【第十六羽】
途中まで書いていて、なんだかスケルトン戦の焼き直しみたいなことになってしまったので、急遽別視点での描写に初挑戦することにしました。
次話で主人公視点に戻る予定ですが、この話を今度は主人公視点で~ということはしませんのでご了承ください。
マティアスがフィリトゥリの家を飛び出した頃………
―視点:エフェルト族長 ゼトラスファトラス―
「――なるほどな。普段なら何を馬鹿なと言いたいところだが」
「私もまだ完全に信じられたわけではありませんが、放置して本当だった場合の被害を考えると……」
数多の蛮族の軍勢がこの集落を襲おうとしている。しかも残された時間は2時間を切っている、か。
何も知らずにこの夜を過ごしていたとしたら、恐らくはこの集落は日の出を待たず落とされていただろうな。
しかし、集落の危機にも関わらずワシが興味を持ったのは、その情報をもたらしたのが文字を操る動物であったという点だ。
もしその動物がワシの思い浮かべたものだとするならば――
「デルートラートよ、足の速い者を3人斥候に出せ。出来る限り敵の詳細な数を確認させよ。
その後は戦える者を北東に集める。相手は蛮族だ。男は槍を持ち前へ、女は弓を持ち後方の高塀台。周囲の警戒も強化させる」
「わかりました」
蛮族の力は恐るべきものがあるが、知能は理性無き獣や魔物と同等だ。集落を囲んで攻め込んでくるなどということはすまい。
しかし、蛮族どもの棲家を荒らし追い出した男というのが少々気に掛かる。警戒はしておくに越したことは無いだろう。
「ところで、我々にその情報を与えてくれたという、黒きアウルの子と共に現れたプティスはどこに?」
「私達姉弟の家に。恐らく今はフィリ姉……いえ、フィリトゥリが相手をしているでしょう」
「そうか」
あの娘は動物を無闇に傷つける者ではないが、少々いたずらが過ぎるきらいがある。余計なことをしなければ良いが……まぁよい。
しかし彼等はどうやって集落の中へ?結界が張られている以上、少なくともワシに気取られず進入することはできないはずだ。だが結界が解かれた様子はない。
……まさか、発動した状態の結界の術式を術者に気取らせずに書き換えたというのか?そんなことが可能だとすれば、やはり――
――落ち着け、今はやるべきことをやろう。
事前に知ることが出来たとはいえ、相手は我等の戦力よりも多い蛮族との戦いだ。欠片も気を抜ける状況ではない。
「今は1人でも多くの戦力が必要な時だ。ワシも出る」
「族長!?――いえ、すぐに行動に移ります」
デルートラートはワシの言葉に少々面食らったようだが、異論を挟まずすぐに必要な行動を取り出した。
信用し切れていないと言いつつも、なんとなく嘘ではないと感じているようだ。
さて、ワシも戦の準備をせねばな。戦支度など何年ぶりのことか、訓練はこなしていたが、実戦での腕が落ちていなければいいが――
「族長!!」
腰を上げた直後、門番をしていた1人があわてて駆け込んできた。よく騒動が駆け込んでくる日だ。
「どうした?まさかもう蛮族が?」
「ば、蛮族?違います!き、木が……」
「?木がどうしたというのだ」
もしや何者かが火付けを?一瞬そう考えたが、次の言葉から予想の斜め上の答えが飛び出してきた。
「北東の方角にある木が――動いています!!」
どうやら、今日は吉兆と凶兆の複雑に入り混じった一日であるらしい。支度を急ぐとしよう。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「これは――」
報告を受け高塀台まで来たが、実際にその光景を目の当たりにすると言葉が出なくなる。本当に言葉の通りに森の木が動いているじゃないか。
我々エフェルトの民は、森の木々や植物に囲まれた地に根を張り、自然と共に生を紡いできた。
その長年の生活によって、多少植物の育成を早め・助けることなどもできるようにもなった。
しかし、大地に根を下ろした木を動かすことなどできない。さらにその数が一本や二本ではないのだ。これは……奇跡か?
「い、一体なんなの……蛮族は襲ってくるっていうし、そのうえ木が動いてるなんて……これは何かの呪いなの?」
「はは、こんなのありえない……これは夢だ……蛮族も動く木も全部夢に違いないんだ……」
蛮族の襲来を告げられ急ぎ集められた民達からは不安の色が隠せていない。
そのような時にこのような不可思議の現象を目の当たりにしてしまったことにより、さらに不安が高まってしまったようだ。
「ね、ねえ。あの動いてる木のところ……小さな動物が見えない?」
「何……?ほ、本当だ。何かいるぞ!?あれは……プティス、か?なぜ森の中に?」
木々が移動して見通しがよくなってきたこともあってか、たしかにプティスのような動物が動く木の近くにいるのが見えた。
あれがフィリトゥリ達の元に現れた、文字を操る動物なのだろうか?だが一緒にいるという黒いアウルの子は見当たらない。
しかし、あんな場所で一体何を――ま、まさか……
「あのプティスが、木を操っている……のか……?」
あまりの現実につい言葉が口から漏れる。
この湧き上がる感情は驚愕と、それ以上の歓喜。そう、ワシは歓喜している!やはりワシの考えは間違っていなかったのだ!
