第3話
放課後、僕は達樹くんと校門前で利賀先輩を待っていた。すると遠くから先輩が走ってきた。
「ごめん、待たせた」
「いえ、僕達も今来たところで」
「さすがの受け答えだね。エリート君たち」
「そんな、エリート君だなんてやめて下さい」
たまたま1位、2位を取れただけかもしれないのに、なぜここまで褒め称えてくれるのか疑問だった。しかしその疑問もすぐに解決することとなる。
僕達は利賀先輩に連れられて特別授業が行われる塾に向かった。
いつもの帰り道にある路地を曲がった奥にその塾は建っていた。外見からすればただの一般的な家。
「こんなところに」
「あんな路地、誰も曲がろうと思わないだろ? もし曲がったとしてもこの建物が塾だとは誰も思わない」
「確かに。完全に住宅街の中の家ですね」
「とりあえず中に入ろうか。多分、もっと驚くと思うよ」
そういって先輩は扉を開けた。当たり障りのない普通の玄関だ。靴を脱いで上がると、先輩は靴を持って家の中に入っていった。何故靴を持って入るのかと戸惑いつつも、僕達は置いて行かれないように急いで靴を持ってついていった。
廊下の向こうにはリビングに入るであろう扉が1つ。横にはトイレだろうか? 扉がもう1つあった。ここまでは何の変哲もない家だ。そして先輩は奥の扉を開いた。
扉の向こうは予想通りリビングがあった。12畳ほどの部屋にソファーやテーブル、観葉植物など、当たり障りのない風景。しかし、手前の片隅にぽつんと地下へと続く階段があった。
「ここから塾に入っていくんだ。たまに来客があるんだけど、その時だけ階段の蓋は閉められてただのリビングになる。まあ、その辺の説明は後にしよう。さ、ここからは靴を履いていくよ」
そう言って先輩は階段を下りて行った。
――なるほど、そういうことだったのか。
僕達も先輩に続いて下りて行った。すると薄暗い明かりが徐々に眩しくなってきた。外に出たのかと思ったが、天井を見上げると洞窟のような岩肌が見えた。
「ようこそ新人さん」
「噂のエリート君たちだね」
「地下にこんな大きな空間があるなんて驚いただろ」
「あ、あの……」
そこには男性が2人、女性が1人待っていた。
「おっと失礼。私はこの塾長を務める紀伊崎という者だ。と言っても本名ではないがね」
「私はアシスタントの百合根です」
「僕は講師の智坂です」
「この塾には若くても小学5年生までの子しか来たことがなくてね。1年生の子に何から教えればいいかまだカリキュラムが出来ていないんだ。だから難しい事が多いだろうけど、分からない事はどんどん質問してくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
「利賀くん、案内ご苦労様。君もそろそろ授業が始まるから教室へ向かうといい」
「分かりました。失礼します」
先輩は僕たちの前から去り、紀伊崎塾長とアシスタントの百合根さん、そして講師の智坂さんと僕達の5人だけになった。
「さて。ひとまず君たちには10日、正式に入塾したら外国語の勉強から始めてもらおうと思う。以後、君たち2人の担当はこの智坂先生だ。彼に何でも質問して特別授業に励んでくれ」
『はい!』
「では私はここで失礼するよ。行こうか百合根くん」
「はい。では頑張ってね」
そう言って塾長と百合根さんは去って行った。
「純くんと達樹くんだね。智坂です。よろしく」
『よろしくお願いします』
「早速だけど、今何を持っている?」
「教科書と筆記用具、あと体操服です」
「よかった。今日は体育があったんだね。急だけど、君たちの身体能力のテストをしてもいいかな?」
『はい』
こうして体操服に着替えた僕たちは先生の言うとおり身体能力のテストを受けた。
シャトルランや幅跳び、反復横跳びや腹筋に腕立て、垂直跳び、跳び箱に鉄棒、マット運動など様々な種目をこなした。
「ハァハァ……」
「さすがに疲れたかい?」
「はい、かなり」
