に集まる年に1度の合宿だ」
「何人ぐらい集まるんですか?」
「そうだな。今年は1500人ほどの生徒が集まるか」
「1500人!」
「この合宿内で他の生徒と競う場面が出てくる。最終日は総合得点でご褒美がもらえるから精一杯がんばれよ」
各塾の担当講師はここまでで、目的地からこの合宿場へ連れてくるのが役目だそうだ。
ここからは合宿場専任講師が担当する。
僕たちは急に不安になってきた。
先生は優しく「君たちなら出来るさ」と言いながら僕たちの背中を押した。
「純。お前が前にしてきた質問は聞かずともここの講師が教えてくれるだろう。しっかり学んで来い」
「はい!」
「1週間後、また迎えに来る」
そう言って、乗ってきたバスに先生だけ乗り込み帰って行った。
駐車場に2人残されこれからどうすればいいのか分からなかった。
するとここの先生らしき人が迎えに来てくれた。
「君たち、名前は?」
「え? あ、波多純です」
「守谷達樹です」
「波多……あの人の息子さんか」
「え?」
「いや、失礼。君たちが噂の1年生の子達か。多分塾の人にも言われているだろうけど、我々は小5の子までしか相手にしたことがなくてね。多少難しい事もあるだろうが頑張ってくれ」
「はい。よろしくお願いします」
「では始業式を行うからついてきて」
ついて行った先は体育館だった。
大きい。小学校の体育館の倍以上大きな体育館だった。
既に到着している生徒達が沢山いる。
まだ全員揃っていないから少し待つようにと言って先生は去っていった。
待っている生徒達を見ていると、背が高いというよりガタイが良いというて感じだった。
それに比べて僕たちは小さくてヒョロヒョロでいかにも弱そうな感じに見えただろう。
2人で話していると近くの生徒が声をかけてきた。
「君たち小さいね。何年生?」
「1年生です」
「1年生!? こりゃ驚いた。眼鏡を持ってまだ1年も経っていないのにこんなところに居るのか」
「何何? どうした?」
また別の人が話しに入ってきた。
「こいつら小1だってよ」
「マジで! お前らスゲーな。俺が小1の時なんて100Pしか貯まってなかったぜ、アハハ」
「君たちは月に何ポイント稼ぐの?」
「平均5000Pぐらいです」
「5000P! やべ、超エリートじゃん。そりゃそうか。小1でこんなところに居るんだもんな。おっと自己紹介がまだだったな。俺は戸森優太。中2だ。よろしく」
「俺は多嶋卓。同じく中2だ。よろしく」
僕たちも名前を名乗った。
2人は別々の地域だが、毎年合宿で会うから仲が良いらしい。
小5の時に初めてこの合宿に参加し、今年で4年目になるそうだ。
「そろそろ卒業したいが中々ね」とぼやいていた。
任務に付けるようになったらこの塾も卒業出来るそうだ。
任務とは多分、正式にスパイとして働くことだろう。
それまでずっとこの塾と合宿を受け続けなければならないのか?
それとも“やめる”という選択肢はあるのだろうか。
色々憶測を立ててしまうと不安が増すだけだった。
僕は何が正解か分からなくなってきていた。
「それでは始業式を行います。皆さん静粛に」
司会の先生が話し出した。
すると舞台上に1人の女性が上がってきた。
「みなさん御機嫌よう。宿長の蝋崎です。今年も強化合宿の1週間がやってきました。何年も合宿を受けている者も居れば初めての者もいます。お互い切磋琢磨して技術向上を目指してください。それでは毎年恒例の説明を行います」
そう言って蝋崎宿長は話し出した。
この場に居るあなた達は国に選ばれたエリートです。
では、何のエリートなのか。
それはコミュニケーション能力に長け、尚且つ身体能力、知識力も長けている者の事。
では国はなぜそのようなエリートを集めるのか。
それはもっとも優れたスパイを育成する為。
この国は基本的に国民全員がスパイとして育つ。
義務教育最終の中学3年の春、全ての生徒達にこの事実が告げられます。
そして今後どのような道を選ぶのか、1年間考え選ぶ。
しかし、人間が出来上がってしまった後にエリートを育てるのは至難の業。
なので少しでも早く良き素材を持つ子供を見つけて、エリートを育てようと考えられたのがこの塾と合宿なのです。
あなたたちは他の子供より一足早く能力を開花させた特別な人間。
国の為に1日も早く良きスパイに育ってくれることを願います。
ニコッと優しい笑みを浮かべた。
しかし、今までの触れ合った人たちの笑みと違い、何か違和感を感じた。
やはり涼さんが言った通り、スパイ育成だったんだ。
達樹くんは驚いた顔をしている。
そりゃそうだ。考えてもいなかった事を急に告げられたのだから。
蝋崎宿長は話を続けた。
では、なぜ我が国はスパイ育成をしているのか。
義務教育の間に必要な費用は全て国が負担しています。
そのお金はどこから入っているのか。
それは他国から要請されて任務に向かった先輩スパイが稼いだお金なのです。
任務の大きさは様々ですが、我が赤聖国は全世界からスパイ任務の要請を受けます。
もちろん、どの国も我々はスパイの国と認知しての依頼。
なのでスパイだらけの国は情報も散乱していてどれが本当か分からない。
それは要請した自国の秘密が漏れにくいという事なのです。
さらに全国民がスパイという事は、そんな中で育ったスパイは質も格段に高い事を意味します。
安全で尚且つ質の良いスパイが存在する我が国を他国はお金で利用しているのです。
そのお金で我々は豊かな暮らしが出来ています。
これは昔から積み重ねてきた実績の賜物。
それを途切れさせない為に新たなスパイ育成に力を入れるのです。
見事な力説だった。
達樹くんは目を輝かせている。
僕も涼さんに何も聞かずに初めてこの話を聞けば完全に国の為に全力を尽くすスパイを目指していただろう。
しかし、涼さんが言っていた“洗脳”という言葉がどうも気になる。
そしてお母さんにも確かめたいことがあった。
宿長の演説が終わり、僕たちは寝泊りする部屋へ向かった。
30人で1部屋という大広間のような場所だ。
優太さんや卓さんも同じ部屋だった。
そして聞き覚えのある声がした。
「純くん! 達樹くん!」
突然名前を呼ばれて驚いたが、振り向くと利賀先輩だった。
「いやぁ、会えて良かった」
「お久しぶりです」
「久しぶりだね。塾では会えないからここでは会えるかと思って探していたんだ」
利賀先輩に会えて急に安心した。
先輩は隣の部屋だそうだ。
顔が見れて良かったと言って次の準備のため、先輩は去って行った。
ここでは30人1チームとして行動を共にするみたいだ。
この大広間の人達がそのチームである。
「今の、同じ塾の人?」
今の会話を聞いていたのか、優太さんが声をかけてきた。
「そうです。僕達が塾に入るきっかけになったというか」
「そうなんだ。優しそうな人だね」
「はい。面倒見が良い人で」
「でも違うチームなのか。ちょっと過酷になるかもね」
この合宿はチーム同士で戦うそうだ。
もしかすると先輩とも直接戦う場面が出てくるかもしれない。
しかし、その時は全力でぶつかって行く。
もちろん双方手加減なしだと決意していた。
これから体力的にも精神的にも過酷な合宿がスタートする。
着いて行けるか不安で一杯だった。