スタート後のon your mark(位置について)
公園のど真ん中で、ガソリンをぶちまけて火をつけたように、炎の壁が夜空に向かって燃え盛っている。
いやはや、毎回思うのだが、これだけ燃えているのに、消防車はおろか、パトカーの一台も到着しないなんて、まったくこの町の危機管理体制はどうなっているのだろうか。
「駄目だわっ!ラブリーシュートが効かないっ!」
デコられすぎて、ブーメランと言うより鈍器に近い武器を、炎の壁から延びた触手に弾き返された、青ロリータこと七海 奏が、ガックリと膝をつく。
「そんなっ!私や星光ちゃんの武器じゃ、この炎に近づけないのにっ!どうしたらいいの!?」
炎の壁に、なすすべなく立ちすくんでいる三人に、先ほど鈍器を弾き飛ばした炎の触手が、さらに襲いかかる。
「奏ちゃん、よけて!!」
一人、しゃがみ込んでいた青ロリータが、とっさに動けず、あわや、炎の鞭の餌食になるかというところで、突風とともに突然現れた、白い無数の花弁と共に、周囲を甘いユリの香りが包む。
―――― キィンッ! ――――
ひらりと現れた、月光を反射して鈍く光る銀のバタフライマスクに、半ズボン白タキシードの妖精騎士が、悪趣味な黄金のライオンっぽい頭の付いた細見の剣で、炎の触手を弾き飛ばし、派手な赤いマントを翻して、青ロリータを降りかかった火の粉を振り払う。
「はっはっは、今宵も妖精たちは、お転婆だね」
なぜ炎を掃ったのに、金属音がするのか。あの炎の触手には鉄線でも仕掛けられているんじゃないだろうか。とか、細かい突っ込みを入れてしまう、これが、いわゆる一つの、傍目八目ってやつなんだろうか。
「妖精騎士さまっ!!」
「奏ちゃん、お怪我はありませんか!?」
「あ、ありがとうございます、妖精騎士さま。みんなにも心配かけてごめん。」
赤ロリータこと花園 愛流奈が恋する乙女のように目を輝かせ、黄ロリータこと天宮 星光が、妖精騎士に肩を抱かれて、頬を赤らめている青ロリータに駆け寄る。
本当に、いつも思うのだが、なんで変な銀マスクをつけた、半ズボン白タキシード姿にときめく事ができるのか。
結構きついと思うよ。至近距離で見る、大人の男の筋張った生フトモモ。
「気を付けて。今夜の魔痕はいつもと一味違うようだ。むやみに仕掛けるのではなく、相手の様子を探った方が良いだろう。」
言ってる事はまともなのに、言ってる姿が全部台無し。今夜も登場、妖精騎士。
初めて、妖精騎士を見てから、あっちこっちの魔痕の戦闘で見かけるようになった、この四人の組み合わせが、今夜もそろったようだ。
「ねぇ、夜にこれだけ騒いで、一本の通報もないなんて、公園周辺に住む住民は集団ガス中毒かなんかで、意識不明で倒れているんじゃない?私が通報すべき?」
「それどころじゃないミュ~よ!あれを見るみゅ!!あの魔痕の中で輝いてる煌めき!あれは、炎の妖精樹の滴だみゅっ!!」
炎に明々と照らしだされた広い運動公園の中で、できるだけ目立たない様に、敷地内の隅の方にあるタコ型の大型土管遊具の陰に隠れながらアチラを伺っていた私の隣で、全く私の話を聞いてない、見た目・ウサギ+ハムスター×5倍の自称☆フェアリーデンの戦士ミームが、炎の中で輝く真っ赤な宝石を見つけて、声を上げる。
毎回言ってるけど、もうちょっと静かにしてくれないかなぁ。
「興奮してるところ悪いんだけどさ。その妖精樹の雫って何よ?コンビニで売られてる様なもんじゃないんでしょ?」
聞いたこともない言葉に、リアクションとるのも面倒だけど、一応突っ込んでみる。
「もう!リムリンってば忘れん坊さんなんだから困っちゃうミュー。妖精樹の雫は、手に入れたものに強いパワーを与えるといわれる、四つの宝石の事だミューよ。」
「いや、初耳なんだけど・・・。」
空気を読んで聞いてやったのに、問題児を見る教師のような目で私を向けるミーム。そろそろ本気で、正しい上下関係ってものをこいつの体に教えてやった方が良さそうだ。
「赤・青・緑・白の四つがあって、それぞれに炎・水・大地・風の四つを表しているんだミュー。20年前の事件でフェアリーデンと人間界をつなぐ門にはめ込まれていたその四つの宝石が人間界に落ちてしまって、フェアリーデンの力が上手く人間界に届かなくなっちゃったミュー。人間界で起こる気象異常とかは、これが原因なんだミュー。」
・・・本当に初耳な上に、色々と聞き捨てならない言葉が混じってたんですけど。
ここ十数年、世界各地で頻発している冷夏とか、干ばつとか、洪水とかって、もしかしてフェアリーデンと関係あったりするんだろうか?