「よし、大体君たちの身体能力は分かった。次に勉強の方のテストをしてもらうよ」
息つく暇もなく机に向かい5教科のテストを行った。小学校1年生にしては少し難しいテストだった。半分取れたら良い方だろうか。達樹くんも似たような反応だった。
「そこまで! では答え合わせをするからその間に服を着替えておいてくれ」
先生は採点を始めた。僕達は制服に着替え、結果を待った。
「よし、2人とも合格だ。ココに通うのは10日からだったかな?」
「はい。そう聞いてます」
「分かった。では10日までの3日間、このテキストの中身を覚えてくる事。そして1日50回ずつでいいから腹筋と腕立て、スクワットをすること」
『はい!』
体力と筋力をつけるのは基本なんだろう。渡されたテキストを開くと、日本語や英語、見たことも無い文字がずらっと並んでいた。
「次ここに来た時にこの塾の制服を渡すから、服と靴のサイズを書いてくれ」
「この塾にも制服があるんですか?」
「ああ、ここは特別な人達が集まる。君たちもその一員になれた証拠さ。もちろん費用は掛からない。国の施設だからな」
「そうなんですね。分かりました」
そう言って僕たちはサイズを記入し、帰宅した。帰り道、達樹くんと僕はワクワクが止まらなかった。
「何だか楽しみだね!」
「専用の制服とか靴があるんだよね。かっこいいデザインだといいな」
「そうだね! それにしても身体能力検査は疲れた」
「休憩なしでどんどん次の種目だから全然本領発揮出来なかったよ」
「でも勉強だけじゃなくて運動の方も特別授業があるのかな?」
「そうなんだろうね。僕は勉強より動く方が好きだな」
「僕も。アハハ」
「じゃあまた明日ね!」
「うん! ちゃんと筋トレしろよ!」
「分かってるよ!」
そう言って達樹くんと別れ、家に帰った。
「ただいま」
「おかえり。塾へ行ってたんだって? どうだった?」
「疲れたよー。あ、あんまり内容言わない方がいいのかな?」
「そうね。口外しないように言われてるみたいだからあまり聞かない方がいいわね」
お母さんは何かを感じ取ったのか、これ以上詳しく聞いてこなかった。
「純、ちょっとこっちに来なさい」
お父さんがもう家に帰っている。塾に行ってたせいか、時間の感覚がおかしい。お父さんに何を言われるのか少しドキドキしながら前に座った。
「お前が塾に通うのは好きにすればいい。ただし、危険な事はするんじゃないぞ。ちゃんと安全を確認してから行動しろ。わかったな?」
「何だよ急に。ただの塾だよ? 何も危険なんてない」
「お前はまだ6歳だ。子供を守るのが親の役目だ。もう少しの間は親の言う事を聞いていてくれ。いいな?」
何をそこまで心配しているのか、今の僕には分からない。しかし、口数の少ないお父さんが釘を刺すように危険なことはするなと言ってくるという事は余程の心配なんだろう。僕は「分かった」と返事した。
「じゃあもう夜も遅いから風呂に入って寝ろ」
「はーい」
僕は動きつかれたのか、お風呂から上がるとそのままベッドに直行して爆睡してしまった。
「あの塾ってやっぱり国が選んだ子達を英才教育するための施設でしょうか?」
「多分そうだろう。担任の先生は何て言ってたんだ?」
「学校内で1位を取った子には進めている国経営の塾です。としか」
「そうか。もう少し様子を見るしかない。まだ眼鏡を持って2か月だというのに、どんどん成長する純が怖いよ」
「純は大丈夫です。あの子は賢い。私と違って国の言う事を鵜呑みする子じゃありません」
「そうだな。お前だってこうして俺と結婚して子供を育てている。国のペットになりかけていた君が自分で自分の道を選んだんだ。大丈夫、純もきっと大丈夫だ」
僕は眼鏡を持ち、たった2ヶ月で国に目を付けられた。それに気づかず国の思惑に染まってしまうのか、親は気が気で仕方なかった。僕はそんな親の心配も知らずにどんどんエリート街道を突き進むことになった。