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霊淵の唄  作者: 桜本
霊体剥離
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1

目が覚める。

最初に目にはいったのは真っ白な天井。

体に不自由を覚えながらも上半身を起こす。


どうやらここは病室らしい。ベットの周りには様々な医療器具が整列している。

中にはバスケットに花と果物が入っているものもあった。ポストカードが刺さっており、それに目をやると姉の名前と僕の安全を祈るような言葉が書かれていた。

姉は社会人で中々会う機会が少ない。僕は姉と仲がいいほうなのでたびたび連絡は取っていた。

メディア系の仕事柄なのか姉は普段からお洒落で、人当たりもいいので昔から人気者だったし、モテた。


心配をかけてしまったなと心の中で謝りつつ、今ある状況を確認した。


僕が思い出せるのは事故に巻き込まれて森に落ちたことだ。


雨が降る薄暗い夜だった。学校から帰る道筋はあまり見通しがいいとはいえなかった。

もともと学校の立地が悪く、少し山を登った場所に位置していた。

山道ゆえか、道はくねり、周りは木々で囲まれていた。極めつけは最後に200mほどのトンネルを通らなくてはならない。

このトンネルの出口に当たる部分から大きく曲がっており、対向車が見えないため事故が絶えない。

危ないとはいえ注意していればどうということはない。普段は二輪車で登校しているのだが、雨だとさすがに危ないと思い電車と徒歩で登校したのだ。

そしていつものように授業をこなし、帰宅しようと待ち合わせをした。


あの子がゆるりと現れると僕は笑顔で帰ろうかと声をかけた。

コクリと頷き雨が降りしきる中、二人の足取りは以外に軽かった。


徒歩で帰るにはトンネルを抜けた先にある駅までいかなくてはならない。

電車の頻度はさほど多くない。学校があるとはいえ、学生や学校関係者以外の人がこの駅で降りることはまずない。


他愛もない会話をしながらトンネルに差し掛かる。いつにもまして視界が悪い。

6月も過ぎると雨続きになり登校するのが億劫になる。しかしそうは言ってられずこうして登校している。


何台かの車が通り過ぎ流れが収まった時、後ろからものすごいエンジン音を響かせながら爆走するバンがトンネルに差し掛かる。

僕は念のためあの子を道の外側にまわす。

さらに勢いを増したバンはカーブに差し掛かるにも関わらずハンドルを切るどころか、真っ直ぐコッチへ向かってくる。


危険を感じた頃にはもうすぐそこまで着ていた。回避することは不可能、このままでは巻き込まれてトンネルの縁に引きずり込まれてしまう。咄嗟にそう判断した僕はトンネル出口のガードレールを飛び越えた。

あの子を必死に抱き寄せ、暗く深い森の中に落ちていった。



・・・・・・


次に気がついたのは集中治療室に入る直前だった。もはや痛みで何も考えることはできず、ただただ身を任せるだけだった。

「そういえば……」


あの子、零……樹野海零(きのうみれい)はどこに……


僕が最後まで必死に守ろうとした女の子。少し不思議な子ではあるが僕には十分すぎるほど魅力的だった。

必死にアピールし、なんとか付き合うことができた。


しかし今ここにはいない。



「零……」


体を起こそうとするも利き腕利き足に力が入らないのでどうすることもできない。

仕方なくすぐ横にかかってあるナースコールを押す。


程なくして僕の病室に看護師の女性が入ってくる。


僕の会話を聞く前に体の状態と脳に異常がないかをあらかた調べられた。


「大怪我ではあるけど、体以外は大丈夫そうね」


常夏営業スマイルで微笑んでくる看護師さんはてきぱきと仕事をこなす。


「あの、ひとつ質問いいですか」


点滴を換えている後姿に問いかける。


「零……樹野海零という子はどこにいますか?」


ふと、看護師さんの手が止まる。

いやな予感がした。てきぱきと働く動作が一瞬止まったのだ。観察眼は良い方の僕はその一瞬を見逃さなかった。


「まさか……零は……」


「いえ……ただまだ目を醒ましていません」


僕よりも重症なのか……守ったつもりでいたが、『いた』だけだった。

自分はただの骨折だけなのに、何故……

悔しさとあの時自分がもっと速く反応していたらという怒りがこみ上げる。


「会うことはできませんか……」


せめても顔が見たい。懇願するが看護婦は横に首を振る。


「状況が良く運ぶように善処はしているの、瀬田さんも治療から3日も目を醒まさなかったのよ」


瀬田というのは僕の苗字である。本名瀬田健斗(せたけんと)

背格好は平均的で性格は柔和な方だと思う。


3日も寝ていた……その事実にあまり実感はないが、僕もそれなりにヤバい状態だったようだ。


「だから私達を信用して今は自分の治療に専念してくれないかしら」


看護師さんは諭すように話すが、自分の体が、意識がある以上今は零のことが気になって仕方ない。


「……いつ会えますか?」


「最低でもあと4日は……」


規則は規則なので僕にはどうすることもできない。

苦虫を噛み潰しながらベットに転がる。


その後、家族に連絡が行ったのか、姉と父が来て生きてて良かったと涙を流した。



――……


5日後……


予定より1日遅れたが僕はようやく零に会うことを許された。


車椅子に乗りエレベーターへ。僕がいた病室はこの病院の3階だったようで、零は5階にいるらしい。

看護師の人に車椅子を押してもらい零のもとへ、部屋は5階の一番広い個室だった。



プシュ……と自動ドアが開く。


僕が目にしたのはただベットに横たわる零の姿だった。


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