それに、20年前の事件って何?アンタ、なんかやったの?
今考えると、私って全く説明されてないよね。いきなり変な生き物が現れて、いきなり変な役職押し付けられて、いきなり変な格好させられて、いきなり変な連中と絡まされて・・・
我ながら、今までよく黙って付き合ってやってたと思うわ。
「もう、知らなかったんだったら、最初からそう言ってほしいミュー。」
質問する内容も知らなかったのに、どうやって聞けっていうのか。いい加減、上から目線で物を言ってくるコイツに私の堪忍袋の緒もぶちぎれそうだ。
「でもでも、詳しい説明は後ミュ~よ!今は、そんな話をしている場合じゃないミュ~!リムリン。この間言ってた言葉を実行するときが来たミュ~よ!」
「いや、結構大切な内容だと思うんだけど。で、いきなり何よ?」
「とぼけたって駄目ミュ~!ミームはこの耳でちゃんと聞いたミュ~。この間、『魔痕の頭に直接フルスイングしてやる』って言ってたミュ~。あの時は、リムリンがやっと妖精乙女の役割に目覚めたって感動したミュ~よ。だから、はい。」
そういって、今まで見せたこともない穏やかな笑顔で、棍棒を差し出してくるミーム。
何も言わず、こいつの顔面を思い切り踏みつけた私の行為は、誰が見ても正義の鉄槌だと断言できる。
みゅぐっ・・・という言葉とともに、口を閉じたミームの耳を掴み上げ、自分を落ちつけながら低い声で、先日の言葉をはっきりとくりかえしてやる。
「『はい。』じゃないわよ。この間言ったのは、『あのへんな衣装を着ないで済むなら』フルスイングしてやるって言ったの。その杖握った時点で、強制的に変な衣装に着替えさせられるのに、衣装着ないでどうやってフルスイングしろっていうのかな?」
「あの三人から見えなければ、着てないのと同じミューよね・・・だから!裸の自分で勝負したいリムリンのために、ミームはぴったりなパワーを預かってきたんだミュー!」
「人を露出狂みたいに言わないでよ!相手から見えない以前に、自分で着てるのが見える時点で、心が砕けそうになるのよ!!」
「もー、リムリンてば、我儘さんなんだから困っちゃうミュー。でも、大丈夫ミューよ。これをつければ視界の大半が隠せるミュー!」
そう言って、ドヤ顔のミームが取り出したのは、映画 マスク・オブ・ゾロで主人公がつけていたような、目だけが出るように丸い穴が二つあいた、黒のアイマスク。
魔痕より先にコイツの頭にフルスイングしなかった私はマジ菩薩だと思う。
「あんたの『大丈夫』は金輪際信用しないことに決めたわ。ピンクロリータファッションに黒の目出しマスクって、こないだの変態男の上を行く変態ファッションでしょ!っていうか、目だけ隠したところで、全く正体隠せてないってわからないかなぁ?フェアリーデンの住人って、脳みその代わりに綿でもつまってんじゃないの?」