何故あのプティスは木を動かしているのか。それはこの高台から見れば一目瞭然だった。
蛮族が侵攻してくるであろう方向の木々が、まるで一箇所だけ開けた箇所に誘導するかのような絶妙な配置になっている。
その開けた場所の位置と距離はどうだ。我々が弓を射るのに絶好の場所ではないか。あれは気まぐれに動かしているのではない。
我々と蛮族。双方の特性を知り得た者だけが作れるであろう天然の罠。そしてその罠は間違いなく我々の味方をしている。
遥か遠い昔の伝承により、卓越した知能を誇り、人知を超えた能力を持ちそれを操る獣の存在が伝えられていた。
その獣は人と言葉を交わし、さまざまな動物の姿で現れ、さらには人そのものに変化することすらできたともある。
時代の節目に現れ、時に罰を、時に恩恵を授けてくださる大いなる獣。その獣達を敬意と畏怖を持って人々はこう呼んだ――
「おぉ、おおぉぉ……神獣様だ……神獣様が現れなさった……」
――そう、神獣と。
その神獣様が蛮族の襲来を伝え、そしてその戦を手伝ってくれている。
なぜ我等に味方してくれているのか、その理由はわからない。およそ我々には想像もつかない大きな理由があるのかもしれないし、もしくはただの気まぐれなのかもしれない。
ただ確実なのは、天が我等に味方してくれている。その事実一点のみだ。ならばこそ、ワシはこの一戦に全身全霊を捧げよう!
「皆の者聞けぃ!あの前方におわすお方は古き伝承の獣――神獣様である!」
ワシの声に民達はざわめきの声を拡げる。
「見よ。あの人知を越えた神のごとき業を!あれが大自然をも操る神獣様のお力の一端なのだ!」
あの動く木々が神獣様の奇跡であると理解し、ざわめきはどよめきに転じていく。
「今、我が集落に我々を遥かに超える数の蛮族が向かってきているという未曾有の危機が迫っている!何も知らなければ我々は明日の日を拝むことすら叶わずただ蹂躙され尽くしていただろう!」
エフェルトの民と蛮族の長き戦いにより、不安や暗い過去を抱える者は多い。事実、ワシが族長を務めるようになってからも家族を失った者は少なくない。
「だがそんな我等に蛮族の襲来を告げてくださったのも、あそこにおわす神獣様なのだ。我等エフェルトの民には神獣様の加護がついている!」
あの力が味方であると知り、民の不安の色は和らぎ瞳に力が宿っていく。
「今この時は恐れるな!家族を奪われた者はその怒りを力に変えろ!我々の勝利は神獣様と共にあるのだ!!」
「「「ウオオオォォォォォォッ!!!!」」」
民達から篭められた力が迸るかのような鬨の声が上がる。
今や不安を見せる者など誰もいない。戦場の士気は最高潮に達していた。
そしてその時が訪れる、森の闇をさらに塗りつぶすかのような狂気の群れが前方に姿を現した。
さあ、一世一代の大戦の始まりだ!
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
数多の蛮族どもがこちらに向かってくる。放った斥候が持ち帰った敵の数は今までの戦が小競り合いと言ってしまえるほど比較にならないものだった。
まるで豪雨により氾濫した川のようだ。その光景はいつもなら身を竦ませる程の恐怖を与えただろう。
しかし、今は違う。その濁流を神獣様が作り出した天然の罠が抑えていく様を見てつい笑みまで浮かべてしまう。いかん、油断はならんぞ。
「弓隊、構えっ!」
号令により矢を番えた弓を構えていく。皆いつも以上に落ち着いている。冷静な力強さを感じる。これも神獣様のご加護のお陰か。
そしてついに蛮族達の先頭が広間の入口に差し掛かった時、それは起こった。
何の変哲もないはずの地面に蛮族達が引きずり込まれたのだ。
身動きの取れなくなった蛮族達は後続に蹴られ、踏まれ、蹂躙されていく。
後続も先頭の沈んだ蛮族に足を取られよろけ、押され、転倒して埋まっていく。そしてさらに後続に踏まれ、と続いていく。
そんな光景が広間の入り口全体で起こっていた。これは……土の魔術か?