怒鳴りつけたいのをぐっと我慢して、奥歯をかみしめながら、ミームの後頭部をぐりぐりと地面の踏みつける。
「みゅぐぐぐ・・・。り、リムリンの言葉は、今流行のツンデレって奴だと思って聞き流してあげるミュー。だ、だから、最後まで聞いてほしいミュー。」
「今までの私の言動のどこに、ツンとデレがあるってんのよ!殺意しか込めてないわよ!!」
「だから、女王様の力で、相手からも見えない様に出来るんだミュー。」
「は?だからどうやってよ。」
「女王様の力を編みこんだ膜を、こうやって、リムリンに被せると。」
そう言って後頭部に私の足跡をつけたミームが、薄いカーテンの様な膜を、私の頭から被せる。その瞬間、私を中心としたまばゆい光があたりを昼間のように照らし出す。
「なにこれっ!?」
「みゅっふっふっ!女王様の力と、リムリンの妖精乙女の力と結びついて、光の膜を作ったんだミュー!この膜の前では、熱はおろか、敵の攻撃だって通さないミュ~よ!」
「そんなこと聞いてんじゃないわよ!私が光ったら一発でばれるでしょっ!?」
「心配無用だミュー。今だって、すごい眩しすぎてリムリンの姿は全く見えないミューよ。そんな事より、すごい輝いてるから、向こうからもミームたちがいる場所丸わかりになってるミュー。ほら、その証拠に、妖精使徒や妖精騎士たちがこっちに注目してるミュ~よ!」
「妖精使徒って・・・」
そういえばあのゴスロリ三人娘って妖精使徒って名称だったわね。とか、頭の片隅で呑気なことを考えながら、あちらに耳を傾けると。
「なにっ!?『タコ山』の方から、突然光がっ!?」
「この光は、いつも乙女の杖から送られる光と同じですわ!きっと私たちのピンチを知った妖精乙女様が降臨されたのですわ!」
「そういえば、女王様と同じ波動を感じるっ!これが伝説の妖精乙女の輝きなのね。」
あ、この遊具、タコ山って呼ばれてるんだ。夜の闇に突然ライトアップされるタコ山。全然かっこよくないよね。そして、真夜中にタコ山に下りてくる妖精乙女。むちゃくちゃ怪しいよね。
こんなに見た目に騙されやすくて、あの子たちのこれからの人生、詐欺などに引っかからないか心配になってくる。
「なんと美しい光だ・・やはり、二十年の間に、妖精乙女も人間界におりたっていたのだな!くっ!こんな所で魔痕の相手をしている場合じゃない!!一刻も早く馳せ参じなければっ!!」
ちなみに、妖精騎士は、炎の触手と格闘中のようで、すぐには絡んで来られないようだ、良かった。出来ればこのまま、私の視界に入るところには近づいてこないで、炎の魔痕と相打ちになることを祈る。
しかし、話の展開から全員こっちに来そうな状況になってる!?こんなところに突っ立ってたら、アイツらに取り囲まれちゃうじゃないの!作戦を練っている時間はない、とっとと魔痕を片付けて逃げるしかない!!