まさか地面を緩めるだけでここまでの成果を挙げるとは。あまりの光景に一瞬我を忘れかけた。いかん、気を取り直せ。
しかし驚きはそこで終わらなかった。ある程度前線の蛮族が埋まったところで広場の周囲の木々が光を発し始めたのだ。
夜の戦場を木々が発する幻想的な光が包み、また一瞬唖然としかけたがすぐにその光の意図を悟った。そうだ、これにより弓隊がより敵を狙いやすくなる。
我々の目は夜でもある程度見える。だが完全に暗闇を見通せるほどではないのだ。それをこの木々が放つ光が補ってくれていた。
ここまでお膳立てをされて負けるわけにはいかない。改めて腹に力を入れる。
「狙いは埋まったヤツらを乗り越えてくるヤツだ!弓隊!撃てぇ!!」
「「「ハッ!!!」」」
号令と共に放たれる無数の矢。見えてさえいれば我等に射落とせぬ者などいない。次々と蛮族どもの頭や胸を撃ち貫き絶命させていく。
だがそれでも敵の後続は後を絶たない。すでに弓だけでも我等の戦力と同等以上の数を潰したはずだが、その背後にはまだ無数に蠢いている。
この小さな集落を襲うにはなんと馬鹿げた数だ。これが本来は知らぬ間に襲い掛かってきていたのだと思うとゾッとする。
しかし何故だ、数の差もあって撃ち漏らしたものがいるだろうに、こちらに向かってきている蛮族が少なくはないか?
そう思い改めて広場を見据えると、そこには自らを囮にして蛮族を引きつけている神獣様の姿があった。
その小さな体で縦横無尽に広間を駆け巡り、蛮族達の攻撃を避け続け、時には同士討ちまで誘っている。その洗練された動きに見惚れるような優雅さを感じてしまう。
だが余りにも多勢に無勢だ。あの小さな体ではいずれ囲い込まれ、捕らえられてしまうかもしれない。
それはダメだ!これだけ神獣様に助けていただいているのだ。今度は我等が神獣様を助ける番だろう!
ワシは高台から飛び降りて槍兵に号令をかける。
「槍隊!神獣様を助けるのだ!これ以上汚らわしい蛮族に指一本触れさせるな!!弓隊はそのまま撃ち漏らしを仕留め続けよ!!槍隊、突撃ぃーっ!!!」
「「「オオオオオオオォォォォォォォ!!!!」」」
槍隊と共にワシも前線に走りこむ。代々の族長の証である二本の短槍を両手で操り、迫る蛮族を突き潰す。
前方の取り回しの速い短槍部隊が敵を抑え、後方の長槍部隊がその隙を突き込んで敵を仕留める。それが我が部族の戦法だ。
その戦法は十全に効果を発揮し、槍隊の周囲の蛮族を屠っていく。
あそこで一際鋭い突きを放つのはデルートラートか。あの洟垂れ小僧が強くなったものだ。
だがやはり多勢に無勢か。一人倒してもすぐ次が襲い掛かり息をつく暇もない攻防を余儀なくされる。これでは短槍部隊の体力が持たない。
ついに疲弊した一人の短槍兵が蛮族の棍棒の餌食になりかけたその時――突如その棍棒が消えた。いや、溶け落ちた……?
見ると神獣様とすれ違った蛮族達の武器が――あるいは腕ごと――溶けていっている。これも神獣様の力なのか?
助けるつもりが助けられている、しかしそれを悔いている場合ではない!1秒でも速く、1匹でも多く仕留めるのだ!
開戦からどれほどの時が経ったか……、あたりは大量の蛮族どもの死体で溢れていた。
途中、どれだけ数を減らしても一切撤退の意思を見せない蛮族どもに違和感を覚えたが、生き延びるために余計な思考をしている余裕などなかった。
我々も無傷のものはいない。ほとんどの者が大小様々な怪我は当たり前の状況。重傷の者もいる。
残念ながらいくらか死人も出た。だが、その数は戦場の規模を考えると驚くほど少ない。
グヂャッ
ワシの前方でそんな音が響く、そして何かが倒れこむ音。その後訪れる静寂が耳に強く響いていく――
終わった……のか?疲労も限界で、つい無防備に周囲を見回してしまう。疲れからぼやける視界に映るのはワシと同様疲れきった民達の姿だけで、動く蛮族は映らない。
念のためもう一度確認するが、やはり動く蛮族の姿はない。その事実に疲れきっていたはずの傷だらけの腕が動き出し天を突く。
「勇敢なるエフェルトの民よ!!この戦、我々の勝利だっ!!!」
「「「ワアアアァァァァァァァァッ!!!!」」」
――ああ、小さき獣の神よ……我々をお救いくださった事を感謝致します。
初の主人公じゃない視点でのお話、いかがだったでしょうか?
最初はデル君視点で書く予定だったのに、族長視点のほうが書きやすいと悟りずっと族長のターンと相成りました。
族長のファンが増えるよ!やったね!
そしてマティアス君は、知らない間に神獣扱いされてましたとさ(笑)
族長さんは見た目40代のナイスミドル。実年齢は……
デル君は族長に見込まれている程度には優秀っぽいです。そして地味にフルネームが明らかに!
フィリさんは族長にもしっかりいたずらっ子の烙印を押されていました。
蛮族に関しての謎は後日明らかに?