「後であんたの頭をフルスイングしてやるからね!逃げんじゃないわよ!」
棍棒をひったくり、ミームの耳を引っ掴んで、魔痕に向かって駆け出す。走りながら衣装が変わり始めるが、できるだけ下を見ないように突っ走るしかない。
「聖衣を身に着けると、体力と防御力があがる」とか言ってただけのことはあるのか、私がいた位置から、この子達の場所まで結構距離が離れていたと思ったのに、一瞬で魔痕の炎の中に突っ込む。
聞いていた通り、熱さはおろか、先ほどから振り下ろされている炎の触手も、光のカーテンを揺らめかせるだけで、何の衝撃も届かない。常識に問題があっても流石、女王様のお力というべきか。
燃え盛る炎の中、成人の握りこぶし大の、真っ赤な精霊樹の雫がキラキラと輝いている。これを回収したら任務完了よね。
さて、どうやって回収すべきだろうかと、宝石を見上げていると、低い声とともに、炎の中で黒い靄が固まり始め、その中心に釣り目がちな血走った二つの瞳が現れる。夜、一人のときに見たら、絶対悲鳴あげる光景だね。
【お前が伝説の妖精乙女か。自ら飛び込んでくるとは、まさしく、飛んで火にいる夏の虫というところ。わっはっは、命知らずな。】
炎の魔痕が幸せそうに勝利宣言をしているようだが、今は相手をしている暇はない。とっととあの宝石を回収して、この場を去らなければ、今後の私の日常生活が、暗雲に包まれかねない。
できるだけ、ノリノリな敵に聞こえない様に、つれてきたミームに小声で話しかける。
「で、あの妖精樹の雫って、結構高いところに浮かんでるんだけど、どうやって回収したらいいの?」
「妖精樹杖は、すべての魔痕の悪素を掃うミュ!だから、人間界で唯一、妖精樹杖を扱える存在のリムリンがあの妖精樹の雫に触れれば、魔痕の穢れは、一瞬で消えるミュ~!」
「うん分かった。でもさ、せっかく私が小声でしゃべってんのに、あんたが大声で答えたら、敵にこっちの作戦筒抜けだよね。」
ミームのセリフで、先ほどより黒く濃い靄が、妖精樹の雫を包みこみ、その姿をすっかり見えなくしてしまった。
そして、同じく外でも
「大変っ!魔痕の気がさらに集い始めたみたいよ!」
「そんなっ!お一人だけで炎の中で戦うなんて、無茶ですわ!」
「こうなったら私も行くわっ!!奏ちゃん、星光ちゃん!援護をお願いっ!」
「妖精乙女!あなたを危険な目に合わせるなんてさせない。あなたが業火に焼かれるくらいなら、この身を焼かれた方がマシだ。ああ、今すぐあなたの楯になりたい・・・。」
頼むから来ないで。ややこしいのが入ってきたら、ますます話こじれるじゃない!自分の事だけで精一杯で、あの子たちの面倒まで見てられないのよ!!ついでに、マゾ発言が見え隠れしてる変態男は、出来ればこのまま灰になってほしい。
「任せて愛流奈ちゃん!」
黄ロリータと青ロリータが声を合わせて大きくうなずくと、黄ロリータの手にはキラキラしい宝石がデコられたタンバリン、青ロリータの手には金の鈴が付いた青いスレイベルが現れる。
「フェアリーリンリン 虹の橋~ はるかな時空を飛び越えて、妖精たちの力よ届け~!水の精霊・ウィンディーネよ、水をもたらし、炎を弱めて!」
「フェアリールンルン 虹の橋~ 豊かな大地とつながって、妖精たちの実りを届けて~!大地の聖獣・ユニコーンよ!愛流奈ちゃんたちに守りのベールを!」
手に持った楽器をシャンシャンと鳴らして踊りながら、身悶えたくなるようなセリフを歌いポーズを決める。
そして、ポーズを決めた二人の楽器からキラキラしい光が放たれると、雨が降り始めた上に、赤ロリータと変態男の周囲に、局地的オーロラみたいなのが発生してるし・・・。
「・・・・ねぇ・・・なに、あれ?」
自分でも驚くくらいに低い呟きが出た。
「ミュッフッフ!驚いたミュ~か!?あれは女王様が、妖精使徒たちに与えた、フェアリーデンの力ミュ~!リムリンだって、あの呪文を唱えたら、もっとすごい力をフェアリーデンから届けられるんだミュ~!!」
しかし、やっぱりこっちのテンションを感じようともしないミームは、耳をつかまれているため、口元の髭をひくひくと動かしながら、ドヤ顔を作る。右手に棍棒を持ってなかったら引きちぎってやりたい。
そして、この間に引き続き、素直に驚いた。今回もアンタが自慢してる方向と逆方向だけどね。あと絶対断る。
後、出来れば早急に、彼女たちは解放してあげた方がいいと思うよ。いくら、目を開けたまま見る夢を見すぎて、中二病という病気にかかる年代だとしても、夢が覚めたら絶対に彼女たちの中での黒歴史になると思う。
成人してから、小中学時代を懐かしむたびに、今みたいにノリノリで踊り狂ってる自分の姿も一緒に思い出すんだよ?結構、本気で死にたくなる瞬間だと思うんだ。
今だから告白するけど、私も当時のヒーローに本気でのぼせあがってた時期とか、今思い出しても、身もだえするほど恥ずかしいことしてた自信あるし。ああ、そういえばあの時の写真とか手紙、ちゃんと処分してきたかしら・・・。
【わっはっは、今まで、数々の同胞を封印してきたようだが、そんな雑魚共と一緒にしてもらっては困るな!!こちらに飛び込んできた妖精乙女を捕えるのは時間の問題!!なまいきな妖精使徒がいくら足掻こうとも、我が炎の壁を超える事など出来ぬ!!それでも構わぬならば、越えてくるがよい!!お前達も妖精乙女とともに焼き尽くしてやろう!!】
―――― チャキン ――――
「戯言もそこまでだ。行くぞガーグ!!」
「グォオォオオッ!!」
妖精騎士の気合一声と共に、細身の剣につけられた、黄金のライオンの様な飾りが、喉を震わせながら、勇ましく咆哮を上げる。
あ、生きてたんだ、あの飾り。
ガーグと呼ばれた飾り(?)が吠えた途端、今まで銀色だった妖精騎士の剣が、ダイヤモンドのように透き通る。
「気合一閃!虎哮真空斬!!」
え、今まで横文字っぽい必殺技並べておきながら、なんでいきなり漢字?ここは、フェアリーブレードとかフェアリーカッターとかの方が、全体の世界観守られそうなんだけど。
とか、呑気に考えてたら、すごい一撃来ました。
一瞬、炎の壁に一筋の切れ目が入ったかに見えた後、巻き起こった衝撃波に突き飛ばされ、地面の上にしりもちをつく。
魔痕の炎の鞭も、炎の熱も全く通さなかった、女王様手製の膜を以てしても、これだけの衝撃波って、直で食らってたら死んでるところだよね。
っていうか、妖精乙女が中に入ってるの分かってんのに、こんな殺人技ぶっ放してくるなんて、実は妖精乙女に結構な殺意持ってるんじゃないだろうか。
【ぐぬぅっ、我の炎の壁がっ!!くぅっ、見縊っておったわ!生意気な妖精騎士め!!しかし、このままでは済まさんぞぉっ!】
「道は開けた、行こう!妖精使徒たち。我らの妖精乙女を守るんだ!!」
『妖精乙女を守るんだ!』じゃねぇよ。今、その妖精乙女を輪切りにしようとしたアンタが、一番危険人物じゃねぇか。
【こうなっては仕方がないっ!!妖精乙女の力を吸いつくし、お前たちすべてを焼き払ってやる!!】
なんか、目の前で魔痕が一人で盛り上がってるけど、悪いけど、相手をしてる暇はない。
ミニスカートについた土をパンパンと払い落とし、素早く立ち上がった私の目の前に、魔痕の二つの目が近づいてくる。絵的に見たら、夜うなされるレベルだけど、早く仕留めないと、奴らが来るのだっ!!
しかも、うまい具合に、眉間のあたりに真っ赤な精霊樹の雫が見えている。丁度、フルスイングしたら精霊樹杖で捕えられる位置と言ったらわかるだろうか。
そんなわけで
精霊樹杖を両手で握りしめ、わきを締めて、上体をひねりながら、力いっぱい精霊樹杖を振りぬく。
「ぅうおらぁっ!!」
――――― バゴォッ!! ―――――
精霊樹杖がミシミシときしむ音を立てながら、妖精樹の雫の芯をとらえた。
結構低い声で掛け声が出たのか、近づいて来ていた人物たちから「おらぁ?」「なに、今の声!?」「もしかして魔痕の断末魔?」とか聞こえて来たけど、気にしちゃダメだ。
ちなみに魔痕は、いつもみたいな【メタモルフォーゼ~】とかの声もなく、一瞬で消滅。結構強力なんだね、精霊樹杖の一撃って。
「リムリンっ!やったミュ~!!一撃で魔痕をやっつけただけじゃなく、精霊樹の雫まで回収するなんて、さすがミームが見つけた妖精乙女だミュ~!!」
足元から、今まで存在も忘れていたミームが声をかけてくる。
「え、ミーム!?あなたもそこにいるの!?ねぇ、妖精乙女さまは、リムリン様っておっしゃるのね!?」
「まぶしくて姿も見えないけど、やっとお会いできましたわ、リムリン様!!」
「ああ、やっぱり妖精乙女の光だったのね!お願いしますリムリン様、お声をお聞かせいただけませんか?」
ミームの声に反応して、近づいて来ていた妖精使徒三人娘たちが歓喜の声を上げる。
やばいっ!すぐ口を閉じさせなければっ!!と、手を振り上げながら足元に目をやった私は固まる。
長い耳の半分から先がすっぱりと切れ、頭の右半分も陥没したようにえぐれたミームが、うれしそうに残った耳をピコピコと動かしている。
「あの、言いにくいんだけどさ・・・色々、欠けちゃいけないものが無くなってるんだけど・・・大丈夫?」
「てへっ!心配無用だミュー!ちょっと毛先が切れちゃったけど、そのうち生えてくるミュー!」
「へ・・へぇ・・・それなら良いんだけど・・・。」
今まで耳だと思ってたんだけど、その頭の上についてるのって、耳じゃなくて毛だったんだ。っていうか、ごっそり頭もへこんでるんだけど、あんたって思ってたより痩せてたんだね。
初めて、こいつの『心配無用』に心から安心した。
「リムリン様?なんで答えてくれないのかしら?」
「たいへん!もしかして、さっきの魔痕との戦いで、どこかお怪我をなされているのではないでしょうか!?」
「そんなっ!早く治療しなきゃ!!リムリン様、失礼します!お怪我を見せてください。」
しまった、三分の二になったミームに気を取られて、この子達の存在を忘れていた!!しかも、まぶしくて見えないからって、目を閉じたまま手探りで近づいて来てるし!
あわてて身をひるがえそうとした後ろから、突然大きな固い胸が覆いかぶさってきた。
「やっと、やっと見つけた私の女神。何度このぬくもりを夢見たことか。ああ、もう絶対離さない。」
コイツの存在忘れてたぁっ!!
「貴女を探してさすらった、この20年。貴女をこの腕に抱けた喜びの前では、その苦しみも雪のように解けてゆく。」
話は分かった。こいつの職業、忍者でも暗殺者でもない、放浪癖のある若年無業者だ!!
いやいや、違った、そんな場合じゃない!女王様の作った膜カーテンの上からとはいえ、ヘンタイに抱きつかれてしまった!逃げなければと思っているのに、身動きが取れない。こいつ、結構力強い!?
っていうか、マジで離して!妖精騎士の生足が、私の手のひらに触ってるんです!!
どうやって逃げようかと、ぐるぐる頭をめぐらしていた私の頭の片隅に、以前、合気道に通い始めた従姉が教えてくれた暴漢撃退術がよみがえる。
『リリちゃん、もし万が一暴漢に後ろから襲われたら、少し身を屈めてからの、後頭部での頭突き。その後、素早く足の甲を踏みつけて、全速力で逃げるの。相手を言葉の通じる人間だなんて思って、手加減なんかしちゃ駄目だからね、力いっぱいするのよ。」
あの時は、あまり本気で聞いていなかったけどありがとう、マリアちゃん。あなたの言葉を実践する時が来たわ。
ってなわけで、マリアちゃん(従姉)が見せてくれた教本の通り、後頭部頭突き&蹴りの連続攻撃で、暴漢の手を逃れる。
「ぐふっ!」とか聞こえたけど、気にしちゃいけない。
「妖精騎士さま!?どうされたの?」
「きゃっ!いきなり光が消えたわっ!?みんな、どこ!?」
「まさか、リムリン様になにかあったの!?」
妖精騎士が、女王様の膜カーテンを握りしめたままうずくまった為に、周囲を照らし出していた光が消え、妖精使徒たちが一気にパニックになる。
その後、パニック状態の三人+うずくまる変態を置いて、私は無事、現場の逃走に成功。
ちなみに、魔痕に埋まっていた妖精樹の雫(宝石)は、妖精樹杖に完全にめり込み、見た目、棍棒のゴージャス度が上がりました。
「ちょっといいかな、鈴木さん。」
昼休み休憩、一人廊下を歩いていた私の後ろから、耳に甘いテノールが呼び止める。
「はい・・・?あ、こんにちは騎星理事。えっと、どうされたんですか、そのお怪我?」
振り返った視線の先、事務所の若い子や、学園の生徒たちからも『騎星学園の騎士さま』と陰で呼ばれている、騎星理事が顎に湿布をつけ、松葉づえ姿で立っていた。
「ハハ、恥ずかしながら、年甲斐もなくはしゃいでしまってね。慣れないことをしたのがいけなかったのかな。でも大丈夫だよ。軽いひびと打撲だから。」
「まぁ、お大事にしてください。」
鼻筋の通った、少し釣り目がかったキリリとした瞳、色素の薄い軟らかそうな髪を後ろに流し、しわひとつない高級な黒のスーツ。見た目20代後半くらいに見える文句なしの男前。
あごに張られた湿布、左手に持った松葉杖があるにもかかわらず、男前度が全く崩れないというのは、ある意味奇跡だと思う。
「はっはっは、ありがとう。ああ、それより、鈴木さんは、昼食はもう済んだのかな?もしまだなら、良かったら一緒にどうかな?おいしいイタリアンの店を見つけたんだ。」
少し照れくさそうに笑いながらも、キラキラしい笑顔を向けてくる、騎星理事。
うん、やばい。何がやばいかって、周囲の乙女たちの目がやばい。なんか、あっちこっちから、「抜け駆けしやがって、この女」という、穴が開きそうな程の殺人視線が飛んできている。
もしここで、『はい』とか言おうもんなら、今後、事務所内ではしばらく針の筵が続くだろう。
「ありがとうございます。でも、昼食は済ませてしまいまして。それに、そのお怪我ではご不自由でしょう。ご無理はなさらないでください。それでは、失礼します。」
社会人の対応と、できるだけ笑顔を貼り付けながら、ぺこりと頭を下げ、その場を後にする。
なぜ、この時気づかなかったのだろう、私が踏みつけた妖精騎士の足と同じ所に負傷していたということに、抱きつかれたときに感じたのと同じ香りが、騎星理事からも匂ってきていたという事に。
突っ込み属性の割に、主人公も結構な天然。
こんだけヒント与えられても、全く妖精騎士の正体には気づきません。
最後になりましたが、もしあなたが暴漢に襲われたら、相手を撃退しようなどと思わず、大声で悲鳴を上げて逃げましょう。その為に今から発声練習と、足を鍛えてください。
悲鳴は「誰か助けて」じゃなく、「火事よぉっ!!」が一番みんなが集まるワードらしいです。